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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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懐かしい人に遭遇します

 マハから、スミが亡くなったことを告げる手紙が届いたのは、長い冬の終わり、地面にしつこく残っていた雪がやっと溶け始めたころでした。


 わたくしは先生を伴ってスミとマハが滞在していた大聖堂に向かいます。

 部屋に着くと、感情の消えた表情でわたくしたちを迎え入れてくれたマハは、そのまま何も言わず、中へと入っていきました。部屋の中心に置かれたよく手入れのされた清潔なベッドの上には、もう動くことのない、スミがベッドに横たわっていました。


 スミの亡骸を目の前にわたくしは目を見開いて立ち尽くしていまいます。


 二度と目を開かない彼女の表情は、穏やかでした。


 彼女は幸せに生きた。生前、最後に会った彼女自身もいっていましたし、わたくしだって彼女が不幸だったとは思いません。でも、それでも。わたくしは後悔に胸を詰まらせてしまうのです。


 これが本当に正しい最後だったのだろうか。


 もっと早く彼女に出会えていたら、違う方法があったんじゃないか。わたくしも助けになれたんじゃないか。


 濁流のようなたらればがわたくしの頭を駆け巡ります。

 でも、どんなにくやんだって、もう目の前にある現実は覆すことはできません。

 わたくしたちはもう二度とスミに会えないのです。


「スミは大聖堂に迷惑を書けないように、自身でも瘴気漏れを防ぐ魔法陣を二重に展開していたんだね。……あの人は、最後まで準備がいいね」


 先生がそう言うとマハは苦しそうに、眉間を寄せます。


「自分がいなくなる準備が上手いって……。そんなこと上手くなくてもいいのに」

「でも、それが彼女の質だからね。君もそういうところを気に入って彼女についていたんだろう?」


 先生の言葉に、マハは体を震わせます。そして、右目からポロリと一粒、涙をこぼしました。


「そうだ。俺は……。スミのそういうところが……いじらしくてたまらなかったんだ……」


 マハはスミが亡くなってから、初めて泣いたのかもしれません。


 床にしゃがみ込み、小さくまるまった彼は子供のように泣きじゃくります。

 わたくしと先生はマハが落ち着くまで、静かに見守っていました。



 その後、五分ほどでマハは完全に落ち着き……とまではいきませんが、涙はボロボロ流さないようになりました。


 私は今後やるべきことについて切り出そうとします。

 まだ感情の整理がついていっていないマハには酷かもしれませんが、早いうちに今後のことを考えなければなりません。


 なんと切り出したらいいか悩んでいるとわたくしの隣に立っていた先生が先に口を開きました。


「早いうちに……弔いの一族を呼ばないと」


 先生が眉間を寄せながら苦しげに言った言葉を受け止めたマハは、言いにくそうに震える声を出します。


「そのことなんだけど、スミは自分が死んだあと、自分の亡骸を凍土に送らないで、森に還りたいって言っていたんだ」

「森に還る?」

「そう。スミはどんな色を盗むのも好きだったけど、その中でも一際森が好きだったから。……旅の途中でも、死んだら森に溶けてしまいたいって何度か言ってた。だから、俺はスミをこのままどこかの森に連れて行ってやりたいんだ」


 森に……。それってできるのでしょうか。

 この世界では亡骸は通常、弔いの一族という専属の術師によって凍土に運ばれます。

 墓を持つ、という文化はなく、死者を思うときは、思い出の場所に向かい、祈りを捧げるのが一般的なのですが……。


 スミは以前、日本で暮らしていた経験を持っていますから、土葬の概念をマハに話したのかもしれません。

 氷ばかりに囲まれて、色彩の淡い場所に安置されるより色鮮やかな場所で眠りたいと願うのは、色を愛していたスミのことを考えれば、当然のことなのかもしれません。


「この感じだと、大聖堂の人間はスミが森に還りたいと願っていたことは知らないんだね?」


 先生が困った顔で聞くと、マハはコクリと頷きながら答えます。


「そうだけど。でも、弔いの一族はこちらで呼ぶから勝手に手をまわすなとは伝えてある。でもこのまま、スミの願い通りに森に葬っていいものなのか……俺にはわからない」

「そうだね……。僕もこの世界で、凍土以外に葬られた人間を見たことがない」


 先生も知らないなんて。

 わたくしはどうやってスミの願いを叶えたらいいのかわからず、途方にくれてしまいます。


「実は俺も知らないんだ。スミと旅をしているとき、どう見ても凍土に送っていない集落は見たことあるんだけど、その辺の処理の仕方は彼らもやっぱり後ろめたいみたいで、客人には見せてくれなかった」


