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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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85スミのお見舞いに向かいます


 先生の家で時間のあわいに足を踏み入れた週の週末、わたくしは先生とスミのお見舞いに行くことになりました。


 以前お会いした際にたんまり渡しておいたお手紙の魔法陣のおかげで、連絡は取り合えていますし、まだ動ける状態であることは把握できています。


 しかし情勢が不安定な今、スミが王都にいるのは危険なのではないかということで、今後スミがどうしていきたいかを先生も交えて一緒に相談することになったのです。


 先生に会うのもちょっとだけ久しぶりなので、なんだか不思議な感じです。いや、今までが合いすぎだったのかもしれませんが。


「リジェット、最近騎士団の様子はどう? やっぱりシハンクージャ王が変わったことでざわつき初めているかな?」


 先生はもうその情報を掴んでいるようです。


「そうですね……。一年生から討伐の実習がはじまったりと学校内だけでも色々変化はありますね。でも実地で学んだ方が普段学べぬことを学べて、勉強になりますよ」

「リジェットも微妙な時期に入学しちゃったよね。国内外、両方に視野を向けないとならないなんて」

「そうですね……。国内も情勢が安定していないというのに、隣国とも戦う可能性があるなんて、正直ちょっと不安ですね」


 ヘデリーお兄様のことを思います。


 実は以前お会いした時、王都からシハンクージャ国境沿いに戻らなくてはいけなくなったそうで、エドモンド様にその報告をしに来ていたそうなのです。


 シハンクージャは今、新たな王が立ったとされたばかり……。

 何事もなく、無事にいてくださればいいのですが……。


「せめて国内の王位継承争いが何事もなく終わってくれたらいいのにと思ってしまいますよね。二人の王子のどちらかが、早く叡智の王冠を得ることができればいいのですが……」


 その言葉に先生が厳しい表情を向けます。


「あの二人では……。あの魔術具は出現させることはできないだろう」


 何気ない先生の呟きが妙に引っかかります。


「叡智の王冠は魔術具……なんですか?」


 先生は露骨に、あ、やってしまったという表情を見せます。何、ぽろっと国家秘密言ってしまっているのですか⁉︎


「あの、大丈夫ですか⁉︎ それは禁則事項に引っかかりません⁉︎」

「まあ、大丈夫でしょ。これは魔術省の人間の間では有名な話だから。特に禁則を設ける事柄でもないから大丈夫だよ」

「ならいいのですが……」


 ぺろっと先生がとんでもないことを言ってしまったのでは内容で、わたくしは一安心しました。


 以前レナートが言っていたように先生って本当に迂闊なんだな、ということは身にしみていますから、先生の発言には注意したいところです。



 お手紙で知らされていた通り、スミとマハは以前泊まっていた宿と同じ宿に連泊していました。


 宿の受付ロビーに入ると、腕を組んだマハが待ってくれていました。


「マハ、お久しぶりですね」

「ああ」


 敬語を使う気が全くなさそうなマハは、相変わらずそっけない態度をとります。

 相変わらず年齢はきっとわたくしや先生よりも上なのだと思いますが、呪い子で見た目が幼いこともあり、どう見ても反抗期の子供のようにしか見えません。


 マハは何も言わずに無言でロビーから続く赤いカーペットが敷かれた廊下の方へと歩き出してしまったので、わたくしと先生は慌てて後についていきます。

 以前訪れた部屋は二階でしたが、今回案内されたのは別の一階の部屋でした。

 

 もしかしたら今のスミは日常生活内の階段の上がり下がりも厳しいのかもしれません。


 白木色の扉を開けると、薄緑色に小花があしらわれた壁紙が見えます。

 部屋を開けると、むわっと甘苦い匂いが広がりました。


 ……ああ、これは。わたくしは匂いを嗅いだだけで全てを察してしまいます。

 それは死にゆく人々が体の痛みを取るためだけに使う、強い薬の匂いでした。


 スミは本当にもう長くないのですね。それをこの薬の匂いからも痛感させられてしまいます。


「リジェット様、お越しいただきましてありがとうございます。本当はそちらの椅子でお話したいのですが、今日はどうしても体調がすぐれなくて。ベッドからのお話で失礼致しますね」

