59お姉さまはかっこよすぎます
魔術学基礎授業が終わり、わたくしたちは次の授業に向かいます。
「ちょっと、お手洗いに行ってきます」
わたくしが二人にそう声をかけると、エナハーンも一緒に行くそうです。
取り残されるメラニアは少し不安そうな顔をしてこちらを見ます。
「え……。ひとりぼっちは寂しいから、私も行こうかな……」
「別に行きたくなければ、行かなくてもいいのですよ?」
わたくしは苦笑しながら、答えます。どうして女の子という生き物は一緒にトイレに行きたがるのでしょうね?
微笑ましい気持ちでいられたのはそこまででした。お呼びでない人物の声が、横入りするように聞こえてきたのです。
「女は固まって動くよな。用を足すのも一人じゃできないのかよ?」
「へっ⁉︎」
突っかかってきたのは、貴族らしい立ち振る舞いの生徒でした。動きが無駄に優雅で目につきます。
この鼻持ちならない感じ……爵位が高い方なのではないかと思うのですが……。あまり高位の貴族とは距離を取れと、昨日ヨーナスお兄様に怒られたところなのに、あっちから突っかかってくるとは……。防ぎようがありません。
爵位が高そうな団体さんの一人が、わたくしの方を向き、口を開きます。
「お前はあのオルブライト家のものだろう。伯爵家風情のくせに、功績を盾に好き勝手やっているらしいじゃないか。ジルフクオーツ様も嘆いておられた。リージェが高い連中の素行が悪いと」
ジルフクオーツ様……。第一王子ですね。と言うことはこの方は熱心な保守派の方なのでしょう。困りました……。
下手に言葉を発して言質を取られてことを大きくされるのは面倒ですね。それに、わたくしの爵位はそれほど高くないので、万が一この方々の爵位がわたくしよりも上だった場合は不敬とみなされてしまいます。
三人で困った顔をしてどうしようかと立ち止まっていると、男子生徒の一人がわたくしの首元のシャツをグイッと掴みました。
「ぐえっ! いきなりなんですか!」
「お前……。反抗的な目で私を睨んだだろう?」
「えええ⁉︎ 見間違いでしょう⁉︎」
見ていただけなのに、妙な言いがかりをつけられてしまいました。
目があった瞬間手が出るなんて、どんな野蛮人ですか⁉︎ 爵位が高い方々は目線でやり合ったりするための何か特殊な訓練でも受けているのですか?
首元は苦しいですし、穏便にことを水に流すのはもう無理そうですし……。ええい! こっちも反撃してやります!
そう思って身を捻ろうとすると、わたくしの首を掴んでいた手に向かって、誰かの手刀がスンっと勢いよく入ってきました。
え⁉︎ 誰?
わたくしは体制を崩して尻餅をついてしまいました。でもそのおかげで首元を掴んでいた方と距離を取ることができました。
息苦しさから、ケホケホと咳き込みます。息を整えてから誰がきたのか確かめます。
氷のような青味がある薄灰色の髪色の人物は低い姿勢をとり、一気に飛び出すように相手に切り掛かっています。
見覚えがある容姿……。
「ステファニア先輩⁉︎」
わたくしたちを助けてくれたのは、我らが寮長、ステファニア先輩でした。
「ああ、君たちか。この新入生は躾がなっていないようだね? ちょっと懲らしめてやらないとだ」
「し、しつけ?」
ステファニア先輩が右目にかかった髪を払うと、右目に魔法陣が浮き上がります。
よく見ると、それは目ではありません。右目はガラス玉のようなものが入っているように見えます。
「あっあれ……。魔術義眼?」
エナハーンの呟くような声で、それが魔術義眼というものだと知ります。
「なんですかそれ?」
「まっ魔法陣が書き込まれた義眼ですよ。ふ、普通の目の見え方と同じようには見えないらしいんだけど、その分、普通の目には見えないものが見えるらしいです……」
それは……、とっても強そうな武器です!
