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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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69聖女について語ります


 魔術を習っている時からなんとなく、先生の魔力は他の人と性質が異なる気がしていました。

 先生の生み出す魔法陣の美しさは、描き手の純度が高いだとか、量が多い、と言う次元で片付けられるものではないのです。


 それに……。先生は入学前に怪我をしたわたくしの腕を何の魔法陣も使わずに治していましたもの。あれはきっと聖女としての術なのでしょう。


「先生はやっぱり聖女だったのですか……」


 確信に触れると、先生はわたくしの目を射抜くような真っ直ぐの視線で見ます。何か考えるような仕草をした後、首をこくりと縦に振り、目をそらしてから絞り出すように言葉を紡ぎました。


「そうだよ。まあ、僕は女ではないから、紛い物と呼ばれているけどね」


 ハルツエクデンに古くから伝わる伝承には、湖の女神に見初められた、他世界の女が湖を通してこの国に呼び落とされるとされています。


 一般的に女性であることが、聖女の条件とされていますし、先代の聖女も女性だったので、それに反する先生が呼び落とされた際、先生は紛い物だと言われ、酷い扱いを受けたのでしょう。


 紛い物の聖女、だなんて、悪意ある呼び名で呼ばれていた先生のことを思うとわたくしはそれだけで悲しくなってしまいます。


「先生は一体どこから召喚されたのですか……?」


 先生は気怠そうに、腕を組み直します。


「別の世界だよ。ここではないところだ。そこでは魔力なんかないし、魔法陣なんて空想のものでしかなかった。この国で生まれた君には信じられないだろう?」


 ああ、やっぱりそうだった。わたくしは一人心中で納得してしまいます。だってそうでなければ、あのボールペンを先生が持っているのはおかしいですもの。

 先生が何か言葉を言う前に、わたくしは自分の情報を伝えねばとすかさず口を開きます。


「いいえ。わたくしは信じます」


 その言葉を聞いた先生は目を見開きます。

 

「それこそ信じてもらえないかもしれないのですが……わたくしにも別の世界で暮らした記憶があるのです」

「え?」

「わたくしには前世の記憶があるのです。そこは先生の生まれた世界と同じように魔法なんてありませんでしたが、科学が発展していて、様々な便利なものに溢れていました。先生が以前わたくしにくださった、このボールペンもわたくしの前世の世界ではごくありふれたものでした」


 そういうと、先生は目を見開いていました。


「そうか……君は白纏だから……」


 白纏の子だから? 白纏の子には前世がある、ということでしょうか。だったらスミがボールペンを知っていた頃に説明がつきます。


 先生の言葉から少しずつ意図が解けて、疑惑が確信に変わっていく気がしました。


「……先生が暮らしていたのは、もしかして地球なのではないですか?」

「え! そうだけど……。どういうこと⁉︎」

「わたくしも前の生では地球で生活し、死後こちらの世界に新しく生を受けたのですよ。……輪廻転生とは言いますが、まさか自分が暮らしていた世界とは違う世界に生まれるなんて思っても見ませんでした」

「リンネテンセイって何?」


 先生はわたくしが前世の記憶がある発言よりも未知の言葉が気になるようです。


「わたくしの前世の宗教観ですよ。以前のわたくしは仏教徒だったので」

「なるほど……。僕はキリスト教徒だった。宗教観も違う国の生まれか……」

「先生どこの国出身ですか?」

「イギリスだ」

「イギリス! わたくしは日本という国にいたのですよ!」

「日本……。ごめん僕はあちらに六歳までしかいなかったから他の国のことはあまり知らないんだ」

「そうなのですね……」


 共通の話題で盛り上がれるかと思いきや先生が日本のことを知らないことにちょっと残念な気分になりながら、わたくしたちは話を進めます。


「というか、先生全く驚いていませんね? わたくしが違う世界の記憶があるの知っていました?」


 先生は何も話さなくなりました。

 きっと誓約に触れるのでしょう。沈黙は肯定だと捉えた方が良さそうですね。


「それにしても……、君は前世で戦争を経験しながら騎士になりたいと願ったのかな? なんというかそれは……あまりにも物好きすぎやしないかい?」


 先生は話の方向性を変えるように話題を振ります。


「いいえ? わたくしは戦後の生まれなので戦争は体験していませんよ?」

「え? ……リジェット、前世の君は何年生まれだ?」

「1939年生まれですけど……」

「ん? それだとおかしくないか? 僕があちらの世界で生まれる前だから、君は戦争を体験しているはずだろう?」

「そう……なのでしょうか。でも戦争はわたくしの記憶には確かにないのです。先生はいつこちらの世界に召喚されたのですか?」

「1945年だ」


 どうやらわたくしと先生が地球にいた期間は少しずれてしまっていたのですね。でも後に先生が前の世界で戦争を体験しているのに先に生まれたわたくしが体験していないなんてことがあるのでしょうか。


