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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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86その人は恋人だってのですか?

「僕はね。スミみたいな見た目と境遇の女を殺したことがあるんだよ」


 そう言った先生は、どうしてか諦めたような顔をしてわたくしの顔を見つめていました。


 違う。責めたりしたい訳じゃないのです。先生は理由もなく、誰かを廃する真似はしない。それが今までの関わりの中でわかっているので、否定の言葉を口にしたいのに、空気が停滞したような感覚がわたくしと先生の間に漂っていて、喉の奥が鈍さを持ってしまい上手く言葉が出ません。


「僕が人殺しだって知ったら、君は軽蔑する?」

「先生誤解しないでいただきたいのですが、わたくしは決して先生が人を殺めたことに驚いているわけではないのです。スミと同じ境遇の人間を殺したというところに驚いただけですから。だってわたくし、先生が空間のあわいに襲撃犯を入れ込むところ見ていますから。きっとその方も処分されたんでしょう?」

「軽蔑……しないの?」

「しません。というか、できません。わたくしは騎士を目指しています。戦争が始まれば遅かれ早かれ人を殺すんですから」


 それがわたくしに求められる正義となって、正当化されてしまえば、あっさりと誰かを手にかけてしまう。その様子が容易に想像できてしまうのです。


「なんていうか……。その辺リジェットはあっさりしているなあ」


 先生は呆れた、というより敗北して疲れたような顔をしています。疲れからか、顔は血の気が引いて、少し白っぽくなっていましたが、美しい佇まいの先生がその様子を見せると、いつもと違った美しさに見えてしまうのが不思議です。

 こんな楽しくない話、いつもなら聞き流してしまうのですが、今日だけは逃げてはいけない気がしました。きっとこれはこの世界での先生のルーツに関わるような話だと思ったから。

 先生のことを知りたい。それら側へ踏み込みたい。不思議とそう思ったのです。


「そのお話を詳しく聞いてもいいですか?」

「聞きたい? 気分のいい話ではないよ?」

「ええ。それでもいいのです」

「何から話せばいいのだろう?」

「……その方はどんな方だったんですか?」

「王に仕えていた色盗みだったよ。不幸な身の上のくせに気が優しくて僕にも優しかった」

「恋人だったのですか?」

「恋人? そんな面倒なもの、僕は作らないよ。リジェットにはあまり言いたくないけど、なんていうかこう……大人の関係ですよ……ええ」


 その言葉を聞いてピンと来たわたくしは思ったことをそのまま口に出します。


「あ、閨を共にしていたご関係ですか」


 わたくしはあっけらかんと口に出します。


「ねえ、僕がせっかく遠回しに遠回しにしようと思っているのに、なんでそんなバーンって言っちゃうの?」


 先生は狼狽えた様子であたふたしています。

 バーンって……。先生語彙力がなくなっていますよ。


 重かったはずの空気がわたくしの発言で一気に台無しになってしまったようです。


「あら先生わたくしが粛の要素が強いこと、ご存知でないんですか? その話題を口にする際に発生する恥ずかしさなんて、粛の要素で抑え込められるのですよ」


 ハハハ、と乾いた笑みを見せると先生は呆れた表情をしました。


「待って。ねえ、情緒捨てたの?」

「ええ。捨てました。役に立たないので」


 恥ずかしさ、もとい情緒なんてあっても武力にもお金にもなりません。そんなもの、ポイなのです。


「今度もう一回時間のあわい開いてあげるから、拾ってきなさいっ!」

「ええ。そんな面倒なことに貴重な手段を使わないでくださいよ……。国宝級の魔術の無駄遣いですよ」

「僕、君の教育間違えたかな」


 先生は頭を抱えています。


「粛の要素は生まれつきですから。どうにもなりませんよ」

「それは違う。君は自分で望んで情緒を捨てたんだよ。あくまでも後転的な要因だ。君の取捨選択の仕方があっさりしすぎてて怖いんだよ」

「うーん。くよくよ悩んでもどうしようもないって、一回人生を体験して知ってしまったので、その反動でさっぱりしてしまったのですかね?」

「さっぱりにも程がない?」


 それを言うなら、先生がくよくよしすぎの繊細さんなだけなのでは……。と思いつつ、本人あまり自覚がなさそうなことをズバズバ言うのもかわいそうな気がします。気を取り直して、話を先に進めることにいたしました。

