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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第一章 大領地の守り子
23/157

22お母様のご意見はもっともです


 今日は週に一度の淑女教育の日です。


 お母様主宰の淑女教育の日は、カリキュラムが全て素敵な淑女を作り出すために設定されています。朝からダンスや、刺繍、など淑女っぽいことしかさせてもらえず、なんだかフラストレーションが溜まります。わたくしは週に一回のこの日があまり好きではないのです。

 淑女教育が苦手なわけではないのです。一応、一通りはできますもの。他の貴族の家にも教えに行っている家庭教師はいつも私のことを「リジェット様は他のご令嬢より二倍も三倍も覚えがいいですね」と褒めてくれますし……。


 でも『出来ること』と『やりたいこと』は一致しないのです。


 ああ。早く外にいって、剣のお稽古がしたいです……。あの手にずっしりとおさまる、剣の重みを早く感じたいです……。わたくしはこんなお嬢様的なことしたいわけじゃなくて、剣のお稽古で爽やかな汗をかきたいんですよぉ……。


 思いがついつい、溢れてしまい、中庭の方に目がいってしまいますが、今日は外にいくことすら許されません。


 まあ、だからと言ってこの部屋を飛び出すようなわがままな行動はしないのですけども。そんな子供じみたことはいたしません。私はこの家の令嬢としての義務と建前もしっかり理解しているつもりです。


 お父様やお母様が淑女教育を重要視する理由も痛いほどわかるのです。わたくしがお嫁に行き遅れないように心配してスケジュールを組んでいるのでしょう。

 それが娘の幸せだと信じて。

 まあそれが私の幸せかは、また別の話なのですが。


 そういうわけで今は黙々と刺繍をしているところなのです。


「お母様は刺繍に対して求める基準が厳しいですよね……」


 刺繍の出来を重要視するお母様は、淑女としての最低ラインではなく、まるで本職の針子のような技量をわたくしに求めてきます。


 けれども王家の剣としての知識も身につけたいわたくしは一刻も早く刺繍地獄を脱出しなければなりません。こんなところで時間を取られるわけにはいかないのです。


 必殺、オートモードを手にしたわたくしは感情を無にして、手を素早く動かします。ふと、気がつくと刺繍は終わっており、時計を確認すると予定より一時間ほど早く刺繍を終わらせることができていました。 


 残りの時間は自由時間になったので私は屋敷の書庫から、戦法に関する本をたくさん借りて読む楽しい時間を過ごすことになりました。

 やはり戦法の本を読むのはとても楽しいです。

相手の出方によってどう動くか先回りしてどの部屋を配置するか、こんなことにうっとりする令嬢はわたくしくらいでしょう。

 本当に好きなことを学んでいる時間はわたくしにとって至福の時間です。こんな時間がいつまでも続けばいいのにとつい願ってしまいますが、そううまくはいきません。


「端から見ると読書を楽しんでいる小柄な可愛らしい自慢の令嬢なのに持っている本は戦術の本ですか」


 残念そうにわたくしに声をかけてのはお母様でした。

 急な登場にわたくしは驚いてしまいます。お母様が最近体調を崩されていて部屋でお休みになっているはずではありませんか。現にお母様の顔見ても顔色が良いとは思いません。少し無理をして屋敷を歩いてきたのでしょう。


「少しお話をしましょう。あなたの将来について母であるわたくしが介入しないなんて選択肢ありませんもの」

「お母様お体は大丈夫なのですか? 無理をしては……」

「無理をしてでも話さねばならぬことです」


 いくら鈍いわたくしでも母様が何を話したいか見当がつきました。

 お母様はわたくしを説得しにきたのですね。王家の剣をあきらめさせるべく。


「あなたは貴族の令嬢としての義務はご存知かしら」

「……はい存じ上げております。国、領地のためにこの身を捧げ民を守ること。そしてそれをできる、貴族を産み増やすことですよね?」

「あなたはわかっているのにそれができないのですね」

「いいえわたくしは民のため、自ら剣を剣を持ち、この身を捧げたいと存じます!」


 つい大きな声で反論してしまいました。けれどもここだけは譲れることはできません。


 お母様は呆れた顔でわたくしの方を見ています。


「貴族は感情を表に出すものではございません」


 お母様はふー……っと長いため息をつきます。


「幸運なことに、あなたには選択肢があります。どの家に入るからって自分で決められるのです。今のオルブライト家はヒノラージュ様の功績による恩恵を引き継ぎ、過去最高に繁栄していますからあなたとの縁を紡ぎたがる殿方は数えきれぬほどいるでしょう。自分が選べる立場にある。それがどんなに幸せなことかあなたにもわかるでしょう? それなのに騎士団に入りたがるなんて……。騎士団に入隊した女性を娶りたがる、酔狂な殿方は滅多にいませんよ?」

