46やっとお家に帰れます
全ての入学試験を終えると辺りは真っ暗になっていました。
早く帰らなければと急ぎ足で実技試験の会場であったホールを抜けると、暗闇の中でもよく目立つ、長い金と緑の混ざった髪を携えた先生の姿が見えました。
どうやらわたくしが出てくるのを待っていてくれたようです。
先生はわたくしの姿に気がついたのか、小さく手を上げて合図をしてくださいます。
「先生!」
「リジェット、無事に終わったかな?」
「はい! なんとか。いろいろありましたが無事に終わってほっとしました。わっ!」
わたくしは自分が思っていた以上に疲労を感じていたようで、少しよろめいてしまいました。
先生に横から支えられて、なんとか倒れずに済みます。
「頑張ったんだね、リジェット。それで……疲れているところ悪いんだけど、一度人目につかないところに行かないと転移陣を作動できないんだ。もうちょっとだけ頑張って歩ける?」
「はい、大丈夫ですよ。ちょっとよろけたくらいで、まだ歩ける余裕はありますから」
「そうそれならよかった。じゃあこっちに」
そう言って先生と共に街の奥、人目につかないところへと足を進めていきます。
今日は朝から晩まで、先生を丸一日拘束してしまいました……。
「ここまで連れてきてくださって、本当にありがとうございます。本当に先生には何を返していいのか分かりません」
「気にしないで、どうせ僕は暇だし。今日はリジェットが試験を受けている間に、王都の知人に会えたり買い物をしたりして、割と楽しい一日を過ごせたんだよ」
先生の表情をじっと覗き込むと、嬉しそうに微笑んでいるので言葉に嘘はないようです。そのことに少しほっとしながら歩みを進めます。
「それは……、本当によかったです。わたくしは先生にご迷惑ばかりかけてしまっているので」
「迷惑だけじゃなくて、思っても見ない楽しいこととも出会わせてくれるじゃないか。リジェットと一緒にいると楽しいから、いいんだよ。甘えられる人がいるうちにたっぷり甘えておきなさい」
クスリと魅力的な表情で微笑まれて、わたくしはこれ以上何も言えなくなってしまいました。
本当にこういう時の先生の言葉選びは巧みで、敵わなくって、ずるいのです。
そうだ! 忘れないうちにお土産を渡さなければなりません。
「先生。わたくし、先生にお土産があるのです」
「お土産? 何を持ってきたのかな?」
わたくしは鞄の中から、実技試験で倒したサドラフォンの魔鉱を取り出すと、それを見た先生の顔が一気にこわばりました。……そんな顔しなくてもいいじゃないですか。
「君は何を強奪してきたんだ?」
「強奪だなんて、人聞きが悪いです! わたくしはちゃんと試験官の方々に許可を取ってこちらをいただいてきましたから。……はい、おっきめの魔鉱です。なかなかのものですよね!」
それを見た瞬間の先生のお顔は衝撃的でした。
歩みを完全に止め、固まったあと、本当に人って目が点になるんだな〜としみじみ思ってしまうような、ぼんやりとした表情を作ります。
「これ……。え? なにこれ? どうしたの?」
「実技試験で魔獣を倒す試験があったのですが、倒した後の魔鉱お持ち帰りしても良い、と言われたのでいただいてきました!」
まあ、対価はその分必要でしたが。嘘は言ってません。
「ちなみにどんな魔獣を倒したのかな?」
「サドラフォンです!」
「サ……、え!?」
うわあ、先生目が飛び出ちゃいそうです……。
「サドラフォンはシハンクージャとの国境沿いの森に出現する魔獣で、騎士団が十人単位で討伐に向かう魔獣だよ!? そんなものを、まさか一人で倒したの?」
「でも騎士団で捕縛されたあとだったので、多分相当削られていたはずですよ?」
「それにしたって……怪我してない?」
「しましたけど、止血したので問題ないです! ほら!」
わたくしはもう血が完全に止まった額を先生に見せつけます。
「こんなに、切って……。痛かったでしょう」
「うーん、わたくし多分人より痛覚が鈍いんですよね。あんまり痛いとは感じませんでした」
「君は粛の要素が強いのか……。確かに騎士向きだ」
粛の要素……。魔力の八要素の一つですね。確か、規律を司る要素だったと思うのですが、あると痛みが感じにくいという事でしょうか。
「そうなんですか? 心配しなくとも大丈夫ですよ?」
「だからと言って……。ちょっと腕を貸してくれる?」
先生はそういって腕を取り、すうっと確認をするように撫でました。
「うん、ちょっと冷たくなるけど我慢してね」
そういうと先生の手から光が出てきました。なんだろうと、不思議に思っているうちに、かざされた傷口がひんやりとしてきます。
光が収まった後、額を見るとなんと傷が治っているではありませんか!
