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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第一章 大領地の守り子
41/157

40先生を看病します


 その日わたくしは水の日だったので、いつものように、先生の家に行く予定でした。


 午前中の刺繍の授業が終わったところで、さて出かける準備をしようと、ラマと用意をしていると窓にコツンと何かが当たる音がします。


 私とラマは一瞬、また侵入者の類かと思い警戒しながら視線を窓に向けました。しかし、そこには見慣れた先生が使う蝶の形をしたお手紙の魔法陣が張り付いていたのです。


「ラマ、先生からのお手紙みたい」

「クゥール様からですか……。しかし一応警戒のためにわたくしが窓を開けますね」


 ラマが跳ね上げ式の窓を開け、紙の蝶を掌にのせますが、蝶は手紙に姿を変えません。

 どうやら、わたくしでないと開かない仕組みになっているようです。一体どんなふうに魔法陣を仕組んでいるのでしょうか。まだ、この仕組みは習っていません。


 ラマも不思議そうに蝶を覗き込んでいます。いつもであればラマが手紙を開き、わたくしに読み上げていますから、それができない手紙に疑問を持ったのでしょう。

 どうやら、ラマも知らない仕組みを使っているようですね。


 ラマから紙の蝶を受け取ると、わたくしが主人であることを認識したのか魔法陣はきちんと作動し、手紙に姿を変えました。

 

 手紙を読むと、意外なことが書いてありました。


 そこには「体調を崩したので今日の授業はお休みにしたいと」との趣旨が書いてあります。


 そして「家のものにはそのことは伝えないで、君はうちに来るフリをして、シュナイザーで仕事をする時間にした方がいいんじゃないか」との助言が書いてありました。

 ……なるほど、このために先生はラマには手紙が開けないように細工をしたのですね。

 その気遣いをありがたく思いながら、手紙をラマに見つからないように小さく折りたたみます。

 

「クゥール様はなんと?」

「今日持ってくる荷物について連絡があったの」

「そうですか、お手伝いが必要なものはありますか?」

「いいえ、特には」


 目が泳いでいないか不安になってしまいますがうまくやれたようです。

 そういえば、ラマに嘘をつくなんて初めてかもしれません。


「そうですか、では今日も気をつけて行ってらっしゃいませ」


 ラマは特に疑問を持たないでくれたのか、いつものように部屋から送り出してくださいました。


 資料室に着き、髪の色を水色に変えます。

 さていこうと、魔法陣の上に乗ろうとした時、シュナイザー商会に今から向かうという内容の手紙の魔法陣を送った方がいいのではないか、と思い立ちます。資料室に置かれた机の小箱から作り置いておいた手紙の魔法陣を取り出し、その節をかき綴ります。


 ……この間、ここにお手紙セットを持ち込んでおいて正解でした。

 いつものように紙飛行機型に折りたたみ、南向きの小窓をあけ、手紙の魔法陣を空中になげ飛ばすと、三秒ほど空間を漂った後、姿を消しました。


 きっと今頃シュナイザー商会についているでしょう。急な訪問で申し訳ないですが、クリストフなら対応してくれるはずです。


 準備をやり遂げたわたくしは、転移陣の上に立ちミームの街に向かいました。



 転移陣はいつものように問題なく作動し、ミームのチェックポイントである先生の家の裏にある森に到着しました。このままシュナイザー商会に向かいます。

 いつもならこのまま目の前にある先生の家に入るのに、今日は違う方向に足を進めるなければいけないことに、なんだか違和感すら感じてしまいます。


 シュナイザー商会につくとクリストフは急な訪問にもかかわらず、笑顔でわたくしを迎えてくださいました。

 応接間に通され、ソファに座ると目の前にランフェのタルトが用意されます。わたくしが以前食べて絶賛していたものと形が似ています。


 どうやらその店の新作のようでした。この短時間で、わたくしの好みのケーキを用意してくださるなんて……。シュナイザー商会の心遣いはやはり一流ですね。


「わざわざ買ってきてくださったのですか?」

「以前リジェット様が気に入ってくださった店のものが持ってきたものに保存の魔法陣をかけてとっておいただけですよ」


 保存の魔法陣……きっと先生が制作したものでしょう。今日は先生に会えませんが、わたくしの行動範囲ではいつも先生の魔法陣が活躍しています。

 お茶を飲み、たわいもない談笑をしたところで、今後の事業内容について話し合いが始まりました。


「以前もお伝えした通り、わたくしは今後中央の騎士学校に入学し、ゆくゆくは王家の剣の一員になりたいと思っています。

 ですので、今後はわたくし自身がハーブティー事業に関わることが難しくなりますから、売り上げの一部はいただくとしても販売の権利はそちらにお譲りすることになるかと思います」