「そうかもしれませんが……」

「わかっているのであればいつまでもわがままを言ってないで嫁ぐ家をお決めになりなさい。それが貴女にとっての幸せなのです」


 お母様の意見もわたくしは理解できます。現にお母様はお父様と結婚してお兄様たちやわたくしを産んだことに幸せを感じて生きているのでしょう。

 貴族女性にとって嫁いだ先で、可もなく不可もなく暮らせることはそれだけで幸運なことに違いありません。ほとんどの貴族女性は、親に家柄で選ばれた婚約者をあてがわれますから、不遇な状況に耐え続けることになる方も多いのは知っています。どんなに相手が酷い人物だとしてもこの国の貴族の令嬢にそれを退ける手段はありません。全てを受け入れ、耐えることしかできない、弱い立場に置かれているのです。


 その背景から考えると、幸せな結婚、というのは貴族女性にとっての一番の憧れなのでしょう。

 

 ……ほとんどの貴族女性の幸せ、それをわたくしは否定するつもりなんてありません。

 それが一番その人にとって幸せなのであれば問題がないのです。お母様は比較的幸せそうに見えますので良い例なのでしょう。


 でもそれがわたくしという個人にとっての幸せだとは限らないということを忘れてはいけません。


 わたくしは前世で夢を諦めて、後悔をした記憶がありますから、今回こそは自分の夢を叶えたいと願っています。

 女性が個人の幸福を選ぶことが許されない貴族社会で、夢を持つことは愚かなことなのかもしれません。

 でも、それでも……。


「私が王家の剣になりたいのはわがままなのでしょうか?」


 言葉を出すために端々が震えてしまいます。涙がこぼれてしまいそうだが必死に我慢して堪え、お母様に自分の思いを伝えられる様、一言一言に魂を込める様に言葉を紡ぎます。貴族たるもの人前で泣くなんてみっともないことできません。


 わたくしにだって貴族の令嬢として正しいのは結婚をし、子供を産み育てることだと言うことをわかっています。

 でもそれを選んだらわたくしは今世でも後悔するでしょう。


 ……わたくしは前世であんなに悔やみましたもの。

 前世での父親に言われたように結婚をし、子供を産んでその成長を見守りきてきて最後の最後にわたくしは道場をつげなかったのだということがわたくしの悔いになっていました。

 今世で同じ決定をしても、きっと死ぬときわたくしはその選択を同じように悔やむのでしょう。

 もうあんな気持ちを味わいたくなんかありません。今世では、絶対に。絶対に。



 お母様は心配そうな目でわたくしの方を見ていました。その紫色の瞳には慈愛が溢れていて、本当に心の底からわたくしのことを心配しているのだということが伝わってきます。


 その表情を見ているとこんなできの悪い娘で、聞き分けのない娘で本当に申し訳ない、という気持ちで一杯になります。

 わたくしは力のこもった目でお母様の方を見返しました。


「大変申し訳ございませんお母様。わたくしはお母様が止めようとこの家に反対されようと夢をあきらめるつもりはございません。わたくしは誰に反対されても王家の剣になるのです」


