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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
98/157

92違ったみたいです



「リジェット、なんでここにいるの? まさか一人で街まで来たんじゃないよね?」


 先生はせっかくバランスよくパーツが配置された顔を歪めて、わたくしの顔を見つめています。

 なんでそんなに怒っているんですか……。これはわたくしが悪いことをしたと思っている顔です。わたくしは反論するように口を開きます。


「違いますよ。ちゃんとメラニアとエナハーンと参りました。……でも途中からわたくしは体調がイマイチになってしまったので、先に帰ろうと転移陣を展開しようとしていたら、この方々に声をかけられたのですよ」

「えっ? 体調が悪い? 熱があるの、大丈夫?」


 先生はそう言ってわたくしのおでこに手を当て、体温を測ろうとします。前髪を分けられ、手を当てられると、自分が子供扱いされているみたいです……。心配してくれるのは嬉しいんですけど。


「体調が悪いって言っても、ちょっとぼーっとするくらいなので、大丈夫ですよ」

「そう? ならいいんだけど。でも……よりによってニーシェが暴走している時に姫様と遭遇するなんてついてないな。姫様の印象が悪くなるな」


 先生はそう言って顔を顰めました。この素敵な女性をきちんとした場でわたくしに紹介したかったのでしょう。

 それほどこの方は先生にとって大切な方なのですね。そんなことを考えると、わたくしの心は金属が擦れたように鈍い音を立ててしまいます。


 わたくしは目の前の姿勢良く凛とした面持ちで立っている女性の顔を改めて見ます。


 女性はわたくしと先生が話しているのをずっと、穏やかな微笑を浮かべながら見つめていました。先生はわたくしのこの方に話したのかしら……。それよりも……。

 どうしてか、この方と言葉を交わすとなんとも言えないピリリと肌がひりつくような感覚を覚えるのです。

 この方自体の容姿はマハのように鋭い美貌……というわけではありません。目尻は柔らかく、優雅な微笑みを携えたその姿は可憐で、きっと育ちの良いお嬢さまなのだろうと感じさせるものがあります。


 なのに圧倒的高位者、そんな言葉がよく似合ってしまうのです。


 __それがこの方の持つ資質なのでしょう。

 王族たる資質は生まれてから身につくものなのかしら、それとも生まれつき?

 後者だったら……末恐ろしいですが。それにしても、こんな身分の高い方を本命に据えるなんて、先生も勇気がありますね。


「この方は先生の恋人ですか?」


 わたくしがなんとか取り繕った笑顔で問うと、先生はアングリと口を開きます。


「どうやったらそう見えるの……?」

「え⁉︎ もしクゥールが姫様に不埒な感情を抱いているとしたら、とっくに私が処分しているよ⁉︎」


 ニーシェと呼ばれた性別がわからない方は動揺したのか、苛ついてしまったのか、先生の腰に謎の打撃を繰り返し与えています。骨に響くような鈍い音がこちらにもしてくるので、相当強い力で叩かれていますね……。


「ニーシェ、痛い。そんなことは絶対にないから、叩くのやめて」


 姫様、と呼ばれた女性もわたくしの言葉が面白かったのか、クスリと笑いをこぼしました。


「あら? それは勘違いよ? わたくし、クゥールとはただのお友達だもの」

「お友達……」

「ええ。こちらの国にきた時から交流があるの。初めまして、お嬢さん。わたくしはラザンダルク王女、オフィーリアです。今、あなたの首を押さえていたのは、わたくしの従者のニーシェよ」


 やっぱりこの方は王女だったんだわ……。

 こんな街中の……しかもお手洗いの前の待合スペースであっていい方ではない、恐れ多い方だとは思うのですが……。

 わたくしがシチュエーションのおかしさに困惑していると先生が声をかけてくださいます。


「こんなところで話すのもアレだから、席に戻ろう。リジェット。店員に行って席を増やしてもらうから、君も一緒に来られるかい? 体調がまだ悪いようだったら、回復系の魔法陣を描くけど……」 

