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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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82席次はやはり正しかったです


 雲ひとつない晴れ晴れとした、青い空の今日。


 わたくしは今日という日が楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。

 なんといっても今日は待ちに待った、実技の授業日なのです。ああ、久しぶりに剣を振るうことができますよ……!


 この前の討伐実習は、みなさんが活躍しすぎて、最後まで魔法陣係に徹することしかできなかったのですよね……。


 それが、剣の稽古ではぶん回し放題です!

 

 剣を振るのが楽しみすぎて、今日はいつもよりも早く目が覚めてしまいましたし、朝から謎の武者震いがしていて、それを見たラマにとても怪訝な表情をされてしまいましたが……。

 そのくらいわたくしは楽しみでならなかったのですよ! あああ、体が嬉しさで震えます!


 武者振るいはこの頃座学ばっかりだったので、禁断症状が出たのでしょう。


 身支度を済ませ、朝ごはんを食べ、ルンルンになりながら、寮を出ようとするとエナハーンとメラニアもなんだか変な顔をしています。


「ねえ……。リジェット。そこまで楽しみ?」

「楽しみに決まっているじゃないですか! だってわたくし、剣を振るいたくて騎士学校に入ったんですよ?」

「あ……それ。心の底から本心だったんだ……。騎士学校に入ろうとする女の子って何かしら家の中でも訳ありだったり、居場所がなかったりで仕方なくってパターンが多いはずなんだけど、リジェットはそうじゃないってことだけはわかった……」


 心なしかげんなりとした表情のメラニアを見てわたくしが首を傾げていると、エナハーンが達観したような顔で囁きます。


「こ、この数日間で、リジェットは変わり者だってことはよく理解できました……」


 ため息をついた二人は心なしか表情も暗いように見えました。この言い方だと、二人は仕方なく騎士学校に入ったように聞こえますね。そのような身の上だと、これからの演習はさぞかし辛いでしょう。


 あんまり楽しみ感を表に出しすぎるのも、配慮が足りないかしら? と思いつつ、わたくしたちは今日の授業が行われる演習場へと足を進めました。



 演習場についたわたくしたちは、更衣室で甲冑が仕込まれた騎士服に着替えます。


 今日はこちらまでラマもついてきてくれたので、わたくしはラマに手伝ってもらいながら、それを身に纏っていきます。


 このタイプの騎士服を着るのは初めてですが実際に来てみると、一人では着にくいですね。ラマの手を借りないと後ろの留め具の部分が着ずらいです。メラニアとエナハーンは側仕えがいないので二人で着なければいけませんが、大丈夫でしょうか。


 いっそ一人で着脱できるようにできたら便利なのに……。


「騎士服を着やすくする魔法陣、なんてあったら便利ですよね……」


 そう呟くと、メラニアがギョッとした顔を見せました。


「あったら……。便利そうだけど、それが広まったら貴族と平民の差が縮まるよ?」

「あら? メラニアは差はあって然るべきものとお考えですか?」

「いや……そうではないけれど……」


 難しい顔をしたメラニアは真剣な顔をしながらこちらを見ています。


「リジェットはもしかしたら私たちが見ていないようなところでも、日常的に魔法陣を多用しているの?」

「そうですけども……」


 そうか……、と小さくつぶやいたメラニアはわたくしの目を金色の瞳で覗き込みます。


「もしかしたら、それは危険かもしれない」

「え? 危険?」

「リジェットのようにどんな魔法陣でも描ける人間は国全体でも希少価値が高いんだ。

 それに見たところ……。リジェットの魔法陣作成能力は現存している魔術師たちよりも高いんじゃない? 私の領地にも魔術師はいたけれど、彼らはあくまでも既存の魔法陣を描くことしかできていなかった。でも、リジェットは新しい魔法陣を創り出す、ということまでできるんだろう? それは私の目にも十分異端だと言うことがわかるよ。きっとそのレベルになると、普通は魔術省に入れられてしまうだろう」