 じっと見つめ合っているとお母様の瞳が動揺したように、揺れたのがわかりました。

 その目には薄く涙が浮かんでいるようにも見えます。


 わたくしたちはお互いに譲らず、強い視線をしばらく交わしていました。


 先に目を逸したのはお母様の方でした。下を向き、諦めた様な、呆れた様なため息を深くついています。額に手を当て苦しそうな表情していました。

 その表情をさせたのはわたくし。その事実にわたくしまで悲しさを移されたような気分になります。


 沈黙が続いた後お母様は諦めたような声で呟きました。


「あなたの気持ちは変わらないのね」

「ええ」


 お互いに意思を確認し合うような、強い口調だったのでその言葉が空間に浮き上がる様にはっきりと聞こえました。


 もしかしたらこのまま勘当されるかもしれない、そんな予感さえいたしました。そうなったらわたくしはどうすれば良いのでしょう。もしもどうにもならなければ、わたくしには多少の資金がありますから、本当は貸しなんて作りたくありませんがシュナイザー商会のクリストフに紹介してもらって住処を確保するしかないでしょう。こんな時まで現実的に考えてしまう、わたくしは本当に親不孝ものですね。

 ——わがままな願いですけども、できることならば最後までこの家の家族に見送られて騎士団入りたかったですね……。


「わたくしくらいはあなたの夢を応援してあげなきゃダメみたいね」

「え……」


 お母様が口にした言葉があまりにも予想外であったことにわたくしの方がうろたえてしまいます。まさか自分の意見を肯定されるとは思っても見ませんでした。

 ここまで反対していたお母様がわたくしのことを応援してくださるなんてこちらの方が夢みたいです。


「わたくしも小さい頃、針子になるのが夢だったのよ」

「針子……ですか?」


 わたくしたちの服やドレスを縫うのが針子の仕事です。一般的に下働きに分類されるその仕事はお母様がいくら男爵家出身の令嬢だとしても、到底なることが許される職業ではありません。

 わたくしはお母様が作ってくださったハンカチを思い出しました。

 お母様から送られてくるハンカチには意匠に富んだうつくしい刺繍が施されていました。季節ごとに変わる図案は毎回少しずつ変えられていて、同じ図案のものを送られたことなんてありません。


 なんて細かい刺繍だろうと思っていましたが、針子を目指していたことがあると聞いて、納得してしまいます。私の淑女教育のお手本はお母様しかいなかったので、わたくしはてっきりこれが一般的な貴族のレベルだと勘違いしていたようです。あまりにも毎回見事なのでわたくしにもこれだけの完成度を求めているぞ、という圧力でもかけられていると思っていましたが、どうやらただの趣味の追求だったようです。

 ……あれと同じだけの技量をわたくしに求められていなくて本当によかったです。


「もちろんすぐに諦めてこの家に嫁いだわ。そのことに悔いはないし満足もしているけれど、もし私が針子になっていたらどんな人生を歩んでいただろうと夢に見る事は今でもあるの」


 お母様は悲しそうに目を伏せてわたくしに思いの丈を伝えてくださいます。

 お母様にも夢を諦めたご経験があったなんて。そんなこと想像もしておりませんでした。


「あなたがこの家や貴族の習わしに争って、自分の道を選ぼうとするならば、どんな障害があっても諦めることなど許されません。あなたにはその覚悟がありますか?」


 鋭い、意志のこもった視線に一瞬ひるみそうになりますがわたくしはは目を逸らしません。

 わたくしははっきりとした声で答えます。


「はい! お母様」


 その言葉を聞いたお母様は、優しい微笑みを浮かべていました。


 「あなたが得たいものを得るための家族以外の協力者を作りなさい」


 お母様のアドバイスはわたくしの今の状況にとても役立ちそうな内容でした。

 

「有り体に言えば派閥の強化ね。自分の発言力を高めるのであれば、後ろ盾は強固であれば強固なほどいいですからね。……わたくしは後ろ盾の少なさで苦労しましたから」

「後ろ盾……ですか」


 お母様はその当時は名持ちでしかなかったアーノルド男爵家の出身です。今はラマなどをはじめとした特殊技能を持つ使用人を輩出する人材派遣業を手広く広げ領地持ちの貴族として栄えていますが、お母様が婚姻を結んだ頃はまだ発言権が強くなく、屋敷内の身の振りは難しかったことでしょう。


 結婚当時、お父様はまだ騎士団に所属していましたから、王都に暮らしておりましたし、単身赴任状態だったと伺っています。嫁ぎ先に味方になるはずの夫がいない状態で暮らさなければならないなんて考えただけで悪夢の様です。


