48どんな手段でも使っていいんですよね？

　運命の日、わたくしは人生初めての決闘に向かいます。

　今日、わたくしはお父様と戦い、勝利をすることで初めて騎士学校に通うことが許されます。

　お父様に勝つ。

　それは生優しいことではありません。元とはいえお父様は騎士団『王家の剣』では団長だったお方。その実力は折り紙付きです。

　しかし、ここでお父様に勝たないと、わたくしはすぐにでもお嫁にいかされてしまうでしょう。

　自分の運命は自分で切り開かねばいけませんから。

　絶対に、お父様に勝ちましょう。……どんな手を使ってでも。

＊

　わたくしが準備を終え、決闘会場となる中庭に向かうとすでにギャラリーが集まっていました。

　その様子を傍目に、わたくしはラマに簡易鎧を着付けてもらっていました。その最中、彼女の手が震えていることに気がつきます。

「ラマ……。あなたが緊張したって仕方がないでしょう？」

「そうは言っても……。わたくしはお嬢様がこんなことになるなんて想像もしていませんでしたから……。緊張くらいしますよ」

　そう呟くように言われて初めて、ずっと近くでわたくしの面倒を見てくれていたラマでさえわたくしが騎士になる道を貫こうとするとは思っていなかったのだという事実に気がつきます。目の前が暗くなるような失望感……。

　きっと誰もが一時の戯れと、本気にしていなかったのでしょう。

「ごめんなさいね、ラマ。わたくしが予想外の事をしでかしてしまうからあなたに余計な心労をかけてしまっているでしょう？」

「いえ……。もうこうなったら、お嬢様を止めることなんてできませんから。御武運をお祈りしています」

　喉の奥から絞り出すようにラマはわたくしに告げました。

　葛藤を持ちながらも、自分の主人を応援する気持ちがにじみ出ているのを感じて、わたくしは嬉しくなり、頬が熱くなります。

「ありがとうラマ、精一杯わたくしは頑張りますからね」

　簡易鎧の着付けが済んだ後、動きを確認しながら軽く剣を振っていると遠くの方からヨーナスお兄様が小走りで駆け寄ってくるのが映りました。

「ヨーナスお兄様⁉︎ どうしてこちらに⁉︎」

「リジェット、間に合ってよかった！　今日から、騎士学校は長期休暇だからな。……それにしてもまさかリジェットは父上にも決闘を仕掛けるとは……」

「おどろかせてしまいましたよね……」

「そりゃあな！　帰ってきたらいきなり決闘騒ぎになっていたんだから。だが戦いが始まる前に、リジェットに一声かけておこうと思ってな！」

　お兄様は、本当に急いでこちらにきてくださったようで息を切らしています。

「ヨーナスお兄様……ありがとうございます」

「それよりも……聞いたぞ、リジェット。騎士学校の入学試験で素晴らしい結果を残したそうじゃないか。兄としてとても誇らしくなったよ」

「まあ！　知っていらっしゃったのですね。お褒めの言葉、ありがとうございます！」

　喜ぶわたくしを見てヨーナスお兄様は、少し瞳を伏せるような表情をしたまま、わたくしの髪を弄ぶように梳きました。

「思い返すとリジェットは、いつも騎士になる努力を誰よりも惜しまない子だったな。剣のお稽古だって兄妹の中で誰よりも真面目に取り組んでいたし、自分に足りないものを埋めるために、難解な魔法陣だって描いてみせる。

