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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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76魔力補助用具(魔術具)を作ります


 平日の放課後、わたくしは先生の家に来ていました。先日、話していた魔力補填の魔術具作成のために臨時魔術教室を開催するためです。


 久しぶりに来た先生の家は前と変わらず、綺麗に片付いていて、かつ生活感のある空間が広がっていました。


 変わったところといえば、少し植物が増えたところでしょうか。


「先生、最近は植物を育てることに心を傾けていますの? 随分増えた気がしますが……」

「最近ちょっと色々あったから……。癒やしが欲しくてついね」

「あら……なんだかわたくし、先生に謝らなくてはいけない気がしてきました」


 王都に来てからも先生のことを振り回してしまっているので、先生は疲れてしまっているのかもしれません。

 わたくしの発言に先生は少し苦笑していました。


「あと、リジェットと一緒にマルトに行ってから薬草にも興味が出てきてね。もしかしたら僕が育てたことで何か違う効果が出るかもしれないだろう?」

「それは……。大変興味深いですね」


 魔力の質がこの世界の住民とは違う先生が薬草を育てたら、すごいことになりそうだ、という期待が胸に広がります。


 わたくしのハーブティー作りにも役立つかもしれない、と思考を巡らせたあたりで先生から、ストップの声がかかります。


「でも、今日のメインはそれじゃないでしょう?」

「そうでした! 今日は魔力補填の魔術具を作るのですよね!」


 その言葉にわたくしはぱあっと目を輝かせます。ほぼゼロ魔力のわたくしが魔力を使いすぎてつるっぱげになることを防ぐためにも、魔術具は必須なのです。


 センスがよろしい先生に任せておけば、見た目だってとっても素敵な魔術具ができるでしょう。

 腕まくりをしてやる気満々のわたくしを見て、先生はクスリと嬉しそうに笑いました。



 先生は用意してあった魔鉱をテーブルの上に広げます。


 そこには色とりどりの魔鉱物が並んでいました。ベーシックな金色のものから、虹色に光るものまで、二十種類ほどのものがゴロゴロと置かれています。大きさも拳大のものから、小指の先程の小さなものまで、ここは街にある魔鉱屋さんより、種類が豊富なのでは? と唸ってしまうほど、数多く取りそろえられています。


「さあ、これが魔力補填の魔術具の材料だよ」


 先生はさも、ここに数多くの魔鉱があるのは当たり前、という顔で先を進めようとしますが、こんなに種類を集めるのは大変だったのではないでしょうか?

 先日シュナイザー百貨店で買ったもの以上の種類がありますから、先生自身のコレクションも運び出されているに違いありません。


「随分たくさん用意しましたね……。こんなに使うんですか?」

「これはリジェット特別仕様だよ。普通だったら、この中の一つでもあれば、魔力補助用具として成立するものが作れる。

 ……だけど、リジェットの場合、試しながら作らないと魔力が増えるかもわからないからね。とりあえず、作れそうなものをできるだけ持ってきてみた」


 わあ……。そうだったのですね。

 集めるのに苦労をしたよ、と話す先生のくたびれ具合から、その大変さが容易に想像できます。

 先生、不肖の弟子にここまで手を尽くしてくださって、本当にありがとうございます!


「まずは何をすればいいのですか?」

「魔力がちゃんと溜まるかを確認しなくちゃだから、魔鉱物との相性を確認しようか。リジェット、この魔鉱を端から握ってみて?」


 そう促されたわたくしは、魔鉱を手にとります。まずは最初に目についた金色の魔鉱から握ります。


「このあとどうすればいいのですか?」

「これにきちんと魔力が入ったか確認するんだ。相性のいい魔鉱だと、握っただけで魔力が籠るから……」


 ということは、この魔鉱にわたくしの魔力が少量ですが吸われてしまうのですね?

