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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第一章 大領地の守り子
16/157

15それ絶対禁術ですよね?


「お嬢様、今後はぜえっっっったいに髪を切ったりしてはなりませんよ」


 朝の身支度の時間、真面目な顔をしたラマは髪をブラシで溶かしながらわたくしを叱りつけます。なんだか今日は機嫌が悪いようでいつもよりブラシを持つ手に力が入っている気がします。そんなに力を入れたら頭皮にダメージが……。あああ! 貴重な髪が抜けてしまいます!


「わかっていますよ……。というかそんな一ヶ月も前のことを掘り返すように言わなくてもいいじゃなですか……」


 先生の魔法陣教室に通うようになったあの日から一ヶ月が過ぎました。

 先生の家以外でも魔法陣を勉強を進めたわたくしはついに古代文字を自由に操れるようになり、簡単な魔法陣を理解し自分の手で描けるようになったのです。えっへん!


 まだまだ先生のように、新しい魔法陣を創作するのは難しいですが、それも今後できるようになりたいですね……。


「十五歳のお披露目までに髪を腰まで伸ばせなかったら大問題ですからね!」


 そうそう、お父様はわたくしがエメラージ様との婚約破棄を自分の手で勝ち取ってきてしまったことに、よほど頭を抱えたようでわたくしの結婚相手は十五歳から参加できる社交界に出るまで決めなくても良い、と判断してくれたのです。もちろん、わたくしは騎士になる気満々なので、社交界になんか出る気はさらさらないのですけどね。


「わたくしは髪の長さなんてどうでもいいですけどね」


 別に髪が短いくらいで、淑女らしくないと言ってくる人と伴侶になどなりたくないですもの。


「リジェット様! 髪を伸ばさなければ、婚約の魔法陣が起動できないでしょう!」

「あら……、忘れてました」


 そうか、対外的には婚姻の際には魔力が必要とされているのですよね。いざとなったら自分で描けばいいと分かってしまったのですっかり忘れてしまっていました。


「忘れないでください! もう……。本当に興味のないことをすぐに忘れてしまうくせ、やめてください!」

「頭の容量は無限ではありませんから。最近のわたくしは魔法陣も覚えないといけませんし、情報の取捨選択をしなれば頭がパンクしてしまいそうなんですよ……。それにわたくしはこのまま勉強を続ければ魔法陣が描けるようになりそうですから 婚姻の魔法陣だって、自分で描けばいい話でしょう」

「それにしたって! この国の人間の貴族は総じて髪を長くしている方が一般的でしょう! 社交界で浮いてしまっても知りませんからね!」


 ラマは自分のことの様にプンプンと怒っています。


「もう。そんなに怒らなくてもいいじゃない。でもまあ、髪はどちらにせよ伸ばしていたほうが、都合がよさそうですから、伸ばしますよ。……この世界って髪を早く伸ばす方法とかあるのかしら?」

「え?」

「え、いや。なんでもありませんよ」


 あら、うっかり。考えていたことが口に出てしまっていたようですね。前世の記憶があるなんて非常識的なことラマにだって信じてもらえないでしょうし、変に怪しまれたくもありませんから、あまり口に出さない方がいいですよね。気をつけないと……。

 それはそうと、髪を早くのばせなんてそんなことできるのでしょうか? 忍が暮らしていた世界では、髪をきつめに縛る、だとか専用のシャンプーを使うだとか、方法は少ないですがありました。でも、この世界での髪は魔力の塊とされていますから、伸ばそうにも簡単には伸びそうにないような気がします。

 どうにか伸ばそうとは思ってますけど。


「ラマ、髪を早く伸ばす方法、ご存知?」

「知りませんけど。気合で伸ばしてください。お嬢様、いつも気合でどうにかするの得意でしょう? 夜な夜な線を引く練習をし続けたり……」


 あら、どうやらラマ、あのことを根に持っていますね?


