90デートを目撃してしまいます
休暇中、オルブライト領から早めに戻ったわたくしは、以前先生にいただいた茶色のワンピースに身をつつんで、出かける準備をしていました。
わたくしは今十二歳なので、成長期のはずなのですが、残念ながら全く身長は伸びていません。もうわたくしの成長期は終わってしまったようです。
ですから、去年いただいてレースを継ぎ足したお洋服が、今年も着られてしまうのです。
今日の行き先は王都の街です。本当はいつものように先生の家に魔術を学びに行こうと思っていたのですが「その日は先約があるんだ。ごめんね」と断られてしまったのです。
いつもは暇だといっている先生に用事があるのは珍しいな、と思いつつ、魔法陣教室は次の週にするとして、今日のわたくしはエナハーンとメラニアとともに街に遊びに行くことにしました。騎士学校はカリキュラム詰め詰めなので、予習復習に忙しく、長期休暇中でないと遊びにいくのも難しいのですよね。
また新しい学期が始まれば、新しい授業も始まるのだから、遊んでいていいのか、とラマに少し叱られてしまいましたが、一応学校での授業の復習は午前中に終えていますよ?
エナハーンとメラニアも勉強は一時中断、という様子だったので、声をかけたのです。楽しみが少しくらいあっても、罰は当たりません。
街は冬の寒い日だと言うのに、人出が多く活気づいていました。
店先では、早くも冬物のセールが始まっているようです。
雪が積もるレンガ敷の歩道を、滑らないように気をつけながら三人で歩きます。
「いや……夏の終わりから半年以上一緒の部屋に暮らしているけれど、三人一緒に出かけたことはなかったからちょっと新鮮だね」
「ええ、以前はメラニアと二人で図書館に行っただけでしたもんね」
「どっどこに行きましょうか?」
「うーん、まずは本屋かな……。リジェットもこの前の授業の参考資料買いたいって言っていただろう?」
「あ! そうなんですよね。先の対戦でラザンタルク側の戦法がまとめてある本があると、エドモンド様に教えていただいたので、読みたいと思っていたのですよね。寝る前に読む本として最適です」
ニコニコしながらそう言うと、メラニアはゲンナリとした顔を見せます。
「リジェットは寝る前もそういう類の本を読むんだね……」
「え? 読みません?」
「読まないよ……。寝つきが悪くなりそう」
そう言って首を横にふった、メラニアとエナハーンはなぜか暗い表情をしていました。
「えー? では二人はどんな本を読まれるのですか?」
「うーん……。私は冒険記が多いかな……。騎士物語もカッコ良くて良いよね」
「あら? メラニアもわたくしと似たようなものを好んでいるじゃないですか」
「いや……。私が好むのはフィクションだからね……。リアルな実戦に思いをはせるリジェットと一緒にしないで欲しいかな」
「うーんそうなのですね? ちなみにエナハーンはどんな本を読まれるのですか?」
「わっわたくし? わ、わたくしは……そうですね……。恋物語が……好きですね」
ちょっと顔を赤らめながら恥ずかしそうに言うエナハーンはなんとも可愛らしいです。
「あら、ここに一般的な女子がいましたよ?」
「本当だ」
そういうと、エナハーンは余計に顔を真っ赤にさせます。
「ほ、本当に……。こっこういうのばっかり読むの恥ずかしいのですが……」
「そんなことはないですよっ! 好きなものがあるということは素晴らしいことです」
「エナハーンはお話、書くこともあるよね?」
「なっなんでそれを言うのですか!」
お話を書くですって⁉︎ そんな素敵な趣味がエナハーンにあったなんて驚きです。
「そうなのですか! 見せてください!」
「いっいやです!」
三人でギャーギャー言いながら街を歩いていると、後ろの方から視線を感じました。
「おやおや。楽しそうなお話をしているね」
聞き覚えのある声に、びっくりして振り向くとそこにはステファニア先輩とヨーナスお兄様が立っていました。
ヨーナスお兄様はいかにも貴族の子息風の、かっちりとしたシャツとクラバット、それにコートを着ていたので、代わり映えがありません。
しかしステファニア先輩はいつも寮で着ているようなパンツタイプのかっこいいお洋服ではなく、夜空のような色合いのシンプルなマーメイドラインのワンピースにショート丈のコートをきていました。
「まあ! ステファニ先輩! 今日はワンピースなんですね?」
「こんな格好の時にあってしまうと、少し恥ずかしいね」
「そんなことはありません! 大変お似合いだと思います!」
「そうかな? そう思ってもらえるのであればとっても嬉しいけれど」
少し恥ずかしそうな表情を見せた、ステファニア先輩。その横で自然に腰を引き寄せた、ヨーナスお兄様は言葉を発します。
