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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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83自分の弱さと立場に向き合います


 わたくしは弱い。

 それを思い知った次の日から猛特訓が始まりました。


 自分の手札になりうる魔法陣の改良はもちろん、体力をつけるための朝の走り込み、剣の自主練習など、特訓の内容は多岐にわたります。


 そもそも、自分が騎士団の中でもそこそこ強い方だ、なんて思い上がっていたことが間違いだったのです。

 ヨーナスお兄様が入学初日にいった「実質お前が首席だった」という言葉を真に受けて自惚れていた自分が恥ずかしくてたまりません。


 ここは騎士を志すものが集まる騎士学校ですもの。強い方がいるのは当然です。しかもわたくしは体格的にも小さく、不利ですから、人一倍努力をしないと、同級生に追いつくことさえ許されません。


 戦いで受けた恥は戦いの場で返さなければ。努力を積み重ねて、いつか自分の実力でカーデリアに勝ちたい。そう思ったわたくしは再戦の日まで鍛錬を積むことをやめませんでした。


 わたくしががむしゃらに朝早くから日が落ちるまで、訓練に励む様子を見て最初はメラニアとエナハーンは呆れた表情を見せていましたが、三ヶ月も経つと、何もツッコミを入れなくなってきます。


 何を言っても気がすむまでやりたい性分なんだろうと思って下さったようです。


 そんな日々を続けていると季節はめぐり、外には雪がちらつくようになりました。常緑樹の葉はとうに落ち、幹から枝へのしなやかなラインが目立つ季節。


 空気は肌を刺すように冷たく、剣を振り息が上がる度に、白い吐息が漏れます。そんな、稽古に向かない、厳しい環境になっても、わたくしの特訓は続いていました。



 冬になると座学中心だった騎士学校の授業も、実技中心に変化していきます。その中で何回もカーデリアと手合わせする機会はありましたが、なかなか勝つことができません。


 生まれ持った魔力の差というものはやはり残酷です。

 魔法陣は原則として、魔力の多い人間が使用権を得ます。

 わたくしがいくら戦いの中で、改良した魔法陣を使おうと、魔力量の多いカーデリアは最も容易くその魔法陣の使用権を我が物にしてしまうのですから、なかなか歯が立ちません。


 でも……。努力せずに敗北を認めるなんて、みっともない真似はしたくないのです。

 魔法陣以外にも彼に勝つ手段を考えなければ……。

 最近のわたくしはそんなことばかり考えています。



 女子寮の前にある土地に遮蔽の魔法陣を展開し、外から見えないようにした専用練習場。そこでわたくしは今日も朝早くから剣を振り続けます。


 まだみんなは寝ている時間ですので、練習場は小鳥の声すらせず静まりかえっていました。


 基本の型から初めて、ひねりを加え体制を崩した状態での鍛錬へと型を変えていくのが、わたくしのいつものルーティーンです。


 でも最近、なんだかマンネリ化しているんですよね。これ以上ないくらいに、隙なく、極の極まで練習を繰り返しても、拭うことができないコレジャナイ感が、脳裏をよぎるのです。


 強くなりたい。そう思って剣を振っているのに……。わたくしが欲しい“本当の強さ“は剣の鍛錬では得られている感覚がないのです。


 どうやったら、わたくしは強くなれるのかしら。


 今日もその答えがわからないまま、首を傾げます。


 それでもわからないなりに、立ち止まっていたくなくて、一時間ほど剣を振ると、カーンと時間を知らせるかねがなります。


「あ、もう。学校に行かなければいけませんね」


 わたくしは練習中に荒らしてしまった地面の乱れを魔法陣で均してから自室へと戻っていきます。

 

 木製のドアを開け、温かい部屋に戻ると、起きたばかりのメラニアが朝食を用意しているところでした。


 今日はお粥のようなものを自分で作ったようです。手にもたれた小鍋の中から美味しそうな、スパイスが効いた穀物の匂いが漂ってきます。


「今日も朝練?」

「ええ。いつも通り。そうですね」


 寮にきたばかりの頃は身の回りのことをやるのも段取りが悪く、おぼつなかったメラニアですが、最近は慣れてきたのか、エナハーンの力を借りずとも準備をすることができるようになりました。 


「リジェットも早くご飯を食べたほうがいいよ。早くでないと、いい席が取れない。両派閥に入っている者の近くに座りたくないだろう?」

「そうですよね……。わたくしも急いでご飯を食べて、出る準備をいたします」


 ここ最近、騎士学校の中もずいぶん派閥が分かれてきていて、ギスギスした空気が感じられます。

 授業中の席も、派閥によって分かれて座る生徒が多く、休み時間になるたびに、どこかの教室で諍いあう声が聞こえてきます。


 学校は小さな社会、とは言いますが、正直ここまで派閥争いが表面上で行われるとは思っていませんでした。


 このような状態が続く中でわたくしが騎士学校に通わなければいけないことを危惧したのか、手紙の受け渡しができないはずの騎士学校の中で、お父様が後輩であるエドモンド様を使ってでも注意喚起のお手紙を届けようとするほどの異常事態です。


