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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第一章 大領地の守り子
44/157

43王都に潜入します


 夜が明け、ちっとも爽やかではない朝がやってきました。

 屋敷の外では夏の暑さが嘘のような冷たい雨がしとしとと、降り続いています。


 まるでわたくしの心の中を表したかのような天気です。


 騎士学校入学試験の当日、わたくしは自室に一人、軟禁されていました。

 部屋の扉の前には見張りの使用人がつけられています。


 しかもお父様付きの使用人で、わたくしの命は絶対に聞いてはくれない立場の使用人でした。最近屋敷の使用人はわたくしに好意的な方が多いですから、なんとか説得して、外に出してもらおうかと企んでいましたが、それもできそうにありません。


 窓から飛び降りようかとも思いましたが、窓の外にもご親切に見張りがついています。

 部屋の中にはラマもいて飛び出す隙もありません。


 ——どうしてわたくしは、試験すら受けにいけないの?


 布団を頭まですっぽりかぶり、枕に顔を押し付けて泣きました。

 悲壮感に心が潰れそうになります。



 布団が作り出す暗闇の中、失意の底で瞳を濡らしていたその時、視界の先で何かが小さく光りました。


 えっ! 何?


 ぎょっとしたわたくしが恐る恐るそちらを見ると、いつの間にか布団の中に入れていた腕には見慣れない紙の蝶がとまっているではありませんか。


 ——この蝶は先生の手紙の魔法陣です。


 布団の隙間から外をチラリと見ましたが、ラマに変わった様子はないのでこのお手紙はわたくし以外に存在自体気づかれていないようです。手紙ごと転移陣でわたくしの腕に転移させたのでしょうか?


 わたくしは急いで開こうとしますが、赤く目立つ文字が外側に書いてあることに気がつきました。


『開くと同時に身代わりの魔法陣を起動させるように!』


 危ない! ただ開いてはいけなかったのですね!


 ……でも身代わりの魔法陣? ここで出しても転移ができなければ意味がないと思うのですが……。それにいつもは内側にしか言葉を書き込まないのになぜ外側に? と頭に大量のはてなを浮かべながらも、とりあえず書かれた通りに身代わり人形の魔法陣を手持ちの紙に描き込みました。

 収納の魔法陣が描き込まれたネックレスの中に、筆記用具を仕込んであったことを思い出したのです。

 

 もう二度と描かないと思っていた禁術である身代わりの魔法陣を描きあげたわたくしはそれを作動させました。


 それと同時に、先生からきた手紙を開きます。

 音が出ないように静かにそれを開くと体がシュンと吸い込まれるように手紙の中に引き込まれました。


「⁉︎」


 あまりの出来事に声も出ません。

 どうやら手紙の中に転移陣が組み込まれていたようです。

 しかも、相手の意思とは関係なく、転移させてしまう、強力な転移陣が。



 そうして転移した先は、先生の住居でした。


「大丈夫かい?」

「先生……! もうお体の調子はよろしいのですか?」

「あれから何日経ったと思っているの? もう全快したよ。……心配かけたね」


 先生の顔色はおっしゃる通り、以前会った時よりも血の気を感じる赤みがありますから、本当に体調はよろしいのでしょう。


 それにしても、なぜ先生がわたくしをこちらに引き込むことができたのでしょう。わたくしは魔力量が少なすぎて他人の魔法陣を使用することができないはずです。


「どうやってわたくしをこちらに引き込んだのですか?」

「以前髪の色を変える魔法陣を作っただろう? その研究の延長で、誰かに何かをさせる魔法陣の研究を続けていたんだ。今回は相手の意思は関係なく、使用者の求めるポイントに相手を飛ばしてしまう転移陣を作ったってわけ」


 簡単そうに言い放ちましたが、どうやって要素の組込みを行ったのでしょう!? 見当もつかないことをさらっとやられてしまいました。

 というか、今回の魔法陣、作動を確認するための実証実験はおこなったのでしょうか?


