73不敬な発言です
その後しばらくの間、レナートに情報をこぼさないように注意しながら、にこやかに無難な会話を続けていると、困った顔をした先生が帰って来ました。
「リジェット……。君は目を離した隙にまたレナートに捕まっているのか……」
先生は手には買ったばかりで収納の魔法陣付きの鞄にしまっていないのか、シュナイザー百貨店の黒と白のチェック模様が可愛らしい紙袋を持っています。
「この百貨店内でリジェットさんが一人でいたら、ぼくが話かけないわけがないでしょう? 隙を与える方が悪いんだよ。っていうか一緒に買い物すれば良かったのになんで、買いに行かなかったのさ」
先生はわたくしにジロリと視線を向けます。
「この子の魔力補助用具を作る約束をしていたんだけど、材料が特殊でね。残念ながらリジェットは材料と作り方さえわかればどんな危険なものでも自分で作ってしまう困った子だからね。できるだけ材料は知られたくないんだよ」
「え。わたくしの魔術具ってそんなに危険なもので作られるんですか?」
他の方はアクセサリーのように気軽に身につけていましたが、そんな危ないものからできていると思うと、身構えてしまいます。
「いや、出来上がったもの自体は危険じゃないんだけど、その過程がね……。君が白纏の子じゃなかったらもっと質の低いもので済んだけど……」
「そうなのですね……。でもそんなに大変なものだったら作るのにも時間がかかるでしょう? そこまで急ぎではないので、ゆっくり時間をかけて作ってもいいと思うのですが……」
「いや、早急に作った方がいい。リジェットがスミに近づいた時点で、何か起こることは予測できるでしょう? 早めに作っておいたほうが安心でしょう?」
「え! 教会にいるグランドマザーからスミの最初の石を奪い返すつもりなの⁉︎」
レナートは目を見開いて驚いた様子を見せています。
それを聞いて一瞬、瞠目先生は、深くため息をつきます。
「やっぱり、彼女の寿命が含まれた石は大聖堂にあるのか……」
「あれ? 知らなかった? ぼくはてっきりスミから石を取り戻すための協力依頼をされたのかと思っていたよ」
「スミはそのために今、王都で動いているのですか?」
そうか。寿命が含まれた石を取り戻すことができれば、スミはもう少し生きることができるのですね……。あの優しいスミの寿命が少しでも長くなる方法があることに、一筋の光を見つけたような気分になります。
「今からスミが寿命を伸ばそうと思ったらそれくらいしか方法がないからね。まあ、手段を選ばないのであれば一番手取り早いのはリジェットさんの初めの石を自分に取り込んじゃうことだったんだけど」
「スミは……わたくしの石を返してくれましたからね……」
「スミは盗むのは色だけで、その他のものは盗まないのが信条だからね……。ほんっと長生きしないタイプ」
けっと吐き捨てるように言ったレナートは、決して軽蔑をしているわけではなく、スミの行動をもどかしく感じているように見えます。
どちらかというと、レナートとクリストフ兄弟は自分の欲望のために、他人が犠牲になるのは仕方がないという考えでいる気がします。
そんな二人にとって、自分の欲を見せないスミはいささか綺麗すぎるのでしょう。
「なんか、スミって悪いことができないんだよね。性分的に。何で教会でグランドマザーなんて強欲な人間に育てられて、あんなに心根が真っ直ぐなんだろうね。意味わかんない」
「先ほどからお話に出てくる、グランドマザーという方は王都の大聖堂の重役なのですか?」
わたくしがそう尋ねると、レナートは驚いた顔をしています。先生は後ろで腕を組んで、難しい顔をしていますが、話を止める気配はないので、もしかしたらあんまり大聖堂関係のことを制約のせいで話せず、レナートの口から情報が話されることを望んでいるのかもしれません。
「そっか、リジェットさんはオルブライト領にいたから、その辺のことはあんまり知らないんだっけ? 大聖堂には、教皇って呼ばれてる大聖堂の責任者……旧王族関係の人間がその座についているんだけど、実質的な管理はグランドマザーと呼ばれている、教会で一番古い修道女が行っているんだ。大聖堂はシュナイザー百貨店にとってはお得意様だから、よく品物を卸していたんだけど……。どうもここ数年、スミが大聖堂を出たあたりから様子がおかしくてね」