「ええ、そちらは問題ありませんよ。こちらこそ体調が悪い時にお邪魔してしまって申し訳ありません」

「きっと私はこれからもっと動けなくなっていきます。そうしたら、いつお会いしてもこのような状態になっていたと思いますから、リジェット様が気になさることはありませんよ」


 体調が悪いはずなのに、わたくしを気遣うような発言をするスミを見ていると、涙がじんわりと出てきてしまいます。


 一番辛いのはスミなんですから、わたくしが泣いても仕方がないのですが。


 わたくしはマハと一緒に机と椅子の位置をスミのベッドのあたりに動かし、そこに座ります。立っていた他の二人も座ったのを確認してから話し始めます。

 

「これ、わたくしがオルブライト領で作っているお茶なのですが……。心と体を癒やす効能があるので、休むのにちょうどいいかと思って持ってきました」


 わたくしは手土産で持ってきていた、マルト産のハーブティーを取り出します。ニエから送られてきた中で一番癒やしの効能が高いものを選びましたので、スミの体に少しでも効くといいな、と思い持ってきたものでした。


 受け取ったのはマハですが、スミはそれを見て嬉しそうな顔をします。


「ありがとうございます。ご心配おかけしてしまって申し訳ありませんね」


 今日の体調が悪そうなスミの様子を見た先生は、何か考えるような表情をした後、口を開きます。


「長居するのもよくないから、手短に話をしよう」

「そうですね」


 わたくしも頷きます。


「スミ。君は最近のハルツエクデン内の動きについて、どれだけ知っている?」

「そうですね……。王位継承争いがまとまらないうちに、シハンクージャとの情勢が危うくなってきた、というところまでは存じ上げております」

「すごいな、大体全部じゃないか」

「情報収集に関してはマハが得意な分野なのでお任せしています」


 マハの方を見ると、マハは腕を組みながら、ふん、鼻を鳴らす仕草をします。


「君が管理しているらしいシハンクージャの白纏たちはどうするの?」

「あちらには広域遮蔽の魔法陣を設置していますから、そこから出ない限りは戦時中も村自体を認識することができないと思います」

「広域遮蔽の魔法陣なんてよく持っていたね」

「あなたのお描きになった魔法陣ですよ、クゥール様」


 その言葉に先生は目を見開きます。


「ああ、シュナイザー商会に卸していたやつか。あんな高額なものが売れたって聞いて驚いたけど、君が買っていたのか」

「ええ。あれはとてもいい魔法陣でした。百貨店で売られる前に商会の方にお願いして、直接業者価格で買えましたからそこまでお高くはなかったですし……。あんないいものを描いていただいて、ありがとうございます」

「いや、僕も君に買ってもらえたなら安心だけど……。君自身は身を守る術を持っているようには見えないけれど大丈夫? 多分シハンクージャの兵が攻め込んだら王都は半壊状態になると思うけれど。それを踏まえて、王都を離れる気はないのかな?」

「ええ、ありません。王都を離れたら、大聖堂から遠くなってしまいますからね。戦乱の混乱に乗じて、グランドマザーも表舞台へ姿を現すかもしれませんし、私にとっては自分の初石の奪還がしやすくなるいい機会ですからね」

「なるほど、君はグランドマザーから石を取り返すつもりなのか。でもそう、うまく行くかな? 見たところ君はもう体の自由が利かなくなり始めているじゃないか」

「そうですね。でも、こんな時のために私財で様々な魔法陣を買い求めていますので、いざとなったら割となんとかなると思っていますよ。それにわたくし、この体がシハンクージャとの戦いが始まるまで、保つとは思っていないのですよ」


 その言葉にわたくしとマハは目を瞠ります。先生は予想の範囲内だったのか、特に動揺した様子はありません。


「ふうん、そう。ちなみに一応今後の目安として聞いて置きたいんだけども、君の見立てでは初石がない状態でどれくらいの生存できると思う?」

「先生!」


 調子が悪いスミにストレートにそんなことを聞くなんて、と先生を咎めます。しかし、先生は怯みまず、ズバズバと言葉を口にします。


「リジェット、これは重要なことなんだ。スミの寿命の長さによっては、準備できるものも異なってくるからね」


 生真面目な顔をした先生が、わたくしを静止させるように言い放ちます。


 先生はスミが石を取り戻すことに協力をするつもりですか?