 まさか……。わたくしが実験台だったのでしょうか……。どちらにせよ答えは知らない方が平和かもしれません。助けていただいたことは事実ですし。


「と、とんでもないものを!」

「でも、便利だったでしょう? 今回はヨーナスから連絡をもらってね。急ぎだったから」


 先生は以前、ヨーナスお兄様に連絡手段を渡していたそうです。でも、騎士学校は基本的に連絡を取ることは禁止されているはずですが、どうやって連絡を取ったのでしょう。


 そういえば、勝手に出てきてしまいましたが、家の方で騒ぎは起こっていないでしょうか?

 

「でも家には……」

「そっちには身代わり人形があるはずでしょう。きっと君のベッドの中には君にそっくりな女の子がいるはずだよ。あれはきちんと瞬きをするし大丈夫でしょう」


 そうでした! いきなり吸い込まれたので、混乱していました! わたくしは今、騎士学校の試験を受けさせてもらえず、ショックを受けている状態にあるわけですし、食べ物を食べなくても、返事をしなくても、きっと落ち込んでいると解釈してもらえるでしょう。


 身代わり人形は見た感じいつものわたくしよりなんだかお嬢様っぽく見えますし、ここに来るまでワンワン泣いてましたから、疲れて大人しくなってしまったと思われるくらいですかね。


「ヨーナスがいっていたよ。君は嫌なことがあると布団をかぶってワンワン泣く癖があるって。それを知らなければこうやってこっちに引っ張り込めなかった」

「え? でもタイミングなんかはどうやってはかったんでしょうか……。あ、もしかして先生わたくしに盗聴の魔法陣仕掛けています?」


 そういうと先生は目を逸らしました。

 ……やっぱり。じゃあ、あんなことも、こんなことも、先生に聞かれていたのでしょうか。


「一体どこに仕掛けてあったのですか?」

「君の剣の中。小さくする魔法陣をかけた時に一緒に貼っといたんだよ。何かあったときじゃないと使わないようにしているから、プライバシーは守られているよ!」


 あのときか……。と半ば呆れながらもこうして家を抜け出すことができているのですから、怒るにも怒れません。


 素直に感謝もできませんが……。

 先生はそんなわたくしの様子を見て、話を変えました。


「ヨーナスはやっぱりマメな性格をしているよね。こういうことがあるといけないからって、ほら、これを置いてったんだ」


 そこには試験に必要な筆記用具や鎧、魔法陣用の用紙など、一揃い用意がされていました。


「ヨーナスお兄様が……」


 そこには試験に必要なものが過不足なく、きちんと揃えられていました。行儀よく並んだ動きやすい服や筆記用具たちがヨーナスお兄様の細やかさを物語っています。


 そんな心強い兄を持ったことがどれだけ幸運なことか……。わたくしは心の底から感謝しました。


「僕も君のためにこれを作ったよ」


 先生はチェック柄の布に包まれたランチボックスと水筒を手渡してくれました。


「お弁当!」

「美味しいものがあれば頑張れそうでしょ?」


 ここに来るまでは綱渡りの計画で、慌ただしく動いていましたので、落ち着いてはいられませんでしたが先生が作るおいしいものを食べれば、少しは調子を取り戻せそうです。


「はいっ! 先生……わたくしをここに連れてきてくれて本当にありがとうございます!」


 大きな声でお礼を言うと、先生は少しほっとした様な表情を見せました。


 

「これから王都への転移陣をかいた方がいいのでしょうか? わたくし王都の地理にあまり詳しくないのでどこに着地点をおけばいいのか不安なのですが……」


 これ以上迷惑はかけられないので、自分で魔法陣を描くことを提案したところ、先生からは思わぬ回答が返ってきました。


「転移陣を描く必要はないよ。この家を出たらもう王都だから」

「え?」


 言っていることの意味がわからず混乱しますが、先生は背中を押して急かしてきます。


「さあとりあえず早く会場に行こうね。時間がないから」


 そう言われ、先生の家を出ます。いつもの様に黒く何もない空間が広がり、そこにポツンと備え付けられた扉をギイと開けると、そこには見たことのない場所が広がっていました。