「それは描かなくとも大丈夫ですが……」


 まっすぐ帰ろうと思ったのにまさか、ラザンダルクの姫様に遭遇するなんて。運がいいのだか悪いのだか全くわかりません。

 ため息をつきたくとも、初めましての方が多すぎて気が抜けません。







 先生たちの座っていた席は、わたくしが座っていたところとは区画が違うエリアにありました。区画というより格が全く違います。先ほどわたくしたちがエナハーンたちと座っていたのは街のカフェ、というような広い店内にテーブルと椅子が置かれているような形態でしたが、先生たちが座っていた席は完全に個室になっています。

 一見、壁に見える空間を手で押すと転移をするようになっていて、どう見ても人目につきたくない方々がお忍びで訪れるような空間になっています。前にスミと会ったカフェもそういった構造になっていましたがそちらより、こちらの方がもう一段格が高い感じがしました。

 先ほどまで一般席に座っていたわたくしはその部屋の存在に瞠目してしまいます。


 中に入ると見たことのある小さな人物が視界に入ります。


「あれ? みんな出ていったと思ったら、リジェットさんがきた〜! 呼んだの?」


 ちょこんと座っていた小さな子供__に見える五十三歳はこのシュナイザー百貨店の代表、レナートでした。


「偶然……だと思いたいんですけど、どうなんですか?」


 先生はふいっとオフィーリア姫の方を見ます。


「どうかしらね?」


 そう微笑んだオフィーリア姫は怪しく微笑みました。え……。でもわたくしの気分が優れずに一緒にいた二人よりも早く帰ろうと思ったのはあくまでも先ほど決めたことですし、いくらなんでも偶然だと思うのですが。


 それにしてもこの個室……。すごく凝った作りになっているんですね。シャラリとなびく緋色のビロードカーテンも格が高そうな代物ですし、なんと言ってもこの床。幾何学模様の絵が描き込まれているのかと思いきや、全て様々な色の木々を使った寄せ木細工でできています。

 調度品もどれも一級品ですし、ちょっと気色が悪いくらいの部屋ですね。

 きっと、ここはシュナイザー商会の代表であるレナートが貴賓に対してのみ使う特別な部屋なのでしょう。


 部屋の主人であるレナートに「立ってないで、座ったら?」と促されて、わたくしは扉に近い下手の席へと座ります。


 先生と、オフィーリア姫(と、従者のニーシェって人)とレナート。この三人で一体何を話していたのでしょう。

 あんまり知りたい気分にならないのは何故でしょうか。


 わたくしが顔を暗くしていると、席についたオフィーリア姫が鈴の鳴るような可憐な声でわたくしに話しかけます。


「それにしても……あなたはクゥールが言った通り、胆力のある子なのね……。わたくしに近づいても大丈夫なんでしょう? 大抵の人間は術に飲まれて、苦しみ始めるもの」


 オフィーリア姫の不可解な発言に首を傾げます。


「術……ですか?」

「ええ……わたくしは魔力が強すぎるせいか、他の人間と初めて会うと意識を混濁させてしまうことがあるの」

「え、ええ⁉︎ 意識の混濁ですか⁉︎」


 思っても見ない巨大な力の存在をいきなり明かされて、わたくしはさらに困惑してしまいます。


 魔力とは不思議なものだと思っていましたが、そんなことまで引き起こすのですね。

 この方……人間兵器か何かなのでしょうか……。


「自分より魔力が弱い人間と対峙すると皆体調が悪くなってしまうみたいで。ニーシェも初めて会った時は術にかかっちゃったものね」

「まあ、あのころはまだ幼かったし、魔力の強い人間に免疫がなかったからね〜。今はかからないからいいじゃないですか」

「擬態を解いたら、リジェットは術にかかりますかね?」


 先生が真面目な顔でオフィーリア姫に問いかけます。それは今後に必要だから聞いているのか、単なる興味からなのか、わたくしには検討もつきません。


「じゃあ、やってみましょうか。クゥール、範囲指定の遮蔽の魔法陣展開してくださる?」

「はい、じゃ。描きますか」


 そう言って先生はテーブルに置かれた紙ナプキンをスッと一枚取り、持っていた鉛筆のような筆記具で魔法陣を描きあげます。


 その魔法陣を起動させると、オフィーリア姫は身に纏った擬態を取り払いました。

 

