61魔力量が少ないと厄介です
授業日を何日か過ごすと、学生生活にも少しずつ慣れてきます。
今日もいつものように朝、目が覚めてベッドで大きく伸びをすると、ベッドサイドにおいてあるサイドテーブルに昨晩寝た時にはなかったものが目に入ります。
「お手紙の魔法陣?」
いつの間にこの部屋に? 一瞬焦ってヒヤリと背筋が凍ります。
そのまま開くには怪しすぎるので、外見を観察したところ見慣れた蔦のモチーフが組み込まれていました。
——これは先生のお手紙ですね!
先生は人を驚かせるのが好きだなあ、と思いつつお手紙を開きます。
『やあ、リジェット。そちらでの生活はどうだい?
急なんだけど、今週の聖の日は予定があったりする? 今週の王都の蚤の市で、いつもは出ない珍しい店が出店するんだ。もし予定がなければいかないかい?』
「まあ‼︎ なんて素敵なお誘いでしょう!」
「お嬢様、どうしたのですか?」
わたくしが喜びで大声をあげると、朝ご飯の用意をしていたらしいラマが、慌ててこちらに駆け寄ってきます。
「ああ、大きな声を出してごめんなさい。今先生から、お手紙が来ていたことに気がついて……」
「クゥール様から? ……そうですか。大きな声を出したので敵襲かと思いましたよ」
ラマは一瞬怪訝な顔をしましたが、すぐに安心した表情になります。
「ラマ、今週の聖の日は王都で蚤の市が開かれるそうなんです! 先生に誘われましたので、いってこようと思うのですが」
「かしこまりました。クゥール様と一緒でしたら安心ですね。気をつけていってらっしゃいませ」
「はいっ!」
それから先生と何度か手紙のやりとりをして、午前中に向かうことになりました。王都のマーケットはオルブライト領のマーケットとは違い、午前中のうちからに開くそうです。
早く行かないといいものは売り切れてしまうとか。
先生は意外と朝が弱いところがあるので、寝坊せずにこられるか心配ですが、まあなんとかなるでしょう。
思いがけない週末の楽しみもできてしまいましたから、休日まであと少し。今日の授業も頑張らないといけませんね!
*
今日は午前中が体育的な実技の授業、午後は魔法陣使用の方法論の授業があります。
午前中の体育の実技では、走り込みや筋トレが中心でした。
以前屋敷に住んでいた頃から、時間が開いた時に走り込みを行っていたわたくしは難なく授業を終えることができたのですが……。
一緒に授業に参加していた、メラニアとエナハーンは終わった頃には膝がガクガクしていました。
お昼ご飯が終わり、午後の授業が行われる教室につきます。
魔法陣使用論の授業が行われる教室はみんなで話になってグループワークも行える、丸く大きな机が五個ほど置かれている教室です。
一つのテーブルに六人まで座ることができるので、わたくしたちは気の良さそうな男子生徒が先に三人座っているテーブルを見つけ、軽く会釈して席につきます。
座っていた男子生徒は特にわたくしたちを見下した表情を見せることなく、にこりと笑ってくれました。
うん。わたくしたちに好意的な生徒もちゃんといるのですね。
そんな中、まだ二人は午前中の疲労をひきづっている様子でした。
「はあ……。ひどい目にあったよ……、ほんとに」
「ほっ……はあ。本当にですね……。よ、よくリジェットは平気な顔をしていられますね」
「わたくし鍛えていますから! ……あんまりにも辛ければ、治療の魔法陣使います? 今から描きますから」
「お、お願いします……」
さらさらと魔法陣を描き、二人に手渡します。
二人は最初の方は買うと馬鹿みたいに高い魔法陣をもらうことに戸惑いを見せていましたが、一週間生活している中で、わたくしが魔法陣を描いては使い、多用しているせいで扱いに大分慣れたようです。
やっぱり、魔法陣ってあると便利なのでついつい頼っちゃうんですよね。
……あら。なんだかどこかの先生に似てきています? 気のせいですよね。
二人は魔法陣を患部に貼ったことでようやく疲れが落ち着いたようです。
「次は魔法陣の使用論だろう? 私は見ての通り魔力量が多いから、これは得意だと思うんだ!」
そう言って髪をつまんで見せたメラニアの髪は光が当たると緑に見える程度でほとんど黒なので、魔力量はとても多いのでしょう。
それに比べて……。わたくしは……。
「はあ。急に魔力量が多くなる方法とかってないんですかね?」
わたくしはほぼゼロ魔力、という残念な結果をありありと表す自身の真っ白な髪を、指で弄ぶようにくるくると人差し指で回します。
「リ、リジェットは……。白纏の子ですからね……」
「そうなんですよね……。これは生まれた時からの特性ですからどうしようもないのですが、もう少し、あとほんの少し魔力が多ければ他人の魔法陣を使っていろんなことができるのになあ……と思うのです」
