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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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58いよいよ授業開始です


「はあ……。想像していたよりも騎士学校の様子が厄介です……」


 入学式の翌日、寮の自室で目を覚ましたわたくしは暗澹たる気持ちで目を覚まします。


 オルブライトの屋敷で、お父様の従者であるベルグラードの忠告を聞いていたころのわたくしは「わたくしなら何とかなる!」という謎の自信を持っていました。


 しかし、争う先輩たちの姿を現実に見ると王位継承争いは子供の想像よりも、武力行使の血生臭いものなのだ、ということを改めて理解させられます。


 ここでの身の振り一つで今後の未来が変わっていくと思うと、なかなか思う通りに動けなくなってしまいます。

 わたくし先生にも注意されていましたが、自分でも迂闊な人間だという自覚ありますもの。


 ブルーな気持ちに支配され、起きたてなのにヘロヘロになりながら自室の扉を開けると、そこにはわあ〜! と声をあげてしまうほど素敵な朝食たちがリビングに用意されていました。

 ダイニングテーブルの上には、朝にふさわしい、美味しそうな焼き立てのパンや色鮮やかで瑞々しいサラダ、目玉焼きなどが並んでいるのです。


「おはようございます。リジェット様」

「おはようラマ……」


 挨拶をしたラマの手には、朝食時の飲み物であろう手作りフレッシュジュースが入ったジャーが握られています。それはわたくしが屋敷で元気がない姿を見せたときに、よくラマがこっそり作ってくれたものでした。 


「これは……。全部ラマが?」

「いいえ。エナハーン様も手伝ってくださいましたよ。エナハーン様は本当に手際がいいですね。とても助かりました」


 エプロンを着て、キッチンに立っていたエナハーンに向かって、ラマがお姉さんのような微笑みを向けます。エナハーンは恥ずかしかったのか、顔を赤く染めました。


「あっいえ。おっお役に立てて良かったです」

「エナハーン……。あなたすごいわ……」

「あっ……。は、はいっ。そうですね。このくらいなら……、なんとか。それにラマさんがほとんどやってくれましたから!」


 ラマ一人に負担がかかってしまったらどうしようかと思っていましたが、エナハーンは侍女としても優秀なのですね。


「この部屋には侍女がラマしかいないので、手が回りきるか心配していましたが……。これなら大丈夫でしょうか」

「ええ。エナハーン様が、こんなに頑張っているのですから、お嬢様もお一人でできることを増やしてくださいますと、助かります。ご自身で朝、起きてくださるとか」

「うっ!」


 その言葉に今日も朝も声がかかるまで寝てしまっていたことを思い出します。


「わたくしにも、自由に動ける時間をいただけると嬉しいのですが」


 ラマはわかっていますよね? と、いいたげな鋭い視線をわたくしに向けました。きっとこれは、王都でも自由に情報収集をさせろと言う意味でしょう。朝にのみ情報が集まるような場所などもあるのでしょうね。


「かしこまりました。……できることを増やせるように頑張りますわ」


 わたくし……。客観的に見るとひどい甘ったれですね。このまま、ラマに何から何まで面倒をかけてはなりません。

 王都生活での最初の目標はラマから自立することになりそうです。


 眠くて下がってきてしまう瞼をゴシゴシと擦って、にラマが焼いてくれた、紫や赤のドライフルーツが色とりどりに入った、黒パンを口に放り込みます。


「あら……。このパン美味しいわ」

「昨日、お嬢さまが騎士学校の集まりに行っていた時に、王都散策に出掛けた時に見つけたパン屋の商品なんですよ。やはり王都は食品のレベルが高いですね」

「あの短い間にそんなことまでしていたんですか? 帰った時には夕食の準備ができていたのに……。ラマは本当に信じられないくらい有能ね……」


 ラマの作ってくれた料理は、オルブライト領屈指の有名料理店リベランで働いていたタセと比べても遜色のない出来栄えでした。さすが、使用人育成のプロ、アーノルド家の出身です。


「お褒めのお言葉ありがとうございます」


 大変なこともたくさんありますけど、王都って美味しいものが食べられるところは素敵ですよね。

 大変なことは多いですけども、それ以上にきっと楽しくて胸躍ることにも出会えるはずです。


 美味しい朝食で元気をチャージしたわたくしは今日の授業一日目も頑張れそうな気がしてきました。


 制服に着替え、荷物を持ち、出発の準備を整えます。

 今日は初めての授業なので遅刻をするわけには行きません。時間に余裕を持って部屋を出ます。


「いってきます、ラマ!」

「いってらっしゃいませ、お嬢様方」


 綺麗な従者の礼をしたラマに見送られながら、わたくしたちは学舎に向かいました。



 一時間目の魔法学基礎授業が行われる教室に入ると、同級生の男の子たちが、ざわざわと騒がしく過ごしていました。

 この様子を見ると女の子は本当に同室の三人だけなのだということを実感させられます。


「どこに席を取ります?」


 わたくしは二人に意見を聞こうと声をかけます。一瞬考えた表情をしたエナハーンが後ろの端の席を指差します。


「あ、あんまり前だと、男の子に何言われるか、わっわかん無いから、端っこにしよう?」


 その言葉にメラニアも同意しました。


「そうだな。それが無難だろう」


 仕方ない、とでも言いたげに顔をしかめたメラニアの言葉に違和感を覚えます。


「え? あんな端っこ? もっと黒板が見やすい席にしたらどうですか?」

「そうはいかないよ」


 吐き捨てるように言った、メラニアはわたくしに厳しい視線を向けます。


「この騎士団の人間の質がどう言ったものかまだわからないが、最初は様子を見た方がいいだろう。余計な摩擦を引き受けて、時間を消費してしまうのは避けたい。今はまだ、目立たず無難にやり過ごした方がいいだろう」