　……誰よりも騎士になる努力を惜しまないリジェットは騎士になるにふさわしい人材だと今の私は思うよ。

　女性だから、という理由だけでその運命からはじかれる必要なんてどこにもない。

　今日の試合は卑怯な手を使ったって、急所を狙ったって、何をやってもいいから騎士学校への入学をお前の手で掴み取れ！」

「ヨーナスお兄様……」

　まさか、こんな優しくて慈しみ深い言葉をヨーナスお兄様がかけてくださるなんて思っていなかったわたくしは、気持ちが溢れ出てしまい涙を瞳に滲ませます。

　それに気づいたヨーナスお兄様はポケットから徐にハンカチを取り出し、優しい手つきで涙を拭ってくれました。

　ヨーナスお兄様は本当に気遣屋で優しいお兄様なのです。

　メソメソするわたくしに喝をいれるように、ヨーナスお兄様がわたくしの背中をパンッと強めに叩きます。

「頑張れ、リジェット。この家のものが誰も想像しなかったような未来を、自分の手で切り開け！」

　ニッとエクボが浮き出るように笑ったヨーナスお兄様の言葉に勇気づけられたわたくしは、戦いの舞台となる中庭に足を運びました。

　以前は私が騎士になることに対して信じられないと否定する言葉しかくれなかったお兄様が、今はわたくしの勝利を願っている。

　そのことがなんだか信じられないような、こそばゆい気持ちになります。

　未来は自分の手で変えることができる。そのことをわたくしは実際に体験している途中なのです。

　わたくし自身が、わたくしの力を信じることができればお父様にだって打ち勝つことだって、できるはずなのですから。

＊

　ビュウと風が強く吹いてきました。雲は厚く、今にも雨が振り出しそうな予感が漂っています。

　この感じだと近いうちに激しい嵐が来るのでしょう。木々はザワザワと不穏な音を立てて揺れ騒いでいます。

　まるで戦いに挑む、わたくしの心の中を表しているような天気です。

　中庭の広場に足を踏み入れると、対戦相手となるお父様が先に待ち構えていました。

　お父様も今日の戦いは本気で挑む様子らしく、現役時代に愛用していた鎧と、重厚な鈍色の剣を手にしています。

　剣を地面に突き刺し、柄を両手で押さえるような格好で目を瞑り、精神統一をしているように見えました。

　久しぶりに見たお父様の騎士姿は、はっとする鋭さを帯びていて、目が離せなくなります。

　この人と戦うのだと自覚をすると身震いがしてきますね。

　それは喜びを多量に含んだ身震いでした。

　……どうしてでしょう。恐ろしい気持ちだってあるはずあのにわたくしはこの人物と剣を交えるのが楽しみで仕方ないのです。

　風がおさまると今日の戦いの審判を買って出たヨーナスお兄様が腕を前に突き出します。バッと素早い風切り音とともに腕を振り上げました。

「始めっ！」

　開戦の合図でわたくしとお父様はザッと音を立てて宙にとび、お互いに間合いをとります。

　力があるお父様に一撃でも喰らわせられたら、わたくしは潰れてしまいます。

　まずは初手でやられてしまわないように、出方を観察する必要があるでしょう。

　しばらくはわたくしもお父様も見つめ合うだけで、大きな動きには出ませんでした。

　お互いに観察し合い、相手の出方を注視している状態です。

　短気なお父様のことですからすぐに動き始めるかと思っていたのですが、そうは行かないようですね。性格と戦法はまた別物のようです。

　そのままお互いに動き出さずしばらく時間が立ったところで、わたくしは今後の展開を頭で考え直します。

　きっとお父様はこの後わたくしが動いたところを一発で仕留めるつもりでしょう。念のため防御の魔法陣を展開した方が良さそうですね。

　剣の柄部分に仕込んであった防御の魔法陣を発動させようと、視線を外さないまま握りかたを変えた時でした。

　シュッ！　そんな鋭い風切り音がわたくしの耳に飛び込んできます。

　「……っっ！！」

　お父様の鋭い剣筋がわたくしの腕を襲いました。

　