 なんのために……。まさか、また暇潰し?


 でもそれにしては先生に理がないように見えるのです。


 スミは目を瞑り、自分と対話するように、思考する仕草を見せ、静かに目を見開き、言葉を発しました。


「そうですね……。あと一年くらいですね」

「いっ、一年……」


 その言葉を聞いて悲壮な顔をして声を漏らしたのはマハでした。血がスッと引いた顔色は見ているだけで、衝撃がわかるくらいでした。

 ずっと一緒に旅をしてきたマハにとって、その宣告は悲痛でしょう。


 うって変わって、先生は相変わらず平然とした表情です。


「思ったよりも長いね。でも、確かにその頃ならまだシハンクージャは攻め込んでこないだろう。王が変わってからすぐ侵略ができるわけないし。

 もしグランドマザーから最初の石を奪い返すとしても、用意に時間がかかりそうなものも多いから、そのくらい寿命があるのは助かる」

「スミは、この状態で一年も耐えないといけないのか⁉︎ もっと早く動けないのかよ⁉︎」


 マハは先生の衣服を掴み、問いただします。それを緩やかに退けた先生はそのまま言葉を続けます。


「いや、準備に時間は必要だ。相手は女神の羅針盤を持っている可能性が高いだろう」

「羅針盤? って何ですか?」

「女神が人に対して祝福を与えるために使う道具だよ。ベースが神力で作られているから、人を容易く操ることができる。ただし本人の気も狂うけどね」

「そんなものが、グランドマザーという方の手元にはあるのですか?」

「そのようなものがあるのならば、グランドマザーがそれを持っていると考えた方が無難かもしれません。そもそもグランドマザーが他人の石を取り込むなんて考えられないことだったのですよ。あの方は本当に優しく、慈悲深い方でしたから」

「明るく、屈託のない人間の方が狂うときは激しく狂うからね」


 先生は狂った人間をその目で見てきたような言い方をしました。もしかしたら王城にすんでいた時にそのような人に出会ったことがあるのでしょうか。


 ——まさか、現王だったりしませんよね。

 もしそうだったら、この国の行く末がますます不安になるのですが……。


「基本的に僕は君たちの計画の邪魔はしないよ。それどころか、協力しても良いかな、とまで思っている」

「え?」

「どうして協力してくださるのですか?」


 スミは真っ直ぐと先生の顔を見つめていいます。


「理由はいくつかありますが、まあ……暇だからですかね」

「暇だからってそんな理由で……。こっちはスミの生死がかかっているんだぞ!」


 何か熱風のようなものの気配を感じ、ぎょっとしながらマハの方を見ると、マハの怒りを表すように、ジリジリと焼ける炎が現れます。


 これは、熱の魔力の暴走⁉︎


 熱の要素を持ちその純度が高い人間は、温度変化に強いだけではなく、自分自身で周りの環境を変えてしまうという話を授業で聞いたことがありましたが、目の当たりにしたのは初めてのことでした。


