64蚤の市は材料だらけです
オルブライト領では聖の日は街の商店もおやすみの場所が多いので、静かになってしまいますが、さすが王都、聖の日もたくさんの店が開店しています。
蚤の市の開催で賑わいを見せる王都の街中には、路上パフォーマンスや、音楽家たちの演奏で賑わいを見せていました。
道の両側には小店が立ち並んでいるところはオルブライト家の領地と同じですが、どの店も規模が大きいのは大都会、王都ならではなのかもしれません。
わたくしと先生はレナートのお店へと歩きます。道中、先生がわたくしに最近の様子を訪ねてきます。
「騎士学校での暮らしはどう?」
「そうですね……。思ったよりも授業の難易度が低くてびっくりしていますかね。魔術なんかは先生が最初に教えてくださったものの方がよっぽど難しい気がします」
「そりゃそうでしょう。あれは魔術省の人間がやるような内容を基準にしているからね」
げげっ。そんなに難しい内容だったのですか?
「きっと君は魔術関連では優等生になれるよ。ただ、どうしても体格差や魔力量で他の生徒に勝てない部分が出てくるからね。もしかしたら、そこでこれから躓くかもしれない」
「……その辺はいくら努力しても天井がありますからね」
持って生まれた気質というものはどうしようもありませんが、自分が力の足りない生き物に生まれてしまったことが、口惜しくてたまりません。
騎士学校に入って初めて同級生の女子、というものにわたくしは出会いましたが、二人と比べてもわたくしは体つきがひと回り小さいのです。
メラニアはもともと、体格がいい方だからと言っていたので比べたりはしていないのですが、一般体型だといっていたエナハーンと比べても、わたくしはひとまわり身長が小さいのです。
多分、わたくしは同級生の中で一番身長が低い生徒ですね。
どうせなら、もっと騎士向きな、大きくて頑丈な生き物に生まれたかった……。と思ってしまいますがこればっかりは仕方ありません。
あーあ。身長伸びる魔法陣とかってないんですか?
*
街の中の一番太い道を進み、どう見ても立派で、国の中でも重要な建物が立ち並ぶ通りに差し掛かかりました。
レンガ敷の道を抜けた先でレナートは足を止めます。
そこはちょうど王都一の百貨店、シュナイザー百貨店の前に面している道沿いでした。
つやのある、黒が用いられた堅牢な建物にわたくしは目を瞬かせます。
他のどの建物も黒は使っていません。黒はこの国で最も尊い色ですから。
そのちょっと入りにくささえ感じてしまう、建物の前には敷物が敷かれ、蚤の市のマーケットが開かれていました。そちらはみな、気安く入れるのか、平民から貴族まで、さまざまな階級の人々が掘り出し物はないかと、品を探しています。
「ここが、シュナイザー百貨店の出店場所だよ。売れた分はそこの百貨店から直接持ってこれるから、いつでもフレッシュな商品を提供してるよ」
そう言ってレナートは可愛らしくウインクをしました。レナートの存在に気がついた店の従業員らしい黒服たちが、首を垂れています。
「本当にレナートはシュナイザー百貨店の代表なんですね……」
「うん。見た目あんなんでも、老獪な生き物だから、あまり気を許さないようにね」
あまりにも真面目な顔で先生が言うので、わたくしはゴクリと息をのみます。
「搾り取られないようにしなければ……」
ただでさえわたくしの手持ちは少ないのです。
「リジェットは気になるものはある?」
そう先生に尋ねられ、わたくしは必要なものを考えます。今日は面白そうなものを見られるだけで満足な気がいたしますが……。
「うーん、そうですね……。あ、この前同室の子に、魔力を補う補助器具があると教えていただいたのですが、そのようなものはありますかね。わたくしもそれがあれば、もう少し他の方が描いた魔法陣を使えるようになったらいいなと思っていて……」
魔力が多くなれば、できることが増えるかも! と胸をときめかせていると、先生は顔を曇らせました。
「うーんどうかな……。騎士団にある魔法陣って大体魔術省の人間から仕入れているでしょう? 魔術省で働く人間は結構元から黒に近い髪色を持つ人が多いんだ。だからこういうところで、魔力補助用具を買っても、騎士学校で使われている魔法陣は使えるようにならないよ?」
「そ、そんなあ!」
魔術具はわたくしの希望だったのに……。と半泣きになりながら先生を見つけます。
「うん。市販の魔力補助用具では絶対無理。どうしてもというのなら自分で特製のものを作るんだね」
「つ、作る⁉︎ 魔術具って作れるんですか?」
「いつも君、魔法陣作っているじゃないか。描くものが紙から道具になるだけでさほど作り方は変わらないよ。