「気合って! あれは努力というものです。わたくしだって努力する方法がわからなければ、何事も為すことはできません」

「はあ。お嬢様でも無理ですか……。では仕方がありません。時に解決してもらいましょう。放っておけば、髪なんか生えてくるんですから……。くれぐれも魔法陣作成のために切ったりしないでくださいね」

「わかりましたよ……」


 渋々頷いたわたくしは、ラマに用意してもらった鞄にわからない部分に付箋を貼った魔術書や、お土産のお茶を詰めて席を立ちました。


「では今日も先生のところに行って参ります。ちゃんと時間には戻りますから心配しないでね」

「かしこまりました。気をつけていってらっしゃいませ」



 先生に魔法陣を習い始めてわかったことがあります。


 魔力と魔力を組み込んで制作する魔法陣には曜日と同じように水、創、動、武、熱、無、粛、聖の八つ要素がありますが、その中でも先生は聖の要素を巧みに操ります。水は液体を、創は新しさを、武は強さを、熱は温度を、無は拒絶を、粛は規律を、聖は修復をそれぞれ司ります。

 その中でも実はこの世界では聖の要素を自由に扱える魔術師はとても珍しい存在のようです。


 自宅の資料室にあったものや、買い足した魔術書を読み込んで改めて知ったことなのですが、この世界にある魔法陣の中でも聖の要素を組み込んで作られた魔法陣は少ないようです。


 全てではないですが、聖の魔術はそのほとんどが湖の女神がこの国を創造するにあたって使われたとされていて、人間が使うべきではないとされ禁術に指定されているのです。そのため聖の要素を組み込んだ魔法陣は市場にあまり出回っていないようです。

 

 しかし、先生はその聖の要素の魔法陣をこれでもか、と言うくらい大量に使っています。


 ……どう見ても人間業を超えています。ちょっと、いくら優秀と言ってもおかしいのではないでしょうか。

 わたくしは先生の超人っぷりに違和感を覚え、次の水の日の授業になったらそのわけを聞いてみようと心に決めます。



 待ちに待った、水の日、わたくしはこの前習った手順を使い、先生の家にたどり着きました。


「お邪魔しておりまーす。……あれ? 先生?」


 いつもであれば、部屋に入った段階でいらっしゃいと言ってくれるはずですが、その声が聞こえません。

 いらっしゃらないのかしら、と一瞬思いましたが先生は確かにいました。

 こんなに目の前にいたのに存在感がなくて気がつかないなんて……。わたくしどこかおかしくなってしまったのでしょうか?

 寛ぐ時にお使いになる、ロッキングチェアに腰掛けながら、ゆったりとこちらを見て微笑んでいます。


 ……なぜでしょう。先生がいつもと様子が違うような気がします。

 うまくはいえないのですが、目の前にいる先生にはどこか違和感があるのです。目が虚というか……。人間みがないのです。なんでなのでしょう?


「この人……先生ではない——なんてそんなことありませんよね……?」


 すると誰もいないはずの後ろからカタンと物音が聞こえてきました。

 わたくしは何事かと警戒し、すぐに飛び出せるよう、身を少し屈めたようなポーズを取ります。

 

 音をした方向からはなぜか、先生がもう一人現れたのです。


「よく気がついたね、リジェット。これを見破ったのはリジェットが初めてだよ」

「わああああ!!」


 驚いて、淑女らしからぬ声をあげて、飛び上がってしまいます。勢い余って後ろのキャニスターにゴンと鈍い音を立てて激突したところを先生に助けられます。


「あはは、痛そうだね。大丈夫?」

「足を思いっきりガンとぶつけてしまいました……。ああ、びっくりしました」


 わたくしは体の震えが止まりません。び、びっくりしました……。本当にびっくりして、心臓がバックンバックンと嫌に大きい音を立てています。

 しばらくは収まらなさそうなくらいです……。


 なんと後ろに現れたのは、紛れもなく先生でした。

 目の前の先生と合わせて二人の先生が同じ空間にいることになります。


 その光景に目を丸くしながらも、ぶつけたところには内出血ができてしまい赤紫色に変色してしまったので蹲りながら摩っていると、先生がごめんごめん、と軽く言って治癒の魔法陣を教えてくれました。

 それを急いで紙に描き、変色した部分に貼り付けます。



 ふう。先生が下さった魔法陣のおかげで内出血の腫れがひいてやっと落ち着きました。もう、なんでこんな目に合わねばならぬのですか?

 わたくしは怪我の原因となった先生を問い詰めます。


「先生!? どう言うことですか!? なんですか、これは!」

「これは身代わり人形だよ」


 先生はいつもの調子でさらっと告げます。


「み、身代わり人形……?」


 もう聞いた途端、絶対よくない魔術が絡んでいそうな予感がします。

 禁術は段階的にいくつかありますが、一番やってはいけない、とされているのは生命を作り出すことです。

 先生の作った身代わり人形は先生をそのまま写したようにそっくりでした。しかもこの人形、人間の様に瞬きもします。


「何かに使えるかもしれないでしょ?」

「これ……。どこで使うのですか? なんだか不穏なものしか感じないのですが……。大丈夫ですか?

