63街の中で不思議な少年に出会います
待ちに待った休日の聖の日。わたくしは朝早くから身支度を整えます。
リビングで軽い朝食を取っていると、起き抜けのメラニアが自室から出てきました。
「あれ? リジェット出かけるの? 君は元気だねえ」
「はい今日は知り合いと王都の蚤の市に行く約束をしているのですよ!」
「へえ、その人王都の人?」
「うーん、そうですね!」
まあ先生は出口の扉の魔法陣さえあれば、どこにでも現れることができるので、厳密に言うと王都の方ではないのですが、説明するのも面倒なので、王都の人でいいでしょう。
「一緒に行きます?」
「私は……昨日の筋トレで疲れてしまったから、一日休んで英気を養うことにするよ……。面白いものがあったら後で教えて欲しいな……」
そうですか。残念です。
わたくしはソファでお茶を飲みながら、本を読んでいるエナハーンにも声をかけます。
「エナハーンは? どうしますか?」
まさか自分に声がかかると思っていなかった様子のエナハーンはビクビクっと肩を震わせます。
「わっわたくしは今日ちょっと王立図書館に調べ物に行きたいので……。すみません」
へえ。王立図書館。楽しそうな響きですね。そういえばエナハーンは時間があると本を読んでいる気がするのですが本が特別好きなのでしょうか?
「いいえ、とんでもありません。それよりも王立図書館なんてあるんですね、今度行ってみたいです」
「えっええ。あ、あそことってもいいところなので、今度一緒に行きません?」
エナハーンはふんわりと優しい笑みをくださいました。
「ええ! ぜひご一緒しましょう!」
その表情に一緒に王立図書館に行ける日が楽しみになりました。
そうだ、ラマは……と声をかけようとしましたが、きっと心配だったら勝手についてくる気がします。それで、先生がきたら安心して別行動、って言う流れですかね。
きっとばったりあっても、偶然ですね。で済まされてしまうのでしょうが……。
朝食を取り終え、身支度がすんだわたくしは荷物を持って部屋を出ます。
「では皆さん、行ってまいります」
「行ってらっしゃーい」
「行ってらっしゃいませ」
わたくしは玄関を出たところで、擬態の魔法陣を取り出します。先生から髪色を変えろとの指示はありませんでしたが、一応水色に変えて行った方が無難でしょう。騎士団にいるだけで白い髪だと指をさされるので、街に出たら相当目立つはずですから。
さあ、今日はどんな掘り出し物があるのでしょう。所持金は心元ないですが、素敵なものに出会いたいです!
*
寮がある騎士団の敷地から、そのまま通り沿いに歩いていくと五分もしないうちに王都の街に出ることができます。
そう思うと、騎士団ってとっても立地の良い場所に立っているんですよね……。
ええっと……。待ち合わせ場所は街の中心の噴水がある広場……ですね。手紙を確認しながら進みます。
王都の町は中心部の広場から放射線状に通りが広がっているので騎士団からの道をまっすぐ進むと、広場につくはずです。つくはず……なんですが……。
「あれ? もうちょっと歩くかしら?」
結構歩いているはずなのにつきません。あれ? もしかしてわたくし方向音痴なのでしょうか⁉︎ どうしよう……。
一人あわあわと焦っていると目線の低い場所から幼い子供のような声が聞こえてきます。
「ねえ、おねーさん。こんなところでどうしたの? 迷っちゃった?」
え? 誰でしょう?
びっくりしながら、声がした方向に目をやると、そこには仕立てのいい貴族服を着た、幼いながらに目麗しさが際立っている少年が立っていました。
見たところ、ニエより少し年下くらいでしょうか。
くりくりとした青色の瞳が可愛くて、髪が黒がかった灰色の愛想の良い少年です。
目が合うと、少年はにっこりと微笑みます。
わっ! な、なんて可愛らしいんでしょうか!
「ねえ、お姉さん。困ってる?」
「あの……。はい。あの……お恥ずかしいのですが道に迷ってしまったようです」
この一本道でどうやって? という感じですが迷ってしまったものは仕方がありません。恥を忍んで少年に打ち明けます。
「そうなんだ! じゃあ、ボクが案内してあげるよ!」
「え! 良いんですか?」
「いいよ! どこにいきたいの?」
「中心部の広場に行きたいのですが……。ここをまっすぐ行けばつくと思っていたのですがつかなくて」
「ああ、もしかしたらさっきの三叉路のところで左にそれちゃったのかもね。一応太い道の方をまっすぐに行くと着くんだけど……。ちょっと戻るよ!」
わたくしは親切な少年についていくことにしました。少年がいう通り、道を戻ると三叉路があり、より太い方に進むと広場が見えてきました。
待ち合わせの時間に少し遅れてしまいましたが、先生はもうついているでしょうか。
広場を見渡しますが、先生の姿はありません。
あ、この感じだと寝坊ですね! 今日ばかりは先生の寝坊癖に感謝してしまいます。
「道案内してくださって本当にありがとうございます」
「いいの、いいの! ボク暇だったから! もし良かったら、待ち合わせの人が来るまでおしゃべりしよ! こんなところで女の子一人だとナンパ待ちかと思われて危ないよ?」
そう言った少年も子供ですが……。少年なりにいないよりはいる方がいいと考えてくれたのかもしれません。本当に優しい子ですねっ!