 

「先生が殺してしまったのではなく殺したというのですから、理由があったのでしょう。ちなみに、答えなくてもいいんですけど、なぜ殺したのですか? その女性が何か過分なことでも望みました? 側にいて欲しいだとか、はたまた妻にしてくれ、とか」

「彼女はそういうことを一歳言わなかったね。もう呪いを体に受けすぎていたし、死ぬしかなかった色盗みだからね。ただ、色が移ってしまったんだ」


 その言葉に目を瞠ります。


「神力が……? 魔力ではなく?」


 この世界では求め合う二人が契りを交わすと、二人のうち魔力__すなわち髪色が薄い方の方が濃い方を取り込むことができます。


 てっきりわたくしはその現象が起きるのは魔力だけかと思っていたのですが、神力でも同じことが起きるのですね。

 ということは、魔力は神力の上位互換というだけて同じ道筋の上にある力なのかしら。


 そんなことを思っていると、先生が驚いた顔をしています。


「こんなことを聞くのもアレだけど、リジェットは魔力が少ない人間の魔力を取り込む方法を知ってるの?」

「ええ。ルームメイトに教えていただきました」

「ありがとう、リジェットのルームメイト……。僕がそのことについて教えるのは心が削れるから……」


 あらあら。先生は繊細ですねえ。


「そう考えるとスミの通り名が“色狂い“というのも二重の意味になっているんでしょうね。なんだか、ひどいネーミングセンスです」


 王都にきてから稀に街中でスミのように髪色のように、色が混ざった方を見ることがありました。

 その方の身なりや出歩いている時間、場所を総合して考えると、その方々がどんな職業についているか予想できてしまいます。


 それは娼館で働く女性達だったのです。


 スミは色盗みという魔術で自然の一部から色を盗んでいるので決して“色狂い“ではないのですが、色盗みの魔術自体を知らぬ人から見ると色恋激しい、という意味での“色狂い“だと思われてしまうのです。


 実際は自分の命を削ってまで、宝石を作りたい、色を楽しみたい、という考えから“色“そのものに狂っているのですが。

 

「王が持つ、呪いの色に染まりきっていたと思っていたけれど、どうやら余白があったようだね。移ってしまったものは処分するしかない。万が一、神力が王城の外に流失したらことだからね。彼女はもう、余命が少なくて、体も死に向かっていっていたし、本人ももう死にたがっていたから、僕が殺した。」


 先生は歩きながら淡々とそのことを話します。自分にとってそれは大したことのない事柄だという口ぶりですが、本当はそうではないのでしょう。

 先生は動揺すると、金がかった緑色の瞳が震えるように動くのです。


「先生はその方に少しでも気持ちがあったんですね」

「ないよ? 僕はただ、彼女を利用しただけだもの。己の欲の吐口としてね」

「でも本当にほんの少しも気持ちが無いのであれば、スミのことをその女性と重ねたりしないでしょう? きっとスミを助けることは先生にとってかつて自分の手で殺めた色盗みに対しての贖罪にしたいんですよ」