「それはこちらとしても願ってもないお話ですが……。そうですか……。リジェット様はいずれ領地から出られてしまうのですね。今後も事業を共に展開していけると思っておりましたので残念でなりません。

 けれども、それより前に領地を出る予定だったのが、延びて今ここにいらっしゃるのですから、長くこちらにいてくださったことに感謝すべきでしょうか」

「婚約が破棄されていなければ、とうに他領に嫁いでいましたからね。こうやってシュナイザー商会を訪れることもなかったでしょう。そう考えるととても不思議ですね」


 わたくしたちは微かに微笑みをかわします。こうして事業を共にしているということが、奇跡みたいなことですからね。


 それからわたくしたちは契約書を取り交わします。話し合いの結果、今までシュナイザー商会に卸していたハーブティーの売り上げの五パーセントをわたくしの取り分とし、もし新しい味ができた場合は最初の一年間は十パーセントの取り分をいただくことにしました。


 先生がいたらもう少しもらった方がいいんじゃない? と言いそうな契約でしたが、わたくしはもうこれだけいただけたら十分でした。

 今までの売り上げ分を考えると、とんでもない金額がわたくしの手元に入ってきましたから……。一介の伯爵令嬢のお小遣いとしては破格すぎます。


 わたくしが王都でどれだけお金を使うかは分かりませんが、これだけの利益分を全部使い切ることはないと思うのです。まだ向かっていないので断言はできませんが。


「では、この内容で締結しましょう。リジェット様、契約の魔法陣をこちらへ」


 内容だけが記されて、魔法陣のない契約書を渡され、一瞬おや? と思いましたが魔術師が契約を交わす場合魔術師が魔法陣を製作するものなのかと思い、促されるまま、魔法陣を描き綴ります。


「リジェット様の魔法陣にはうさぎが描かれているのですね。かわいらしいです」

「ええ、なんのモチーフがいいか決めかねていたのですが、もうこれでいいかと。師匠と同じモチーフを使う魔術師もいるそうですが、蔦にすると先生のものと一瞬見分けがつかなくて面倒ですから」

「そういうことでしたか」


 契約の魔法陣はそんなに込み入った書き込みが必要ないのですぐに書き終わります。

 書いた契約書をクリストフに渡すと、彼は薄く微笑んでいました。魔法陣の出来に満足したようです。そのまま書類に不備がないかを確認しました。


 契約書を取り交わし、クリストフが契約の魔法陣にサインをすると魔法陣は作動しました。これで、今日の予定はおしまいです。


「リジェット様がいらっしゃると、契約の魔法陣を無料で描いていただけますから、お得ですね」


 そうクリストフに言われて初めてわたくしは嵌められたことに気が付きました。そうですよね……。普通契約の魔法陣は商会側が負担しますよね……?

 呆れながらクリストフの方を見ても反省した様子は微塵もありません。怒っても仕方ないので、流すしかありませんね。


「あ、そういえばわたくしクリストフに聞きたいことがあったのです」

「おや、なんでしょう。わたくしにお答えできることだとようのですが……」

「この前、色盗みの女のスミというかたにお会いしたのです。クリストフさんはスミさんのことをご存知ですか」


 目を瞠ってこちらを見ました。この様子だとお知り合いなのでしょう。


「ええ、よく存じております。わたくしどもは彼女から宝石を仕入れることも多いですからね。……彼女がどうかしましたか?」

「わたくしあまり色盗みの女というものの実態をよく知らなくて……。彼女たちがどんな活動をしているのか知りたいのですが、先生もその辺りはあまり教えてくださらないので、あなたに聞けば詳しく教えてくださるかと思って」


 クリストフはシュナイザー商会の宝飾部門の統括をしていますから、この国での宝石生産者たる色盗みの女のことはよく存じ上げているのではないかと思ったのです。


「なるほど、そういうことでしたか。残念ながらスミ様個人のことにつきましては守秘義務がございますので、あまり詳しくお教えすることはできません。ただ、色盗みの女全般に関しての知識でよろしければ多少はお教えできることがあるかと……」

「はい。わたくしもスミさんのプライバシーに反したことをお聞きしたいわけではないので……。色盗みの女についての少し詳しく聞くことができればそれで良いのです」

「そうですねえ。何からお教えすれば良いのでしょう?