特に紙を取り出したわけではないので、先生の体に描かれた魔法陣を使ったのでしょうか?
「な、なんということでしょう! これなんの魔法陣ですか? 教えてください!」
「人に言えないやつだよ」
「き、禁術!?」
「そんなとこだね。それをふまえて、本当に原理を知りたい?」
いつか先生の家に王子が侵入した時に見た邪悪な笑いを顔に浮かべた先生がわたくしに迫ってきます。
あ! これはきっと知ると厄介なやつですね! わたくし、前回の反省を生かして全力でスルーさせていただきます!
「今回は遠慮しとこうと思います!」
「それが最善策だね」
また悪に手を染めてしまうところでした。危ない危ない……。先生は気を抜くと他人が知ってはいけない自分の領域に引き摺り込んでくるので危険です。
恨みを込めた視線を先生に送っていたら、ピチンとデコピンをされてしまいました。
「なんですか! いきなり!」
「今回は丸く収まったからいいけれど、もう誰かから何かを強奪しないように」
「なんですか、強奪って! 酷い言い草ですね! 先生だって王族からカード奪っているじゃないですか!」
聖女のカードは王家の継承物でしょう⁉︎ という意を込めて先生を睨むと、先生は怯んだ表情を見せました。
「あれは、元々……。まあいいや。それとこれとは別。僕は後を濁さず上手くやるけど、君は後を濁しに濁すから、人からものを奪ってはいけません」
「ひ、酷いです!」
わたくしがわーんと泣く真似をすると先生は呆れた顔をしてため息をつきます。
「まあ、これはくれるって言うならもらっておこうかな」
「嬉しいなら、そのまま何も言わずに受け取ってくれたらいいのに……。どうして一回お説教を挟むのですか!」
「君が危なっかしいからだよ、リジェット」
「うう……。いつか先生に安定感抜群だね! って言わせて見せます」
「なんか違う意味になりそうだけど……。まあいいや。できるだけ問題は起こさないでね」
先生はわたくしから受け取った魔鉱の表面を観察していました。
「この魔鉱で何を作るのですか?」
サドラフォンの魔鉱は今までに見たことのないくらいの大きさですから、今までに作ったアクセサリーよりも大きな物が作れるかもしれません。
「うーん。リジェットが前いってた小刀でも作ってみる?」
「わあ! 小刀! いいですねえ! 素敵ですねえ! ただの小刀もいいですが、靴の踵から刃物が飛び出てくる暗器なんかも素敵ですよねえ!」
まだ見ぬ素敵な武器を想像してつい瞳がキラキラと輝いてしまいます。
「どうしてリジェットは暗器にときめいてしまうんだろう……」
ちょっとうんざりしたようながっかりしたような、微妙な表情をした先生が視界に入ってしまいます。
「いいじゃないですか、個人の趣味にあんまり口を出さないでください!」
わたくしは舌をべっと出しながら、言い返します。
……なんだかこういう言い合いをしていると本当に安心しますね。
今日は本当にいろいろなことがあってとっても疲れてしまいましたから余計にそう感じます。
試験自体に疲れた、というのもありますが、多くの人間の視線に晒されたことで、心の容量を消費してしまった気がします。
どうして女が。
どうして魔力のない人間が。
そんな敵意と嘲笑にまみれた視線を思い出すだけで、心の中に針をばら撒かれたように、チクチクした気分になってしまいます。
だからこうやって、先生がわたくしのことを、ただのリジェット一個人として見てくれることが、とっても嬉しいことに感じるのです。
こういう視点で見てくださる人はきっとこの人生でも貴重ですから、大切にしなければと強く思います。
*
太陽が沈み、闇に満ちた薄暗い道を二人で歩きます。
暗闇の中で見る先生の髪は星明かりを反射して金色に光り輝いて見えました。
本当に……綺麗です。
まるで宝石みたい。
こんな綺麗な色が毎日見られたなら幸せでしょうね。
触ってみたいなあ……。
わたくし、今日の試験で疲れているのかもしれません。
頭がぼんやりとしていて、いつもならやらない、欲求に正直な行動をとってしまいました。
何かに導かれるように、先生の髪を触ってしまったのです。
初めて触る先生の髪は、ふんわりしているように見える見た目とは裏腹に、手触りは指通りがよく、さらりとしていました。
思わず、ずっと触っていたくなってしまう、肌触りです。
「リジェット、なんだかくすぐったいから手を離してくれると嬉しいな」
わたくしが髪を弄んでいることに気がついた先生が苦笑いをしながら注意をしました。
「あああ!!!わたくしったらなにをしでかしてしまったのでしょう! 本当に申し訳ありません!」
