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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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91こちらもデートでしょうか


 メラニアが案内してくださった本屋は街で一番大きな規模を誇る、ダブリオ書店という名前の書店でした。


 扉には王室御用達と仰々しい書体で書かれた、木札が飾られています。相当歴史のあるお店なのでしょう。

 ベルのなる扉を開け、中に入るとその広さに驚きます。騎士団の敷地にある一番大きい講堂くらいの広さがありそうです。

 王立図書館は古書が中心ですが、この本屋は新しい出版物が多く置かれているようですね。


 ちなみに、この国の出版物は全て印刷の魔法陣を使って印刷されています。百年以上前、魔術省に勤めていた魔術師が開発した技術で、当時は大発明だともてはやされたのだとか。


 お目当ての本をキョロキョロとしながら見つけていると、レジ前の一番目立つ場所にある平積みに本が並べられたスペースを見たメラニアが『あ』と声をあげます。


「うわあ、今年のリージェ、発表されているよ」


 平積みのコーナーには、表紙に大きく“リージェ“とロゴデザインされた文字が書かれた小冊子がドドンと大量に積み重なっていました。


 ……そっか。リージェはその年の冬の終わりに、酒造協会が制定し、出版会社が発行するんでしたっけ。

 メラニアがその本の山に近づき、一冊手にとってぱらりと開きます。


「リジェット……大変だ。オルブライト家、三十二領地中二位になっている」

「二位⁉︎」


 わたくしは公衆の場であるにもかかわらず、大きな声を出してしまいます。

 周りにいた他のお客様が、わたくしの声に驚いてこちらを見ています。わたくしは『すみません……』と少し会釈しながらリージェがのった冊子を食い入るように見ます。……本当だ。間違いなく、二位だと書いてありますよ……⁉︎

 確か記憶では去年は三位か四位とかそのくらいだったと思うのですが……。王族非公認の民間の階位とはいえ、オルブライト領の影響力が大きくなってしまっていると言うことに驚きます。

 一位は去年と変わらず第二王子のご実家であるクルゲンフォーシュ家でした。

 

「メラニアのご実家のスタンフォーツ家は……?」

「うちは去年より一つ順位が上がって四位になったみたいだ。旧王家の分家が独立したせいで、センドリック家が順位を落としたから、順位が繰り上がったんだろうな」

「分家が独立? もしかしてうちのヘデリーお兄様の上官に当たるアンドレイ様のこと?」

「そうそう。第一王子の御母堂であるカトリーナ様のご実家では本家に準ずる人間は第一王子派に支持を表明しているけど、分家は支持をしない考えらしい。秋の終わりくらいに領地を二つに分けたって聞いたけどな……」

「そうなんです……」


 ヘデリーお兄様ったらこの前お会いした時に教えてくださればいいのに……。全く秘密主義なんですから。

 まあ、わたくしが不勉強なだけかもしれませんが。

 メラニアが開いていた冊子を横からひょっこりと覗き込んだエナハーンが口を開きます。


「あ、あとはギシュタール領も大きく順位を落としているようですよ? きょっ去年は魔獣の被害が大きく、思った通りの税収が望めなかったのが原因でしょうね」

「ギシュタール……ですか」


 わたくしがお嫁に行っていたかもしれない土地のことを考えるとなんだか微妙な気分になりますね。でも、統治がうまくいかなくて、税収が増えないのであれば、それは自業自得という気がします。


 ただ、一つ心配なのはギシュタールとオルブライト家の境界近くにわたくしがハーブティーと魔法陣作りを委託しているマルトがあると言うことですね……。魔獣の被害がこちらに飛び火して来なければいいのですが。






 わたくしたちはそれぞれ目当ての本を買ったあと、本屋を後にしました。これからどうする? なんて話しながら歩きます。

 ふふふ、女の子と遊ぶのって楽しいですね……。お兄様たちと買い物に行くと、必要なものだけ買って、すぐ解散になってしまいますもの。

 領地にいた頃はほとんど家から出ることを許されなかったわたくしですが、お兄様たちが全員揃って街に行くと聞いて、一緒に連れていってもらったことがあるのです。あの頃は……一番上のお兄様であるユリアーンお兄様が騎士学校を卒業する前でしたから、七歳の頃です。


 初めてみる街の様子は、見ているだけでも楽しくて、何も買わなくとも、建物を見ながらずっと歩いていたい気分でしたが、パパっと用事を済ませたへデリーお兄様とヨーナスお兄様に早く帰ろうと急かされましたっけ。

 最終的に二人は先に帰ってしまって、ユリアーンお兄様だけがわたくしと残って、街散策に付き合ってくださったのです。


 そんな思い出を思い出しながらふらふらと歩いていると、十五メートルほど先にある魔術具のお店から見慣れた人物が出てきたことに気がつきます。


 風にたなびく水色の髪……それはわたくしがよく使う擬態の魔法陣と同じ色。地面までついてしまいそうな長い髪に、ちょっとその辺では見ない長身。

 あれ……? あれって先生?