 __目の前に現れたのは目が眩むほどの、艶やかな美貌に包まれた女性の姿でした。優しげな雰囲気は先程と変わりませんが、儚げな雰囲気はかけらもありません。

 どんな女性が美しいか、と聞かれたら多少は皆好みのばらつきはあるかと思います。しかし、彼女の美しさは、どんな人が見てもこの配置は美しい、と称えてしまうのではないかと思ってしまうほど、完璧にあつらえられたような姿なのです。

 紫色に輝く瞳も、その周りを額縁のように縁取る黒く長いまつ毛も、ふわりと優しく色づいた頬も、美しい花のように血色のいい唇も、どこもかしこも隙がなく、完成された美しさがあります。


 わたくし、こんな美しい方、女性だとこの方くらいしか見たことがありませんでした。男性だと先生がますけど。


 それに、この方の髪色……。うわ……。見事なくらい黒一色の髪ですね。

 近くで見るとその黒髪が、あまりにも艶やかで、息を呑んでしまいます。

 第二王子は同じ黒髪でもマットな黒、という印象を持ちましたが、オフィーリア姫は対照的に艶が美しい黒です。あまりの艶々さに、覗き込んだら顔が髪の毛に写り込んでしまうのではないかと思ってしまうほど美しい色をしていました。


「リジェット、この状態の姫様をみて意識がぐらついたり遠のくような感覚はない?」


 先生にそう問われ、わたくしは自分の感覚を研ぎ澄ませます。


「うーん。あんまりに美しすぎて面食らってしまいましたが、魔術的に意識がくらつくことは多分……ないんじゃないですかね?」


 そうこぼすように言うと、オフィーリア姫は顔をぱあっと明るく輝かせました。


「あなた本当にわたくしの魔力に当てられないのね! 嬉しいわ。こんな子に会ったのはクゥール以外初めてよ!」

「なんでだろう? 僕の魔力を一部取り込んでるからかな?」


 そういうと、オフィーリア姫はバッと先生に鋭い視線を向けます。

 

「リジェットさんは神力に染まっているのですか⁉︎」


 オフィーリア姫の「お前、こんな子供に手を出したのか」と言わんばかりの軽蔑が含まれた冷ややかな視線に、先生は辟易とした表情を見せます。

 エナハーンもそうでしたが、色がうつるということは先生がわたくしに手を出したのだと思われても仕方がない案件なのですね。


「言い方に難があるような気がしますけど……そうですね。リジェットは白纏の子なので色盗みの術が使えるんですよ。それで以前、僕の色を石にしたことがあるので魔力が体内に取り込まれたのだと思います」

「そうよね! 色盗みは色を取り入れるとそこから魔力を取り入れられるから……」


 どうやら誤解は無事、解けたようですね。先生は安心したようにため息をつきます。


 しかし、今日寮を出るときには想像もしなかった事態に足を踏み入れてしまいました。


 偶然(だと思いたい)あってしまった素敵な女性が、先生の恋人ではなく、隣国の姫君。

 しかもこの方も自国ではなくハルツエクデン国の王位を望んで、自身の派閥を形作っているらしい……とのこと。


 __さて。わたくしはこれからどう動くのが正解でしょうか。





レナートもいたみたいです!

次は明日更新します。

二月は毎日更新をしたい……といっていたのですが、書きだめ的に二日に一回が限界みたいです。

まだ、騎士学校二年生編が書き終わっていないのです……今書き始めたところです。

二月は一年生編の終わりまでを載せる感じになるかと思いますので、よろしくお願いします。

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