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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
84/157

78第二王子に脅されます

【本文】


 先生のおうちに魔術具を作りに行った次の日。

 わたくしと同室の二人はいつものように騎士学校の校舎を歩いていました。


 すると、教官の一人に呼び止められます。


「エナハーン、ステファニア、こちらへ。補講について話がある。……ああ、リジェット・オルブライトは……今回対象でないので、先に教室に向かってもらって構わない」


 あら……補習ですか。きっとわたくしが対象から外れているということは、剣術の授業なのでしょう。


「ごめん、リジェット。先に教室に向かっていてくれないか?」


 メラニアは眉を下げています。

 通常の授業なら、ここで一緒に待っていたいところですが、次の魔術基礎の授業はクラスに分かれずに、一学年全員が同じ部屋で、授業を受ける科目です。


 早く行かねば、いい席は埋まってしまいますから、わたくしだけでも先に行って、席をとっておいた方がいいでしょう。


「そうですね……。では先に行って席をとっておきますね」

「ひっ一人でいくの? だ、大丈夫?」


 心配そうに見つめるわたくしを見つめる、エナハーンの気持ちを解きたいわたくしは、笑顔で返事をします。


「大丈夫ですよ? ちゃーんと席はとっておきますし、変な人に話しかけられそうになる前に逃げますって」

「そ、そう?」

「そうですよ! ではわたくしは先に行っていますね!」


 わたくしは二人のもとから離れて、一人で教室に向かいました。



 二人と別れた教官室がある棟から、魔術基礎の授業が行われる、教室までは中庭を挟む、渡り廊下を進めばすぐに向かうことができます。

 大した距離はありませんし、一人で進んでも問題はないでしょう。


 誰も話しかけられぬよう、急いで教室に駆け込もうとしたその時です。


「おい、そこの髪の白い女。立ち止まれ」


 後ろならば聞こえないフリをして、急ぎ足で去ってしまおうかと思いましたが、声は前から聞こえてきました。


 ——うっ。髪の白い女ってわたくししかいませんよね。


 進むべき方向から聞こえる尊大な声に眉をひそめたわたくしは、恐る恐る顔をあげます。

 目の前には待ち構えたように第二王子ことアルフレッド王子が立っていました。


 腰に手を当てて太々しい感じを全面に押し出して……。


 このタイミングでハチあってしまうなんて、わたくしは……。なんて運が悪いのでしょう……。

 一人にならないように、自分では細心の注意を払っていたつもりでしたが、それでは足りなかったようです。


「オルブライトの娘。見るたびにお前は娘らしくなるな。そろそろ、我が陣営に入る気になったか?」

「騎士に娘らしさは必要ありませんから。大事なのは強さです」

「なるほど? 勇ましさは変わっていないようだな。まだクゥールの家に通っているのか? あいつはどうしようもない紛い物だから、心を預けすぎない方が良いであろうに。あいつは救いようのない愚か者だ」


 そう言ったアルフレッド王子はわたくしの耳に視線をやりました。


「それは……。クゥールの色だな。ほう? お前たちはそう言った間柄だったのか? だが、それは私には目障りだな」


 そう言った、アルフレッド王子は腰に刺してあった剣を抜き、一気に振り上げます。

 それは目にも留まらぬ速さで、耳元の魔術具横、ギリギリのところですり抜けていきました。チリリと切れた髪が舞い、わたくしはそちらに恐る恐る視線をやって目をひん剥きます。


 この方……。今、魔術具をわたくしの耳ごと切り落とそうとしましたか⁉︎


 昨日作った魔術具にためてあった魔力を使い切ってなんとか避けることがでしました。これがなかったら、王子の動きを避けられなかったかもしれません。


 急に剣を抜くなんて信じられない。そんな軽蔑した視線を向けると、アルフレッド王子はさも愉快そうに笑っています。


「ほう……。避けたか。素早いではないか。さすが騎士学校に入学できただけはあるな。動の要素はさほど持っていなそうだが、魔法陣で補っているのか?」

「黙秘します」

「ほう? いい度胸だ」


 そう言って、アルフレッド王子はニタアッとした悪役ズラの笑みを顔に貼り付けて言葉を続けます。


 そしてまずいです……。アルフレッド王子がどんどんこちらに向かってくるので、それから後ずさりをしていたら、渡り廊下からどんどんそれて、校舎の壁に追いやられてしまいました。