「え、大丈夫ですか? この後予定があったのでは……」
「平気だよ! お姉さん名前は何ていうの?」
「わたくしはリジェットと申します」
そう言った瞬間、少年の目がキラリと光った気がしました。
「リジェットさん……ね。ねえ、リジェットさんはぁ……」
少年がそう口を開いた時でした。わたくしと少年に人影がかかります。
「あ、先生! おはようございます!」
「……何でレナートといるの?」
そう言った先生は眉間にシワを寄せて、右手で自分の髪の毛を無造作にぐしゃりと掴みました。
レナートさん。なんだか、どこかで聞いたことがある名前のような気がします。
「え?」
「ちょっと、教育に悪いから、リジェット。レナートとは距離を取ろうね?」
「あれ〜? クゥールだあ! 偶然だねえ!」
ぱあっと弾けるような満面の笑みで言ったレナート少年を先生が怪訝な顔で見ています。
「本当に偶然か? どうせリジェットとの繋がりを作りたくて狙って遭遇したんだろう?」
「なんで疑うのかなあ。もう! 最初は本当に親切で声をかけたんだよ? 魔力の少なそうな女の子が路地裏一人で歩いていたら普通心配するでしょ?」
「ろ、路地裏⁉︎ どうしてそんなところに⁉︎」
先生はぎょっとした目をこちらに向けてきます。
「恥ずかしながら……。道に迷ってしまいまして……」
それを聞いた先生は一瞬大きく目を見開いて、深くため息をつきました。
「今度は騎士学校まで迎えにいくよ……」
「本当にすみません……。思ったよりわたくし方向音痴だったみたいで……」
一人で行くと決めた時は行けると思ったんです。
わたくしの方向音痴の話は一度、置いておいて……。わたくしレナートさん、という方のお名前どこかで聞いたことがあるのです。
わたくしの勘違いでなかったら、シュナイザー商会のクリストフの双子のお兄様の名前が確かレナートさんだった気がします……。
「クゥール、どうせ今日の蚤の市の目的、うちの百貨店の出店でしょ? 安くするから、リジェットさんに声かけたの許してよ」
あ、今。百貨店って言いました……。
し、信じたくありません……。
「リジェット、この人、王都のシュナイザー百貨店の代表、レナート」
「えっ! ていうことは……、ご、五十歳⁉︎」
「あはは〜! 正確にいうと今年で五十三歳でっす!」
う、嘘です……。こんな可愛らしい、少年のような五十三歳がいるはずありません。
「ボク、見た目こんなんだし敬語って使うの苦手なんだよね。もしお嫌いだったら、僕を排していいからね? ……できるかどうかは別だけど」
そう言ったレナートが子供らしさのかけらもない、不適で冷酷な微笑みを向けました。
「あ、なんだかその言い回しにクリストフ感を感じました。……というか、なぜ双子なのに見た目の年齢が全く違うのですか?」
見た目が若く見えるのが呪い子の特徴ということはもちろん知っておりますが、こんなに若い、というか幼い呪い子は初めて拝見しました。
どう見てもレナートはわたくしよりも幼い少年にしか見えないのです。
「ああ、リジェットさんは呪い子のことあんまり知らないんだね。確かにクリストフとは双子の兄弟だよ? でも双子だからと言って、型まで同じわけではないからな〜」
「型……。とは何でしょうか?」
聞いたことがない単語に疑問符を浮かべていると、レナートはわかりやすく説明を加えてくれます。
「呪い子は二種類あってさ、クリストフや……、リジェット様はノアは知ってる?」
「あ、はい。存じ上げております」
「あの二人は、呪い子の中でも成人くらいまでは年齢通り成長して、その後ピタッと年齢が止まる時期が来るタイプなんだ。呪い子の界隈では俗に一型って言われてる」
そういえば、ノアは二十代と言っていましたが、きちんと二十代の見た目に見えていました。これからどう見ても二十代にしか見えない五十代のクリストフのように見た目の年齢が止まる時期が来るのでしょう。
「それと違って、ボクみたいに子供でいる時期が長くて全体的にゆーっくり成長するのが二型。一型よりも寿命が長いのも特徴かな。多分、このままのペースだと三百歳以上生きるかな」
「さ、三百歳⁉︎ それはご長寿ですね」
「うんそう。とっても長生き。そして時間があるのさ!」
だからこうして、街で見かけた気になる人間に話しかけるのが自分の趣味だとレナートは言います。
「赤ん坊でいる時期もとっても長かったんですか?」
「うん。体は赤ちゃんだけど、知能は年齢並みだから、両親はめちゃくちゃ気味悪がってたよ……。今思い出しても笑えるくらい」