「それを人に言われるとなんだかやだな」


 先生は苦いものを噛み締めた時のように顔を歪めます。

 そっか……。でも神力も魔力と同様に、色を移すのですね……。と、言うことは。


「はっ! 待ってください! もしわたくしがより大きな力を求めて神力が欲しくなった場合は、サクッと先生に染めて頂けばいいのでは⁉︎」


 ナイスアイデア! というキラキラした瞳で先生の方を見ると先生はギョッと眼球が飛び出そうなくらい目を見開きます。

 恐ろしいものを見た、という様子で顎をガクガクさせながら、わたくしの方を見てきます。


「ちょっと! なんでニーシェとおんなじことを言うんだよ⁉︎」

「ニーシェって誰ですか? また別の女性の方?」

「……ニーシェはラザンタルク王女のオフィーリア姫の従者だよ。オフィーリア姫は髪色が黒でこれ以上染まらないから、代わりに自分が神力もらうわ、とか言って襲ってきたんだ」

「まあ。とっても行動力がある方なのですね。先生、そういう方はお好きではないのですか?」

「その前にニーシェは男だから……」

「男⁉︎」

「僕にそっちの趣味はありません」

「そ、それはなんというか……。お疲れさまでした……」


 ……一体どんな従者なんだ。と想像していまい顔を引き攣らせてしまいます。


「どうやらその襲撃もオフィーリア姫の命令だったらしいけど」

「姫が⁉︎」


 男の従者にそんなことをさせるなんて、どんな姫なんでしょう……。先生のご友人と聞いていましたが、大分ハードな友人関係を築いているような……。

 そもそも、同性の場合は染まるのでしょうか……。わたくしは難しいことを想像しないように、思考を切り替えます。


 __そういえば、先生。この前、どうせ入るならその方の派閥に入ったらどう? なんて提案してきましたよね?


 ……それって大丈夫なんですか? いろんな意味で心配になるのですが。


「ニーシェは姫様のいうことならなんでもやるんだ。あいつ姫様の犬だから」

「犬……」


 先生は死人のような生気のない顔をします。


「リジェットまでそちら側に行くのは……。ホントニヤメテ……ジョウチョヒロッテコイ……」


 あら。先生の言葉が言葉を喋る鳥みたいになってしまいました。これは相当精神にきているようですね。これ以上いうのはやめましょう。


「いい考えだと思ったのですが……」

「というか、神力の受け渡しについては断固として拒否させていただくよ。僕は君と重い責任が生じるような関係にはなりたくないんだ」

「あら? 先生意外と真面目ですね。わたくし、一度限りでそんな関係性を迫りはしませんよ?」


 あっけらかんと言い放つと、先生ははあ? と半ばあきれたように言葉を返します。


「その考えもどうなの? と思ってしまうけれど……。重要な部分はそこではないよ……。今のままだと、契約が成立しかねないんだ……」

「契約?」


 はて。わたくし先生と何か契約なんてしていましたっけ。まあ、先生は勝手にわたくしの持ち物に魔法陣貼ったりしてますから、何かしら契約が生じそうなものをどこかに貼り付けているのかもしれないですね。


「深くは聞かないでくれる? ただでさえ久しぶりに歩いつかれるのに精神まで削られたらもう帰れなくなっちゃうから……」


 頭がクラクラして来たのか、心なしか先生は暗い顔でこちらを見ていました。


「す、すいません」

「本当に反省している? 自分の発言を考えて、反省してよね」


 あ、先生。ほんとに怒ってます。目尻が斜め上に上がってこわーい。

 微妙な話題が続いたせいで、あたりに微妙な空気が漂っています。


「はあ……。こんな話題を出した僕がいけなかったんだ。子供の君にいうようなことじゃなかった。……ごめんね」

「そんなの大丈夫ですよ。だって前歴のわたくしは子供もいましたし、孫もいたんですよ。一族の後継を作るのも忍の義務でしたから。愛がなくても……というのはわたくしだって同じだったのですよ」