 もしかしたら、わたくしには優しかったおばあさまはお母様には厳しかったのかもしれません。何しろ嫁姑ですし……。

 そう一人で考えてましたら、お母様はそれに気がついた様で慌てて訂正が入ります。


「もしかしたらリジェットはわたくしがヒノラージュ様……、あなたのお祖母様とあまり仲が良くなかったのでは? と思っているかもしれないけれどそれは間違いなの」

「え……」

「あの方は自分にも他人にも厳しい方だったけど、きちんと他人の優れた点を認めてくれる方だったわ……。わたくしの刺繍の腕だって、たくさん褒めてくださったわ。いつも屋敷に一人でいるわたくしを気遣ってくださる人格者で、あの方以上の姑さんはいない、とわたくしは今でも思っているわ」

「そんな……ではどうして、最後の見送りをしてくださらなかったのですか?」

「あの方は手工芸で領地を繁栄させたでしょう? ヒノラージュ様はわたくしの刺繍の腕を高く評価してくださって、自分の事業に参加しないかと何回も声をかけてくださったわ。でもわたくしは自分の貴族としてのあり方を変えることができずに二の足を踏んでしまったの……。いつか、いつか勇気を出して、わたくしも参加しようと思ったわ。でもなかなか勇気が出なかった。そんなことをしている間に、ヒノラージュ様は瘴気に見舞われて、そのまま……。わたくしはヒノラージュ様の亡骸を見たらきっと後悔で一杯になったでしょう。あのかたの手をとっていれば、何かが変わったかもしれない、ただ子を産むだけの領主夫人から、役割を持った何者かになれたかもしれない……。わたくしは、きっと、きっと、後悔で崩れ落ちてしまったでしょう。そんなことを考えていたら、当日、体調を崩してしまったの」

「今からでは遅いのですか?」

「え?」

「今からでは、何者にもなれないのでしょうか」


 お母様はわたくしの言葉に目を瞬かせています。


「お母様、わたくしにオルブライト家が経営するカフェの一角を貸していただけませんか」

「え?」

「わたくし、おばあさまの様に自分の事業を展開し始めているのです。わたくしは趣味でハーブティーを作っているでしょう? あれを商品としてきちんと売ることができる体制を作りたいと考えているのです」


 わたくしがハーブティーを作っていることは、以前お茶を紹介したことのあるお母様は知っていることでした。しかし、まさかわたくしがそれを販売しようと考えていたとは思っていなかったのでしょう。瞠目した表情を崩さないまま、お母様の紫色の瞳は揺れています。


「え、ええ? あなた騎士になりたかったのではないの?」


 お母様は困惑した表情でわたくしの顔を見つめています。


「騎士になるにも資金が必要ですから。わたくしは騎士になることを皆に反対されているでしょう?入学資金も出してもらえないことを想定して、自分で出せる様に事業を運営しているのです」


 それを聞いたお母様はアングリと口を開けたまま、驚きの表情を浮かべています。


「あなた……。本当にしっかりしているわね……。誰に似たのかしら? ……ヒノラージュ様かしら」


 もともとの気質かもしれませんし、前世の影響が少しあるのかもしれません。ただ説明すると面倒なことになりそうですから、おばあさまに似た、ということにしておいた方が無難でしょう。


「それで、話は戻るのですが、わたくしは自分で育てていた、ハーブをお茶にして販売したいと考えているのです。もう一部はシュナイザー商会に卸しているのですが、自分たちで直売所的に販売できる拠点が欲しいと思っていたのです」


 やはりシュナイザーに卸すとなると少なからず販売手数料を取られてしまいますからね。もっと取り分を多くするためにも、ある程度自分で自由に売買ができる拠点があった方が良いと考えていたところだったのです。