 ——唯一の救いは、寮内では派閥争いが起こっていないことですね。


 騎士団の女子寮にはわたくしとメラニアとエナハーン、それに上級生のステファニア先輩しかいませんが、皆派閥争いからは離れている方々ばかりなのです。


 メラニアとエナハーンも大きな領地持ちの貴族の出身ということもあり、中立の立場をとっていますし、ステファニア先輩のご実家は現王に仕えている家系ですので、次代の王位継承争いには関与しない立場にいるのです。


 できるだけ一人でいないように。放課後は授業が終わったら、すぐに寮に戻るように心がければ、今のうちはもうしばらく中立を保っていられるでしょう。


 ……と、たかを括っていたのですが、現実はそう、うまくいかないのですよね。



 その日、わたくしたちは授業を終え、寮に戻るところでした。真っ直ぐ寮に戻ろうとしていたところ、三人とも教官に呼び止められ、些末な雑用を頼ます。授業で使った書類を運んで欲しいとのことでした。頼まれてしまったからには仕方ありませんので、わたくしたちは三人で固まって、頼まれた資料を準備室へと運んでいるところでした。


 廊下を歩いていると、後ろから軍隊のように揃った不気味な足音が聞こえてきます。


「おい、そこの女ども」


 振り向くと、そこには同級生よりもひとまわり背の高い男子生徒が立っていました。その後ろにも数名、同じような背格好の生徒が集まるように固まっています。全員、首元のタイは青。ということは上級生ですね。


 顔ぶれをぐるりと見渡し、頭の中になんとなく入っている貴族リストと照合すると、公爵、侯爵家の子息達ばかりでした。大方この方々は第一王子率いる保守派の方々でしょう。


 よりによってこんなところで第一王子派の上級生に絡まれるなんて本当についていません。


「先輩方。私たちに何か御用ですか?」


 わたくしたちの中で一番爵位の高いメラニアがこの場を収めようと、先陣を切って先輩方に声をかけます。

 メラニアがどこの家の娘か検討がついたのか、上級生は挑発するような口調で話し始めます。


「君たちは今こんなに学園内で争いごとが起こっているというのに、自分たちは無関心です、という態度を貫いているだろう? それはいささか協調性がないのではないか。上級生からの指導が必要だろう?」

「協調性……。ものはいいようですね。あなた方が欲しいのは、自派閥の従順な私兵でしょう」

「よくわかっているじゃないか」


 この状況を早く切り抜けて寮に帰りたいな。そう思った時、廊下の少し先から教官が歩いてくるのが見えました。


 あのハゲ具合は、入学式の時にお世話になった学部長です!


 教官なら派閥争いを止めてくれる、そう思ったのにこちらに歩いてきた学部長はわたくし達の横を何も見えていなかったが如く、すっと素通りして行ってしまいました。


 ——む、無視ですか! な、な、な、なんてことを!


 一応拭けば飛ぶような存在ではありますが、教官達は個人感情や派閥、爵位に関わらず生徒達を指導する、という理念があったはずでしょう!


 わなわなと怒りで身を震わせていると、目の前でわたくしに『協調性の指導』をしていた上級生がラッキーとでも言わんばかりに左の口の端を持ち上げました。


「教官も私たちの指導には賛同のようだな。おい、やれ」


 彼がアゴで支持すると後ろに控えていた上級生の一人が、魔法陣を作動するのが見えます。一体なんの魔法陣を、と目を細めると、その全容が読み解けました。


 誓約の魔法陣⁉︎


 目を見開きます。まずいっ! どのくらいの精度のものかわかりませんが、あれが作動したらあちらの派閥に有利な誓約が結ばれてしまうでしょう。


 何がなんでも、あの方々と距離を取らねば!


 転移陣をこの場で描く。それしか方法がありませんが転移陣には位置情報を正確に書き出す必要があり、本来は最短でも十分ほど時間をかけて描く精密な魔法陣です。


 一発勝負で転移陣を書いたことはもちろんありません。でも……二人を無事に寮に返すためにはやるしかないのです。


 わたくしはネックレスの収納庫の中から紙とボールペンを取り出します。


 上級生から目をそらさぬようきおつけながら、手元の感覚で描き始めようと思った時、上級生の一人がわたくしに剣を振り上げて向かってきました。


 もちろん、両手が塞がってしまっているわたくしはそれを受け止められるだけの武器を持っていません。


 あ、切られる。


 そう思った時、目の前で何かが光ります。


「うわああああ‼︎」


 切りかかってこようとした上級生の体の周りに紫色の靄がまとわりついているように見えます。這いずり回る靄は、そのまま体の力を奪っているように見えます。


 あれは……先生がくださった、防衛の魔法陣⁉︎


 前に下さった時に「僕が考える中で、一番嫌なこと」が仕込まれていると言っていたあれですか⁉︎


 あの方、これからどうなってしまうのでしょう……。どんまいです……。考えただけでも恐ろしいので、考えることを放棄します。それよりもここから離脱しないと!