「マハ! やめて!」


 スミは慌ててマハを落ち着かせようとします。

 ベッドから這いずり降り、炎に包まれたマハを恐れることなく抱きつきます。


「マハ……私はそこまでして生きたいなんて思わないわ。寿命を削ると知っても色盗みを続けたのは私だもの。自業自得なのよ」


 涙なからにスミがそういうと、マハは体から出ていた炎をおさめました。


「大丈夫ですか⁉︎ スミ、火傷はっ!」

「ええ。大丈夫ですよ。こう見えても聖の要素持ちで純度も高いので失った寿命は伸びませんが傷の修復は得意なんです」


 スミの腕の中でボロボロ泣いているマハはもう炎を出していませんでした。

 うー! と、子供が癇癪を起こすようにうなってベッドのふちを叩いていますが、これでも先ほどよりは落ち着いたように見えます。


「うわあー、珍しいね。感情であたりを燃やせるほどに熱の要素が強いの?」 

「マハは呪い子で無の要素も強くて、熱の要素も強いですし、魔力も豊富で、とってもすごい子なんですよ」


 スミはマハを自慢するような口調でしゃべります。体は辛いはずなのに、明るい声で——きっと彼女にとってマハは誇るべき人なのでしょう。


 そんなスミを見て、マハは涙を滲ませ、震える声で、絞り出すように話します。


「でも……。何にもスミのためにしてあげられないっ。役立たずだっ!」

「あなたは一緒にいてくれるだけでいいの。こんな体でもう動くのも難しいから、あなたが一緒にいてくれるだけで助かることがいっぱいあるでしょう?」


 窓辺から差し込む優しい光は、シーツに陰影を作ります。

 マハを抱きしめるスミは宗教画のような美しさがありました。



「クゥール様。あなたは女神を恨んでいるのですね?」

「え?」


 大体の話が終わった中で、スミは真っ直ぐな視線で先生に告げます。穏やかな瞳で、優しい響きで発したはずなのに、その言葉は突き刺すように先生を射抜いてしまったようです。

 

 先生の瞳は揺れていました。


「挑発しているように聞こえるんだけど」

「挑発……していますから」


 クスリと儚げに笑ったスミはどこか自虐的で、残りの命数の短い者が見せる、どうなってもいいや、という開き直りを感じます。


 え、待ってください。なんで今日こんなにみなさん血気盛んなんですか?


「この世界に無理やり連れてこられて、あなたは悲しかったですか? 激しく憤った?」


 空間の中に先生が置いたカップの音がカツン、と響きます。先生は表情ではにっこりと笑顔を作っていましたが、目の奥が全く笑っていません。どう見てもスミの発言にご立腹です。


「ちょっと、スミ……」


 不穏な空気を感じ取ったマハが慌ててスミを抑えます。


「だからあなたは、一見無鉄砲にさえ見えるリジェット様を気に入っていらっしゃるのですね」

「ああ、そうだよ。それが何か?」

「あなたは至極真っ当な方だと思いまして」

「そう思っていただけたんだったらよかったよ。こちらとしても君には信用に足りると思ってもらえた方が都合はいいからね」


 なんだか、この二人は似ていますね……。穏やかなようで、実は激昂型なのです。二人の冷ややかで、どこかグツグツとマグマが煮立っている目線の交わし合いを、わたくしとマハはあわあわとした目で見ていました。



 スミの家から寮への帰り道。わたくしは気になっていたことを先生に尋ねます。


「先生はどうして、スミの計画に協力するのですか?」


 その質問に、先生はおや? と少し驚いたような表情を見せます。


「君は僕がスミに協力することに反対?」

「いや! そんなことはありませんよ。わたくし個人としてはスミはとても良い方だと思いますし、好きだなあ、と思うところが多々ありますから、協力していただけるならありがたい限りなのですが……。なんというか、腑に落ちなくて」

「僕が対価なしに人助けをすることに違和感を覚えると?」

「まあ、開けっぴろげにいうならばそういった部分もあります。でもそれ以上に、先生はスミという人間のことをあまり好きではないでしょう? わたくしは彼女のことが好きですが、先生にとって不快であるなら無理に付き合ってくださらなくともいいのですよ?」


 その言葉を聞いた先生は困ったように苦笑します。


「うーん……。そうだね。なんて言えば良いんだろう……。これは僕個人の問題だからなあ」

「スミの見た目が好みの女性のタイプだったから、とかですか?」

「当たらずしも、遠からず」


 お! 意外な言葉が返ってきましたね。好きな子は虐めてしまうたちなのでしょうか?


「えっ! そうなんですか? じゃあわたくし先生とスミのことを応援した方がいいのかしら⁉︎」

「あのねえ、リジェット。僕は当たらずしも遠からずって言ったの。当たっていないから、そうではないんだよ」

「え? ではどうして……?」


 先生は苦い顔でこちらを見ています。


「そっか……。リジェットにこういう話題を振ると、トンチンカンの解釈をされて余計に拗れるのか……」


 先生はつぶやくように言った後、ゆらりと目の色を変えます。楽しげな話をしていた先程とは一変して、目に光はなく、奥行きが見えなくなります。


「僕はね。スミみたいな見た目と境遇の女を殺したことがあるんだよ」

「え……」


 思っても見ない言葉にわたくしは目を丸くすることしかできませんでした。





普段穏やかな人が怒るの、びゃっ! ってなりますよね。

そしてクゥールのワオ、な告白。


次更新は金曜日です。

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