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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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135シナリオの巧妙さに驚きます

 わたくしは聖職者に抱えられながら、移動していました。

 抱えているこの男は服装からして、大聖堂の中でも位が高い人間なのでしょう。

 と、なると向かうのはやっぱりこれから向かうつもりだった、大聖堂の中なのかしら。

 確か先生たちが向かっている、屋上にいるグランドマザーの真下に位置する部屋に、高位の聖職者たちが待機しているのですよね。

 そこまで担いて連れて行ってもらえないかな……なんて、邪なわたくしは考えてしまいます。


 私を抱えている高位らしい聖職者の男は、細身ではありますが鍛えているようです。現に、わたくしを抱えながら移動しても息をあげることはありません。

 まるで、こういった行為に慣れているかの如く、スタスタと足を進めていきます。


 大聖堂のような抑圧的な組織にこんな人がいるなんてなんだか不思議……。大聖堂って、マハみたいな細身で武道の嗜みがない人間でものしあがれる組織だと伺っていたけれど、この男の様に、屈強さを持ち合わせている人間も、中にはいるのでしょうか。

 必要以上の武力は、大聖堂という組織を腐らせる原因になりそうですけれど。


 何かがおかしい、と思いつつも、勘と思考力にそれほど自信がないわたくしには何が引っかかっているのか答えが出ません。


 うーんと考え込んでいると、聖職者の男は暴れる様子がないわたくしを見て、大人しくなったのだと勘違いをしたようで、ニヤリと気味の悪い笑みを見せました。


「お前はあの方の捧げ物にぴったりだな。あの方にはもう少し、長く生きてもらわねばならない」


 あの方、とは十中八九、スミが慕っていた大聖堂の責任者、起点の色盗みことグランドマザーという方でしょう。


 きっとこの人は大聖堂の中で、それなりの立場があり、使われる側ではなく、使うものとしての責務を果たすためにわたくしを捕まえた、といったところでしょうか。


 でも、どうしてかやっぱりこの人からは違和感というか……。胡散臭さを感じてしまうのです。先ほど、最初にわたくしを捕まえようとした中級の聖職者たちは、大聖堂のためを思ってわたくしを捕らえようとしている様に見えました。

 しかし、この方の行動や仕草はどこか自分勝手な欲が滲んでいる様に見えて、大聖堂全体のことを考えている様には思えないのです。どうして、そんな風に感じてしまうのでしょう……。

 わたくしは考えた末に、やっとその違和感の正体に気がつきました。この方はグランドマザーというこの大聖堂を束ねる人間を、駒の様に扱うのだわ。


 いつの日かのお父様や、第一王子のそれにそっくり。


 そういえば、この前大聖堂の探索に出向いた際に、第一王子のそばから離れずにいた、棘の魔法陣を使う魔術師を見かけたことがありました。と、なるとこの大聖堂にはその魔術師と密会人間が誰かしらいるのです。


 スミやマハ、それにレナートの話の中では、グランドマザーという方は、自分の欲望のままに初石を取り入れ、若返ることに執着しているという話でした。それにレナートは宝飾品や服飾品の注文が増えたと言っていましたっけ。


 でも、第一王子と縁があるだとか、国政に関わるための縁を紡いでいるという話は聞いたことがありません。

 わたくしは大聖堂の情報が入りにくい立場にありますから、もしかしたらわたくしたちが知り得ない、他の人間の間で秘密裏に情報交換が行われているということは考えられますが、そうだとしたら、今の時点でも意外と上層部に入り込んでいるマハがそれを知らないというのはちょっとおかしいかもしれません。


 そうなるとグランドマザーは第一王子とは繋がっておらず、他の人間が連携を持っているとも考えられるのです。

 この男はグランドマザーに直接会える立場の人間らしいですし……もしかしたら、第一王子の側近である魔術師が懇意にしていた人間本人なのでしょうか。


 それにしても、彼は、欲に塗れ自我を失いかけているグランドマザーを止めようとは思わなかったのでしょうか。

 いや、むしろ勝手に狂ってくれた方が大聖堂運営に口を出す人間が一人減るので利があるのかしら。

 グランドマザーは大聖堂の象徴として崇めまつり据えておくだけで、実権を与えない。


 よく考えてみれば、それが権力者にとっては一番好ましいやり方ですよね……。


 もしかしたら、これはグランドマザーを倒すという話では終わらないのでは?

