70色々わかります
スミと何度かお手紙の魔法陣で連絡をとり、面会の日にちが決まりました。その日付をスミに伝え、こちらからも一人、この話し合いに関係のある人物を連れていくと事前に知らせておきます。
それについてスミは「一人で自分に会うのも不安でしょうから」と快く承諾をくださいました。
*
待ちに待った面会の日、わたくしと先生は王都のカフェに足を運びます。
そのカフェはシュナイザー百貨店の店内にあるカフェでした。わたくしはその存在を知らなかったのですが、貴族や国の要人が密会に使うことができるようにシュナイザー百貨店内の奥に秘密裏に経営されている、知るひとぞ知るカフェなのだそうです。
そこを指定したのはもちろん先生で、行き方を教えてくださったのも先生です。
人気のない、魔術素材の売り場を進み、通路を抜けるとカフェがある区画にたどり着きます。なんの変哲もない壁に見える、黒い壁紙の前に立ち、魔力を登録しているものがその部分を押すとカフェは扉を現すのです。
きっと寮の扉と同じ仕組みになっているのでしょう。
先生について行きながら、店に入ってキョロキョロと辺りを見回すと、入り口付近にいた給仕に、もうスミが先に店内に入っていると告げられます。
そのまま給仕の後について行くと、こじんまりとした、四人席の個室に通されました。そこにいたスミはこの前出会った、マハという従者と一緒に座っていました。
「色狂いだ……」
先生の消えそうな小さな呟きがわたくしの耳に届きました。
わたくしはスミが一番安全だと言われていた色盗みであることに安堵します。
スミは一瞬、見知らぬ美貌の男が現れたことに一瞬だけ、怯えた表情を見せましたが、大人の女性らしく、すぐに表情を取り繕います。
「リジェット様、その男性はどなたでしょうか」
スミは、首を傾げながら柔和な笑みを携えて、わたくしに問います。
「この方は、わたくしの魔術の先生です」
「こんにちは、スミさん。僕はクゥールです」
先生が珍しく敬語で、物腰柔らかく自分の名を名乗ったことに驚きます。スミは先生のこと、怖い人だと思っていないかしら? と心配になりながら顔を覗き込むと、スミは動揺したように視線を揺らしていました。
「クゥール……? シェナン?」
驚きで目を瞠るスミ。そんな彼女を心配そうな面持ちでマハが見つめていました。
席に腰掛けた先生は微笑みを深めて、瞳に少しだけ冷ややかさを滲ませます。
スミの様子を見た先生はどうやらスミが単なる色盗みの女ではなく、思っていたよりたくさんのことを知っていそうだと確信したようです。
「あなたは国の内情をよくご存じなのですね。ついでにこれにも見覚えがありますか? リジェット。あれをネックレスから出してくれるかな?」
あれって……。ボールペンのことかしら。事前にそれをスミに見せるかも知らないと言われていたわたくしは、先生に促されるまま、ネックレスの収納部分からボールペンを取り出します。
そして、スミの前に提示します。それを見たスミはハッとした表情になりました。
「僕は今日貴女に聞きたいことがたくさんあるんですよ」
そう言って先生はマハの方に視線をやります。
「でもそれは、関係者のみで話した方がいいかもしれない。君はこのペンに見覚えがあるそうじゃないか。僕も、リジェットもこれを知っている」
目蓋を一瞬伏せて思考した様子を見せたスミは、覚悟を決めたように強い視線を返します。
「その方がいいみたいですね。お気遣いありがとうございます。マハ、一時間ほど席を外してもらえる?」
マハはきっと今日の話し合い中、スミのそばにいる気でいたのでしょう。排されることに納得がいっていない様子です。
「どうして! 俺はスミのそばに……」
まだものいいたげなマハの口元に人差し指を当て、スミは会話を止めさせます。
それは賢い弟に、姉がお願いをするような自然な仕草でした。その仕草にわたくしは主従関係以上の、家族のふれあいのようなものを二人に感じてしまいました。
「あなたが知ったら、厄介なことがたくさんありそうなの。一時間だけでいいから……。お願い」
スミは震える手でマハの手を握り、退出を促します。
「一時間だけ……だからな。スミはきっとそれ以上話すと体調を崩すだろ」
「ええ。ちゃんと、疲れないようにゆっくり話すし、水も飲むわ。だから、この二人とお話をさせてね?」
スミの懇願した顔に弱いのか、マハという従者は大人しく引き下がり店を出ていこうとします。