 わたくしは目を見開きます。


 一人じゃない……。なんと、先生はお隣に見慣れぬ女性を引き連れて街を歩いていたのです。


 先生の隣にいた女性は擬態の魔法陣を使っていると思われるのですが……あの方の身のこなし。相当育ちの良い方ですね。


 実はわたくし、以前にも先生が女性を引き連れて歩いていたところを見たことがあります。


 意外と……というかあの容姿ですから必然なんでしょうけど、先生はとってもモテるのです。

 一年位前、わたくしがオルブライト領にいた頃、オルブライトの街で、先生より少し年上であろう女性とデートしている場面を見たことがあったのです。

 その時の先生の顔は優しく微笑んでいましたが、目の奥は驚くほど冷たくて、ああ、先生でも自分の欲のために己の美しさを利用することもあるのだな、と妙に納得したのです。


 しかし、今目の前にいる先生の表情は以前見た酷薄さとは違った表情をしているのです。

 相手への信頼が滲む、優しい瞳。それは隣にいる彼女が特別な人間であることをよく表していました。

 

 ……なーんだ。

 先生にもちゃんと恋人がいるんじゃないですか。暇だから、いつでもおいでだなんて言っていましたが、暇なんていくらでも潰せる相手が。

 そりゃそうですよ。いるに決まってます。でも……。

 なぜか胸の中には知らなかった事実に驚く感情以上に、絶望感に似た感情が湧き上がってきます。

 なんだかその光景を見るだけで苦しく、不意に涙が出そうになり、それを堪えるために下唇を噛み締めます。


「リジェット?」


 メラニアがいきなり足を止めたわたくしの顔を覗き込みます。


「あ、すみません。歩きますね」


 真昼なのに、暗闇の中を歩いているような感覚を覚えます。


 先生は、わたくしだけの先生じゃなかったんだわ。

 というか、わたくしだけのものだと思い込んでいたところが愚かしいのよ。

 はあ……わたくしの弟子としての独占欲はここまで醜いものでしたか。心の中で小さく自分に毒付きます。






 その後そのまま二人とお買い物を楽しもうと思ったのですが、なぜか心の中がもやもや曇り模様で、気を抜くと空中をぼーっと見つめ、心あらず状態になってしまいます。


 エナハーンが気に入っていると教えてくれたシュナイザー百貨店の別館にあるカフェに入っても、モヤモヤが取れず、注文もうまく頼めない有り様でした。

 そんな状態を見た二人は疲れているのでは? と言葉をかけてくれます。これ以上心ここにあらずで街を回っても、楽しみたい二人に申し訳ないのでわたくしは転移陣を使って先に寮へ帰ることにしました。

 一目にふれない場所で、転移陣を用いて帰ることを告げ、二人と別れます。






 カフェのお手洗い前にある休憩スペースに入ったわたくしは、誰もいないことを確認してから転移陣を描き上げます。


 これから転移しよう。そう思った瞬間、頭の中に先程の先生と一緒にいた、見知らぬ女性の姿がよぎります。


 あの二人が笑い合っている様子を見ると、泣きたくなるのは何故でしょう。

 涙が魔法陣に落ちるといけないので、わたくしは持っていた鞄からハンカチを取ろうとします。

 すると、後ろから誰がいきなり現れた気配がしました。

 歩いてきた……というよりは隣に音や光もなく、突然ふわりと現れたのです。


「どうして泣いているの? お嬢さん」

「え?」


 音もなくいきなり現れた女性に驚いて、涙が引っ込んでしまいます。……というか、このかたいつここにきたのでしょう。わたくしはここには誰も来ないことを、魔法陣を用いて確認したはずだったのですが……。

 目の前に現れた女性はミルクティー色の髪でした。しかしそれはどうやら擬態のようです。


 何故それがわかったかというと、髪色を変える魔法陣を使うと、髪の内側が薄く光を放つのです。凝視しなければ気が付かない程度の光ですが、色を変える魔法陣を多用するわたくしはその違和感を見逃しませんでした。


 あれ? そういえばこの方……さっき先生と一緒にいた方ではありませんか? 身のこなしの優雅さが先程の方と重なります。

 まさかこんなところで先生の恋人らしき方に出会うなんて……。いきなりの展開に言葉を発せずに、お顔を凝視していると、女性は小さなカバンの中からハンカチを出します。


「よかったら、これ。使って頂戴。泣いていたらかわいいお顔が台無しよ?」

「あ、ありがとうございます。すみません、見ず知らずの方なのに……」

「いいえ。決して見ず知らずのものではないのですよ? わたくしはあなたに会いたくてここにきたのですから」

「え?」


 先生の恋人の方がなぜわたくしに会いにくるのでしょう? そんな疑問を頭に浮かべていた時でした。

 

