72なぜだかわかりません
大体の情報交換を終えた頃には、頼んであった紅茶はとうに冷め切っていました。白纏の子と色盗みの女の関係性について詳しく聞こうと思っていたのに、この国の信仰に関わる女神の話になると思っておらず、わたくしの頭は相変わらず混乱したままでした。
先生は一連の話を聞いて、眉間に皺を寄せながら、スミに問いかけます。
「君は一体、何を考えて王都に足を運んだんだ? もう体は……持ちそうにないのだろう?」
その質問にハッとします。色盗みの女はその存在が国に保護されると共に、管理されているので、体の調子が著しくないのであれば、王都に行くのだと勝手に思っていたのですが、そうではないのでしょうか?
「わたくしの生まれは孤児ですが、育ちは王都の大聖堂なのです。元々は大聖堂で働く聖職者でした。王都は今のわたくしの故郷なのですよ。
しかし、わたくしは大聖堂内の職員、孤児たちを束ねるグランドマザーに色盗みとしての最初の石——わたくしたちの間では初石と呼ばれているものが、奪われてしまったのです」
最初の石? スミの言葉にわたくしは首を傾げます。
「最初の石……というのはスミがわたくしからとったあの石にあたるものですか?」
そう尋ねるとスミは静かに頷きます、
「ええ。あの石は色盗みの女たちにとって一番大切な石なのです。白纏の子は、色盗みの女に初石を盗まれることで、その能力を得ます」
ということは、わたくしが宝石を盗めるようになったのはスミから術を受けた時からなのでしょう。
それまでは、わたくし、宝石を取ることなんてできませんでしたもの。
「色盗みという術は素晴らしい魔術ですが、万能ではありません。対価として最初の石に己の寿命を取り込まれてしまうのです。しかし初石を自分に再度取り込むと、色を盗むことはできなくなってしまいますが、寿命は戻って来ますのでそれ自体は問題がありません。ただ、その石を他の色盗みに取り込まれてしまうと、困ったことになるのですが……」
困ったこと?
「他の色盗みに自分の最初の石を取り込まれるとどうなるのですか?」
「自分の寿命を他のものが受け継ぐ形になります」
「ということは……。寿命を盗まれてしまう、ということですか?」
スミは静かに頷きます。
「わたくしは初石を他人に奪われてしまいました。その石の行方を追おうと、王都に戻ったのですが、なかなかうまくいきませんね」
ということわたくしの色を盗んだスミは、わたくしの石を自分の寿命として取り入れてしまうこともできたはずなのです。
スミはなぜそれしなかったのでしょうか。不思議でたまりません。
「どうして、スミはわたくしの色を盗まなかったのですか? 無くなった自分の石を探すより、わたくしの石を奪った方が、きっと確実で早かったでしょうに。あなたにはあの時それができたでしょう?」
口早に問い詰めるように言ってしまって、あ、失敗した、と後悔が滲みます。そんなわたくしにもスミは相変わらず微笑んでくれました。
「あくまであの石はあなたの石です。私は人の人生を奪ってまで、生きていきたくはないのですよ。この生で、私は十分自由に生きました。後悔なく、選択を重ねることができましたから」
そう言って満足げに笑った、スミは高潔な女神のようでした。
その満足げな表情は、自分の選択を選び、生き抜いたおばあさまや、自分の人生の確固たるライフワークを持っている、ノアと似たものを感じます。
「あなたの石を盗んだのは、ちょっとお節介な老婆心からなのです。この国では私の他に、寿命を盗まない色盗みはいないでしょう。そうなると、あなたは色盗みの能力を得ることができない。
……色盗みの能力はやはり、有用ですからね。いざという時は誰かを助ける手段となります。それを持っているのと持っていないのとでは、選べる選択肢が異なります。それを私は、あなたに与えたくなってしまっただけなのですよ」
そう言ってスミは悪戯をした子供のような笑みを見せます。
__ああ、わたくしはこの人が好きです。
年若い女性であるのに、どこか老成した部分を持っていて、自分の軸をしっかりと持っているスミは、間違いなく素晴らしい女性だと本能的に分かります。
自分の人生を生き、人のものを奪わず、その短い生を終わらせようとしているなんて……。
スミともっといろんなことを話したい。旅の話を聞きたい、そんな気持ちでいっぱいなのに。
どうしてこの人はもう長くないのでしょう。
わたくしは非常な運命に、嘆くことしかできませんでした。
「そろそろ、マハが痺れを切らす頃でしょう。まだまだ、お話したいことはありますが、今日はここまでに致しませんか?」
にこりと微笑んだスミの意見に同意して、わたくしたちは席を立とうとした瞬間、わたくしは思い立ったように声を上げます。
「あ、そうです!」
「どうかいたしましたか?」
「わたくし、あなたともっと連絡が取りたいのです。お手紙の魔法陣をもう少し、お渡ししてもいいですか?」
ネックレスの収納庫からありったけの紙を出したわたくしは、その場で大量のお手紙の魔法陣を書き上げます。
「あら……。いいのですか?」
「ええ! 色盗みの女の先輩として、スミに聞きたいことがたくさんあるのです……。だめですか?」