「魔術省……」


 難しい顔をしてこちらを見たメラニアは腰に手を当て、ふう、とため息をつきます。


「君の様子を見ていると、心から騎士になりたくて、この学校に入ったということはよく理解できるよ。でも、本当に騎士になりたいならば、魔術を使用しているところを他人に見せるべきではないと私は思うよ」

「そうですよね……。わたくしの魔術の先生にも同じことを注意されていたのに、わたくしすっかり忘れて、多用してしまっていました……」

「一応、隠そうという気はあったんだね。それはよかった。今は……。王都はただでさえ難しい時期だから、実力は隠していた方が無難だろう?」


 それまでそばで話を聞いていたエナハーンもコクコク首を縦に降っています。


「リ、リジェット? お願いですから、派閥争いをする方々とは距離をとってくださいね。できれば、魔法陣を描いているところも露見しないようにしてください」

「……かしこまりました」


 二人はわたくしよりもずっと大人ですね。貴族としての立場もよく理解していますし、より広い視野でものをきちんと見ているように思います。


 オルブライトの屋敷では同世代の子供たちと関わる機会もあまりなかったですし、わたくしはあの屋敷でいかにお姫様扱いされて、特別扱いをされていたのかということがよくわかります。


 わたくしも……。ここでうまくやっていくために、色々考えていかないとですね……。

 よーし。二人がいう通り、面倒なことに巻き込まれたくはありませんから、わたくしは頬をペチンと叩き、気を引き締めます。



 演習場には、一年生たちが集められていました。わたくしたちはそのうしろの列に混じるように、列に加わります。


「これから、実践実習を始める。今日の授業は二人ずつペアで行うので、各自二人組になってくれ。己の力量を踏まえて、同じくらいの相手と組むように。以前から剣の稽古を積んでいるものは経験者同士で組んだ方がいいからな」


 その言葉にわたくしたちは顔を見合わせます。わたくしは屋敷で剣の稽古を行っていましたが、二人はそれほど……と前に聞いたことがあります。


 今日のところはメラニアとエナハーンは二人でペアになった方が安心ですから、そうするとわたくしが余りますね。

 どなたか無難な方とペアを組まなければ、と思い辺りを見回すと、後ろから声がかかりました。


「もしかして、人数、余っています? もしよければ、一緒に組んでもらえると嬉しいんですけど」

「あら、あなたは……」


 声をかけてきたのはクルゲンフォーシュ家の子息、カーデリアでした。少年らしさは兼ね備えながらも、魔力の多さを見に表したような立派な黒髪。そして上品な、立ち振る舞い……。


 しかもあの第二王子でさえ、やり込めてしまえるだけの器量がある、人格者です。わたくしに近づいた彼の様子を見た担当教官は、安心したような表情を見せています。

 実習中に人数的に余ってしまった女子生徒に声をかける様は、優等生そのものですね。


 あら……。この感じは点数稼ぎに利用された感じかしら。


 カーデリアは近くで見ると、背が高く、いかにも騎士向きと言わんばかりの体型をしています。

 いいところのおぼっちゃまと言うよりは、運動も第二王子の補佐もこなす、文武両道の秀才タイプのようですね。


 剣のお稽古大好きっ子のわたくしとしては猛烈に戦ってみたい……。戦ってみたいの相手なのですが……。


 わたくしは自分の欲望を抑えながらうーんと今の状況を見直します。


 己がどの派閥にも属さないために、どの派閥の人間ともかかわらないように、とステファニア先輩に注意された途端、これですか……。

 これっきりなら避けることもできそうですが、うまく糸口を掴まれて、交友関係が出来上がってしまうと、とても厄介な状況に陥ってしまう気がします。


 この状況を先生が拝見したら、間違いなく迂闊だと言われてしまうでしょう。


 ……ここはやはり、違う方と組んだ方がいいかしら。特に当たり障りのない平民の生徒だとかと組んだほうが……と思い周りをもう一度見ますが、他の方はあらかたペアが仕上がってしまっているようで、余っている方は見当たりません。