席を立ち、個室を出ようとしたところで、鋭い視線でわたくしの方を睨んだマハは、殺気だってドスの聞いた声で言い残します。
「スミに危害を加えたら殺す」
「マハ!」
慌てて嗜めるスミを半分無視するような形で、背を向けたマハはそのまま店を出ていきました。
「本当に……。申し訳ありませんね。ちょっとマハは感情的になりやすくて……。いつもはこんな感じじゃないのですけど」
「いや、わたくしたちも当初の予定とは違って、マハを退出させてしまったので……。色盗みの女としての情報だけでしたらよかったのですが、それ以外も話さねばなりませんから」
そういうとスミは思い出したくないことを思い出したかのような苦い表情を見せます。
「そうですね……。あの子に聞かせるのはちょっと……不都合がありそうですね」
「さあ、お話をしましょう。あなたが知っていることを教えてくださいますか? スミ」
スミは緊張した硬い表情で微笑みました。
*
「まず……。どこから話せばいいのかしら……。わたくしは通り名、色狂いの女と呼ばれている色盗みの女です。前世は地球の日本という国で美大生をしていました」
いきなり新情報の自己紹介にわたくしは瞠目します。
「スミも前世の記憶があるのですか?」
「あら……? てっきりもう基本情報として知っている知識だと思っていました。色盗みの条件は白纏の子として生まれることですが、白纏の子の発生条件は前世の記憶を引き継いでいることなのですよ?」
「そうなんですか?」
わたくしは隣に座っている先生の方をくるりと見て、教えてくださいよ、と小さく問います。すると先生は困った顔をしてしまいました。
「もちろん、その辺り、僕は知っていたけど、王と教会に箝口令を敷かれていてね……」
「ああ。あなたは王族との関係が深いですからね。言動の制限はもちろんかかっているでしょう」
スミはその短い会話で納得したようです。どうやら、シェナン、という言葉を聞いた時点で先生が王族に深く関与していたことを理解したようですね。意外とスミが情報を持っていることに驚いてしまいます。
それはいいとして。わたくしは白纏の性質に疑問を持ってしまいます。
「どうして、白纏の子は前世の記憶を引き継ぐのでしょう?」
わたくしは先生に聞いたつもりでしたが、その質問に答えてくれたのはスミでした。
「色を盗むには他の世界の記憶の中に含まれるこの世界とは違う種類の魔力が必要なんですって。わたくしと同時期に活動していた色盗みの女も同じように前世の記憶を持っていましたよ。彼女は地球生まれではなかったですけれど。妖精の国に生まれた記憶があるといっていました」
「妖精の国……ですか」
「ええ。広い世界の中には私たちが、知り得ないことも無造作に転がっているのです」
記憶に魔力が含まれる……。わたくしの固い頭では理解し難い事実ですが、呪いが石として排出される事実があるのですから、そういうこともあり得るのでしょう。
一生懸命状況を理解しようと、唸っていると、スミは続けてわたくしに問いかけてきました。
「つかぬことお聞きしますけれど、リジェット様は前世で深い後悔を抱えてなくなったかしら?」
「……え、ええ。どうしてそれを?」
わたくしは、不甲斐ない前世のわたくしである、忍のことを問われて、ドキリとしてしまいます。
「よその世界でなくなってしまった人間の中でも後悔を抱えて死んだ人間は人としての核が軽くて、生かしたまま世界を飛び越えさせるよりトレードしやすい、と聞いたことがあるわ」
「トレード?」
聞いたことのない表現につい顔をしかめてしまいます。
「ええ。湖の女神たちは他の世界を治めている他の神々から人員を交換することができるんですって。他の世界の生き物は取り入れると、面白い動きをするのでみていて飽きないそうなの。——神様同士の高等な遊びだそうよ」
「まるで……カードゲームのようですね」
「まさしく、カードゲームなんですって。女神様にとってこの世界の人間は」
まるで女神にから聞いたかのようにスミは答えました。
「君は湖の女神にあったの?」
先生は少しキョトンとした表情で、スミに問います。
「会いましたよ。こちらで生まれる前に、核の状態でですけど」
話の流れ的に核、というのは魂のようなものでしょう。
「僕も会った。無理やりこちらの世界に呼ばれた時に」
まさか、先生もあったことがあるのですか。その答えにギョッとしてしまいます。
「え? 湖の女神ってそんなに頻繁に会えるものなんですか?」
色々わかってきました!(そのまんまや)
次は 過去の話が未来に繋がります です