「様子がおかしい?」
「うん。昔のグランドマザーは……。なんていうか慈悲深くて絵に描いたような修道女、って感じだったんだけど、最近は強欲って言葉がよく似合う嫌な女になっちゃってね。三年前くらいからグランドマザーの私物の注文が多くなって、外商と一緒に商品卸に行った時にその姿を見たんだけど、やっぱりおかしいんだよね。どう見ても、若返ってる」
「若返る……?」
その言葉に嫌な予感がしてしまいます。
「そう。多分、グランドマザーは元々、白纏の子として生まれたんだと思うんだ。色盗みの能力を持っているんだろうね。あまり知られている話ではないけど、色盗みの女には若返る方法が一つだけある」
「初石を奪うことですね……」
「あ、知ってたんだ。初石を色盗みの女が取り込むと寿命が伸びるだけでなく、見た目を若返らせることができるんだ。色盗みではない、他の一般人が取り入れても意味はないんだけどね。でもいくら若返るとは言っても、奪った石が一つや二つだったら、見た目はそんなに変わらないんだけどね。大量の石を摂取しないと『若返った』状態にはならない。……グランドマザーはね。老婆の姿から、二十歳ほどの姿まで『若返って』いるんだよ」
その言葉に背中が冷えるような感覚を覚えます。どれだけの……何十人? いえ、何百人の初石を取りいてていると言うのでしょう。
「そのグランドマザーという方はハルツエクデン中の白纏の子から、大量の初石を奪っているということですか……?」
「まあ、可能性があるってだけの話だけどね。ぼくもスミに直接聞いたわけじゃないし。……全く。そんなに長く生きて何が楽しいんだか」
「何だか……それをレナートが言うと重みがありますね」
そういうとレナートは苦い表情を見せます。
二型の呪い子という性質を持ち、五十をとうに超えているのに見た目が少年のまま。望んでいないのに人より倍以上長く生きねばならない、という運命を持つレナートがいうと説得力があります。
きっと彼の目にはグランドマザーの姿が信じられないくらい愚かに映っているのでしょう。
「まあね。長く生きるなんて、決していいことじゃないよ。今はまだいい。みんな生きているし、同じ時間を歩めているからね。だけど、きっとこれから、ぼくの周りから一人二人……大事な人が死んでいくんだな……と思うと悲しいね。最後にひとりぼっちになった時、ぼくは何を思うんだろうと想像すると、嫌になる」
大事な人が消えていく。その言葉が胸に刺さります。
「度を超えてまで、死にたくない、長生きしたいなんて、大切な人が一人もいなくて独りよがりな人間の言い分だよ。きっとグランドマザーには大事な人なんて誰一人いないんじゃないかな……。ただ目的もなく、人の命を奪うことだけに執着している悲しい化け物さ」
レナートがそう口にした時、後ろにヌッと影ができます。
「その化け物を救って差し上げたいと思うのは傲慢かしら?」
振り向くと、そこには柔らかな微笑みを携えたスミが立っています。
「こんにちは、レナート。リジェット様にいろいろ追加事項を話してくださったようですね。ありがとうござます」
スミの後ろには不機嫌な顔を隠さないむすっとした顔のマハが控えています。あ、マハから早くスミから離れろオーラがバンバン出ています。
「びっくりした〜! スミ、全然気配がしなかったんだけど」
「旅をしている時にいただいた隠伏の魔法陣を常時使用しているので、気配がわからなかったんでしょう。はからずとも、魔力が増えてしまったので、最近、使える魔法陣が増えたんですよ」
黒く色づいた髪を摘んで、人目を気にせず行動できるので便利なのよ、とクスリと笑ったスミが先生の方をチラリと見たので、もしかしたらスミの魔法陣の制作者は先生なのかもしれません。
「まあ、聞かれちゃったならしょうがないや」
「聞かれた、というよりはわざと聞かせたんでしょう? あなたのことだもの」
スミが苦笑しながら言うと、レナートは悪びれずにっこりと笑います。
「で? スミ。君の初石はグランドマザーに取られちゃったの?」
「……そうね。私の初石はグランドマザーの手元にあるわ」
「そこまでして、長く生きたいのかな、あの女は。本当に愚かだね」
レナートの言葉に、スミは微笑みを消し、真面目な表情を作ります。