「自分で部屋の明かりをつけたりとか?」
そう言ったメラニアはニヤッとちょっといじわるそうな顔で笑います。
「もう! なんですか! お察しの通りできませんよ! というか、できないで困っているところを見たでしょう?」
「いやあ。最初、部屋の明かりもつけられないんだ……ってすっごいびっくりしたんだよね」
部屋にいるときに電気をつける魔法陣をつけられず、落ち込んでいる姿を二人に見られた時は本当に泣くかと思いました。二人は信じられないものを見たような顔をしていましたし……。
「それに今は自分で魔法陣を描き変えたので使えますから」
「まあね。生活に必要な些細な魔法陣でも、他人が描いたものだとリジェットは使えないんだよね。でもさ、それなのに騎士学校に入学してくるってすごいよ」
「ほっ本当にすごいと……。わっわたくしも思います! 入学試験の時も自分で魔法陣を描いて入学したのでしょう? そ、それってすっごい努力が必要なことだったと思うのです」
「二人とも……優しいですね」
二人の優しい励ましにわたくしは素直に嬉しくなりました。
「まあ、今後のことなんてどうなるかわからないんだから、悲観しないでいこう!」
「はいっ!」
次の授業に向け、頬を叩き気合を入れました。
*
「さて、授業を始めよう」
魔法陣使用論の授業担当教官はエドモンド様でした。
わたくしはそれを見て少し安心します。
他の教官ですと、魔法陣を使えないことを馬鹿にされるのですもの。
後で聞いたところ、エドモンド様は魔法陣を読み解くことができるのだそうです。
もともと武人として功績を立ててきた方なので、魔法陣を描くのはそこまで得意ではないそうなのですが。
エドモンド様も現役の騎士として働いていた頃にはお父様とともに戦場へ出ていた方ですから、そこで資格を得たのでしょう。
教壇に立ったエドモンド様は、資料を広げながらわたくしたちに今日の授業内容を説明してくださいます。
「今日は魔法陣の基礎的な使い方について学んでもらう。皆は魔法陣の作動にはいくつかの方法があるのを知っているか? 魔法陣は使う術式の難しさによって、対価が変わってくる。
簡単なものであれば、願いを対価に。難しい術式であれば、魔力を。さらに困難なものになると、肉体の一部を対価にしなければならない」
わたくしはその言葉を聞いて一生懸命にメモを取ります。
「これは余談だが、領地持ちの家の当主は王都で開かれる会議に向かうために、転移陣を持っているだろう? あれは血液を使って転移を起こす。粗悪な魔法陣であれば、かなり大量の血液を使うからな。下位領地の領主にはあまり質の良い魔法陣は配給されぬから毎回かなりの血液を取られるらしいぞ」
う、うわあ。それは大変ですね。ただでさえ大変な領主会議に貧血フラフラ状態で参加しなくてはいけないなんて……。
むしろ下位領地に発言権を持たせないためにわざと厳しくしているのではないか、と疑ってしまう案件ですね。
そう考えると体になんの影響もない先生特性の転移陣はよほど質がいいのかもしれません。
最初にヨーナスお兄様とともに先生の家に行った際に使った魔法陣も、血なんてほんの一滴しか使いませんでしたし、その後自分で描いた魔法陣は血なんて必要なく、願いだけで作動します。
そう思うと、とんでもないものを先生は教えてくださったのですね……。
「黒に近い髪色を持ち、魔力量が多いものは、魔法陣を使うときに魔力を消費しにくい。だが魔法陣の威力は魔力量だけで決まるものではない」
おや? そうだったのですね。気になることを言ったエドモンド先生は言葉を続けます。
「魔法陣と人には、相性があるのだ。
君たちは昨日魔力純度の適性検査を行なっただろう?
それで自分がどの純度要素がどれだけあるのか分かったかと思うが、自分の特性に近い魔法陣は他のものよりも威力が出やすい。
そのため、魔法陣は魔力量が多く、組み込まれた要素が自分の特性に近いこと、魔力純度が高いこと……そのすべてが揃っていると最大の威力を出すことができる」
なるほど。ただ魔法陣を使う、となってもいろんな条件が組み合わさって効果が決まっているのですね。
こうして聞くと知らないことが多いことに驚かされます。
*
「座学はこのくらいにして、実技に移ろう。今座っている机に魔法陣を置くので、皆で分け合うように」
そう言ってエドモンド様が机ごとに魔法陣を置いていきます。
自分の作動させやすい魔法陣と作動させにくい魔法陣を知る、という実験だったのですが……。
実技の時間になるとやはり問題が起きました。
配られた魔法陣が、なんとびっくり!