 それが、ここでの正解だということです……よね。


「そう……ですね」


 心の中でもやもやはしましたが、それを押し通すほどわたくしは子供ではありません。

 メラニアの意見は賢いと思いますし、様子を見ることが今後の生活において大事だ、ということもわかります。


 でもあまりに萎縮しすぎるのも相手に舐められてしまう原因になりそうですが……。


 腑に落ちない気分を抱えながら、大人しく席につくと、前の席に座っていた男の子がくるりとこちらに向きました。


 え? 誰でしょう。


「白髪女、ひさしいな。まだお前は諦めていなかったのか?」


 その片眉を上げて人を馬鹿にしたような顔と、ぶちょっとしたボディーラインを見てその人物が誰なのかすぐさま思い出します。


「ぶっちょ! あ、あなた……合格したのですか⁉︎」

「わっ、私はぶっちょという名ではない! 私にはブッチーニというれっきとした名があるのだ!」

「え? 名前もぶっちょ感たっぷりじゃないですか。やっぱりあなたの渾名は紛れもなくぶっちょですね! これからも末長く、ぶっちょと呼ばせていただきます!」

「な、なんだとお? 態度を改めろ!」

「まあ。おかしなことをおっしゃる方ですこと。ここでは皆、騎士を目指し同じ心持ちのもと、平等に学んでいるはずではないですか! せっかく同級生になったのですもの。仲良くいたしましょう?」

「誰がお前となんて仲良くするか! いつまでその口を利いていられるか、たのしみだなっ!」


 ぶっちょはそう吐き残して、前の席に向き直りました。

 わたくしとぶっちょの言い合いを見ていたメラニアが不思議そうに声をかけます。


「どうしたの? 知り合い?」

「うーん……。そうですね」


 すぐ前の席にいるぶっちょに話を聞かれたくないわたくしは、ノートの端に防音の魔法陣をカリカリっと描きます。そこから、わたくしとメラニアとエナハーンまでの範囲指定で魔法陣を展開させます。紙の端に、防音の魔法陣展開しました、という言葉も添えて二人に見せました。


 それを見たメラニアと、その隣に座っていたエナハーンも目を見開いています。


「君……。魔法陣が描けるの?」

「ええ。まだ扱えないものも多いのですが、簡単なものは使えるんですよ」

「そりゃ……。すごいな」


 メラニアはゴクリと息を呑みます。


「それはそうと前の席の方……。要注意人物なのです。わたくしの試験中に試験妨害をして、退出させられていたのに、入学しているんですよ!」


 そういうと、メラニアはなるほど、という表情を見せました。


「ああ。大方、金でも積んだんだろう。今、騎士学校は資金難に見舞われているからな」

「資金難? 何故ですか?」

「先のラザンタルクとの対戦時には、騎士学校の学生も戦線に派遣されたんだ。騎士の数が少なくてね。その時に学校の備品である魔法陣も多く使われたそうだ。そこで失われたものを買いなおすだけでも多額の資金が必要だろう? 私には二人兄がいるんだが上の兄が、彼も敗戦処理のため戦線に立ってそれらを使ったと聞いている」

「そうだったんですか……」


 そういえば、ヘデリーお兄様も、学生の身で先のラザンタルクとの対戦の敗戦処理に出たと聞いています。もしかしたらメラニアのお兄様とヘデリーお兄様は同年代なのかもしれません。


「たたっ、ただ、ぶっちょという……。あの方が卒業して騎士団に入れるとはっ、限りませんのでっ! あまり心配しなくともいいかもしれませんよっ?」


 エナハーンの声にわたくしは首を傾げます。


「そうなのですか?」

「はい。騎士団の中には、学力や資質が奮わなくとも資金源として多額の寄付が期待できる生徒を入学させる枠があります。ただ、それはあくまでも資金源としての入学なので、卒業はさせてもらえないんですって」


 一度も吃らずに、スラスラと言葉を発したエナハーンにそこ知れぬ違和感を覚える。彼女は酷く鋭利で冷たい表情を顔に浮かべて笑っていました。


「何故あなたがそれを知っているの?」

「わっ、わたくしにも、いくつか情報のルートがっ、ありますから」


 あ、いつもの喋り方に戻りました。ニコッとどこかギクシャクした笑顔を作ったエナハーンにわたくしは得体の知れなさを感じてしまいました。


 どうやら、同居人たちもなかなか侮れない人物のようです。

 

