17どうやら侵入者のようです
その日わたくしは相変わらず、淑女教育をさせられていました。
いつも通り座学の授業が終わると、お母様から大量の刺繍図案が届けられます。
最近の刺繍図案は凶悪さを感じさせる細かさです。
絶対に剣のお稽古の時間を削ってやる……という強い意志を感じる図案をわたくしは睨みつけ、黙々と刺繍をこなしていました。
なんの変わりのない、いつもの日常。静かな室内で集中している時でした。
——ガタン
下の階から何かが落ちた様な鈍い物音が聞こえてきたのです。
「ラマ、今の音何かしら。結構大きい音がした気がしたのですが……」
「何かを動かした……にしては音が大きすぎますね」
わたくしたちは顔を見合わせ異変を察知し、息を潜め合います。
何やら部屋の外の物音は大きくなっていきます。
「侵入者だ!」
屋敷の使用人の大きい声がわたくしたちのいる部屋にも聞こえてきました。
オルブライト家に侵入者?
この家には魔法陣が敷かれていたはずですが、まさか……それを破ったのでしょうか?
「お嬢様!扉と窓から離れてください!」
ラマが怒鳴りつけるように言います。ラマは急いで扉と窓に施錠の魔法陣を貼ります。
わたくしも自分が練習用に描いて貯めていた魔法陣を机の引き出しからありったけ取り出します。
その中から身体強化と防御の魔法陣を選び出し、ラマに渡します。
「ラマ!この魔法陣を使ってください!」
渡された魔法陣にラマはぎょっとした表情を見せます。
「お嬢様は自分の身の安全を第一にお考えください」
「いいえ、わたくしはオルブライト家の人間ですもの。屋敷のものを守る義務はわたくしにもあるのです。わたくしの手元の魔法陣は十二分にありますから、これはラマが使ってください!」
少し考える表情をラマはしましたが、緊急事態ということもあり、大人しく受け取ってくれました。
「……ありがたく頂戴いたします」
わたくしとラマは侵入者が入ってきてもすぐに動けるよう、姿勢を低くして臨戦態勢をとります。
それから三十秒程経ったとき、扉からドン! と硬いものが当たった鈍い音がしました。一度目の物音に身を固くした後も、ゴン、ゴン、ゴン……と何度も何か硬いもので扉を繰り返す様に叩く音が聞こえてきます。
扉を壊そうとしていますね……。
叩かれるたびに、扉からミシリ、ミシリと音がします。
何十回と叩かれたところで、金具がついに壊れてしまい、ダンッと重い音と共に床に倒れてしまいました。
扉を破壊した侵入者は黒くだらりとした装束を着た二人組でした。一人は大柄の男、もう一人は線が細いのでもしかしたら女かもしれません。
わたくしと目があった瞬間、侵入者はニヤリと目の形を三日月のように変化させます。
「白纏、見つけたぞ」
——わたくしを……狙っている?
何が目的かはわかりませんが、今狙われているのは、わたくしのようです。
オルブライトの屋敷に押し入ってまでわたくしの身柄を得ようとする、この者たちの目的なんなのでしょう……。
とりあえず、この侵入者を倒さねば、大変なことになる、ということは頭の悪いわたくしにもわかります。
ああ、ここに剣があれば戦いやすかったのですが……
残念なことにわたくしは自室に剣を持ち込むことを許可されていないので、中庭の武器庫に収納してあるのです。
何か長い……振り回せそうなものは……
考えているうちに、侵入者はわたくしたちの方に走って襲いかかってきます。
「お嬢様!お下がりください!」
ラマがそう鋭く叫んだ瞬間、ラマの手がわたくしと侵入者の前に分け入り、わたくしを守ろうと動きます。
侵入者に一瞬腕を掴まれてしまいましたが、防御の魔法陣が効いたようで、跳ね返すことができています。
ただ、緊迫した状況は変わりません。
早く、この者たちから、ラマを逃さなければ……。
「大人しく白纏をよこしてくれれば、手荒な真似はしない。そいつをよこせ」
「お嬢様をお渡しするわけがないでしょう!」
ラマは目の前にあった猫足のサイドテーブルを侵入者に向かって投げつけて、時間と距離を稼ぐように必死に応戦しています。
わたくしはラマが戦っているところなんて見たことがありません。いくらなんでも侍女が侵入者に立ちはだかるなんて無理です。
急いで止めようとしますが、ラマは止まりません。ラマは首にジャラリとかかっているネックレスを急いで人差し指で引っ掛けるように取り出し、何か呪文のようなものをぶつぶつ呟いたあとギュッと強く握りしめました。
するとネックレスのモチーフ部分が巨大化し、即座に武器へと変化しました。
なんですか! あれ!