他人が描いた魔法陣ですから、どれも使うことができません! ……とまあ、最初からわかっていたことなんですが。
他のみんなは魔法陣を光らせてどんどん起動させて複数のものを比べ、相性のよさを確認していますが、わたくしの手元の魔法陣はうんともすんとも言いません。
これでは比べることもできないではないですか。
この状況にため息をつくことしかできませんね。
「白髪〜! 早く起動させろよ! あっ! お前にはできねえのか? 早速落ちこぼれかよ?」
違うテーブルにいたはずのぶっちょが、わざわざわたくしを探して、こちらにヤジを入れにきました。
自分のことに集中すれば良いのに……。と呆れながら言葉を返します。
「もう……ぶっちょ? そういうあなたはどうなんですか?」
「ぶっちょじゃ無い。ブッチーニだ! 私はもう、起動させたぞ。ほら!」
見ると、ぶっちょの魔法陣は起動しています。
でもなんだか、他の方よりも威力が弱いような……。
「ぶっちょも、いうほど威力が出ていないような気がしますが……」
「なっ!」
ぶっちょは起こったのか、顔を真っ赤にしていました。
やはり魔法陣は使う方の魔力によって威力に差が出るのですね。
そう思い、右横に座っていたエナハーンを見ると、水系統の魔法陣が大きく光ったのがわかりました。
「まあ! エナハーン! すごいわ!」
水を出す魔法陣を起動したエナハーンは、ものすごい勢いで魔法陣から水を出しています。
「こっこれは……。わたくしは水の純度が高いですからと、得意なんですよ」
「ああ、水を操れるっていってましたもんね」
「そ、そうです。それより水が溢れすぎて、大変なことになってしまったので排水口のほうに向かいますね」
そういってエナハーンは教室の端にある排水溝付近へ、水を流しにいきました。わたくしは教室の壁に立てかけられてあった水を掃き出すためのスクレーパーがついたブラシを持ち、一緒に水を流すのを手助けします。
水系統の魔法陣と相性がいいなんて、羨ましい……。
「水の要素を強く持っているなんて、珍しいですし、素敵なことじゃないですか?」
「せっ聖の要素を持っている、リジェットに言われたくないです〜」
エナハーンはなんだか苦い表情をして笑っています。
わたくしはこの授業、どうしようもないので、エドモンド様に状況を話して、自分で同じ魔法陣を描き上げ、それを使うことを許可していただきました。
それを提案するとエドモンド様は「リジェット・オルブライトは魔法陣を描くこともできるのか⁉︎ また規格外れな!」と大変驚いていました。
エドモンド様には言わない方が良かったのでしょうか。しかし味方になってくれそうな人に手の内を晒さない訳にもいきませんしね。
わたくしが一生懸命魔法陣を写しとっていると、メラニアが神妙な顔で話しかけてきました。
「リジェット、もし魔力量が少なくて困っているならば、魔力を補う魔術具を使えばいいのではないか?」
「えっ! そんなものがあるんですか⁉︎」
それは初耳ですよ⁉︎
「ああ。私も魔力量が足りないわけではないんだけれど一応つけているよ。ほら、これだよ」
そういえば、メラニアは左耳の耳たぶに紅く、長いタッセルのような異国情緒を感じる。フック型のピアスをつけています。
「これはシハンクージャのデザインを取り入れたもので、魔力を貯める素材に魔法陣を練り込んだ、魔力補助用具なんだ。うちの領地だと結構ポピュラーなものなんだ」
「へえ……。そうなのですね」
「これをつけると、髪が短くなるほど魔力を使っても、少しだけ補填できるからね。何かの時にと思ってつけているんだよ。……流石に禿げちゃうと困るでしょ? エナハーンはもっとカジュアルに魔力補填の魔術具を使っているよ」
急に話を振られた、エナハーンは少し驚いた顔をしていましたが、にこやかに魔術具の説明をしてくださいます。
「え、ええ。わっわたくしは髪も薄い水色ですし、魔力量が多いわけではないので、魔術補助用具に頼っているんですよ」
そういって右耳にかかっていた髪を軽く掻きあげ、隠れていた魔術具のピアスを見せてくれました。耳のカーブが一番強い部分、軟骨部分にちょこんと魔術補助用具はついています。
エナハーンの魔術具は金の魔鉱製のようです。幅一センチほどで耳たぶを包むようにして、ついていました。
どうやらこちらは魔鉱などの他の素材から、魔力を補填することができるようです。
「いろんなものがあるのですね……。わたくしも検討してみます」
本当は今すぐに欲しいくらいなのですが、魔力を貯めておける魔術具なんて……。とっても高そうな気がするんですよね……。
実は今、わたくしはラマの給金を自腹で払っているのです。そのほかにも、寮での生活費も自分の事業で得た資金から捻出しています。
お父様と相談の上、授業料は払っていただけることになったのですが、それ以外のことは自分で負担することにしたのです。
何せわたくしは騎士学校に入る予定ではなかったので、その分の資金は用意されていなかったのです。オルブライト家の資金はオルブライト領の大切な税収から捻出されるものですから、無駄遣いさせたくない、と言う気持ちもあります。
ですので、自分で出せるところは自分で出そうと考えていたのです。
幸い、わたくしが屋敷にいる際の警備費と騎士学校の授業料が変わらないらしいのでわたくしが騎士学校へ行くことでの資金のマイナスは出ていないそうです。
それを聞いた時、どれだけ警備費がかけられていたんだろう……。とぞっとしましたが(その割に侵入者に入られていましたし)
話がずれてしまいましたが、要はわたくし、無駄遣いはできないのです!