 色盗みの女は国に保護されている存在、というのは知っていますか?」

「はい、それは存じております。彼女たちは大聖堂で保護され、国のために働く固有魔術を持つ特別な職種の女性たちですよね?」

「あ、知っていらっしゃるんですね。ではそれだけ知っていれば特に問題はないかと」

「えっ」


 クリストフから新しい情報を引き出せず、わたくしは少しがっかりしてしまいます。


「わたくしも、もっとお教えしたいことはたくさんあるのですが、あまり教えすぎてしまうとクゥール様に殺されてしまいますからね」

「殺すって……。そんな物騒なこと先生はしませんよ」

「いいえ。彼は何か不利益があればわたくしを自由に殺せるのですよ。彼にはその権限がありますからね。——ちょっとした秘密をリジェット様にお教えしましょか。

 わたくしの体には一つクゥール様が作成した魔法陣が彫られているのですよ。商談をより潤滑に行うための魅了の魔法陣です。彼はそれをわたくしに書き込むさい、対価として自分への服従を言い渡しましてね。……本当に恐ろしい方だ。体に書き込んだ魔法陣の一部に制約として自分に歯向かえば命を奪う陣を一緒に練り込んだのですよ」

「……え?」


 語られた内容はあまりにも悲惨で、信じられないものでした。でも先生がそんなことするかしら? 先生は理由もなしに騙すように魔法陣を利用するような人ではない気がします。もし、するとしたら……。


「クリストフさんが、何か良からぬことをしたのではないですか?」

「おやおや、辛辣な物言いだ。そこまでわたくしの信頼はありませんかね」

「はい」


 思わず即答してしまったため、まずいと思いクリストフの顔を見ると、にこーっと貼り付けたような笑顔を向けられました。


「信じるも信じないも自由ですが、リジェット様もあの方に刺青の魔法陣を注文する際はくれぐれもお気をつけください。余計なものまで添付するのがお好きのようですから」

「ご忠告ありがとうございます。でもわたくしが注文することはないかと。わたくし魔力が少なすぎて、先生の魔法陣が使えませんから」

「ああ、そうでしたか。それは大変失礼しました。でもこれは決して無意味な忠告ではありませんよ。状況は日に日に変化しますから。……特にあなたのような方はね」


 なんだか意味ありげに余韻を残した言い方ですね。


「もう魔力が増えることはなさそうですが……あ、もうそろそろ帰らないと」


 わざと時計を見ながら言うと、おやという表情をしたクリストフが書類をトントンまとめ始めます。


「おや、もうそんな時間でしたか。長々と引き止めてしまって申し訳ありません」

「いいえ。わたくしも。今日はいきなり来てしまって申し訳ありませんでした」

「リジェット様、もし今後あなたが素敵なものを手に入れたら、ぜひ、当店をご贔屓にしてくださいませ」

「ええ……。また何かあったときは取引をお願いするわ」

「またのご来店をお待ちしております」


 そういったクリストフはニタリと笑っていました。張り付くようなその笑顔は妙に記憶に残る表情でした。



 契約が終わって、このまままっすぐ帰ろうかと思いましたが、どうしても先生の様子が気になります。

 わたくしが先生の元に通っているこの半年間で、先生が体調を崩したことなんて一度もありませんでした。マメな先生のことですから、きっと買い置きなんかはしっかりしてると思うのですが、それでも何か足りないものがあるかもしれません。


 顔だけ見て、今日の商談の様子を伝えるくらいなら許されるでしょうか。商談関係に関してはいつも先生が面倒みてくださいましたから、その結果を伝える義務はあると思うのです。

 どうせ帰り道で先生の家の前は通らないといけないのですし。


 思い立ったら行動が早いわたくしは、ミームの街の八百屋で持ち手のついたカゴに入ったフルーツの盛り合わせを買い、先生の家へ向かいました。

 


 先生の家の中に入り、転移陣が張られた間に足を踏み入れると、なんだかいつもと空気が違うことに気が付きます。


 いつもより空気はひんやりとしていて、うっすらと淀みを感じる気がするのです。これは……あの農村やおばあさまの家にあった瘴気と似ている気がしますが……。気のせいでしょうか。


 先生はまさか瘴気に犯されている……?