それは見たことのない武器でした。わたくしは緊迫した状況なのに目を輝かせてしまいます。
筒状の持ち手からチェーンが伸び、その先端には鉄の玉がついている不思議な形の武器をラマは握りしめています。
「はあっ‼︎」
ラマは大柄の侵入者に向かって鉄球部分を投げるようにして、戦っています。
その動きは俊敏で、明らかに戦闘訓練を受けた者の動きでした。
ラマ! あなたとっても強かったのね‼︎
身近なところに戦いのプロがいたことに驚かされます。
しかし、侵入者の動きも同じように俊敏で、二人の技量は拮抗しているように見えます。
侵入者は武器を使わず、魔法陣と体術で、攻撃を繰り出してきます。
技の一つ一つのモーションが早く、鉄球を投げる動作で、動きにラグが出るラマよりも攻撃速度は速いように見えます。手慣れた様子で攻撃を続ける、侵入者たちの動きに荒さはありません。
大柄の侵入者をラマが足止めしていると、細身の侵入者が一歩、また一歩、と静かにわたくしに近づいてきます。その表情には薄い笑みが浮かべられていて、その笑みを見ると、背筋に冷たいものがはしります。
——この侵入者、手練れだわ。
一つ一つの動きが洗練されています。
ただ歩いて向かってくるだけで威圧感を与えるなんて……。
わたくしと二メートルほど離れたところで、細身の侵入者が足を止め、わたくしに話かけます。
「あなたはこんなところにいるべき人間ではないのは……わかるかい?」
その声はなぜか朧げに聞こえて、頭の中でぐわんぐわんと波打つように響きます。
急に言葉を投げかけられて唖然としていると、ラマの「そいつの言葉を聞かないでください! 催眠が混ざっています‼︎」という必死な声が聞こえました。
危ない……、かかってしまうところでした。
「この家は君に相応しくない。君の…………れば、この…………できるのに。この家のものはそれに気づかない愚か者ばかりだ。——君を有効な手段として使わないなんて、ね」
聞かないように耳を塞いでも、ところどころ入ってきてしまう言葉が鬱陶しいです。
「ねえ、君は支配階級に興味はない?」
今度の言葉ははっきりと聞こえてしまいました。
どうやら直接脳味噌に言葉を送り込んできたようです。
ニタアと口角をあげ、気持ちが悪いほほ笑みを無かる、侵入者をわたくしは強い視線で見返します。
「そんなの興味はございません! わたくしがなりたいのは、あくまで、騎士。大切なこの国のみんなをわたくしの力で守ることにしか、興味はございません!」
「そう……。交渉決裂ってわけか、残念だよ」
そういうと侵入者はこちらへと歩みをつめてきます。
逃げなくちゃ……。けれど、隙を見つけることがとても難しいです。
でもどんなものでも隙はあるはず。
わたくしはいつかのお兄様の言葉を思い出します。
「戦場にお前のようなものがいたら敵はきっとぎょっとするだろう。かわいい女の子がどうしてこんなところに紛れ込んでいるんだってな。……そんな女の子が実はめちゃくちゃ強い、なんてことがあったら敵はめちゃくちゃビビるだろうな!」
この侵入者は護衛対象であるわたくしが戦うなんて、まさか思っていないでしょう。
だからこそ、一度だけチャンスがあります。
……最初の攻撃だけは、侵入者の隙をつくことができるはずです。
侵入者の足の動き、衣服の音のズレ、呼吸、その全てを確認しタイミングを図ります。
ラマが侵入者の一人に向かって鉄球を思い切りぶつけたところで、もう一人の侵入者がわたくしに向かってきます。
今よ‼︎
わたくしはドレッサーの前に置いてあった椅子の足を持ち、振りかぶって侵入者に向かって思いっきり投げます。
侵入者は驚いて、目をひん剥きましたが、避けることはできませんでした。
椅子は見事に侵入者に当たり、ダンッと鈍い音を立てました。
それがどうやら決め手だったようです。
侵入者はぐにゃりと床に倒れ込みました。
ふふん、魔法陣を付与した私の腕力を舐めると痛い目見ますわよ!