一度君と作ったじゃないか。君のネックレスの収納も魔術具だ」
なければ、作ればいいじゃない、なんて簡単に言いますが、先生は本当に作っていましたものね。実際に作った実績がある人の発言はなんて強いのでしょう。
「そうだったんですか⁉︎」
「うん。ただ、相当高品質な魔術具を作らないといけないから材料は厳選しないとね」
「ならば、ボクが役に立ちそうじゃない?」
前を歩いていたレナートがくるりとこちらを向きます。
「素材は何にする? 魔鉱? 色盗みの宝石? 人魚の鱗? 妖精の羽? 賢者の砂?」
歌うような口ぶりでなんだか知らない材料も提示されましたが……。それらが魔術具の材料になるのでしょう。
レナートは店のスペースの奥から頑丈そうな木箱を持ってきて、先生に中を見せています。
中には見たことのない極彩色の素材がたくさん入っていて、その眩しさに目が眩みそうになりました。
その素材を一瞥した先生は横に首を振ります。
「魔鉱はサドラフォンのものがあるから、それ以外の触媒が必要だろう。色盗みの宝石は親和性が高すぎて、どうなるかわからないから、妖精の羽か……なんなら魔鉱を何種類か混ぜて作るよ」
「なるほど。じゃあ、この辺は? もともと魔術具の職人が魔術具に仕立てようとしていたけど、魔力が足りなくて腕が飛んだから、うちで引き取った曰く付きの魔鉱!」
ジャーンと見せびらかすようにレナートが提示したのは金色に虹色の光沢が混じる禍々しい魔鉱でした。
「う、腕が飛んだ⁉︎」
「うん。ちょっと技量のたりない人間が触ると、魔力の反発が酷いんだ。元の魔獣の獰猛な気質が魔鉱になっても残っているんだね。クゥールなら、そんなやわじゃないでしょ?」
けろりと言い放つレナートにわたくしはなぜかめまいがしてきました。
「あの……。レナートは先生のことをなんだと思っているのですか……」
「え? 丈夫な器用貧乏?」
「丈夫って……。先生は病気がちでか弱い方なんですよ!」
その言葉を聞いたレナートは目を見開き、すぐに表情をゆるゆるとした、悪い笑顔に変えていきました。
「ふうん? リジェットさんには『か弱い』で通しているんだ。クゥールは秘密主義なの? そうなの? 全部言っちゃだめなの?」
「レナート!」
あ、レナートは先生が死なないことを知っているんですね。
「リジェット、世の中には知らない方が楽なこともたくさんあるんだ。レナートは情報収集大好き悪趣味野郎だから知っているけれど、君がそれを知る必要はない。わかったかな?」
先生はわたくしの両方を掴みガクガクと揺らしながら問いただします。あああ……、脳が揺れます……。
「わかりました! 先生がそうおっしゃるなら、詮索などは致しません!」
「ほんとにクゥールによくしつけられているんだね……。いいなあ……」
その様子を見て、レナートは呟くように言いました。
なんだか、その目が獲物を狩る魔獣のように見えて、目があった瞬間背筋に冷たいものが走ります。
先生が言っていた老獪な生き物という表現は決して比喩ではないようです。
「あの! その魔鉱はおいくらでしょうか……」
わたくしは頭の中で今月の経費を計算しながら、出せる金額を思考します。
ポケットの中から、小銭入れを取り出し、パチンと開けた瞬間、先生から声がかかります。
「このくらいだったら、僕が買うよ?」
「え! ダメですよっ! わたくしのものですから、わたくしに買わせてください!」
「僕は自分の玩具には手入れをする主義だよ?」
「玩具……」
わたくしがその発言に絶句していると、その隙を狙って先生は会計を終わらせてしまいます。
「え? リジェットさんはクゥールのおもちゃなの? ますますいいな〜!」
なぜか、レナートはわたくしにキラキラした視線を向けています。
「あのっ! そんなキラキラした目を向けないでください」
「いいな−。いーな! 羨ましいな。ボクもリジェットさん、うちの商材にしたい」
ギラリと目を光らせたレナートに先生は睨みを利かせます。
「レナート?」
「え? え? なになに? 本気にした? 嘘だよ。ボクだって人の獲物を奪い取るような真似はしないよ。あとが怖いもの!」
「本当にやめてね。君は欲しいと思ったものを、私兵を使ってでも手に入れようとするだろう?」
私兵? 聴きづてならない言葉が聞こえたような気がします。
「ふふふ。でもね、こんなボクだってこの世の全てを手に入れられるわけじゃあないんだ。それよりクゥール? 今日は君向けの素材がいっぱいあるんだ。うちの職人じゃどうにもならない材料、大特価で放出してるから、引き取ってよ」
「引き取って、って言っているのに料金は取るんだ?」
先生の問いにレナートはオーバーなリアクションを見せながら言葉を返します。