うーん、確かに。レナートには悪いですが、わたくしもきっと悲鳴をあげてしまう気がします。流暢に話す赤ちゃんに出会ったら怖いですものね。
「それが全部のきっかけってわけじゃないけど、ボクとクリストフは両親とソリが合わなくてね。もう絶縁状態にあるんだ。そもそも呪い子っていうのは母親の母体にいる時に母親に呪われることがきっかけで発症するんだよ?」
「え?」
聞きずてならない言葉に耳を疑います。
「ボクの母親は、貴族の末端だったんだけど、お腹に宿した子供がどうやら双子であるということに気がついてね。一人を腹の中で殺そうとしたらしい」
「ど、どうして⁉︎ そんなことを⁉︎」
理解できない言葉にわたくしは取り乱して混乱してしまいます。
「双子は腹の中で、魔力を分け合ってしまうからね」
そう答えたのは先生でした。
「そう。クゥールは知ってたんだね。さっすがぁ! ボクが生まれた頃はちょうど、ラザンタルクとの戦前で、黒持ちの存在を誰もが求めていたんだ。……ちょうど今みたいに」
今、というのは最近、王子二人による政変が起こる前兆がひしひしと様々なところから伝わっているからでしょう。レナートは静かに言葉を続けます。
「いつの時代だって貴族にとって、子供は道具だ。王家の為に、という名目だけれど、実際には名を上げる為、リージェを上げる為、自分たちに有利な状況にことを運ぶ為……。みんなそうやって理由をつけて子供を使うよね。
そんな親にとって、魔力のカスみたいな子供が二人いるよりも、一人腹の中で死んでも一人が魔力を強く持っていた方がいいってわけさ。
それで母はボクの方に呪いをたくさんかけたらしいね。それでボクは二型の呪い子で、クリストフもその影響を拾って一型の呪い子ってわけさ」
「呪いを……、かける」
お腹の中で、一人赤ん坊を殺すつもりで呪いをかける……。それがどんな精神状態で行われていたことなのか、全く想像も理解もできそうにありません。
「そうだよ、血縁でもなんでも、自分の地位のために、殺したり増やしたり、人間はいつだって身勝手な生き物なんだよ? お綺麗な君は知らなかったかな?」
レナートはあくまでも明るい口調で言っていますが、言っている内容はひどく重くて苦しいものでした。
そんな感情が渦巻くところに身を置いたことがないわたくしは、それだけ、家族からの呪いなんてものから、遠いところで暮らしていたのです。
どんなにお父様が亭主関白気質だったとしても、子供を殺そうなんて考える人ではありませんし、それをお母様に命じることも絶対にありません。お母様だってそんなことを考える人ではありません。
『普通』ということ、それがどれだけ恵まれていることなのか……。考えさせられてしまいます。
「呪った子供が長命なんて……とんだ皮肉だよね。そういえば昔は呪い子っていうのはボクたちみたいな二型の人間のことだけを指してたらしいよ?」
「ああ……、成長をしない子供……。だから呪い子というんですね」
「そうそう。あー……なんだか、暗いことを話してしまってごめんね。でも、君は噂によると騎士学校に通っているんだろう?」
「そんなことまで知っていらっしゃるんですか⁉︎」
「うん、だって百貨店は国中の噂が集まるところだもの。だからね、こういうことも知っておかなくちゃかな? と思ったんだ。きっと騎士団にだっていろんな事情の子供たちがいるんだ。自分の状態を普通だと思っちゃいけないよ?」
いろんな事情の子供と聞いて、わたくしは最初にメラニアとエナハーンの顔が浮かびました。
二人は勘当同然で騎士学校に入ったのだって、何か理由があるのでしょう。
そのほかにも騎士学校にはいろんな事情の子供がいるでしょう。自分の状態を普通だとは思ってはいけない。その言葉を深く肝に銘じます。
「珍しいね。君がそんなことまで話すなんて……」
先生はレナートの顔を覗き込みます。
「うん。だってさ、ボクは白纏はどんな特性がある子供なのか、よーく知ってるよ? 職業柄。なのに、ぼくのことをリジェットさんが知らない何て不公平でしょ?」
その一言を聞いた先生レナートの顔をジトーっとした目で見つめています。
「同情を買って、取引に持ち込む考えなんだね……」
「えー! 人ぎき悪ーい! まあ、そうなったら嬉しいけどね。うちの宝石部門で主力の取引をしている『スミ』はもうダメそうなんだ」
「スミ……?」
なぜか聞いたことがある名前が会話に出てきて、思わずその名を声に出してしまいます。
スミは以前、お母様と宝石を買いに行った時に、わたくしに白と赤の石を授けてくださった、色盗みの女です。
あの慈しむような優しい表情が印象的な彼女に何があったのでしょうか?