どうにかして、収入を増やさなければ……。これもまたいずれ考えなければいけません。
*
授業も中盤に入り、魔法陣をいちいち描かなければいけないわたくしは周りの生徒たちより、一歩遅れながら魔法陣を用意します。
「うわっ! この魔法陣、見たことのないくらい綺麗だな……」
メラニアがそう声をあげたのが、妙に気になって振り向くと、そこには今日の朝も見たわたくしには馴染み深い蔦模様の魔法陣が置かれていました。
「あ、先生の描いたものですね」
「先生?」
「ええ。わたくしの魔術の師匠です。この蔦模様、先生のモチーフですから」
「へえ、そうなんだ!」
わたくしは魔法陣をメラニアから手渡してもらい、覗き込見ます。先生の描く魔法陣はペンの入り抜きに抑揚があって、他のどんな魔法陣よりもずっと、ずっと緻密で精密で、美術品のように美しくて……。やっぱり見るとうっとりしてしまいます。
——いつか、先生の魔法陣を使える日が来たらいいのに。
そう思った瞬間のことでした。魔法陣がピカリと光ります。
「え⁉︎ ええええ⁉︎」
「わっ! わっ! 作動しているよ! リジェット、そこの机において!」
メラニアの促しに従い、わたくしは慌てて机に魔法陣を置きます。すると、みるみるうちに水が魔法陣から溢れ出します。どうやらこれは水を出す魔法陣だったようです。
さすがは先生の描いた魔法陣……とでもいうべきか、大量の水が魔法陣から溢れ、わたくしはノートや筆記用具が水浸しにならないように、慌ててそれを排水する作業に追われます。
な、なんでです⁉︎ これは……明らかに作動していますよね⁉︎
わたくしは先生よりも魔力量が少ないから、先生が描いた魔法陣は使えないはずではありませんか⁉︎
わけもわからず、慌てていると前を通ったエドモンド様が片眉を上げました。
「おや? リジェット・オルブライト。魔法陣使えているじゃないか」
「いや……。偶然かもしれません。わたくし今までの人生で他人の魔法陣が使えた試しがなかったのです」
なぜだかわからない状態におろおろしながら、状況をエドモンド様に伝えます。
「ははは。そうかもしれんが、そうではない可能性もある。何事も研究が大切だ。なぜ魔法陣が使えたか、ゆっくり考えてみなさい」
「はい……。そうします」
「よりによって一番高い魔法陣だけが使えたなんて、もしかして魔法陣選んでいるのか? ははは」
わたくしがわけもわからない展開にため息をついていると、エナハーンが右手側からわたくしの顔横をじいっと強い視線で睨むように凝視していることに気がつきます。
「エナハーン? どうしましたか?」
「い、いいえ。なんでもありませんわっ!」
「そう? それならいいのですけども。それにしても、どうして魔法陣が使えたのでしょう」
エナハーンは魔法陣とわたくしの顔を見た後、少し考え込むような表情をしています。一緒に原因を考えてくださっているのかしら?
原因が早めにわかるといいな、と思いつつ、わたくしはその後の授業に集中しなくてはと、気持ちを切り替えるために息を大きく吸い込みました。
なんかこれ! 使えた! ってなった回です。
そういえばこのお話、40万字を超えたらしいですよ。いっぱい書いたなあ……。しみじみ。
この話、あと……160万字くらいあるけど……。
新しいブックマークありがとうございます!
次は 国の歴史を学びます です!