 また髪が伸びなくなりそうだ、と内心がっかりしながらもわたくしはその作業に取り組みます。

 でもこの魔術具ができたら、他の素材から魔力を得ることができるようになりますから。


 わたくしが握って魔力を込めた魔鉱を受け取った先生は、測定に使うであろう魔法陣を紙に描き、魔鉱をその上に置いていきます。

 どうやらそれで魔力が籠ったかどうかがわかるようです。


「先生! どうですか?」


 期待に満ちた目で、先生を見ましたが、先生の表情は優れません。


「ダメだね……。全然、魔力が籠っていない。思ったよりリジェットの魔力は微量だな……。これにこもれば、一番単価が安い魔鉱だったから、安上がりだったんだけどな……」

「高い女で申し訳ありません」


 少し茶化して言うと、先生は平然と答えを返します。


「いいよ。僕、たくさんお金持っているから気にしないで」


 一度は言ってみたいセリフを披露した先生は、そのままわたくしに次の魔鉱を手渡します。


 くっ! 羨ましい! わたくしだって、いつか……。材料費を気にしないようになって見せるのですから。


 次に手渡された黒っぽい魔鉱も変化なしです。そこから、幾つかの魔鉱を握り魔法陣に乗せる作業を繰り返しましたが、どれにも魔力が籠った反応が見られません。


「これもダメか……。ってなると最後はこれしかないんだけど……。これか……」


 渋る様子の先生が珍しくてわたくしはつい尋ねてしまいます。


「この虹色の魔鉱、何か特別なものなのですか?」

「これは……。一度魔力を込めると変質してしまうから、確かめてダメだったら、何にも使えなくなってしまう魔鉱なんだよね。そのくせ、貴重だから、ちょっと渋っちゃった」


 その言葉に目を大きく見開きます。

 どうやらそれはお金でどうにかできる代物ではなく、出回っている数が少ないものだそうです。


「ええ! そんなものまで使ってくださるのですか?」

「この際しょうがないよね。ラザンタルクとの対戦時に手に入れたもので、タンスの肥やしになっていたから、この際使っちゃいましょう」


 そんな貴重なものを……申し訳ない、と恐る恐る宝石を持つと、魔法陣を作動させた時のように、魔鉱が白くピカリと光りました。


「わわっ! 虹色だった魔鉱が銀色に変わっていきますよ⁉︎」

「……この反応は良いかも。ちょっとこの魔法陣の上に置いてもらえる?」


 銀色に変わった魔鉱物を測定の魔法陣の上に載せると、パッと魔法陣が黄色の光りを発しました。


「うん。これには魔力が篭るみたい。これと相性がいいなんて、リジェットはやっぱり変わり者だね……」


 顎の下を撫でながら、ふむふむ、と言う顔をした先生が興味深そうな顔をしています。


「変わり者でしょうか……」


 その評価が少し気に入りません。


「まあ、リジェットは元々白纏の子だし、色盗みができるから……。仕方ないね。他の人間とは根本的に魔力の質が違うんだろう。リジェット、もう一回、魔力を込めてくれる?」


 先生に促され、わたくしはもう一度魔鉱物を握りしめます。すると、所々に虹色が残っていた魔鉱は均一に銀色に色づきました。


 先生はそれを受け取ると、魔鉱物をバーナーのようなもので溶かし、型に入れ、四角く加工していきます。

 そこから、魔鉱をプレス機にかけ、伸ばす作業が始まります。何回かそれを繰り返したところで、先生は魔法陣を描き、詠唱をしながら、魔鉱の中に収めるように含ませていきます。魔鉱の中に魔法陣を練り込んでいるようです。