 ……まあそうなるにしてもまだ生産量は少ないのでいささか見切り発車なのですけどね。


「その場所にオルブライト家の経営しているカフェの一角を貸し出して欲しいのね?」

「ええ! お願いできますでしょうか?」

「あのカフェの管理は領主夫人の管轄ですから、あなたが使う分には構いませんけれど……」

「それに加えて、ディスプレイに使う、テーブルクロスやお売りする商品につけるノベルティをお母様に作っていただけないかと思ったのです」

「わたくしの刺繍が、人目に触れる……、ということ?」

「ええ、お母様の刺繍の腕前は熟練の職人のそれと遜色ありません。このまま、人目を浴びずにわたくしたちだけで独占するなんて、もったいないではないですか!」

「もったいない?」


 そう聞き返したお母様の反応に一瞬ぎくりとしてしまいます。しまった、この世界にはもったいないという言葉は存在していない様です。


「え、ええと無駄にするのは惜しいでしょう? 有用に使えるものは使わないといけないと、わたくし思いますの」


 言葉選びを間違えた感が否めませんが、このくらい言わないとお母様には気持ちが伝わらない気がいまします。お母様は考え込む表情をしながら、ティーカップに静かに口をつけました。カップを置く小さな音がカタン、と部屋に響きます。


「使えるものは……ですか。あなたにとってわたくしの刺繍は価値がある、ということかしら?」

「ええ! もちろん。わたくしだけでなく、他の誰の目にも美しく見えるはずです。もしお名前を表に出したくない様でしたら、匿名での協力で構いませんので!」

「……やってみようかしら」

「本当ですか⁉︎」

「娘のお手伝い程度だったら気楽ですし……。きっと、この話までなかったことにしてしまったら、一生後悔する気がするの。それにヒノラージュ様の提案の様に、事業の責任者を任される訳ではないのでしょう?」

「はい! 作品を提供してくださるだけで構いません」

「わかりました。作るものの大きさや、個数などは後日相談いたしましょう。時間をかけたいから、なるべく早いうちに、相談しましょうね」

「はい!」


「それにしても、あなたが嫁入り以外で屋敷を出ようとするなんて思ってもいなかったわ。心配でたまらないから、あなたの着るもののどこかに、防御の魔法陣でも縫い込んでおこうかしら」


 その一言にわたくしは驚いて、ガタリと勢いよく持っていたティーカップを落としてしまいました。ローデーブルの上には紅茶の海が広がってしまいます。


「うわわわ!」

「あらあら……。リジェット。何をやってるの?」


 お母様が呆れた顔で、後ろに控えていたお母様の腹心の侍女に拭くものを持ってくる様に手の動きで指示しました。


「お、お母様が衝撃の事実を口にしたからじゃないですか! お母様は魔法陣がかけるのですか⁉︎」

「ええ、そうよ。セラージュ様にも言っていないけれど。リジェットもかけるのでしょう?」


わたくしは思ってもいない事実にまだ混乱している様で、言葉をうまく口にすることができません。


「描けますけど……。ええ? え、ええー⁉︎」

「もう……。驚きすぎよ」

「え、いつから描ける様になったのですか⁉︎」

「そうね……。魔法陣の内容がわかる様になったのはリジェットが生まれて少し経った後くらいかしら……。もしかしたらそれより前にかける様になったいたのかもしれないのだけども、リジェットを産んだときは上三人の時と違って産後の肥立ちが頗る悪くて大変だったから……。わたくしあなたを産んだとき魔術具なしで出産をしたのよ?」


 お母様はわたくしの出産がどれだけ大変なものだったか、切々と語ります。


「普通子供を産むときは痛みを持たせないために専門の魔術具を使うでしょう? でもね、あなたは予想していた日から一ヶ月半以上も早く生まれたの。それで魔術具の到着が間に合わなくって、原始的な魔術が発達していない時期の方法で産むしかなかったの……。もう……。本当に地獄だったわ……。せめて痛みを感じにくい粛の要素の魔力が少しでもあったらよかったんだけど、わたくし粛の要素はほとんど持っていなかったのよね……」

「そ、それは……」


 わたくしの頭の中にある忍の記憶にも出産は地獄の痛みがあったことが記憶されています。この世界では医術の代わりが魔術に取り込まれている部分がありますから、それが何もない状態で産んだのであればさぞかし苦しかったでしょう。


「だからね、リジェット。大変な思いをして産んだあなたは幸せにならないと、わたくし許せないの」


 お母様は紫色の強い視線を向けてわたくしの目を見ています。


「あなたの幸せが、人と違うというのであれば、その幸せを掴むための努力を精一杯しなさいね」

「はいっ!」


 お母様が命をかけてくださったこの人生を絶対無駄には致しません!


 こうしてわたくしは難関かと思われた、お母様の応援をもぎ取ったのです。



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