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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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88多分わたくしは阿呆なのだと思います


 ステファニア先輩の来訪から数日が経った今日、わたくしは先生の家に来ていました。

 魔術義眼の改良に関わる魔術を教えて欲しいとステファニア先輩から依頼があったので、一応先生に興味があるか聞いてみようと思ったのです。


「へえ、魔術具の義眼ねえ。その子は独学で魔術を学んでいるんだろう? だったらすごいじゃないか」


 先生の声音には興味深そうな色が見えます。


「はい。自作で作っているそうなのですが、先生のお力を借りたいとのことです。先生は魔術義眼、作ったことはありますか?」

「エドモンドの足で義足は作ったことがあるけど、義眼はないなあ。それに聞いている感じだと、ただの目として使っているだけじゃなくて、魔術的機能を加えて作っているようじゃないか」

「はい。視力の補助だけではなく、熱の要素を組み込むことで、見るものの温度から、敵の体のどこに滞りがあるか判る構造になっているそうなんです。戦前に立った時、とても役立ちそうなすごい効果ですよね。ステファニア先輩は騎士学校でも成績が良くって、とっても勉強家なんですよ」


 ヨーナスお兄様に伺ったところ、ステファニア先輩は騎士学校の全二年生中、第三席の成績を持つ優等生なんだとか。実技も見劣りしないほどにはできますが、やはり男子生徒には力の差で叶わないところも多いそうですが、その代わりほとんどの筆記試験では満点を取っているそうです。大体のものはすぐ覚えてしまう質だそうで、とんでもない秀才なのです。


「ふうん。面白そうな子だね。会いに行ってみようかな」

「え? 先生の家にお邪魔するのではなく?」

「うん。魔術師としての才がある人間を家に招きたくないんだ。前、魔術省の人間に研究成果をまとめていた冊子を丸ごと盗まれたことがあって、それで懲りてしまったんだ」

「……あれ? わたくしはいいのですか?」

「君は魔術師である前に僕の弟子でしょう? あと君は人の功績に興味がなさそうだから、信用しているんだよ」

「なら……。よかったと言っておくべきでしょうか」


 前、先生の刺青を見た時から少しずつ先生の研究冊子をのぞかせていただいているのですが、先生は気がついていないのでしょうか?

 それともわたくしにはどうせ有効活用できないと高を括っている?


 ここで返答を間違えると二度とお家に入れていただけなくなりそうなので、わたくしは口をつぐみます。


「僕がそちらに向かう日程は君たちの予定に合わせるよ。三日前までに連絡してくれる?」

「暇だからですか?」


 そう問うと、先生はいつものようにクスリと微笑みました。

 何かを企むような、気怠い表情で。


「暇だからだよ」






 ステファニア先輩に、先生からの了承をいただいたことを伝え、どこで授業を行うか相談をいたします。


「別に街まで行かなくても、寮の一階を使えばいいじゃないか」


 わたくしはステファニア先輩の許可に目を輝かせます。


 実は騎士団の女子寮の一階には応接室があるのです。学生の家族や個人の商談の場として使われることが多く、ここなら先生を招いても良いと寮長自ら言ってくださったことに一安心します。先生はそのままの姿だと目立ちすぎますので……。外で会おうとすると、擬態の魔法陣が必要になりますから。


 ちなみにヨーナスお兄様もステファニア先輩とお付き合いをする前まではこちらに足を運んで一緒に勉強をしていたこともあったそうなのですが、関係性が変わってからはできるだけ外で会うようにしているらしいです。流石の配慮ですね。

 応接間に入るには南側の住居用とは別口の建物東側にある、お客様用の入り口があるのでそれを使用して先生をお招きしたらいいとのことでした。


 わたくしは早速そのことを先生に伝え、授業がおこなわれる日を心待ちにしていました。






「へえ、この建物中にこんな部屋あったんだ」


 待ちに待った出張魔術教室当日、先生は応接間に着いた途端、キョロキョロとあたりを見回します。

 寮の応接室に来るのは生徒の家族__貴族の方が多いので、内装も貴族向けの空間になっています。

 あまり大きくはないですが、瀟洒な雰囲気のあるシャンデリアに天鵞絨張のソファが真ん中に配置されており、くつろぐというよりはきちんとしなければ、と気の引き締まるような装いです。