「何だ……こいつ……変な魔法陣使いやがる……」

「みたこともないぞ⁉︎ こんなもんっ⁉︎」


 上級生にまとわりついた靄はそのまま、広がったり縮まったり、不思議な動きをします。

 みんな見たことのない現象に焦っていますね。この隙に……!


 わたくしは、極限まで集中して線を引きます。少し歪みがある気がしますが、このくらいだったら作動するでしょう。


「二人ともっ! 陣の上に入ってくださいっ!」

「えええっ!」


 困惑する二人の腕を掴み、魔法陣の中に無理やり引き込むようにして、転移します。

 二人を引き摺り込むために、多量の魔力を要したのか、魔法陣はいつも以上に光を放ちましたが、なんとか作動したようです。


 わたくしたちはその場から離れることができたのです。



 意識が戻ると、わたくしたちは自分たちの寮の部屋に戻っていました。


「え……こっここ、寮の……わたくしたちの部屋……?」

「そうみたいですね、よかった……」


 ふうと息をつくと、エナハーンとメラニアは目を瞬かせています。


「多分、狙われているのはわたくしです。そう思うと、お二人はわたくしとは行動しない方がいいのかもしれないです……」


 わたくしはオルブライト家の子女として第一王子派、第二王子派両陣営に、狙われています。


 それはわたくし自身の問題なので、二人が巻き込まれるべきではないのです。先ほどの上級生たちはわたくしだけでなく、二人も巻き込んで誓約の魔法陣を使用しようとしていました。


 わたくしといると二人に迷惑がかかってしまいます。それだけは……避けたいのです。

 わたくしと一緒にいることで、二人の運命が歪んでしまいかねないのですから。


 今にも涙が溢れそうですが、仕方がありません。二人に強い視線を向けます。


「君は一人になりたいの?」


 メラニアが一切の笑いも見せず言った言葉が、胸に刺さります。


「そういうわけでは決してないのですが……」

「君はいつも一人でなんでも解決しようとするよね? そんなに私たちって頼りないかな?」

「そ、そうですよっ! 確かにわたくしたちは魔法陣を描くことはできませんし、リジェットよりも手札は少ないかもしれません。でっでも、あなたが持っていないものも、少なからず持っていると思うんですよ」

「一人でなんでもやろうとするな、リジェット」


 こんな目にあっても? 一緒にいてくれようとしてくれるだけでなく、力になってまでくれるというのでしょうか。

 わたくしは二人の懐の深さに、信じられない気持ちで二人を見ます。エナハーンも首を刻々振って同意していました。


「私たちがいたほうが、あいつらに立ち向かえる。なら、一緒にいればいいじゃないか」

「でも……」


 下を向いてはあー、と浅めに、長くため息をついたメラニアがこちらにまっすぐと視線をよこします。


「個人的に、この短期間だけの付き合いだけど、私はリジェットのことをとても面白いと思っているよ? 短期間で面白いと思うのならば、長期で付き合っていけば、もっと面白いに決まっているじゃないか」

「面白い?」


 きょとんとした顔をしていると、メラニアは目に強い力を持たせて頷きます。

 

「それに、私はスタンフォーツ家を出た身だ。実家の力を頼らずに、ゼロから人間関係と人脈を造らねばならない。そうなってきたときに、オルブライト家と縁が切れていない、リジェット、君は大きな手段になり得る」

「ちょ、ちょっとメラニア……。そ、それはあまりにも直接的に言い過ぎじゃない……?」


 このくらい言わないとリジェットには通じないよ、と小さい声で言ったメラニア。


「私だって、ここにきたのは自分の人生を生き抜くための手段を得るためだ。リジェットだってきっと同じようなものだろう? なら隠す必要もないだろう。元来、貴族の付き合いというものは、等価交換ありきのものだ。君ができることを私たちにくれたらいいんだ。

 ……私たちを使え、リジェット。一人になろうとするんじゃない」

「メラニア……」

「ま、まあ……。そうですね。こっこの状態でリジェットを一人にするような真似はわたくしにはできません」


 エナハーンも賛同するように言いますが、二人には一応主従がありますから、言い出しにくいのでは?


「エナハーンは……。無理してません? 本当はわたくしと距離をとりたいだとか思ってませんか?」


 心配になって、ちらりとエナハーンの顔を覗くと、いつもの怯えたような表情はスッととれた、冷静な蓄光性のピンク色の瞳がわたくしの顔を真っ直ぐにみています。

 

「わたくしは自分の友達くらい自分で選べます。無理なんかしていませんわ」


 吃りと揺れのない、真っ直ぐな声。これがエナハーン本来の声なのかもしれません。


「今はまだ、私たちに君を守れる余力がある。でも、いつか……。私たちが助けを求めたら、君は手を伸ばしてくれるかい?」

「それは! もちろん!」

「ならいいんだ。こういうのは助け合いだからね」


 ニッと笑ったメラニアの瞳は、魔鉱のようにきらりと輝いていました。



 ああ。二人に出会えて本当に良かったわ……。


 わたくしが騎士学校で得たものは個人の強さだけではない、かけがえのないものでした。





武力的な強さも騎士として大切な要素ですが、それ以外も大切です。

次は 記憶を開きます です。更新は明日予定。

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