「あ……。うっかり失言失言。これじゃあ、おしゃべりクリストフのこと、叱れないや! まずいまずい! リジェットさん、聞かなかったことにしてよ〜。って、無理か」
レナートはあちゃ〜という表情をしながら頭を掻いて、わたくしの方を見ていました。
「わたくし……。スミからとってもいいアドバイスをいただいたことがあって……。ご本人もとっても素敵な雰囲気の方でしたし、またお会いしてみたくて。その後がとても気になっていたのですが……。もうダメってどういうことですか? もう色盗みの女を引退するということですか?」
レナートと先生は一瞬顔を見合わせました。
レナートは小さくため息をついて口を開きます。
「——まあ、ある意味引退だよね。リジェットさん。色盗みの女が色盗みを止めるのは死ぬ時だけだ。……残念ながら彼女はもう長くない。もし苦しそうな様子の彼女に出会ってしまったとしても情けをかけてはいけないよ?」
「そ、そんな……」
色盗みの引退が、死?
突然の事実発覚に声の端端が震えてしまいます。
「色盗みは盗んだ色の分だけ寿命を消費するからね。短命なんだ」
た、短命。
あの……。すっかり忘れていたのですが、わたくし先生の髪の色を盗んでしまったことがありましたよね……。騎士学校入学試験の帰りの時に……。あれは大丈夫なのでしょうか?
わたくしは、不安な気持ちでいっぱいになります。
でも、レナートの言い方だと、わたくしが色盗みをできるということは決定事項のように聞こえますよね。
スミが色盗みをすることができる人物は一定の素質がないと難しい……と言っていましたが……。
一定の素質。それは白纏の子として生まれたかどうかなのではないでしょうか。
もしかしたら、レナートもクリストフもそのことを知っていて、宝石の納品をすることをわたくしに望んでいるのではないでしょうか。
どうしましょう。事実にたどりついてしまったことをレナートに気づかれるのはまずいことなのでしょうか。
そもそも先生は色盗みのことをどこまで知っているのでしょうか。
そんなことをぐるぐる考えながら一人で慌てていると、先生が怪訝な表情をしてこちらを見ています。
「リジェット? どうかした?」
わたくしの悩みを打ち明けるにしても、レナートがいないところで話した方がいいでしょう。
そう決意したわたくしは表情を取り繕います。
「なんでもありませんよ?」
「そう? ならいいんだけど……」
どの話を誰に話すか、選ぶにも己の知識が圧倒的に足りないようないたします。
もう少し自分で考えてからお話をしてみましょう。
「長話をしてしまってごめんね? 二人は蚤の市を楽しみにきたのに、引き止めちゃった。お詫びにボクのお店に案内するよ。
今日、シュナイザー百貨店は年に一回の棚卸しセールで、倉庫の奥の方に眠ってたまだドレスになってない布とか、素敵なビーズとか、そういうものを安く売るお店を蚤の市に出してるんだ」
レナートは晴れやかな表情で切り出しました。
先ほどのスミの話からの切り替えが早さに商売人らしい、気質を感じます。
正直なところわたくしの気持ちはまだそちらに引きずられてしまっていて買い物を無邪気に楽しめるほど立て直せていないのですが、先生は今日の蚤の市のシュナイザー百貨店の出店を楽しみにしていたようなのです。
それをキャンセルする訳にはいきません。
「それは素敵ですね……。ぜひ案内いただけると嬉しいです」
「そうだ……。それが目当てで来たんだった。まだ、掘り出し物あるかな?」
「あるよ! あるある。余裕余裕! 今年は倉庫の奥まで、売れるものはなんでも表に出してきたからね! 社員が断捨離ってやつにハマっててさ! 案内するよ! こっち、こっち!」
レナートに導かれてわたくしと先生は王都の蚤の市に足を運びました。
もにゃもにゃな気分になる回でした。そしてやっとレナートが出てきます。
レナートの名前……。
次は 蚤の市は材料だらけです です!