 というか彼がわたくしに声をかけた瞬間、周りにいた生徒達が波が引くように消えていった気がします……。

 うう……なんだか、策略めいたものを感じて、いやな気分になりますが、この方と組むしかなさそうですね。


 わたくしの方を見た少年は、ニッと人懐っこい笑顔を見せた後口を開きます。


「今日、模擬演習のパートナーになったカーデリア・クルゲンフォーシュです。よろしく」

「あ、わたくしは……」


 カーデリアはわたくしと一度会っているにもかかわらず、初対面のふりを押し通したいようです。あまり接点がないはずのオルブライト家の子女と今の時点で繋がりがある、と言うのは第二王子とゆかりのあるクルゲンフォーシュ家にとって不都合なのでしょう。


 頭を捻りながら、一応自分も相手の流儀をなぞろうと、名前を名乗ろうとすると、カーデリアに制されます。


「君は……、よく知っているよ。リジェット・オルブライトだね」

 

 え、初対面を気取るんじゃなかったの? この噛み合わない感じにモヤモヤしながら腕をさすります。 

 あちらにとって、わたくしは嫁候補というわけですから知っている、という体?


 と、いうことは……。やはりこれも派閥争いの一環なのかしら。


 もうこの状態がよくわからなくなってきました。つかみどころがなく、掴もうと手を伸ばしてもするりと抜けていく糸を追いかけているような途方もない気分になります。


 ええい。こうなったら、剣で語り合おうではないですか。この方がどんな方のなのか、よく見極めなければなりませんね。

 お手並み拝見といきましょう。



「各自距離をとり、打ち合いを始めるように」


 教官の一言で生徒たちが、動き始めます。

 カーデリアはこちらを見て、にっこりと笑みを作り、あちらで練習をしようと言ってきました。


 移動しながら、わたくしは考えてしまいます。

 クルゲンフォーシュ家の方に、反逆者の剣を見せることはできません。


 ネックレスとしてかけている、反逆者の剣を服の下にしまいます。今回は出番がないですね。わたくしは騎士学校で配られた、練習用の剣で模擬演習に挑むことにいたしました。


 周りの生徒から、少し距離をとるとカーデリアは腰に刺してあった剣をスッと抜きました。


 彼の手にもたれた剣は騎士学校で配布された剣とは明らかに違うので、彼の私物なのでしょう。その剣は見たことのない鈍色に光っていました。


 ヘデリーお兄様の軽くて、刺すことに特化した剣とは違う、重厚感がある素材の剣のようです。人が良さそうで、軽やかな印象を持つ、カーデリアがあのような剣を使っているということに少し驚きながらも、自分の剣を目の前に構えます。


「じゃ、始めようか」


 ニッと笑ったカーデリアはそのまま上に飛び上がります。


 え、早い。と思ったのも束の間。カーデリアはわたくしの目の前まで降り立つと、剣をわたくしの胴めがけて勢いよく振りはらいます。


 容赦ない攻撃に、息を呑む暇もありません。


 身を翻し、なんとかその攻撃を受け流します。

 受け流し、体制を整えたのも束の間、またもや矢のように鋭く速い、斬撃が走ります。


 ——っ⁉︎ 待ってください。この方思ったより、幾分強いのですが!


 カーデリアは身長に恵まれていて、手足も長いので、リーチが長く、腕は簡単にこちらに届いてしまいます。わたくしは必死にその剣を避けることしかできません。


 冷静に、カーデリアの攻撃を見極め、攻撃に転じるための隙を狙いますが、力で押されてしまい、なかなか守りの体制から抜け出すことができません。


 まずいっ! そう思った瞬間、下から振り上げられたカーデリアの剣が、わたくしの手元の剣を弾き飛ばしました。カン、と音を立てたそれは、無惨にも地面へと向かっていきます。