 行き止まりの壁に背中をつけると、アルフレッド王子はわたくしを逃すまいと、わたくしの両手を頭の上で掴み羽交い締めにしてきます。


 それからすり抜けようと、身体強化の魔法陣をフルに使って、みじろぎをしますが、アルフレッド王子はわたくしよりも力が強いらしく、うんともすんともいたしません。


 う、うわあ! 完全に捕まってしまいました。


「お前がこの色の石を身につけることを私は許可できない」

「どうして、わたくしが魔術具を身につけることに対して、あなたの許可が必要なのですか⁉︎」


 食いかかるよう言うと、アルフレッド王子は妙なことを口走ります。


「お前はいずれ、私の妻になるだろう?」

「は⁉︎」


 とんでもないセリフに、わたくしは目を丸くしてしまいます。どうしてこの方はそれを決定事項のように言うのでしょうか? 意味がわかりません。


「お前はオルブライト家の娘だ。地位も申し分ない」

「わたくしはあなたの妻にはなりません。と言うかなれないでしょう。ただでさえ黒持ちの存在が重要視されている王族内に、わたくしのような色のものが入るのは問題でしょう? ……わたくしは白纏の子ですから、あなたがいくら綺麗に染めあげようと思っても、染まり切ることはないでしょう?」

「そうか……。お前はまだ知らないのか」

「何をですか?」


 わたくしが顔を歪めて問うと、アルフレッド王子は首を横に振ります。


「気にするな。それは私だけが知っていれば良いことだ」


 白纏の子にはまだ何か秘密があるのでしょうか。わたくしはその秘密の全てをスミに聞けなかったことを悔む気持ちでいっぱいです。


「魔法陣を描くことができる人間は残念ながら少ない。しかもお前は白纏だ。これ以上にないくらい使い勝手が良い人材じゃないか。私はお前が欲しい。だから直々に声をかけてやっているだろう?」

「それはお手数おかけいたしました。ですが、わたくしはオルブライト家の意思のもと、どちらの王子の陣営にも入らず、中立を貫きたいと考えています」


 わたくしはヨーナスお兄様に言われた通りの言葉をアルフレッド王子に返します。しかしその返答にアルフレッド王子はちっとも納得していないようです。


「オルブライト家は中立というが……。お前の兄の……。ユリアーンと言ったか? オルブライト家の長子は……。あの者は、第一王子の近侍騎士ではないか」

「それはそうですが……。騎士団の配属がそうだっただけで、自分で選んだ訳ではないでしょう?」


 そうわたくしがいうと、アルフレッド王子は鼻で笑うような仕草を見せます。


「自分で選んでいない? おかしなことを言うんだな。例え選んでいなくとも、主を選ばねばならぬことは多々ある。しかし重要なのは従い続けていると言う事実だ。本当に使えたくなかったら、意思のある従者はどんな手を使ってでもそのものから離れるだろう。お前の兄はオルブライト家の長子なのだから、その程度のことは容易いはずだ。しかし……奴はそれをしていないがな」


 ニヤリと笑ったアルフレッド王子はわたくしの顔を見て悪辣に笑います。


「つくづく、あの者は愚かな選択をした」


 突然のユリアーンお兄様軽視発言に、わたくしはついムッとして、言い返してしまいます。


「ユリアーンお兄様は主人を自分の意思で選択したのでしょう。その選択を愚弄しないでください」


 アルフレッド王子はそれを聞くと口の左端だけをあげた、人を嘲笑うような歪な笑い方を見せました。


 ……この方は人を不愉快にするのがとってもお上手なようですね。


「そうは言っても、愚の骨頂だろう? お前はいずれ、私に仕えることになるのだから」

「わたくしは王家の剣として、戦うのであって、あなた個人のために刃を振るうのではありません」

「そういつまで、言っていられるだろうな」


 わたくしの反応に面白いとばかりに表情を歪めたアルフレッド王子はわたくしの耳元で囁くように、言葉を口にしました。


「白纏、覚えておけ。お前を一番うまく使えるのは、俺だ。俺の陣営に入れ、リジェット」

「お断りします」

「私が直々に守ってやろうと言っているのだぞ?」

「守る? 身柄を取り押さえて、自分の駒として使おうの間違えでしょう?」

「口が減らない女だな」


 そう言ったアルフレッド王子は掴んだわたくしの両手をより強く壁に押し付けます。


 このまま、わたくしが『はい』というまで拘束するつもりでしょう。



 ——突然ですが、皆さん。壁にドンと押しつけられ、身動きを封じられた時の対処法をご存じでしょうか。


 意外と簡単なので覚えておいてくださいね。


 1 壁にドンしてきた相手の腕を自分の腕で掴みます。

 2 そのまま体重をかけるように、足を地面からパッと離します。

 3 すると掴んだ方はバランスを崩すのです。


「おわっ⁉︎」


 いきなりの行動にアルフレッド王子は狙い通り、体制を崩しました。まつげがびっしりと生えた美しい目を丸くしてわたくしを見ています。


 ……4 その隙に逃げましょう。


 受け身を取るのは訓練でやっているので大得意です。授業でももちろんですが、王都にやってきてからはラマと個人訓練で襲われたときの対策を練って、重点的にその動きを練習していたのです。