「さ、先生。こちらにお掛けください!」


 わたくしは部屋の中央に置かれた応接セットの一番フカフカのソファに先生を案内します。


「はいはい。座りますよ。……っていうか壁際でこっちをじっと睨んでいる子がいるんだけど、あの子は一体誰?」


 先生の視線の先にはエナハーンがいました。先生の言う通り、目を細め訝しげな視線で先生を凝視しています。

 以前“変なことされてない⁉︎“と言われてされてない、と答えたのですが、どうやら信用に足らなかったらしく、自分の目で確認しにきたようですね。


「わたくしのルームメイトのエナハーンです。先生に興味があるようですね!」

「敵意の間違いじゃない?」

「大丈夫ですって。見ているだけで邪魔はしないはずです」

「本当かな……」


 先生はちょっと引きつったような表情を見せていますが、本題に進まねばなりません。

 わたくしの部屋から運んできた材料を机に広げていると、ステファニア先輩が小さな手押し車を押しながら部屋に入ってきました。


「あ、もう集まっていたんですね。遅れて申し訳ありません」


 どうやらステファニア先輩は先生がシェナンであることを知っていたようですね。


「その節は父がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

「君が何かをしたわけじゃないから、それを君が謝る必要はないよ。それよりも早くこちらの準備をしようか」


 先生の柔和な態度にステファニア先輩はほっとしたような仕草を見せます。


「さて。今日は魔術義眼だよね。僕は作ったことはないから、現物を見せて欲しいんだけど……」

「あ、はい。こちらが今私の使っているものですね」


 先生はステファニア先輩から予備の魔術義眼を受け取ります。


「なるほど、規律を司る粛と温度を司る熱を上手く使っているね。あと……修復?」

「はい。やはり人体にもともとないものを入れなければならないので、内側に傷がついてしまうんですよね。そうなると痛いので、聖の魔法陣を組み込んでいます。私は聖の要素が薄いので」

「ふうん、補えるように配置ができてると思うよ。ただ、この右上の魔法陣が重なりあっているところが余分な魔力を使用してしまう要因になっていると思うよ。重ねるのではなく、融合させるといいかもね。僕だったら新しく魔法陣を作る」


 そう言って先生は持っていた紙に、魔法陣をサラサラと書いていきます。


「なるほど! 三つの魔術要素はそのようにすると綺麗にまとまるのですね! 配分も素晴らしいです。やはりクゥール様は素晴らしい腕をお持ちですね」


 ステファニア先輩は目を輝かせていました。

 先生の隣に座って、今までの流れを見ていたわたくしですが、今まで二人が話している内容が完璧には理解できていません。


 六割くらいはわかりますよ? でも高次元すぎて頭はハテナに埋め尽くされています。


 ステファニア先輩の賞賛を聞いた先生はそれをすぐさま否定しました。


「いやそうでもないよ。魔術省にはもっと優れた人間だっているだろう」

「いいえ。私は魔術省の筆頭魔術師のビャルネ様に師事していましたが、クゥール様の魔法陣は彼の魔法陣を凌ぐレベルだと思います」

「……ビャルネに師事していたの?」


 先生は目を見開きます。


「ええ。ビャルネ様は父の幼馴染なのでそのツテで」

「僕も初めての魔法陣はビャルネに教わった」

「! そうだったんですか⁉︎」

「となると君は僕の妹弟子なんだね」

 

 予想もしていないところで、繋がりがあった二人は嬉しげに微笑みあっていました。その表情を見たわたくしは……。なんだかもやもやしてしまいます。

 なんででしょう。ステファニア先輩と先生が、同じ角度で笑い合っていると心が苦しいのです。

 いつもならわたくしが座っている位置__先生のお隣にステファニア先輩が座っている。そのことに果てしなく違和感というか……もやもやっとした気持ちが湧いてきて、視界に長く入れておくことができなくなってしまうのです。


 そうか。わたくしは自分だけが弟子である、という状況に優越感を感じていたのですね。


 これから、先生がステファニア先輩を気に入って弟子にしようって言い出したらどうしましょう。きっとステファニア先輩は優秀で物覚えもいいですから先生と話が通じる部分も多いと思うのです。なんでもスッと覚えてしまう、彼女に物事を教えることは、物覚えがあまりよろしくないわたくしに物事を教えるよりも何倍も面白いと思うのです。