「っ!」


 弾かれた剣が宙を舞い、地面に刺さります。

 手から剣が失われたと言うことは敗退を意味します。カーデリアは涼しい顔をして首を傾げながらこちらを見ていました。


「うーん、とりあえず今日はここまでかな?」


 この日わたくしは初めて、同級生に負けるという経験をしたのです。



 わたくしが大勢を立て直した後、カーデリアは嬉しそうに微笑みながら、今日の手合わせの様子を語ります。


「君は女性だけど、なかなか筋がいいね。君がどれだけ出来るか確認しようと思っていたけど、十分に動けるようで安心したよ」

「そうですか……」


 その言葉に何もいえなくなってしまいます。カーデリアが口にした、女性だからと言う枕詞がなぜだか胸にもやもやをもたらします。

 きっと彼に悪気など無いのです。


 純粋にわたくしの剣筋が思ったよりも鋭かったことに驚いてな言葉でしょう。しかし、彼がわたくしのことを格下だと思っているのは明確です。


 そのことがひどく悔しくてならないのでした。



「リジェット……。落ち込んでいる?」


 授業終わりにメラニアがこちらに駆け寄ってきます。わたくしはいつも通りを装っていたつもりでしたが、どうやら落ち込みを隠し通せていなかったようです。


「多分……。わたくしには驕りがあったんですわ……」


 自分は誰よりも努力していると……強いと思っていました。恥ずかしながらヨーナスお兄様がいっていた、本来はわたくしが首席だったという事実を鵜呑みにしていたのかもしれません。


 入学試験当初であれば、同級生の中で一番実力があったのはわたくしだったかもしれません。


 しかし、そんなもの少しの才能でひっくり返されてしまいます。カーデリアは体格も恵まれています。それに第二王子の血縁と言うこともあり、期待されることも多くわたくしよりもたくさんの努力を要求される立場にいたことも想像できますから。強くなるのは当たり前です。


 わたくしは弱い。その事実だけが目の前に転がっているだけなのです。


 はあ。とため息をついた後、わたくしは思考を巡らせます。

 

 ——じゃあ、どうやって強くなれば良いのでしょう。


 わたくしはすぐさま気持ちを切り替えて、次のことを考え始めます。

 がむしゃらに努力をしたって才能ある人には勝てないのですから、努力の仕方を考えなければなりません。


「今日あの方に負けたのは意味があったのだと思います。あの方と剣を交えたことで、わたくしに明確に足りないことが分かりましたから」

「リジェット?」


 メラニアは心配そうに眉を下げ、わたくしの顔を覗き込みました。心配いらないよ、と首を振って答えます。


「負けっぱなしは悔しいですからわたくしあの方に次の模擬演習では絶対に勝ちたいです。……そうなると身体強化の魔法陣も再度調整しなければなりませんし、メイン以外の剣にも細工を施さねばなりませんね」


 今のわたくしの装備は反逆者の剣に頼っているところが少なからずあって、他の剣に対しての魔法陣付与が薄くなっているのです。


 いつだって反逆者の剣が万全に使えるとは限りませんし、他の剣でも同じような働きができるように改造を施しておくほうが無難でしょう。


 もしかしたら、剣だけでなく他の手段も考えておいた方がいいかもしれません。模擬演習にはむきませんが、実戦の場合、相手を足止めするために毒なども有効でしょうし、それをうまく敵に与えるために投げられるような道具があってもいいかもしれません。


 考え始めると、やれることはたくさんあることに気がつきます。弱いところを埋めて、補強していくことで、わたくしはまだまだ強くなれるはず! 目標があると言うことは素晴らしいことですね。


「うおお……。リジェット、燃えているねえ。負けず嫌いだな……。というか切り替えがはやーい……」

「ええ。負けっぱなしなんて、わたくしのプライドが許しませんから」


 わたくしはふふふ……、と笑いが止まりません。


 下を向いて落ち込み続けるなんて、わたくしらしくありません。いつでも今の状況から、最善の選択肢を選び取って、前に突き進むのみなのです!




リジェットは負けない子です。

ストックつくりのため次回更新は金曜日です。

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