はわあ! とワクワクした視線を向けると、ステファニア先輩は冷たい微笑みを男子生徒に向けていました。
「うん、見えた」
あの義眼で、何かを見て、狙いを定めたステファニア先輩の動きは明らかに素早くなっています。
ニッと悪役のような笑顔を作ったステファニア先輩は体を柔らかにねじり、相手の肘に剣の鞘で容赦なく打ち込みを入れます。
「そこ、やめろ! うっ! ああああああ‼︎」
どうやら、男子生徒の肘には古傷があったようです。
肘を押さえ、青白い顔でうずくまっています。一緒にいた他の何人かの男子生徒も、ステファニア先輩の姿に慄いているようです。
剣をしまい、わたくしの近くに寄ってきたステファニア先輩は小さな声で「私なら爵位上の問題がないから、こいつを殴ってもお咎めはないよ。ごめんね、すぐに助けにこられなくて」といってくださいます。
全て分かった上で助けてくれるなんてなんて優しいのでしょう。
くるりと、男性生徒の方を向いた、ステファニア先輩は言い聞かせるように声を発しました。
「騎士はあくまで、守る存在だ。爵位を笠に着て弱いものをいじめるだなんて、ゲスがやることだってことは、頭の弱そうな君にもわかるかな」
そう言って男子生徒を足でのしながら古傷であろう肘をグリグリと剣で押しています。
「ぐああ! 痛いやめてくれ! 悪かった、悪かったから!」
「今度からこんなことしちゃいけないよ? 己の優秀さと派閥の強さを誇示したいのであれば、試験でも決闘でも正当な方法がいくらでもあるんだ」
相手を完全にのした後、くるりとこちらを向いたステファニア先輩は、わたくしたちを嗜めるように言葉を放ちます。
「君たちも舐められるような真似はやめたまえ。うるさい奴は、力で黙らせればいいんだから。ここでは女も男も関係がないよ。強い奴が正義だ。特にメラニア。君は爵位的にこの人間にもの申せる立場だろう? この場合、リジェットに任せずに、君が治めるのが正しかった」
「すみません……」
そのキリッとした顔つき……。素敵な仁王立ち……。なんて凛々しいのでしょう! 薔薇の背景が似合いそうな感じ……。こ、これは!
「ス、ステファニアお姉さま‼︎」
はっ! 思っていたことがうっかり口に出てしまって、冷や汗が出ます。
絶対に不快にさせた、と怯えつつギギギ……と油の切れた機械のように恐る恐るステファニア先輩の顔を見ると、何故だか穏やかに微笑んでいました。
「君にお姉様と呼ばれるのは気分がいいね」
「……え? どうしてですか?」
ステファニア先輩は妹が欲しかった……。とかでしょうか。しょうもないことを考えているとステファニア先輩はゆっくりとこちらに近づき、わたくしの耳元で囁くように驚きの事実を発しました。
「助けたついでにちょっとした秘密を教えよう。私はね、君のお兄さんとお付き合いをしているんだ」
「えっ! どのお兄様とですか⁉︎」
わたくしは頭の中にすぐさまユリアーンお兄様、ヘデリーお兄様、ヨーナスお兄様の顔を思い浮かべます。
なんとなく、ヘデリーお兄様にはもったいない感じがしますが……。
「そっか、君の兄は三人いるんだっけ……。ヨーナスだよ」
「ヨーナスお兄様!」
そうか! お二人は同級生ですもんね! 接点はたくさんあるでしょうし、心を通わせる時間も長かったのでしょう。それにしても……、ヨーナスお兄様、あんなに不憫な立場なのに……女性の趣味が大変よろしい!
こんな素敵な方とお付き合いしているなんて……。
いろいろなことを考えていたら目に涙が滲んできてしまいました。
「え? リジェット? どうしたの? お兄さんが取られて悲しくなっちゃったとか?」
ステファニア先輩が慌てた様子でこちらを見ています。
「いいえ! そんな訳ございません! どんどん、取っていってもらって構わないですよ! ——わたくしはただ……。なんとなくいつも運が悪くて不憫なヨーナスお兄様が女運だけは最高だったんだなあと思って、嬉しくって……」
「ああ……。なんかいつも色々押しつけられちゃったり、不運続きだったりと。なんというか不憫だよね。実力だってあるから、王子がいなければ彼が二学年の主席だったろうに……」
「多分、ヨーナスお兄様はステファニア先輩と出会われたことに全ての運を使い切ったのではないでしょうか! はあ! 素敵ですね!」
そうステファニア先輩に告げると、そうかな? と小さく呟いて照れたような表情を見せました。
カッコ良くて、かわいい……。こんなお姉様、最強じゃないですか⁉︎
お願いです、ヨーナスお兄様! そのまま頑張ってステファニア先輩と結婚まで持ち込んでください‼︎
こんなにかっこいいお姉様がわたくしも欲しいのです!
ステファニア先輩は今作屈指のイケメンです! ヨーナスお兄様は趣味がいいね!
あの……本当に嬉しいんですが、こちらの小説初めてレビューをいただきました。嬉しすぎて、うわあああ⁉︎ と叫びながらゴロゴロしていたら、家族に不審な目で見られました。
はあ……。レビューうれしい……。う……(嬉しすぎてズビズビ泣く)
きっとレビューのおかげだと思うのですが、ブックマークもたくさん増えました! ひえっ! すごい!
ありがとうございます!
後、誤字報告もありがとうございます! ほんと毎度毎度誤字多くて申し訳ありません。文章読み上げソフトを使う、というやり方を覚えたのでそれで誤字を減らそうと思います! 減らなかったら、それは私がポンコツだという証明に他なりません……。が、頑張る!
次は 別室に呼び出されます です。