 わたくしは急いで手を鳴らし、先生の部屋に駆け込みます。

 視点が転換しリビングに着きますが、先生の姿はありません。きっと寝室にいるのでしょう。

 勝手に人の寝室に入っていいのか悩みましたが、これがもし、瘴気だとしたら一大事です。


「失礼します!」


 わたくしは形だけの断りを入れ、先生の寝室に入りました。

 

 先生の寝室はそこまで広くなく、こじんまりとした一室でした。奥に窓がついていますがカーテンが閉め切られていて部屋の中は暗くてよく見えません。

 先生のことですから、カーテンに遮光の魔法陣でも仕込んでいるのかもしれません。


 足音を立てないように気をつけながら奥に進むと、ベッドに大きな膨らみを見つけます。

 顔があるであろう場所の布団をチラっとめくると、ギョロリと目を開けていた先生と目があってしまいました。


「何してるの?」

「わあ!」

 

 わたくしはびっくりして跳ね上がるように布団から距離を取ります。……まさか起きてるとは思いませんでした。


 先生は今日、いつものローマ人ライクなワンピース的装束ではなく、上下に別れた形の青いストライプ模様のTHE・パジャマと言わんばかりの寝巻きを着ていました。


 先生、寝るときはパジャマ派なんですね……。そしてパジャマ姿の先生はなんだか新鮮です……。


「いや、それはこっちのセリフでしょう。なんで勝手に家に入ってるの?」

「す、すみません……。無断侵入をシマシタ……」


 怯えたような口調のわたくしに、先生はあーあ、とふてくされたように言いながらもそりと起き上がりました。そして吐き捨てるように言います。


「君はそういうところがオルブライト家らしい無神経さを全面に押し出しているところが好ましいよね」


 うっ!

 先生の言葉が胸に突き刺さります。やっぱり体調を崩している方の自宅に無断で入るなんて、無神経でしたよね……。


「申し訳ありません……」

「褒めているんだよ、僕には絶対に思いつかない選択肢だからね」


 うわあ……。確実に怒っています。先生は微笑みを保っていますが、いつか見た王子の来客時の表情に似ています。

 やっぱりまっすぐ帰った方がよかったでしょうか……。


 先生は微笑みの中に見え隠れする鋭い視線をわたくしに向けています。

 しばらくその視線にわたくしは小刻みに震えながらビクビクしていましたが、その様子を見た先生がぷっと吹き出すように笑いました。


「あははは! なんだもう……。涙目で、ビクビクして……ホントにリジェット面白いなあ」


 その表情はいつもの先生に戻っていました。よ、よかった……! 許してもらえたようです。


「うわーん! 勝手にお部屋に入って本当にごめんなさい! 

 先生に嫌われたら悲しくて悲しくて震えます!!」

「大丈夫、そんなに怒っていないから」


 あ、やっぱり少しは怒っていらっしゃったのですね……。ほんとに深く反省します。


「でもね。リジェット、君がいくら子供だからといって、勝手に男の部屋に入っちゃいけないよ?」

「でも先生は今日病人でっ」

「相手が病人だとしてもだ! 襲われたらどうするんだ……」

「え?でもわたくし鍛えてますから、先生のよわよわな腕くらい、一思いにへし折れますよ?」


 そういうと、先生は目を細めて機嫌悪そうな表情でわたくしをジッと見てきます。あっ……。せっかく機嫌がよくなったのに、また失言してしまいました。


「こうしても?」

「へ?」


 一瞬のことで何があったかわからず、目を白黒させた後、わたくしは状況をやっと理解しました。


 わたくしは先生に羽交い締めにされていました。


 何があったのでしょう。本当に一瞬すぎて、何がなんだかわかりませんでした。


 先生は呪いで筋力がなく、わたくしに腕相撲で一瞬で負けるくらいの力のはず。動きもいつも鈍いですし、こんな素早さはありません。


 考えられるとしたら、お得意の魔法陣を使ったのでしょうけど、今のワンモーションの中には魔法陣を取り出す仕草などは見られませんでした。


 と、なると残りの可能性は……。


 わたくしは腕に巻きつけてある身体強化の魔法陣を発動させ、先生の腕を振り解きます。先生は振り解かれたことにびっくりしていますが、戦闘に関わる魔法陣はわたくしの方が研究時間が長いので、威力が上回ることもあるでしょう。


 あとは単純に先生の筋力よりもわたくしの筋肉の方が量が多いからっていうのもあると思います。

 これを機に、少しは呪いに争って鍛えたらどうですか!


 そしていつもは装束に隠れてめくることのできないお腹部分を見るために、私は先生の上着の下の部分を握り、上に捲り揚げました。


「あーーーー!! やっぱり先生、体に刺青で魔法陣描いていますね!?」

「今……。そこ気にするところだった?」


 先生はなぜかへにょりと脱力して、体育座りになってしまいました。なんだか落ち込んでいる気がするのは気のせいでしょうか?……きっと気のせいでしょう。

 そんなことは置いておいて、魔術師の弟子として気にするところはそこしかないでしょう? 先生!