法に触れたりしませんか? これは命の創造に果てしなく近い範囲の魔法陣ではないですか?」


 ぬぬぬ……と先生を怖い顔で睨みつけますが先生は涼しい顔でにっこりと笑みをさらに深めます。


「ばれなきゃ大丈夫だよ!」

「ば、ばれなきゃ!? やっぱりダメなんじゃないですか!?」


 わああ! この人危険です! この人を誰か止めてください! そう誰かに頼みたいところですが、わたくしは残念ながら止められそうな方を誰一人として知りません。

 自分の人脈のなさに涙が出そうです……。


 テンションが急降下するわたくしを置いてきぼりにするように、先生は身代わり人形なるものを叩きながら、言い放ちました。


「今日はこれをリジェットと作ろうと思って見本を作ってみましたー。びっくりした?」


 先生はふんわり優しげつつ、ちょっと悪戯っ子のような笑顔をわたくしに向けます。


「わたくしが作るのですか!?」

「そうだよ?」


 先生はさも当たり前のような顔で言い放ちます。

 リジェットも最近いろんな魔法陣が描けるようになったから、そろそろいいかなと思って、と先生は軽くいいますが、これは果たして、許されることなのでしょうか?


 なんだかわたくし、先生によって、悪の道に引きずりこまれていませんか!?

 まさか自分がこんなものを作るとは夢にも思っていなかったので、だばっと嫌な冷や汗が背中を流れます。さすがに身の危険を感じてきました。


「わたくし、今回は遠慮しとこうかしら……」

「でも、持ってたら絶対便利だよ? 作っておかないときっと後悔すると思うなあ」


 甘い誘惑の言葉に心がくらりとよろめきます。どうしましょう……。法に触れたくはありませんが、いざというとき、と言うのがわたくしの人生には何回もありそうでとても恐ろしいのです。


 現に剣を持てる様に身体強化をする魔法陣がなければわたくしは剣を持ち上げることすら許されなかったのです。手札が多ければ多いだけ後々役立つのは違いないでしょう。


 心が揺さぶられます。法に触れない穏やかな暮らしと手段を選ばない気持ちが天秤の上に乗せられ、ゆらゆらと気持ちが漂います。


「騎士になるためには手段を選ばないんじゃなかったの?」

「ううううっ!!」


 痛いところをつかれてしまいました。

 悩んだ挙句、わたくし渋々、は先生の身代わりの魔法陣を写させてもらうことにしました。

 スペースをお借りしている棚から、自分のガラスペンと用紙を取り出し机に準備します。


「もう! 描けばいいんでしょう! 描きますよ! 手段は選びませんからね!」

「そうこなくっちゃ!」


 そこからは集中力が必要となる作業です。ひゅっと息を吸い込んで、ペンを紙に下ろします。

 しばらくして、今回の課題の魔法陣がいつもとレベルが違うことに気がつきます。


「……あれ? ここすごく細かいですね」


 いつもならもっと空白があるはずのスペースに事細かく文字が敷き詰められています。


「あ、そこの無の要素と創の要素、外側よく見ると四重掛けになってるから気をつけてね」

「よ、四重掛け!?」


 もう、意味が分からないくらいのハイレベル魔法陣にくらりとよろめいてしまいます。

 文句を言いたいところですが、わたくしは教えていただいている身です。静かに遂行するしかありません。

 先生のモチーフである葉脈まで描かれた蔦もそのまま写とって描かなければいけないので、ひどくハイレベルな魔法陣です。

 写すだけでも、物凄い時間がかかってしまい、わたくしはもう集中力の限界が訪れていました。


 出来上がった、魔法陣を両手で持って、ため息をつくと先生に、


「これでリジェットも共犯だね!」


 と嬉しそうに呟きます。犯罪に巻き込まないでください……。


「お、できたみたいだね。見せてご覧。うん。ちゃんとかけてるみたいだね。じゃあ起動してみよう」


 断りにくい強い笑顔で促されてしまったので、恐る恐る出来上がった魔法陣を起動させてみます。


 すると微かにボンッと空気が破裂するような小さな音がした後、目の前にわたくしの身代わり人形が現れます。


 わあ、すごいです!