 不思議に思って、記憶を呼び起こそうとしますが、考えれば考えるほど、頭が割れるようにいたくなります。


「そうですよね……、戦争……。わたくしが騎士になってやろうとしていることは戦争なのですよね。王位継承争いも、聖地の奪い合いも戦争なんですよね……」

「気がついていなかったの?」


 先生はまさかという顔をして目を見開いていました。


「どちらかというとわたくしの記憶は自分の体験、というより誰かの伝記を読んでいるような感覚なのです。ですので、あの世界で行われていた規模の戦争というものと今のこの世界で起こっている戦争がうまく結びつかなかったのです」


 その返事に先生は何ともいえない微妙な表情になってしまいました。


「そうやら過去の君は随分平和ボケした世界に生きていたようだね」

「それは……。否めませんね」


 先生の目にわたくしは愚かな人間に映ったでしょうか。でもわたくしは生き延びたとしても、あの家の駒として生涯を終えるのは嫌だったのです。


「君は戦うことを選択したんだ。その選択を見誤ったなんて言い出さないでね」

「それはもちろん。覚悟はしております」


 もう、戦いは水面下で始まっているのですから。


「先生が前言っていた貴族の家で生まれた……というのはイギリスでの話だったのですか?」

「そうだよ。貴族と言っても妾の子だったし、結構雑な扱いを受けていたけどね。ここの王族くらい雑だった」

「王族は先生にどんな扱いをしていたのですか?」


 そう言葉を発した後、先生の目から光が消えたような気がしました。

 先生は最近、わたくしに不機嫌さを隠さずに、見せるようになったのです。


「ごめんなさい。思い出したくなかったですよね」

「いや……。いいんだけど。とりあえず、呼び出された後、女じゃないってことが分かった途端、魔法省の人間に僕を預けたかな?」


 預けた、といえば聞こえはいいですが、きっと『放り投げた』に近いニュアンスだったのでしょう。


「先生はそこで魔術を学んだんですね?」

「そうだよ。あそこは……。なんというか、変人が多くてね。王族には忌み嫌われていたのに、みーんな歓迎の姿勢を見せちゃってさ。まあ所詮、素材としての歓迎だけど」

「素材……」


 わたくしは魔術省の人間に親しい方はいないので、その実態を詳しく知っている訳ではありません。しかし、噂で聞いた限りでも、そこには魔術研究に命を捧げた人間たちが、人目に触れられないような種の研究を日夜繰り広げている、ということはしています。きっと魔術省の人間にとって異質な魔力を持つ先生は格好の餌だったに違いありません。