 忍の伴侶は最後まで忍のことを全く見ないような人間でした。でも忍もまた彼を見ていなかったのです。

 それでも一族の後継は作ったんですから、役割としては上出来だったんじゃないでしょうか。


 きっと今回の人生も、どこかで同じことが起こるでしょう。貴族として生まれていますから、義務の部分はより大きくなりそうです。


「リジェット。それは記憶であって今の君自身の経験ではない。今の君はまだ子供だ」


 先生の言葉を受けてわたくしは嘲笑を浮かべます。


「子供のままでいれたら、現実を見なくても済んだかもしれませんね」

「リジェット……」


 先生は困った顔をしていました。でもそれが現実ですもの。

 今のわたくしは気を抜くと、騎士学校でのことを思い出してしまいます。派閥争いだとか、わたくしの武力的価値だとか。

 滅入る気持ちを抑えようと、ふう、と軽く息を吐いたつもりが、ため息になってしまいます。


「わたくし、王都に来たらもっと素敵な選択肢がゴロゴロ転がっているのだと勘違いしていたのですよ。

 まあ、選択肢は増えましたか。望んでもいない第一王子の妃、とか第二王子の妃とか。世界が広がるといらない選択肢もついてくるのですね。

 きっとわたくしはこの人生でも愛する人と結ばれるなんて尊く、同時に脆い選択肢を選ぶできないでしょう。

 情をかけた関係性は弱みになり得ますから。

 与えられた無数の酷い選択肢の中から、選ぶことができるのはマシな選択をすることだけなんて笑えますよね」


 何かを一つ得るには何かを捨てなければならない。それはこの世の定石です。


 幸いリジェット、という生き方ではなりたいと願った騎士になることはできそうですし、何もかも得ることができなかった忍の人生に比べたら幾分まともです。

 これで素敵なパートナーまで欲しいわ、なんて言ったらバチが当たるでしょう。

 自嘲気味にいうと、先生は眉を下げて切なげな顔をしてこちらを見ていました。


「リジェット……君は……」

「なんですか、憐れみなんて入りませんよ」

「いや違うよ。じゃあ……僕が保証しようリジェット。君はきっとこれから素敵なパートナーに出会って素敵な恋愛をするんだ。……それこそ物語本に出てくるようなやつさ」

「ふふふ。なんですか、それ」


 きっと先生はわたくしを励まそうとしているのでしょう。でもそれが素っ頓狂でわたくしは笑ってしまいます。


「リジェットがパートナーと結婚式あげるってなったら、僕神父やるよ。ほら一応僕、シェナンだし。聖職者扱いでしょ」

「この世界の結婚式を行うのは神父ではなく、聖堂の聖職者でしょう。先生、肩書きだけでちっともシェナンらしい活動していないじゃないですか。そんなのただの一般人と変わりませんよ」


 言い捨てるようにいうと、先生はなぜか驚いたように目を丸くしています。


「人間……かあ……」


 少しだけ頬を高揚させながら嬉しそうな顔を見せました。


「どうかしましたか?」

「いや、やっぱり君を弟子にしてよかったなって今思っていたところ」

「え?」


 そう言った先生は不自然なほど嬉しそうで、わたくしは首を傾げてしまいます。

 はて、わたくし何か先生のご機嫌を取るようなこと言いましたっけ?


「僕が飽きるまでの期間なら一生弟子でいてくれていいよ」

「なんですかそれ。もう仕方がないですね。いいですよ。飽きるまで、弟子でいましょう」


 こうして先生の隣を歩いていると収まりがいいというか……とっても安心します。


 派閥争いもなく、フラットで、繋がりも深くなくて先生が飽きたら捨てられる。そんな希薄な関係ですが、変な縛りがなくて、息がしやすく、一番楽なのです。


 夕日がわたくしたちと王都の街をオレンジ色に染め上げています。その色に見惚れて、目を細めながらわたくしは街を歩いていきます。……改めてここがわたくしの居場所だと強く思いました。

クゥールのなんだか薄暗い過去がまた発覚しました。奴の闇の深さは沼。

でも、リジェットがいるとシリアスが成立しません。……彼女は本当にいい子ですね。物語的に。

情緒はゼロですが。

次は なんだかモヤモヤします です。


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