「ステファニアはどんな格好でも似合うよ」
さらりと褒めたヨーナスお兄様の言葉に、少しだけステファニア先輩が顔を赤らめました。心を許した相手にはそんな表情を見せるのですね! と、憧れのお姉さまの秘密を知ってしまったわたくしは、はわわっと幸せに包まれてしまいます。
それに、オルブライト家の立場としては、貧乏くじ引きがちのヨーナスお兄様ですが、好きな相手には砂糖が口から出そうなくらい甘い言葉を吐くんですね! よく見ると、本人は全く恥ずかしがっている様子が見られないので、どうやら天然のようです。
「ほ、本当にヨーナスお兄様とステファニア先輩はお付き合いをされているんですね……!」
「な、なんだ? 悪いか?」
「いいえ! 最高です!」
最高な二人の幸せな時間を邪魔するわけにはいけません。
二、三言葉を交わして、そのまま二人とは手を振ってお別れをします。
幸せなカップルを見送りながら、わたくしたちは目的地へと向かっていきました。
「ほっ本当に……。い、良いものを見ました……。まるで物語の中に登場するカップルのようなお二人でしたわ……」
本屋へ向かう道中、感慨深く呟いているエナハーンの言葉に、わたくしも同意します。
「お似合いの二人でしたね」
「いや……。それでもヨーナス様は学年の紅一点のステファニア先輩と付き合っているのはすごいよね」
うーんと唸る、メラニア。
「騎士学校の方の中でもお付き合いしている方がいるということは珍しいことなのかしら?」
「まあ、貴族は婚約者がいるものが多いからね。でも平民出身者の中には街で働くものと逢瀬を重ねるものを多いと聞いているよ」
「まあ! それは素敵ですね!」
「ただ、騎士学校は平民出身者には厳しい環境だからね。そのまま恋人の家で働くものも多いそうだよ」
以前、そのような話をヨーナスお兄様から聞いていましたが、そういう一面もあったのですね。
浮かれ気味な話題に嬉しくなってしまったわたくしは、二人にもその種の質問をします。
「お二人には想おう人はいらっしゃらないのですか?」
「私はいないな……。家からも見放されている立場だから、決まった婚約者もいないしね。生涯独り身でも構わないし」
「わ、わたくしも同意見ですね……」
メラニアとエナハーンは人の恋愛話にキャッキャキャッキャいうことはありますが自分自身のそういうことに興味はないらしいです。うーん。なかなかドライです。
わたくしも浮いた話は提供できませんし、同室三人組で恋話はできないようです。
「でも、リジェットには相手がいるじゃないですか?」
「え?」
わたくしはエナハーンの言葉に目を見開きます。
「前、ご紹介いただいた、先生という方ですよ」
エナハーン? どうして、先生を引き合いに出すのかしら……。
「あの……。だから前説明した通り、先生とはそう言う関係ではないのですよ?」
わたくしは苦笑いをしながら否定します。先生だって、変なところで勘違いされたら嫌でしょう。
「で、でも、あの方リジェットのことを大切そうに見ていらっしゃいましたよ?」
以前ステファニア先輩の義眼を作る際に、エナハーンは先生のことを凝視していましたからその時に何か感じたのかもしれませんね。
「でもそれは、先生と弟子、と言うだけの関係性ですよ?」
「せ、せ、せ、先生と弟子なんて恋物語では定番の組み合わせではないですか⁉︎」
エナハーンはちょっと興奮気味に言います。
「そうなんですか⁉︎」
わたくしはほとんどその手の本を読まないので、知らなかったのですが、子弟関係というのは恋愛系の物語の中では比較的よく見る組み合わせのようです。
エナハーンが言うには最近のハルツエクデン内で出回っている恋愛小説の主流は、どう見ても現王とその側室であるクルゲンフォーシュ家の伯爵令嬢がモデルになっている“王子様と結ばれる身分が低めなお嬢様“と言うお話か“魔術省の魔術師が弟子を可愛がりそのまま嫁にする“と言うタイプのお話だそうです。
なるほど……。そのようなお話を好んでいるエナハーンの目にはわたくしと先生が物語の登場人物のように見えるのですね。
「そっそのようなお話では大体男性の師匠の方が“君をただの弟子だと思えなくなってしまった……“と思いを伝えて結ばれるのですよ!」
「まあ……“お話“の中ではそれがセオリーなのですね」
実際の先生はわたくしのことを“おもちゃ“扱いしていますけれど……。でもせっかくエナハーンの中で先生の株が上がっているのですから、変に突っ込む必要はないでしょう。
本当にわたくしと先生の間にあるのは師弟関係だけなのですよ?
……それだけのはずなのです。多分。
キリがいいのでここまでで。次は金曜日更新です。