 先生の胴体右半分の部分にはたくさんの刺青が彫られていました。


 身体強化・防御・瞬発力の強化・空間移動……。これは時間を止める? 魔法陣でしょうか。無と動と聖の要素がこんなに組み込まれている魔法陣、時間関連しか思いつきません。

 まだ私にはわからない要素のものや、描きかけの魔法陣もたくさんあります。そのどれもがはっきり言ってどれも禁術に値するものばかりです。

 こんなもの隠してるなんて……。やっぱり先生はずるいです!


「わたくしには刺青を入れるなと言っておきながら、自分にはちゃっかり入れてるなんて……。ずるいじゃないですか!」

「リジェットは髪だけじゃなく、肌も普通より白くて宝石みたいに綺麗なんだから、刺青入れるなんてもったいないよ」


 先生はわたくしの腕を手で取り、色を確かめるように眺めて言いました。


「強くなるのに手段が選べる立場だったらそうしますけど、生憎わたくしにそんな余裕ありませんからね」


 先生を上目遣いで睨みつけると、ため息をつかれてしまいました。

 なんですか?文句でもありますか?


「どうして君はそう残念なんだ……」


 ……今の言葉はわたくしの精神衛生上良くない言葉なのでスルーします。


 先生の手がわたくしの腕から外れ、ほっとしていると、いつもとは違う、違和感に気が付きます。


 今日の先生は手袋をしていないのです。


 いつもは隠れている掌を見ると、そこにも刺青が彫られています。


「先生だって手段選んでないじゃないですか?

 ってあーーーー!!先生、掌に魔法陣の刺青入れてますね! もしかしたらこれが家の鍵の魔法陣ですか?」


 先生がこの家の扉に手をかざすとドアが開く仕組み、いつも不思議に思っていたのです。

 こんなところに魔法陣があったなんて!


 でもよくみたらこの魔法陣、意匠に偏りがあります。先生の右手の魔法陣は、なぜか基本円の右斜め下に要素が固められているように見えました。

 ただ開錠の魔法陣にするのであれば、こんなに端に要素を固めません。


 ……さては。

 わたくしはそれに素早く気が付き、先生の左手を掴みます。左手の掌を見ると、そこにはまた別の魔法陣が組み込まれています。しかし、こちらの魔法陣は右手とは逆に、左斜め上に魔法陣が組み込まれていました。


「先生。両手を合わせると別の魔法陣が作動するように、この魔法陣は作られているのですね! こんなかっこいい芸当、どうして教えてくれないんですか! ——わたくしもやりたいです!」

「それには時間が足りなすぎるでしょう。ただでさえ君は一週間に一度しかこの家にきていないんだから」

「近いことは教えてくれたっていいじゃないですか! ……でも気がつけなかったわたくしも弟子として、学ぶ姿勢に足りない部分がありましたよね。次からは先生を羽交い締めにしてでも、先生に描かれた魔法陣を読み解きます!」

「やめなさいっ!」


 ……ここにきて初めて先生に大きな声で怒られてしまいました。先生は顔を真っ赤にして眉を潜めています。恥ずかしかったのですね……。


 わたくしは探究心のみで先生の胴体をめくってしまいましたが、先生としては恥ずかしかったのかもしれません。


 仕方がありません。胴体をめくるのはやめましょう。

 ……その代わり、先生の研究ノートの方をこれからは漁らせていただきます。

 わたくしは静かに決意を固めました。

 

「わかりました。先生の服をめくるのはやめましょう。その代わり違うものを思う存分に捲らせていただきますっ!」

「今から怖いんだけどもっ!?」



 先生はベッドに力なく寄りかかりながら、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった……育て方を失敗した……とぶつぶつと呟いています。まるでうちのお父様みたいですね。


「先生、なんだか今日お父様に似ていらっしゃいますね」


 わざわざ口に出さなければよかったのですが、出てしまったものは口の中に戻せません。


「あのセラージュに似ているだって!? なんて屈辱的な……」


 そういうと先生は俯きの角度を深めてしまいました。

 これが最後のとどめだったようです。あまりのじゃれあいの楽しさに、つい笑顔になってしまいます。


 やっぱり先生とわたくしはこうでなくちゃダメですね。


とても長くなってしまいました。このお話、書くのめっちゃ楽しくて過去最速のスピードで1話書きあげた記憶があります。リジェット、服、ひん剥いちゃダメだよ。でもこれはまだ序の口……。

次は 41契約を結びます です。


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