 先生はマハの言葉を聞き、納得した様子を見せます。


「国内で亡骸を処理する方法はあるにはあるということか。……けれどもそれをしたことによって何が起こるのかは、僕たちには見当がつかないと。弔いの一族は亡骸を厳重に封印してから、凍土に運んでいるよね。ということは、亡骸には間違いなく『何か』が起こるんだ。物質的な変化ならまだ対応ができるが、魔術的な理に反する場合、重大な事件に発展しかねない。……とりあえず、弔いの一族を呼ぼう。彼らの方がこういうことには詳しいだろう。どうなるか聞いて、対応できそうなら森に還す。対応できそうになければ、凍土にそのまま輸送をお願いする。それしか方法はないんじゃないかな」


 先生の言葉に、マハは顔を顰めます。


「そんな親切な弔いの一族っているのか? 弔いの一族って、一切の感情を無くしたような連中ばっかりじゃないか」

「中には『説得』に応じる人間もいるかもしれない。少し融通がきく人間を紹介してくれるのはシュナイザーくらいか」


 先生のいう説得というのは絶対『金銭』を絡ませるそれのことでしょう。

 それに気がついたマハは慌てふためきます。


「シュナイザーって! 俺はあの百貨店に交渉するほどの資金なんて持ち合わせてないけど!?」

「大丈夫。その辺は僕が負担するよ。スミには僕も恩があるから。それにこれは事実を知るためのいい機会なんだろうね」


 先生はそういったあと、後ろめたそうな表情を見せました。


「僕はなんとなく予想がついているんだ。凍土に送られない死人がどういう末路を辿るか」

「「え?」」


 わたくしとマハの声が重なります。


「予想が外れていればいいんだけど……」


 先生は険しい顔でそう呟いたのです。



 先生がシュナイザー百貨店に弔いの一族の件をお手紙の魔法陣で連絡をすると、ものの数分で返信がきました。


 先生がゆっくりと手紙を開けると、その中にはなんと転移陣が仕込まれていたようです。

 展開された転移陣の中から、良家の子息風の格好をしたレナートが現れました。


「レナート……。君に手紙の魔法陣への転移陣の添付を教えたことはなかったはずだけど」


 眉をピクピク痙攣される先生に向かって、レナートは満面の笑みで言い返します。


「そんなの、うちの技術者に頼んだに決まってるじゃーん! 仕組みさえわかれば再現も簡単にできるもの!」

「魔術省の人間にもまだ知られていない仕組みだったのに……。君に知られるのは面倒だなあ」


 ん……? ってことは、レナートの部下には国内最高峰の魔術師が集う魔術省よりも優秀な魔術師が控えているということでしょうか。

 にっこりと笑う少年姿のレナートが、途端に恐ろしい怪物に見えてきてしまいます。


「ま、そんなことはおいておいて。僕、すっごい、久しぶりに大聖堂にきたんだよね〜。あ、この部屋は初めて入ったかも」


 わたくし達の悲しい表情とは反対に、レナートは興味深んと言わんばかりに、輝いた目で辺りをキョロキョロと観察していました。


 ちなみにみなさん忘れているかもしれませんが、ここは亡くなったスミが安置されている部屋なのです。それなのに、レナートはちっとも『それ』を気にせず振る舞っています。そんな悲しい場面に不釣り合いな好奇心満載のレナートを、マハの目は死んだ魚のような目でじっと見つめていました。


「レナート……。なにも代表である君本人がここに来なくとも良かったんじゃないか?」


 先生が声をかけると、レナートはキャッと楽しそうな声をあげます。


「え〜、だって、新しい教皇様に御目通り願いたいじゃん? 彼、そういうことになったんでしょ?」


 レナートはマハを見て、逃がさないという強い眼力でにこりと笑います。いきなり獲物を見るような目を向けられたマハはびゃっと、恐ろしげに肩を揺らして声をあげます。


「まっ、まだ、正式に決まったわけじゃない……。というか、どうしてシュナイザー百貨店の代表がそれを知っているんだよ!?」

「どうして? 不思議なことを聞いてくるねえ〜。もうこっちにはあらかじめスミからご連絡来てますけど? 『自分の死後、マハは大聖堂の所属になる予定ですから、あなたの手駒にはなりません』って。もう! これがなかったら、マハをうちの商材としてスカウトしようと思っていたのになあ」