 それを想像するだけで、苦笑いが出て来てしまいます。


「きっと君も彼らにとっては格好の研究資料だろう。魔術省の人間が笑顔で近づいて来ても、ついていってはいけないよ」


 相変わらず、先生の注意の仕方は、子供に注意をする、母親のそれです。


「なんだか、誘拐犯に気をつけて……みたいな話ですね」

「いや、その認識で間違いないよ。当時六歳の僕はまんまと誘拐されて、しばらく監禁されたからね」

「先生は昔から迂闊だったんですね」


 先生は癇に障ったのか、突き刺すような鋭い視線をわたくしに向けます。


「君も大概、迂闊だろう」

「師弟あわせて迂闊だなんて、救いがないですね」


 自分の欲望のために、危険を顧みずに王都に飛び込んだわたくしと、追われている身であるにもかかわらず、王都に戻っている先生。


 客観的に見ると、迂闊ですよね。


「僕はもう、あの頃とは違って迂闊ではないよ。これでも、成長したんだ」

「でもシュナイザー商会のクリストフとレナートには丸め込まれていたではないですか」


 先生のペン先をトントンと叩く仕草が苛立ちを表しているようで恐ろしいです。


「あれはあの二人が規格外なんだよ……。あの二人は僕が手を下すスレスレのラインを見極めて、ちゃっかり自分の利益は取っていくからな……。本当に交渉が上手い」


 あら、ということは先生にずけずけいっても殺されていないわたくしも大概なのでしょうか。


「そういえば先日騎士学校で、先生のカードは王国に存在しない、と教えられました」


 聖女のカードのことを先生に伝えようとして、先生のカードと伝えてみたのですが、問題なく口に出せますね。授業で使われていた、あの秘匿の魔法陣、結構ザルなのですかね。


「ああ。聖女のカードね。あれはないことになっているから」

「先生、持っているとはいっていないんですね?」

「だって言っても仕方がないでしょ? それで待遇が良くなるわけでもないんだし。あいつら僕のこと紛い物だと呼んでいるから」

「実際、先生は男ってだけで、能力的には第一の聖女——サイン・クゥールと同じ力を持っているんですか?」

「ああ。同じだろうね。シェナンはこの世界の人間の魔力とは異なる神力を持つ。神力は湖の女神の力と延長線にあるから、普通の魔力よりも威力が高いね。僕に害を為そうとすると、それだけで相手は弱るし。湖の女神も、僕は聖女としての任期が終わる百年間はどんなことをしても死なないって言っていたよ」

「うわあ。ほぼ無敵ってことですか?」

「どうなんだろう。この世界の人間に殺されたことはないけれど、僕を殺せる何かは存在しているんじゃないかな。見つけたら教えてね」


 それを知ったら先生は何をするか、なんとなくわかってしまうのが悲しくてなりません。


「先生、勝手に消えないでくださいね」

「大丈夫。消えたくても消えられないから」


 なんて悲しい声でつぶやくのでしょう。先生が苦しそうだと、なぜかわたくしの心が痛いのです。



「それで、わたくし、スミにお話をしたくて、予定を合わせて彼女と会うつもりなんです。その時、先生も同席してくださいませんか?」


 わたくしが今日あった出来事を全て先生に話し、そう提案すると先生は難しい表情を見せました。


「反対ですか……」

「いや、その色盗みは何を考えているんだろうと思って。その色盗みはどこまで黒が広がっていた? 爪は黒かった?」

「爪は……。手袋をしていたので見えなかったのですが、頬に薄いもやのようなシミがありました」

「もう末期も末期じゃないか」


 末期。その言葉に嫌な気配を感じて息を呑みます。


「色盗みの女は黒が深くなると死が近いということなのですか?」

「うん。最初に髪が黒くなって、次は爪、最後に肌が黒くなる」

「ということは、本当にスミの命はもう長くないのですね」


 目を伏せた先生の表情が曇っていくのがわかります。


「それなのに、スミは君に色盗みとしての最初の石を渡した。お人好しなのか、高潔なのか……」

「色盗みの最初の石って何か意味があるのですか?」


 疑問を口にすると、先生はまた口をつぐみます。


「ごめん、教えてあげたいんだけど王と教会関係者の制約に引っかかって言えないんだよね。スミから聞く分には問題ないから本人から聞くといいよ」

「ということは、先生はスミに会う時、同行してくださるのですか?」

「するしかないだろう。その色盗みが何を考えているのかわからないし……君を害することをしないとは言い切れないんだから」


 先生は本当になんというか……。いい人ですよね。

 そして、ヨーナスお兄様にも負けず劣らずの、巻き込まれ体質です。


 スミに会いに行く日時はスミにお手紙の魔法陣を渡してあるので文通しながら決め、詳しい日程が決まり次第、先生に連絡して同行をお願いすることになりました。


 スミに会えば、色盗みのこと、白纏のこと……。さまざまなことがわかるのでしょう。

 この世界においてのわたくしの立ち位置は詳しくわかるのかもしれません。


 わたくしはいざとなった時の防衛の魔法陣などを用意しながら、その日を待ちました。



リジェットは先生が聖女であることを知りました。

クゥールのことを優しいと思っているリジェットはクゥールが城で人間を嬲っていたことを知りません。

彼女は迂闊なので。

そして、戦争を知らないと言ったリジェットの記憶はやはりおかしいところがあります。どうしてそうなったかは後日書きます。


次は 色々わかります です

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