 ダン、と壁を跳ねる爆発的な音が鼓膜に響きます。


 __何かが猛スピードでこちらに近づいてきたのです。


 その何かは、瞬く間に壁際に立っていたわたくしの正面に近寄り、喉元の服を掴み取ると流れるように壁に押し付け、持っていたナイフを顔の真横にどんと突き刺しました。

 え……。あまりにも早すぎて避けることもできないなんて……。

 その襲撃犯と同じようなことを以前第二王子にもされましたがそれとは比べ物にならないくらいに“手慣れていて“いました。身から溢れる殺気が凄まじく、仕草の無駄のなさから相当な力量であることが窺えます。


「誰、あんた」


 耳元から聞こえてくる、地を這うような冷たい囁き声にわたくしは身を震わせます。

 いやいやいや! あなたの方が、誰ですか!


 身をブルリと震え上がらせていると、最初にわたくしに話しかけた女性が口を開きます。


「ニーシェ。お話の途中なのに割り込んでくるのはマナー違反じゃない?」


 ハンカチを貸して下さった女性は、ナイフを突き立ててきた人間に向かって、のんびりとした口調で話しかけます。

 この女性は襲撃犯と顔見知り……と言うこと?


 わたくしは恐ろしさを堪えて冷静になろうと努力します。顔を上げて、襲撃犯の姿を目に焼き付けるべく観察すると、その人間の違和感に気がつきます。

 襲撃犯の姿は女性に見えるのですが、わたくしの首元をつかむ腕の力がどう考えても女性のそれではないのです。

 しかもわたくしの首元をつかんでいる腕の先が所々、まだらに見えます。まるで、自分の肌ではない誰かの肌をツギハギにしたかの如く、場所によって色が違うのです。


 以前先生が人間の皮を剥ぎ取って魔術に利用する、なんて話をしていましたが、この襲撃犯も同じようなことをしていると言うこと? 人からとった皮膚を自分に移植している? そんなこと……なんのために?


 そんなことをぐるぐる考えているうちに襲撃班が首を締め付けてくる力がどんどん強くなっていきます。


「あの! ぐ、ぐるじいので掴むのやめてもらえませんか?」

「……はあ? なんでお前が私に指図するわけ? てか、お前が姫様に近づくのが悪いんでしょう? 姫様、偶然を装って姫様と接触を図る人間はみんな殺しちゃっていいんでしょう?」


 ひいさま?


 その言葉にわたくしは息を呑みます。ひいさま……姫様。よく、貴族のお嬢様のことを、使用人が愛称のように“ひめさま”と呼ぶことはあります。しかし、“ひいさま”とは決して呼びません。それは王の娘にのみ許される呼称とされているからです。

 この国に今いらっしゃる王族の中でその条件に当てはまる人間は一人しかいません。


 __この方はラザンダルク王女のオフィーリア様?


「その子はだめよ。だってクゥールのお気に入りってその子でしょう?」


 そう女性が声をかけると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきます。

 

「姫様。なかなか帰ってこないと思ったら、ここにいらっしゃったのですね……というかニーシェ。なんでリジェットの首根っこ掴んでいるの?」


 お父様にも第二王子にも敬語を使わない先生が、敬語を使っていることに驚きます。


「ん? こいつ、クゥールの獲物? だったらクゥールにあげるよ。はい」


 そう言った襲撃犯__先生がニーシェと呼んでいた人の手から離れたわたくしは先生に向かってポイと投げられます。


「わわわ!」


 いきなり雑に投げられたわたくしを先生はよろけながらなんとか受け取ります。


 あの……。本当にこの方達とどういうご関係ですか?


 この中で知っている人は先生だけで、あとは初対面の方ばかりです。なのに皆さんはわたくしが何者なのか知っているようですし……。

 わたくしは困った顔をして先生を見上げることしかできませんでした。





リジェットが噂のひいさま、と遭遇しました。

英語だと王族の姫君しか、Princessと呼ばないらしいですね。


後、活動報告にも書きましたが、白兎令嬢の世界の地図を書きましたので、ここどこ? となった方はぜひ確認してみてください。

https://twitter.com/nappasaijiki/status/1354766762986770433?s=21

小ネタを集めた白兎令嬢の資料集も現在作成中です! こいつ誰? ってなった時はそちらをご覧ください。

https://book1.adouzi.eu.org/n3770gt/


新しいブックマークもありがとうございます!


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