「あはは、そんなに謝らなくてもいいよ。きっと今日はいろんなことがあったから、疲れているんだね」
先生は全く気にしていないようで、軽い調子で許してくれましたが、私はどうしようもなく申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
ヘコヘコと頭を下げ謝り倒していた、その時です。
……つるり。
「ん?」
何かが手の中に入ってきたような感覚がしました。
恐る恐る手の中を見るとそこにあったものに私は目を瞠りました。
そこには見慣れぬ宝石が握られていたのです。
つるり、と光り輝く金と緑の間のような色合いは、前を歩く先生の髪色をそのままインクにして透明な石の中に落としこんでしまったかのよう。
——これはまるで、色盗みの女が生み出す宝石のようではありませんか。
どうして? まさか……わたくしが色盗みをしたということでしょうか。
わたくしの頭の中に『スミ』と名乗った色盗みの女の姿がよぎります。
絵具筆を洗った後の水のような滲んだ色の髪、夜を纏ったかのように暗い、紫色の目。
……どこかわたくしを案じているように下がった眉と慈しむように微笑んだ表情。
パッと浮かんだその表情と輪郭を思い出して、何かが、頭の中でつながったような気がしました。
スミはわたくしが色盗みをできることを知っていた……?
まさかとは思いますが、それしか考えられません。
そうでなければあんなこといいませんもの。
「その身に纏った運命をあなたが使いこなせるように、遠くから祈っております」
頭はパニックになりますが、本能的にこれは誰にも知られてはいけないことのような気がします。
……それはたとえ、先生でも。
歩く速度が急に遅くなったわたくしを見て、先生が心配そうに振り返ります。
「リジェット? どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません。どうやらわたくし疲れているみたいです」
わたくしの顔色を覗き込んだ先生が、心配そうに顔を歪めます。
もしかしたらわたくしは動揺して顔色を失っているのかもしれません。
「大丈夫?家に帰ってゆっくり休んでね」
「ええ、先生も」
人目につかない路地に入り込んだところで、先生と一緒に描いた魔法陣に乗ってオルブライト家の屋敷にある、自室のベッドに敷かれていた布団の中にもぐり込み、身代わり人形と入れ替わります。
無事に魔法陣は作動し、屋敷の誰にも見咎められることはありませんでした。
とりあえず、そのことに一安心したわたくしはふう、とため息を一つ吐きました。
そしてわたくしは布団を頭からすっぽりと被った状態で、手の中に入っていた、先生色の宝石を見つめます。
これ、どうしましょう……。
ただの宝石であればいいのですが、以前色盗みの女が言っていた言葉がどうしても引っかかるのです。
「人からとった色はその人にとって、大切な意味を持ちますからね」
言葉の真意がわからない今、人にこの宝石を見られること自体も避けた方がいいのかもしれません。
どうするか悩んだわたくしは、とりあえず宝石をネックレスの収納部分にしまいこみました。
*
「ひいいいいいい‼︎」
翌日、いつも通り目が覚めたわたくしは異変に気が付き、悲鳴を上げてしまいました。
「お嬢様⁉︎ どういたしましたか⁉︎」
悲鳴を聞き取ったラマが、大急ぎでシャッとベッドの天蓋を開きます。
ど、どうしよう……。これは誰かに相談したほうがいいのかしら……。
朝、昨日の一件でボサボサになった髪を整えようと、ドレッサーの鏡の前で自分の頭を見たところ、わたくしの真っ白な髪の中に一筋、金と緑の間のような、なんとも言えぬ色の髪色が混ざっていたのです。
これ、絶対先生の色ですよね?
幸い、色が混ざっている部分は顔の真横で、髪の中でも内側の方だったので、他の人からは見えにくい位置にありました。
でも……これって……。
わたくしは一人、全身汗ダクダクになりながら考えます。
絶対に昨日の石と関係ありますよね……。対価として自分の色をとられた、ということでしょうか。何がなんだかわかりませんが、今はどのような手段も講じることができません。
「ご、ごめんなさい。ラマ。夢見がちょっと悪かったみたいです」
「はあ、なんともなくてよかったです。もう時間も時間ですから朝食を食べにいらしてくださいね」
「は、はい……」
うまくラマをごまかしたわたくしは、ラマにはこのことを伝えないことを決めます。
こうしてわたくしは誰にも言えぬ秘密を抱えてしまったのです。
ちょっぴり金メッシュが入ってしまいました。どうしたんでしょうね。
次は 47結果発表は決闘につながります です