この身体強化の魔法陣は威力を十倍にするものなのです。
あ、わたくし思いっきり頭を狙ってしまいましたが、脳は損傷していないでしょうか?
侵入者を捕らえた後、原因を追求すべくきっと記憶を読むはずです。
その時に頭部が必要になるのですが、もしかしたら損傷が激しくて読むことができないかもしれません。
見た感じは大丈夫そうなのですが……。
刹那、ラマの張り詰めた声が飛んできました。
「お嬢様なにやってるんですか!」
あまりにも大きくて鈍い音がしたためか、わたくしの様子を確認しようと後ろを向いたラマに大柄の男が、襲いかかります。
「危ない!!」
わたくしは先ほど、ぶん投げた椅子の足を両手でしっかりと掴み、上に振り上げ男いる真上に飛び上がりました。こんな時のために、靴の中に跳躍の魔法陣も仕込んであるのです!
「ふんっ!!」
全力で椅子を大柄な侵入者に振り下げ男の頭にジャストミートさせると、侵入者はよろりと、その場に倒れました。
侵入者たちは床に沈み、ピクリとも動きません。
無事に制圧することができたようです。
「……あの、もう一回聞きますが、護衛対象のお嬢様が何やってるんですか?」
「応戦です!」
キリッとした顔でラマの方を見ると、ラマは呆れたような顔をします。
あ、このままだと怒られるやつですね……。
「ラマ、この者たちを縛り上げ、他の部屋のものと連絡を取りましょう」
怒られる前に、それらしい指示をしたわたくしは包囲の魔法陣を敷き、侵入者を縛りあげます。
とりあえずこうしておけば、逃げることはないでしょう。
ほっとしたのも束の間、どこかから違和感のある音が聞こえてきます。
サラ……サラ……。
それはまるで、砂が流れ落ちる音のようでした。
音の出所を探るように中をばっと見回すと、その奇妙な音は縛りあげた侵入者のうち、細身の方から聞こえてきます。
慌てて視線を向けると、細身の侵入者の体の一部が砂のようなものに変化しています。
「す、砂になっています! ラマ! これはなんでしょう⁉︎」
「わかりません! わたくしも見たことがない現象です。魔術の一種かもしれません、お嬢様お気をつけください!」
警戒態勢をとりながら、睨み付けるように見ていると細身の侵入者の体は、どんどん砂に変わり、最後は空気に溶けてしまいました。
「き、消えた……」
そうラマが呟き、消えた先を見ると破られた、紙がひらり、とまいました。
これは、魔法陣?
破れた紙をかき集めて繋げると、そこには確かに魔法陣が描かれています。
「お嬢様、なんの魔法陣かわかりますか?」
魔法陣の内容を確認すると、どこかで見た気がします。
「これは、身代わりの魔法陣に似ているわ。一度先生が使っているもので、似たものを見たことがあるの。でも先生のものとは少し意匠が違うみたい」
仕組みも少し違っていますが、魔法陣に書き込まれているモチーフが先生のものとは異なります。その魔法陣には薔薇の刺のようなモチーフが組み込まれていました。
先生は魔法陣に葉のモチーフをいれることがありますが、刺をモチーフに入れることはありません。
先生以外が描いた魔法陣で、先生の魔法陣が弾かれた?
そんなことができる魔術師がこの世にいる……、ということでしょうか。
背筋がゾッとしますが、破られたことは事実なので受け入れるしかありません。
——このことは先生に直接伺いましょう。
その後の調査で屋根部分が壊されていることが判明しました。
それ以外には盗まれたものなどはなく、侵入者の目的はわたくしを誘拐することだけだったことが判明します。
でもどうして、侵入者は髪が真っ白で魔力なんてないわたくしなんかを誘拐しようとしたのでしょうか。
謎は深まるばかりです。
オルブライト家、侵入者入っちゃいましたね。実はオルブライト家、ハルツエクデンと言う国の中でも厄介な立ち位置にいるので、恨みを買うことが多く、刺客を送られるのは日常茶飯事です。でも、いつもはクゥールの魔法陣が弾いてくれるんですけどね……。
次は 18ラマに手伝ってもらいます です。