「そりゃそうだよー! 素材を集めるのにうちのバイヤーが何人死んだと思ってるの? その経費分くらいは出してよね」
交わされるなんとも口を出しにくい会話にわたくしは口を紡ぎます。レナートは可愛い顔をしていますがだいぶ商売にシビアな性格をしているようですね。
布の販売のコーナーやゴロゴロと積み上がった魔鉱のコーナーを掻き分けるように散策した先生はこれでもか、と言うくらいの量の戦利品を持っていました。
「この前の色盗みのボタンみたいに、掘り出し物はありましたか?」
「あったよ。レナートに売りつけられたものもあったけど……。やっぱりここは他とは一味違うものが多いね。魔術具の材料になりそうなものがたくさんあったよ。リジェットは? 何かあった?」
「うーん。わたくしはさっき先生が買ってくださった魔術補填の魔術具の材料だけで十分ですかね……」
「そう?」
会計を済ませた先生は収納の魔法陣が描かれた小さなカバンの中に買った大量のものを無造作に詰め込みます。戦利品が吸い込まれていく様子はいつ見ても壮観です。
ぼんやりと先生の戦利品を見ていると、トントンと肩を叩かれます。
「レナート?」
「リジェットさん。あなたに買ってもらいたい商品があるんだけど見てくれる?」
なんだろうと思いながらレナートの手を見ると、それは夜空色に輝く、ネックレスチャーム型の魔術具でした。それはアスタリスクのように線が四本重なった形のモチーフです。
「これって……。聖職者が使う湖の女神のシンボルじゃないですか」
「そうだよ。でもこれを使うのは聖職者には限らないからね。魔術師だって使ってるよ」
「これって、なんのために使う魔術具なんですか?」
「自分の意思と反した死に方を防ぐ魔術具だよ?」
「それって……」
恐ろしく強い効果を持った魔術具に戦いてしまいます。
「でもこれは万能じゃないんだ。防いだ分、対価は必要になる。魔力の前借りが多量に必要になるよ。……でも、リジェットさんには必要だと思うんだ」
「どうしてそう思うんですか?」
「君はよく襲撃に遭うだろう? 困ったことだね。クゥールも気を揉んでいたけれど仕方がないことだよね。君はなんてったって有用な存在だから」
有用な存在。
その言葉に休日の楽しい広場の音が、一瞬消えたような錯覚を覚えました。レナートは全部知っているよ、という表情で言葉を続けます。
「どうしてわたくしによくしてくれるんですか?」
わたくしは出会ったばかりのレナートによる過剰なサービスに眉を顰めます。流石にここまで親切にされると警戒心が湧いてきますもの。
そう思ったわたくしにかけられたのは意外な一言でした。
「君はノアのお気に入りだろう? この前あったとき言っていたよ? 彼女は君のエピローグが見たいそうじゃないか」
「ノア?」
急に出てきた元オルブライト家、おばあさま付きの侍女の名にわたくしは目を瞬かせます。
「そう。君の家で君のおばあさまであるヒノラージュ様の最後を見送った、あのノアだ。この前会った時、彼女珍しく饒舌でね。君のことばかり話していたよ。絶対、君の最後は私がみとるってね」
「そんなに気に入ってもらえたのかしら……」
ノアは無表情でしたので、感情が伝わってきませんでしたが、どうやらわたくしは気に入っていただけたようです。
「なのに、君がロクでもない場面で死んだら、台無しでしょ? 彼女がガッカリする姿をボクは見たくないからね」
呪い子同士がコミュニティを持っていることは知っていましたが、レナートがここまでノアに心を砕いているとは思っても見ませんでした。
それに、なんとなくですが、レナートがノアのことを語るときの口調が特別優しい気がするのです。
一商人として取引先としてしか考えていないであろう、スミのことを話す時とはまた違った温度を感じるのですよね。
「レナートはノアのことが……。大切なんですね」
そういうと、レナートは困ったような笑みを浮かべていました。わたくしは好意で売ってくださるのだろうと納得し、ネックレスチャームを買い上げます。
見るからに機能が高そうなチャームでしたが、レナートは信じられない特価で売ってくださいました。いい買い物をさせられた感じがしますが、まあ、ラッキーということにしておきましょう。
「どうしたの? レナートに何か売りつけられた?」
呆然としていたわたくしに先生は心配そうに話しかけます。
「いいえ。問題ありませんよ」
わたくしはそう言って、買い上げたチャームに視線を落としました。
レナートにとってノアは大切ですが、ノアにとってはどうでもいいおっさんでしかありません。
不毛な片思いです。
次は 身の振りの相談に全く向かない人選です です。書きだめが尽きるまでは毎日更新しようかな。