「レナートが言う通り、人の命を奪ってまで永遠に生きていたい、と言う考えは愚かだわ。他人の生きる権利を侵害しているもの。——でもね。もう、グランドマザーにはそれもわからなくなってしまっているの」
「わからなくなってしまっている……?」
スミはわたくしの言葉に無言で頷きます。
「長く生きると、人は狂ってしまうのかしら? 自分が偉人になったと勘違いをして、人の人生を狂わすことについて、何とも思わなくなってしまっている……」
「そういう連中はどこだっている気がするけれど……。グランドマザーは違ったの?」
レナートのその言葉に、スミは静かに頷きます。
「信じられないかもしれないけれど、グランドマザーって十五年前くらいまではすっごく優しい人だったのよ。大聖堂にいた孤児たちにだって優しかったし、誰かの命を奪おうとする人じゃなかった。大聖堂に所属するみんなが彼女を慕っていたし……本当に家族のいないみんなにとってのおばあちゃんみたいな存在だったの」
俯いたスミは苦しげに言葉を重ねます。
「ねえ、レナート。人の性格が、一晩で狂うほどに変わってしまうなって症状に……、覚えがあります?」
そう問われたレナートは長いまつ毛を大きく動かして、目を見開きます。
「一晩で? グランドマザーは本当に一晩でおかしくなったの? 長い年月によって変質したのではなく?」
「ええ……。間違いなく一晩でおかしくなったわ」
「本当に一晩か……あれと同じだ」
「……あれ?」
不安そうに見つめるスミに対して、レナートは考える表情を見せます。少しだけ間が空いたあと、レナートはスミの目を真っ直ぐに見ながら思い口を開きます。
「それってさ……。湖の女神の祟りなんじゃない?」
レナートは平然と言い放ちます。その言葉にわたくしとスミは同様に言葉を失います。
ハルツエクデンの唯一の神である女神を愚弄することは、この国では罪にあたるからです。
ここはレナートの城である、シュナイザー百貨店だから許されるものの、街中で言ったら不敬罪で殺されても仕方がないくらいの発言です。
「え……」
言葉を失って何も言えないわたくしに変わって、青い顔をしたスミが、ブルブルと震えながらレナートに叱るように言います。
「そんなこと……。この国で口に出したら、異教徒扱いされてしまうわよ⁉︎」
焦ったスミの顔が物珍しいのか、レナートは瞳を三日月型にしてニヒルな笑みを浮かべていました。
「うーん。まあそうなんだけどね。いや……こんなこと、聞く人が聞いたら殺されちゃうけどね?
でも、湖の女神様は奇跡って奴に長けていらっしゃるだろう? 人にどんなに魔力があってもそんなこと、できっこない。そう思うと、女神様のお力だって思う方がしっくりくるでしょ? クゥールはどう思う?」
それまでわたくしたちの言葉を静かに聞いていた先生が、その閉じていた口を開きます。
「まあ、そう考えるのが妥当だろうね。僕の方でもここ数年でハルツエクデンラザンダルク、シハンクージャの歴史を調べているけど、戦争や政変関係の問題が起こると、女神はそれに関与した形跡が残るからね」
その言葉を聞いたスミの顔はどんどん青白く変化していきます。小刻みに震え、口をハクハクとさせ、驚愕の表情を見せます。
「でも……そんなこと……ああっ」
ぐらりとスミの体が揺れたのがわかりました。
「スミ⁉︎」
崩れ落ちるように倒れたスミが床に体を強打してしまうと焦りましたが、なんとか間一髪のところでマハがスミの体を受け止めます。
「スミ、大丈夫!?」
マハが声をかけますが、スミの応答はありません。わたくしは焦りながら首元に手を入れ込み、脈を確認します。
「脈はありますけど……、意識を失ってしまったようですね……。寝かせられるところに運ばなくちゃ……。マハ、今あなたたちはどこに居住をしてらっしゃるの?」
「え……。今は王都の外れに宿をとっているけれど……」
「スミをそこへ運びましょう!」
焦って困惑した表情を見せたマハは、その言葉に頷きます。わたくしたちはそのまま、スミを運ぶことにいたしました。
全部、女神のせいなの? と言うお話でした。
次、ちょっとスミのお話を入れようかな……と思います。そのほうがわかりやすい気がして。
急に入れようと思ってまだ書いてないのでタイトルは未定です。