 そこにはまるで生き写しのような女の子が座っていました。


 ソファにゆったりと深く腰掛けた身代わり人形は見た目は全くわたくしと同じように見えます。服も直前に着ていたものを反映させるようにしたので、今と同じものを着用していますね。

 喋る機能はついていないので、瞬きをしたり、こちらを見て微笑んでいるだけですが、なんだかおしとやかな雰囲気があって、自分で言うのもなんですが可愛らしい印象をしています。


「なんだか、身代わり人形の方が正当なお嬢様っぽいね」

「失礼な……」


 そう口では反論しますが、やっぱり第三者目線から見てもそうなのか、と言うことにため息が出てしまいます。

 わたくしももう少し、お嬢様らしくした方がいいでしょうか。なんだか微妙な気分にさせられてしまいました。



 その後、疲れたでしょう、と先生は美味しいお菓子とお茶をご馳走してくださいました。

 いろいろあったせいか、いただいた紅茶の中にいつもより多めにお砂糖を入れても美味しく感じられてしまします。感情を揺さぶられたせいで、糖分を余計に消費したようです。


 ああ、なんだかひどいことに巻き込まれた気が致しますが、いつもどおり先生の作ったお菓子は絶品です。

 今日のお菓子はジャムクッキーでした。さくっとしていてバターのきいたクッキーももちろん美味しいですが、ジャムの方も食べたことのない味がしていてとっても美味しいです。赤い色をしていて少し酸味のある、ベリー系の味をしています。


「先生、このジャムとっても美味しいのですが何を使っていらっしゃるのですか?」

「ああそれは、カラムの実だね。ミームの森の奥の方に自生していて、朝露を浴びないと育たない不思議な木のみなんだよ。面白いよね」


 先生は時間を持て余すと森にまで散策に行く様です。森には魔獣が出ることもありますが、先生ほどの魔術師ならば、それに対していちいち怖がる様な神経は持ち合わせていないのでしょう。


「へえ。とっても不思議な木のみがあるのですね」

「この辺の言い伝えで妖精が育てているって言う話があるよ」

「うわあ! 妖精! なんだか心がときめきますねえ!」


 危ないものじゃなくてよかった、と安心しつつジャムの味を堪能します。なんだかこのジャム、調味料としてお肉の付け合わせにしても美味しそうです。


 あ、そういえば。


 ほっと一息ついたところで、先生に聞いておかなければいけないことを思い出しました。


「そういえば、魔法陣の中に対価を要求する、という部分がありましたが、一体わたくしどこを取られたんでしょうか」


 魔法陣を描いている時におかしな部分を見つけていたのです。起動させる前に聞いておくべきでした……。後悔してももう遅いのですが。嫌な予感がいたします。


「まさか寿命とかじゃないですよね!?」


 ハクハクと口をさせながら言うと、先生は、はははと笑っています。


「そんなもの組み込まないよ! 組み込んだのは魔力の前借り分。髪が生えてくるスピードがちょっと遅くなるだけだよ」

「わあああ! それでも大問題ですって!」


 できるだけ、早く髪を伸ばしてください、と無理なことをラマに要求されたばっかりでしたのに……。

 新しい魔法陣を起動する前に、対価を要求する項目がないかだけは、これからよく確認しよう……。

 

「先生はわたくしにこんな危ない魔法陣を覚えさせて、一体どうしようと企んでいるのですか?」

「やだなあ。企んでいることが前提かい?」

「先生は絶対に基本的な魔法陣でないものをわたくしに教えている様な気がしてならないのです」

「それは否定しないけど、それを律儀に覚えちゃうリジェットも危機感がないからなあ」


 危機感。やはり持たなければいけませんよね……。わたくしはそれを言われてしまうと、言い返すこともできません。先生はあくまでも親切でわたくしに魔法陣を教えてくださっているのですから……。

 何を覚えるのも、何を選択するのも、わたくしの自由意志です。よく見極めて、魔術を習わねばなりません。


 

 魔術教室から屋敷に戻ったわたくしは今までに教えてもらった魔法陣が法に触れていないか心配になり、法で禁止された禁術を一つ一つ本で確認をしました。

 先生がなんともなさげに教えてくださったものの中にも絶対危ないものがあるに違いありません。


 目を皿のようにして確認を進めます。


 すると案の定、教えていただいた魔法陣の約三割のものが禁術に触れていることがわかり、わたくしは驚愕しました。


「は! この転移の魔法陣にも、防衛の魔法陣にも禁術が組み込まれています! どうしてこんなに簡単に禁術を使うんでしょう!」


 先生が教えてくださる魔法陣は確かに素晴らしいです。だけど、問題も山積みのようですね!


 ……よかった。どこかで使うときになって始めて気がついたら、うっかり処刑されてるところでした…‥。


 これからは教えてもらった魔法陣は調べてから使おう。そう心に決めた一日でした。



何も知らない子供にいろんなことを教えるのは楽しかったと犯人は供述しております。

次は 16初めてのお使いに行きます です

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