　そのまま流れるような剣さばきでお父様がぶんと勢いよく振った第二の攻撃が、わたくしの足に掠ってしまいました。

　もちろん剣は模造刀ではありませんからわたくしの足からは血がたらりと出てしまい、足の感覚が鈍くなります。

　掠った程度でこの威力、さすがお父様としか言いようがありません。

　わたくしは急いで、最終兵器となる腕に巻きつけておいた包帯を解きました。

　包帯には、わたくしが今描ける全ての魔法陣が羅列するように描き殴られています。

　わたくしが血をとめるような魔法陣を展開しようと用意している間にも、お父様は容赦なくわたくしに攻撃を仕掛けてきます。

　目の前を通り過ぎた矛先がわたくしの髪をかすり、パラパラと切られた前髪が舞い落ちました。

　んっ！　すごい威力です！

　この威力はお父様の腕力だけではないでしょう。これは先生の魔法陣ですね。

　さすが黒髪持ちのお父様。魔力が多いこともあって、先生の魔法陣を不足なく存分に使いこなしています。

　まずいです。このまま押され続けたら……。負ける。

　嫌な言葉が頭によぎってしまいます。

　いや！　負けたくない、絶対に諦めたくない！

　考えろ！　考えて！

　わたくしは知恵を振り絞ってお父様に向かおうとした時でした。

『急所を狙ったって、何をやってもいいから』

　そう言ったヨーナスお兄様の言葉がわたくしの頭にリフレインします。

　お父様の腰の辺り……文字通り急所に向かって剣を投げます。

　力では勝てません。魔法陣でも勝てません。

　だけど、わたくしが持っている剣は、王家の継承物なのですよ！　そのポテンシャルの高さなら……。きっと！

　投げる瞬間、大きくなれ！　と命じた剣は巨大化し、お父様の急所に向かって衝撃を与えながら大きくなります！

「⁉︎」

　え？　当たった？

　なんだか、思ったより綺麗に入ってしまったんですけど……。

　まさかうまくクリーンヒットするとは思っていなかったわたくしは、その様子に目を見開きます。

　お父様もこの攻撃には何をされたのかわからず、股間を押さえながら、言葉を発することはできないようでした。

　中庭を囲む様にして戦いを見ていた、男性の使用人やヨーナスお兄様たちはお父様の苦しみを想像してしまったのか青い顔をしています。

　この攻撃により、お父様は膝をつきました。

　戦いはあっけなく終わってしまったのです。

＊

「リ、リジェットお嬢様‼︎」

　涙を流しながら駆け寄ってきたラマは、わたくしの鎧に触れながら、体に欠損箇所がないか、慌てて確認をしています。

「なあに、ラマ。大丈夫よ？　どこも無くなっていないわ」

　そう声をかけるとラマは安心したように「よかった……」と呟きます。綺麗な勝ち方ではないと思いますが、ラマにとってそれはどうでもいいことのようです。

「リジェット……」

　顔をしかめながらヨーナスお兄様もこちらにゆっくり歩いてきました。どんよりとした顔で首をふりふりと振りながら言葉を発しました。

「あれは……。いくらなんでも卑怯だろう」

　卑怯？　戦いに卑怯も何もないでしょう。それに……。

「急所を狙えってお兄様いっていたじゃないですか！」

「他の急所があるだろう膝とか！」

　まあ！　そっちでしたか！　わたくしはどうしても勝ちたくて必死でしたから、一番弱いところ以外何も思いつきませんでした。

　中庭の中心ではまだお父様が蹲っていました。わたくしは殿方ではないので、痛みが全く想像できませんが、相当ダメージを受けたのだな、ということだけは見ていてわかります。

　わたくしはお父様にそっと近づいて、声をかけます。

「お父様申し訳ございません、その……痛かったですよね……」

「痛いなんてもんじゃない……、死にそうな……、くらい、だ！」

　お父様の顔は青白く、冷や汗をたくさんかいている様に見えました。さすがに申し訳なかったですかね？　ですが勝つためには手段を選べなかったのですごめんなさい、お父様。

「あの……。これは勝った、と言うことでよろしいのでしょうか、お父様？」

「……」

　お父様は何も言葉を発しませんでしたが、沈黙は肯定だと言う認識でよろしいのでしょうか？

　どうやらわたくしは、無事に騎士学校へ通えるようです！