 教室の入り口から、先生が来たことを確認したわたくしはノートの端の魔法陣に大きくバツを描いて、魔法陣の使用を終了させます。


「さあて、授業を始めるよ、諸君。準備はいいかね」


 教壇に立った教官は、どんな新しいことを教えてくださるのでしょう。

 わたくしはその声にワクワクしながら教科書を広げました。



 目をキラキラさせて待ち構えていた期待とは裏腹に、魔術学基礎の授業は、新しい情報に乏しい、簡素なものでした。ほとんどわたくしが屋敷の資料室で読んでいたものと似た通ったものばかりです。


 もしかしたら、あれはお兄様たちの教科書だったのかもしれませんね。


 こういう授業を聞いていると先生の授業がいかに、基礎をすっ飛ばして応用ばかりを行っていたのかが、よくわかります。

 だって先生、もう知ってるよね? の一点張りで要素の説明とか一切してくれないんですもの。


 つまらなそうな顔をしていると、目を細め、鋭い視線を放つ教官と目があってしまいました。


「リジェット・オルブライト。こちらでこの問題を解きなさい」

「はい、かしこまりました」


 ううーん。目をつけられてしまいましたでしょうか。

 教官に言われるがまま、わたくしは教壇前にある、黒板に向かため、席を立ちます。メラニアとエナハーンは心配そうな表情を見せていますが、特に問題はありませんね。


 だって日頃から魔法陣を描いているわたくしにとって、この程度のこと基礎にも入りませんわ。


「ここに書いてある図に正しい要素を当て嵌めなさい」


 教官が指し示した四本の線がアスタリスクのマークのように交わって書かれたこの線の先々に要素を書き入れろ、ということですね。


「はい、かしこまりました」


 わたくしは黒板に置かれた、丸いチョークのような筆記技を持ち、要素を書き記していきます。


 武を一番上に描き、そこから右回りに、熱、無、粛、聖、水、創を描き最後、武の左隣に動の文字を書きます。

 ただ書くのはつまらないので、その下に先生に教えていただいた古代文字でも加えておきましょう。


 書きおえて、手についたチョークの粉をパンパン払っていると、教官が唖然とした顔でこちらを見ていることに気がつきます。


「教官? どうかしましたか? わたくし……。もしかしたら間違えておばえていたでしょうか?」

「いや……。あっている。あっているが……。君は古代文字が書けるのか?」

「え? はい」

「ということは……まさか……。魔法陣が書けるということか……?」

「はい」


 しまった! と思った時にはもう遅かったのです。魔法陣が書けることは内緒にしておいた方がいい、と先生に言われていたのに、うっかりバレてしまいました!


 座っていた席の方を見ると、メラニアとエナハーンも苦い顔をしてこちらを見ています。

 二人は目立ちたくないから、わざとはじのほうに席を取っていたのに、わたくしはそれを台無しにしてしまったようです。


 そうか……。わたくしは『古代文字』というものは言語の一つとして理解していましたが、古代文字が書けるということは魔法陣が描けることと同意なのですね……。


 わたくしが顔を青くしながら固まっていると、教官はわたくしの肩を掴み、興奮したようにブンブン揺らしています。

 

「そうか! 魔法陣が描けるのか! 二年生のステファニア以来の逸材じゃないか! 素晴らしい!」


 ステファニア先輩も魔法陣を描けるのですか……。


「あの……。教官……。魔法陣が描けるってやっぱり珍しいことなのでしょうか?」

「ああ! 珍しいぞ! 先の戦線から戻ってきた騎士の中には稀に書けるものもいるが、学生のうちに書けるようになったのは、教員人生の中でもステファニアと君だけだ!」

「そ、そうなのですね……」


 きっとその騎士は戦前で死にかけてあの白い部屋に招かれたのでしょう。


 思っていたよりも魔法陣を描ける騎士、と言う者のレアリティが高いことに驚きます。

 メラニアが驚くわけです。

 わたくし的にはもう少しいると思っていたのですが……。


 それよりもステファニア先輩が魔法陣をかけるということが少し意外でした。


 あの方は白い部屋に招かれて——すなわち死にかけたことがあるということでしょうか。


 ステファニア先輩は振る舞いから貴族らしい優雅さが感じられますし、死にかけるような荒事をする方には見えないのですが。

 まあわたくしが能力を獲得した時も熱が上がってのことでしたし、ひょんなことから描けるようになったのかもしれませんね。

 

 席についた後、周りを見ると他の生徒の突き刺さるような視線を感じます。


 あ、この感じ騎士学校デビュー失敗ですか?


 頭を抱えても、もう遅いのですが。








誤字報告ありがとうございます! 今日は更新しないつもりでしたがブックマークがたくさんついて嬉しかったので、載せちゃいました。

うれしい……、震える……。

リジェットは騎士学校デビューに失敗しました。先生が魔法陣を多用してるのに慣れすぎて感覚が麻痺していたようです。

明日も3000文字くらいの短いお話だけど更新します……。

次は お姉さまはかっこよすぎます です。


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