 レナートはマハに向かって背筋がゾッとするほど凶悪な笑みを見せます。


 よ、よかったあ……。間一髪ですね。

 スミが亡くなって傷心状態のマハに、レナートが近づいたら、口八丁なことを言われて、取り込まれていたに違いありません。

 もし、レナートのもとにマハがいってしまっていたら——王族に使われるより酷い目に遭っていたかも。何せ相手は人間をも商材として扱うシュナイザー百貨店ですから。


 スミ……。あなたそれを見越して先手を打っていたのね。あなたはすごいわ。


「スミには大分儲けさせてもらったし、君には今後お世話になるつもりだから……ボク、久しぶりに張り切っちゃった。——じゃじゃーん! お望み通り君たちにぴったりな、融通の利く弔いの一族を用意しましたよ〜」


 そう言ったレナートはポケットから(多分収納の魔法陣付き)から一枚、転移陣が書かれた髪を取り出し、その場で展開を始めました。すると光の中から、ほっそりとしたシルエットの人影が現れます。


「私はあなた方の商材になったわけではありません。そこのところを勘違いしないように」


 現れたのは見覚えのある女性の姿でした。

 ヒヤリと冷たさのある声と、無表情な顔つき……。


「え? ……ノア?」

「あら、リジェット様もいらっしゃいましたか。お久しぶりですね」


 そこに立っていたのは紛れもなく、わたくしのおばあさま付きだった呪い子の侍女、ノアだったのです。


「奇遇って……。あなた、別の家に行ったんじゃなかったの? なのにどうして……弔いの一族の格好をしているの?」


 ノアは以前見た、侍女服ではなく、顔を覆い尽くすように大きなフードが着いた服を着ています。

 それは以前おばあさまの葬儀の際に見た弔いの一族の服装だったのです。


「あれからもう二年は経ちましたからね。ちょっと事情がありまして、今は弔いの一族の方に身を寄せているのですよ」

「そそ。で、彼女はご存じの通りこじれにこじれためんどくさい最後を迎える人間が大好きで、普通の弔いの一族が受けたがらない仕事も受けてくれるから、シュナイザー百貨店と提携を結んでいるのさ」


 うっきうきな顔で言い放つレナート。


「あくまでも『今は』ですけども。あなたの商品ではありませんので、そこのところは勘違いされないように」


 ノアがびしり、と厳しい声でいうと、レナートが項垂れた子供のように「はあい……」と情けない声をあげました。


「実はね……今回のスミの弔い方法については、スミ本人から生きている間に、打診があったんだよ」

「え?」


 驚いて声が漏れ出てしまったわたくしの顔を見て、レナートは薬と笑いながら「スミは人に迷惑をかけることが何よりも嫌いな人間だったからね」と言い放ちます。


「凍土に持ち込む以外の方法で、亡骸を葬ることが本当にできるのですか?」

「問題ないよ。ノアなら、他の弔いの一族と違って、凍土以外の場所での弔いにも対処できるから」


 自分のことのように自慢げに話すレナートを見ても疑心しか湧き上がらないのですが……。


「ノアは凍土以外で亡骸を供養したことがあるの?」

「ええ。知っていますよ。その後何が起こるかも」


 無表情のノアは射抜くような強い視線をわたくしに向けます。

 その目は『パンドラの箱をあけろ』と雄弁に語りかけているように見えました。


「あなた様と……。そこの呪い子の方、そしてクゥール様は知る権利と義務があるのでしょう。無の要素か聖の要素があれば、これから起こり得る現象に耐えられますし」

「耐えられる……?」

「ええ。体を損なわずにすみますもの。——正確にいうならば、聖の要素が強い方は損なっても修復ができます」

「どういうこと……?」


 ノアがそういうと、それまでヘラヘラしていたレナートの顔がすっと真顔に戻ります。

 空気が少しだけ、冷やかな冬のそれに戻ったような気がいたしました。


「では、それまで『保たせる』ために前処理をしておきましょうか」


 そう言って、ノアはスミの遺体に、薄いオーガンジーのような素材で出来たベールを巻いていきました。ベールは光を受けると真珠のように、様々な色を反射する、不思議な美しさを持った代物でした。

 以前、おばあさまの葬儀の時に見た透明な棺とは全く違う見た目をしていましたが、同じような機能を持った魔術具なのかもしれません。


 全てを終えたノアは、わたくしたちを見据えて、言い放ちました。


「一週間後。全てをお見せいたしましょう」



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