 そうしてわたくしはそこからスタコラと逃げ出しました。



 走って渡り廊下へ戻り、教室のある棟へと移動していると、後ろからアルフレッド王子の尊大なそれとは違う、聴き慣れた声が聞こえてきました。


「えっ? ど、どうしてリジェットがまだここにいるの?」


 その声に後ろを振り向くと、エナハーンとメラニアがいました。二人とも小走りで、教室に向かっていたらしく、息が上がっています。


「申し訳ありません……。実は第二王子に話しかけられて、足止めを食らってしまいまして……」

「第二王子⁉︎」


 メラニアはその答えによほど驚いたのか、声がひっくり返っていました。


「だ、大丈夫? な、何もされなかった?」

「なんとか……」


 エナハーンも涙目になって、わたくしの肩を揺さぶっていました。


「や、やっぱり……。リジェットを一人にはしちゃいけないんだ……」

「心配かけて本当にごめんなさい」

「あ! もう鐘が鳴っちゃうよ⁉︎ 急がなくちゃ!」


 焦ったメラニアの声で、今の状況のまずさに気がついたわたくしたちは全速力で走って魔術基礎の授業が行われる、教室に向かいました。



 遅れて行った魔術基礎の授業はやはり、残念ながらいい席は撮ることができず、わたくしたちは一番後ろの席に追いやられてしまいました。しかし、幸いなことに、魔術基礎の授業はだいたい先生に習ったことばかりでしたので、わたくしは二人に席が取れなかったことの罪滅ぼしとして授業を簡略化して、二人に教えなおすことができました。


 その内容は授業より、幾分わかりやすかったようで、二人からは大変好評だったのです。


「思ったのですが、騎士学校内とはいえ、一人で出歩くと様々な方に声をかけられて面倒だと思うのですよね」

「うーんでも歩かずにどこかに行けるわけでもないし……」

「歩かずにいける方法、ありますよね?」

「え?」

「学校内の至る所に転移陣を張り巡らせればいいのではないかと思って」

「は⁉︎ 何言っているの?」


メラニアは目を机に落としてしまいそうなくらい驚いています。魔法陣は通常高価な品物ですものね。


「ちなみに……。この魔法陣の対価ってなに?」

「願いですよ。できるだけ、魔力を使いたくないわたくし用に改良を施しているので魔力も必要としません」

「リジェットはそんな高度な転移陣も描けるの⁉︎」


 二人はぎょっとした顔をしています。


「はい。魔術を教えてくださった、先生にはあまり言うなとは言われていたのですが、こうなってしまったら仕方ありませんし、手段を選んでいられないと思うのですよね」


 にこりと笑うと、二人は引き攣った顔をしています。


「ねえ、リジェット? 常識って知っている?」

「常識とは役に立たないけれど、世間一般の基準である、と言うことは存じておりますよ?」



 校舎内をめぐると魔法陣を貼り付けられそうなポイントがいくつも見つかります。


「こっここならどう? 人通りもない感じだし、大丈夫そう」

「いいじゃないですかではそこに魔法陣を取り付けましょう」


 そう言うとエナハーンは遠慮がちに魔法陣を壁に貼り付けました。

 校舎の見取り図を見ながら、授業に向かう際に立ち降りたい場所を考え、次々に転移陣を貼り付けていきます。


 授業で使う教室はもちろんですけど、実習時に使う演習場や、エドモンド様がいらっしゃる教科準備室近くにも転移陣を貼り付けていきます。もちろん、人目につきにくいように場所は吟味していますよ?


 全部で四十箇所ほど貼り付ければ、騎士学校は網羅できます。これでスムーズに移動ができますね。


「よし、これでいいでしょう」


 ふう〜と息を吐きながらわたくしは額の汗を拭います。


「騎士学校内に自分用の転移陣を作りつけようとした人間が、今までにいただろうか……」

「い、いないでしょうね……」


 む、いますよ。わたくしの先生がやっています。


 二人はわたくしに振り回されたせいで、ちょっと疲れた表情を見せていますが、きっとそのうちわたくしのこの感じにもなれるでしょう!

 

 




こっちの話が先でした。

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