 そこは賑やかな街でした。

 わたくしの視界には美しく色鮮やかな洋服に身を包む人や、駆けていく大きな馬車が飛び込んできます。


 ここはどこ……? ミームではありません。


 ミームよりも騒がしく忙しい雰囲気を肌で感じ、辺りをキョロキョロと見回します。馴染みのない空気感。知らない場所。


 混乱したわたくしは答えを求めて、先生の方に視線を向けます。


 微笑んだ先生は無言で、街の奥に見える何かを指をさしました。


 刺された方向に視線を向けると遠くの方に見たことのある建物が見えた気がして、慌てて目を細めます。見覚えがある白いお城……。あれは見間違えではなかったら王城ではないでしょうか。


「え? わたくしたちはもう王都にいるってことですか!? 先生は王都にも家があるんですね?」

「いや、そうではないよ。元々僕の家自体が空間のあわいの中に建てられていて、この国のどこにも存在しないことになっているからね」


 空間のあわい……。かつてヨーナスお兄様に初めて魔法陣に乗せてもらった時に、手を話したら落ちて戻れなくなると言われたところです。


 そんな怖い空間を利用して、誰が居住地にしようなんて考えるでしょうか。


 わたくしはやっぱり先生って天才で変人だ……と言う認識を強め、先生の顔を凝視しました。

 綺麗な顔をして、とんでもないことを考えているようですね。


 先生の淡々とした説明は続きます。


「あの家は正確にいうとこの世界の次元のどこにも存在していない。ミームから入ることができるのは、そこに『玄関』としての機能を作りつけているからだ。もちろん、僕はそれを王都にも取り付けているから……。それがあればあの家からどこに降り立つこともできる」

「え! じゃあ今ここに、先生の家を出したいって思えばいつでも出せるんですか?」

「『玄関』となる、入口の魔法陣さえ設置できればね」


 わあ……、異次元……。

 先生、いくらなんでも凄すぎます。


 よく考えてみれば、魔術というものの構造上、大きな事象を起こせば起こすほど対価を必要とする性質がありますから、家そのものを動かしたり、家の扉を他の場所につなげる魔法陣を作るのは大変な労力がかかります。

 魔力使用量も、ものすごく多くて非効率ですし、非現実的でしょう。


 ただ、その家がこの時空に存在していなければ? 

 先生はそう考え、あわいに家を作ったそうです。やっぱり天才の考えていることはわたくしにはちっとも理解できません。


「え、待ってください。そもそもあわいに家ってどうやって建てるんですか?」

「え? シュッてやってバッてやるんだよ?」

「感覚的すぎて、全く伝わってこないんですけど!」


 これだから天才は! もう!

 わたくしはわからないものを理解するのを早々に諦めました。


「そんなことより会場は向こうのはずだよ。時間がない。急ごう」


 時刻を確認すると、もうあと一回鐘がなると試験が始まってしまう時刻でした。

 わたくしは急いで試験会場に向かって、受付を終えなければなりません。ここから試験会場はそれほど遠くないそうなので、このまま歩いて会場に向かいます。


「先生はこれからどうするんですか?」

「君を一人で戻すのは無理だからこっちで時間を潰すよ」

「えっ! 待たせてしまうのはあまりにも申し訳ないのですが……」


 ただでさえ、ここに来るまでに迷惑をかけっぱなしなのに……。申し訳なさがインフレを起こしてしまいます。


「買い出しだとか、会っておきたい人だとかはいるからこっちのことは何も心配しなくていい」

「でも……」

「こっちのことは心配しないで! 君は目の前にある試験のことだけを考えていなさい」



 ゆっくりしか歩けない先生を置いていかない程度の早歩きで歩いていくと、会場となる騎士団の本拠地が見えてきました。


 パラパラとまばらに、試験を受けるであろう子供たちの姿も見えてきます。


「先生……。なんだか急なことが多すぎて、なんだか混乱していて……わたくし、大丈夫でしょうか……」

「君はこの国を守る騎士になりたいんだろう? 頑張れリジェット!」

「そ……そうですよね! つべこべ言わずに……腹括って……が、がんばります!」


 先生の応援を背に、わたくしは会場の騎士団の敷地に足を踏み入れました。



昨日更新を忘れていたことに今気が付きましたので、今日は22時頃もう一話更新します。

次は 44いざ入学試験です です


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