小首を傾げると、スミはクスリと笑みをこぼします。
「先輩だなんて……。わたくしにとってリジェット様のような生まれながらにして貴族である方とは、身分が違いますのに」
「立場などは関係なく、あなたから学びたいことがたくさんあるのです!」
「私がお手伝いできることなら、なんなりとお聞きください」
スミになら……。先生に聞きにくいことだとかも聞けるかも! 心強い協力者を得て、わたくしは目を輝かせます。その横で、なぜか先生は不貞腐れたような表情をしている気がするのですが……。何かあったのでしょうか。
*
話し合いが終わった後、わたくしたちは店を後にします。スミと先生はそのままシュナイザー百貨店で買い物をするようです。
「ちょっと買うものがあるからここで待っていてくれる? ここなら人目もあって安心だし、シュナイザーの店員もいる。シュナイザーの店員は皆手練れだから攫われることはない」
「え? そうなんですか?」
そう言われて周りを見渡しますが、わたくしの目に映るシュナイザー百貨店の従業員たちは皆、穏やかで品がよく、全く闘うイメージが湧かない方ばかりです。
能ある鷹は爪を隠すのでしょうか。
「うん。シュナイザーの入社試験って騎士団の入団試験より難しいらしいよ? なにせ魔獣を魔鉱にするまでのタイムを測るらしいからね」
「え……。じゃあここで働いている人みんな戦えるタイプの店員さんなんですか?」
「うん。いざという時は私兵として使うらしい」
「私兵って……」
わたくしはニコニコしたあどけない表情をしたレナートの後ろに屈強な軍隊がある図を思い浮かべて、うへえと変な声を出してしまいます。
下手に爵位が高い貴族よりもよっぽど、強固な組織を持つレナートはかわいい顔をして、やっぱり侮れないのです。
確かシュナイザーって男爵位のはずですよね……。リージェも高いのかしら。
じゃ、大人しくそこにいてね、と小さい子供に注意をするお母様のような口ぶりで言いつけた先生は商品を見つけに行きました。
わたくしは近くの売り場の棚に置いてある高級そうな文具を眺めながら、時間を潰しています。
こうしてみると、シュナイザーの商品はどれも驚くほど精巧ですね……。あ、これは先生に以前いただいたガラスペンと同じシリーズの商品なのでは?
見覚えのある、色違いのデザインのガラスペンに近づき、チラリと黒に金の文字が施された値札をみるとそこには信じられない額が書かれていました。
……見なかったことにいたしましょう。
「お気に召すものはあったかな?」
先生が離れたのを見計らったように小さな影が近づいてきます。
重さのない軽い足取りからもう誰だかは見当がつきます。
「やあ、リジェットさん。この前ぶりだね。シュナイザー百貨店をご利用頂けて嬉しいな」
弾むような声の方向を振り向くと、そこには見たことのある可愛らしい風貌の少年がニコニコと微笑んでいました。
「レナート! あなたいつも売り場にいるんですか?」
「そんなことはないって! いつもは代表の部屋の中で大人しく執務に勤しんでるよ? 今日は百貨店の中に呪い子がいる気配がしたからこっちにきてみたんだよ。そうしたら……。ほら!」
レナートが人差し指を向けた方向にはスミの従者で、鋭利な美貌の少年、マハがいました。
「え⁉︎ マハは呪い子なんですか?」
「うん。しかもぼくと同じ二型だ。あんななりで、かなり歳をとっているんじゃないかな……。ぼく程ではなさそうだけど」
そうでした。呪い子同士はお互いが呪い子かわかりますし、独自のコミュニティー知り合いであることが多いんでしたけ? 二人の雰囲気をみていると、知り合い、という感じではありませんが……。
そんなことを思い返しているとレナートは目を細めて感慨深そうにマハを見つめていました。
「ああ、あんな笑顔を見せちゃってさ……。スミに相当心を預けているんだね。二型の呪い子は長く生きるから……。恋なんてすると悲しい思いをするだけなのに」
「え? 恋?」
マハがスミに恋? 全く結びつかない言葉にわたくしは目を瞬かせます。その様子を見たレナートは苦笑いをしていました。
「リジェットさんってもしかして鈍いのかなあ? ほら、あの様子見てよ。頬を染めちゃってさあ。もう大好きなの丸わかりじゃん」
二人は主従関係ではなく恋人なのでしょうか。見た目の年の差はかなり離れていますがもしかしたら実際の年齢は近いのかもしれません。それにしてはスミの対応は恋人へとそれというには淡白な気がするのですが……。
「多分、スミはマハが呪い子だから恋愛対象じゃないのかも知れないね」
「マハのあの感じは、主人に対するただの執着ではないのですか?」
レナートは呆れた表情をしていました。
「リジェットさんにはまだ、人間関係の機微を察するのは難しいのかな?」
見た目が子供であるレナートに子供扱いされるのもなんだか癪ですが、わたくしには恋愛なんてものがまだ身近ではないということはその通りなので反論ができませんでした。
リジェットは男心はわかりません。兄が三人もいるのに……。あんまり関わり合いを持って育ったわけではないので仕方がないのかもしれませんけれど。
次は 不敬な発言です です。