 ああ。こんな思いをするならば、ステファニア先輩に先生を紹介するなんてこと言わなければよかった。そんなこと思っても、もう遅いのですが。






 授業が終わり、ステファニア先輩は先生にお礼を伝えていました。


「今日は本当にありがとうございました。これから改良して、より良い魔法陣を作れるようになってみせます」

「僕が関わったのは短い間だけだけど、君は本当に才能があると感じたよ。騎士団ではなくて、魔術省にも入れるレベルだと思うよ」


 先生からの賛辞をステファニア先輩はちょっと照れながら受け入れていました。

 その様子にもなんだかモヤモヤを感じてしまいますが、それをなんとか抑えて、わたくしは御令嬢スマイルを顔に浮かべます。


 先生はそのまままっすぐ、転移陣で家に帰るのかと思いきや、シュナイザー商会に行く用事があるとのことなので、わたくしは騎士団の門まで先生を見送ります。


「あの子は優秀な魔術師だね。騎士団に所属するのはちょっと勿体無いくらいに」

「騎士団には魔術具の整備を専門とする後方支援部もありますから、卒業後はそちらに配属されるのではないかとご本人も言っていましたよ」

「君もそちらに配属されるのかな?」

「一年後のことなのでなんとも言えませんが、そういったことにはならない気がしますね。わたくし、一部の教官にも嫌われているようですし、第二王子にも不敬な態度をとっていますから、手早く処理したい方も多そうですから。

 シハンクージャとの争いが始まり次第、最前線に配属されるんじゃないですか?」


 表情を消して淡々と言葉を紡ぐと、先生は表情を揺らします。


「勝手に死なないでね……」

「あら? 先生はわたくしが勝手に死んでしまうとでも思っているのかしら? そこまで貧弱ではありません」

「そう口では言っても、君はすぐ命を蔑ろにするから……」


 先生は苦々しい表情を崩していませんが、今日のわたくしのモヤモヤとした心情を考えると、その表情を引き出せたことですら嬉しく感じてしまいます。


「先生に心配してもらえるなんて、わたくしの株は上がったようですね〜」


 茶化した口調で言うと、先生は反対に真面目な顔をします。


「本当に、笑い事じゃないんだよ。君を失ったら……」


 続く言葉は、僕はまたひとりぼっち、でしょうか。


 わたくしがいなくなったくらいで、とちょっと思ってしまいましたが、先生は強いように見えて案外繊細で弱いところがありますからね。

 意外と寂しがり屋な先生の内側に、弟子のわたくしは入れたのでしょうか? それだったら、少しだけ嬉しいのですが。

 ちょっといたずらな顔で先生に問いかけます。


「先生……。そんなにわたくしのことを大切にしてくださるのなら、一つくらいお願い聞いてくれます?」

「何? 言うだけ言ってご覧」


 先生はちょっとだけ訝るような口調で言います。


「わたくし以外に弟子を取らないでください」

「いきなりだな。なんでいきなり……」

「ステファニア先輩に優しくする先生にもやっとしたのです。

 先生は……。自分を害する人間には滅法厳しいでしょう? そんな先生の一面しか見ていなかったのに、誰かに優しくしているのを見ると、なんだか……嫌なのです」

「独占欲でも生まれたかい?」

「そうかもしれません」


 素直にそういうと先生は虚をつかれたような顔をします。


「僕がおもちゃだと思っているのは君だけよ」

「どうしてでしょう。少し前ならそれを聞くと複雑な気分になったのに。今聞くと嬉しいんです」

「末期だね」

「そうかもしれません」


 先生はわたくしの顔を覗き込み、わたくしの頬を左手で撫でました。


「いいよ。ここまで僕を気に入ったのは君くらいだ。僕は君以外に弟子を取らない」


 先生がわたくしの頬をさらっと撫で、髪をすきあげます。まるで赤子をあやすような仕草です。

 わたくしはそれが、心を許したしぐさに見えて、嬉しくてつい緩んだ顔をしてしまいます。

 

 すると先生の手が止まります。


「っ!」


 一瞬先生は硬直して息を止めるような仕草をしました。


「? どうしたのですか?」

「特に。何もないよ」

「? そうですか?なら……いいのですか……」


 変な先生ですね。何かあったのかしら。

 情緒を完全に投げ捨てたわたくしは、先生の機微に一切気づくことはできませんでした。






粗が多いので、後で書き換えます。

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