 ……いつも思うのですが、先生はこんな機械をどこから仕入れてくるのでしょう。

 蚤の市でしょうか? 謎は深まります。


 魔鉱の下準備が終わったところで先生はうーんと唸り始めます。


「この魔鉱だけだと、思ったより量が足りないな……。何か他の触媒も必要になるけど、他のものはリジェットと相性が悪そうだし……」


 そう言った先生の言葉を聞いて、わたくしは魔力補助用具を作るという話が出た時に、レナートが色盗みの宝石を例に挙げていたことを思い出します。


「わたくしが先生から盗んでしまった石を触媒に使うのはいかがですか?」


 手元にある材料ですし、わたくしの手で盗んだものですから、わたくしの魔力とはきっと相性が良いでしょう。


 そんな思いつきで言った言葉に、先生は目をぱちくりさせて驚いています。


「君が僕の色を身につけるってこと?」

「それになんの問題があるのですか?」


 先生は眉を潜めていました。


「リジェットは、他の人の色を身につけることの意味を知らないの?」


 意味、意味ですか……。こう言う世界ですから恋人同士がお互いの色を交換する、なんていうロマンチックなしきたりはありそうですね。


 しかし、わたくしが求めているのは騎士としての強さ。そのために手段は選べません。


 自分で聖女(先生)から盗んだ宝石だなんて、とっても魔力が篭りそうではないですか! わたくしに情緒など存在しないのです。


 でも先生は嫌なのかしら。うーん。先生の気持ちを考えることも大切ですよね。


「意味は知らないですけど、一番合理的ではないですか。それともわたくし、その辺の先生の調度品から、適当な色を盗んだ方が良いのかしら?」


 そういって立ち上がったわたくしは部屋を徘徊するように歩こうとします。先生は慌ててわたくしの手を掴みます。 


「それは絶対に駄目だ! 君の寿命を損なう!」


 先生があんまりにも必死な顔をするので、わたくしは色を盗むのを断念します。


「じゃあ、この石を使いましょう。でも一つしかないので、両耳につけるにはやっぱりもう一回色を盗まないといけませんね。それまでは、片耳につける感じになるのでしょうか」

「それは問題ないよ。色盗みの宝石はまとめたり、分けたりするのは容易だから。リジェットはそこで大人しく座って待っていて」


 先生はいつも材料を取り出すキャビネットから、ビーカーのようなガラス瓶と、謎の溶液を探し出し、こちらへ持ってきました。


 机においたビーカーに溶液を注ぐと、わたくしにその中に石を入れるように指示します。


 石をぽちゃんと溶液の中に入れると、先生はナイフで石に当てます。すると固かったはずの宝石が、ぐにゃりと柔らかいジェルのように分かれました。


「なんなのですか! その液体!」

「彫金をする職人が使う溶剤だよ。色盗みの女が作る宝石はこれで形を変えられるから……。面白いよね」


 この世界での宝石は形を作る際に研磨するのではなく、石の形自体を溶かして変えてしまうのですね。


 色盗みで作られた宝石自体が貴重なものですから、少しだって削りたくないのかもしれないですね。


 平然と作業を進める先生に唖然としながらも、見逃さぬようその手元に注視します。

 溶液から取り出すと宝石はまた固まり、二つに分かれました。


「さて、これをアクセサリーに仕立てないとね。あれ? そういえばリジェットってピアスホール、空いていたっけ?」

「これから開けないといけませんね! でもわたくし粛の要素が強すぎて痛みをあまり感じませんから、あんまり怖くはありませんね。さくっとその辺の針で開けちゃいましょう」

「その辺の針って……。ちゃんと消毒した誰も使っていない専用の器具を用意するから」


 先生は耳にたくさん魔術具を下げていますから、専用の器具も自宅に置いてあるようです。


「でもホールが安定するまでに時間がかかりますかね?」

「穴を開けたあと、僕が傷を治せばすぐに安定するでしょう」


 わあ。すごい力わざ。


 というか、それは神力という女神に近しいもののみが使うことが許される、とっても高貴なお力なのでは……? と一瞬思いましたが、以前も先生に傷を治してもらったことくらいありますし、そこまで驚く必要はないのかしら……。


 でも何かの文献で、シェナン・サインは王族にも神力を使おうとはしなかった、という一文を読んだことがあるような……。


 神力ってこうもお手軽に使われていいものなのですか? なんて、聞ける人間はここにはいません。

 ツッコミ不在とは恐ろしいことなのだ、ということにわたくしが気がつくのはもっと後の話なのです。






魔術具を作りました。色盗みの宝石ってこうやって割るんだ……。と書きながら知ったので、書いていてとても面白かったです。割れることは知ってたのですが、どうやるのかは作者も知りませんでした。


次は 情緒が戻って来たのではないでしょうか です。

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