 何かとてつもなく根深い問題が……。宗教改革のようなことを行わなければ、この大聖堂という組織はなんらかの毒を抱え続けることになるのではないでしょうか。


 わたくしの考えていることなど知らぬ顔で、男は淡々と階段を登っていきます。階段は果てしなく長く、何段登ったのかわからなくなるほどの段数がありました。

 やがて、その階段の段数も終わりに近づいた頃、踊り場の付近で、男は上を見ながら足を止めました。


「どうやら、私の他に先客がいる様だな。お呼びではない、不躾な客が」


 小声で言った男の言葉を聞きながら、ピキッと嫌な音がなりそうな首の角度で見上げると、そこにはスミとマハ、それに先生が佇んでいました。


 あっ先生……。


 安心して、頬を緩めた時でした。


「リジェット!」


 いきなり先生は叫びます。わたくしが聖職者に捕まっている姿を見て驚いたのでしょうか。

 わたくしを捕まえた聖職者は捕縛の魔法陣こそ使いましたが、特にわたくしに危害を加えることはしていません。彼にとっても大聖堂にとっても、白纏の子は大事な人材なのでしょう。

 むしろわたくしとしては捕まったことによってうまいことみんなで集合できたな〜、くらいの気持ちだったのですが……。


 なのに……先生、どうしてそんなにシリアスで手に汗にぎるような表情を浮かべているのですか?

 わたくしの頭には、ハテナしか浮かんできません。


 聖職者に持ち上げられながら、なんでだろう、とお気楽に考えていたところで、先生が懐に腕を入れ、自前の魔法陣を起動させている姿が目に入ります。

 先生との距離が少しありますから、なんの魔法陣かは見えませんでしたが、攻撃の魔法陣であることは間違いなさそうです。


「ちょ、先生⁉︎ 」


 わたくしごと攻撃するつもり⁉︎ と目をパチクリさせていると、先生が発動した魔法陣の軌道を示す光の帯は、わたくしを器用に避けて、わたくしを抱えている男の元へと一直線に伸びていきます。


 ドン、と直接的でなく何かを被せたものの中でなった様な、どこが曇りのある破裂音がしたと思うと、わたくしを抱えていた男の腕から急に力が抜けてしまいます。


「ゔっ!」


 男は苦しげな声をあげます。


「お、おわっ⁉︎」


 いきなりぐにゃりと力なくなった男の腕から解放されたわたくしは、慌てて受け身を取り久しぶりの地面へと降り立ちます。

 すると、すぐに真横でぐしゃり、と重いものが崩れる音がしました。わたくしを抱えていた男が倒れ込んだのです。


「え……」


 見たところ、その男には外傷はありません。しかし、男の顔は苦悩に満ち、額には玉の様な脂汗が浮かんでいます。音の篭り具合から見て、先生はわたくしの知らない内臓に損傷のでる様な魔法陣を使ったのかもしれません。

 次第に力が抜け__というか入らないと言った方が正しそうな肢体はピクピクと小刻みに痙攣を起こし、その後すぐに動かなくなります。ぐったりと地面に倒れ込むそれは、まるでいつか先生に教えていただいた、身代わり人形の様にぐったりとしていました。


 うわっ……、一撃ですか……。

 というか、え? これって死んでしまってます?


 わたくしは先ほどまで生きていた人間が、死んでいる、もしくは瀕死の状態で倒れている状態を見て、血の気が引いてしまいました。

 先生の威力の高すぎる魔法陣には慣れているつもりでしたが、久しぶりに無慈悲すぎる類のものを目にしたわたくしはさすがに慄き、顔を引き攣らせてしまいます。


 そういえば、先生と初めて会ったくらいの時にも、こんなことがあったような……。

 先生、この方。悪い人なんでしょうけど、わたくしをここまで運んできてくれた人でもあるんですよ……。


 感情が整わず、慌てながら先生の方を見ると、先生は慌てた顔、マハは放心した顔。そして、スミは……。


 なぜかハッと目を引く淡い微笑みを浮かべていました。


 え、なんで人が死にそうになっているのに、あんな美しい微笑みを浮かべているの?

 背中がゾッと粟立ちます。


 わたくしの目にはスミがこうなることを強く望んでいる様に見えてならなかったのです。


「リジェット! そいつからすぐに距離をとって!」


 まさかの展開に固まっていたわたくしに向かって、先生が叫びます。わたくしを抱えていた聖職者の男は無力化されたように見えるにもかかわらず、先生はいまだに何かに怯えている様な必死さのある声音でした。

 それがなぜなのかわかりませんが、用心するに越したことはないでしょう。


 わたくしは先生の指示通り、倒れる聖職者の男から距離を取り、先生の元に駆け寄ります。

 先生のところに着くと、先生は安心した様にわたくしを抱きしめます。


「先生!」

「リジェット……。本当によかった。僕が君を囮にするなんて言ったから、君の寿命が危険に晒されてしまったね……」

「ん? どういうことですか?」


 わたくしはなんのことだかわからずに首を傾げます。


「スミが言うにはあの男は白纏の子を捕縛し、色盗みの術を強要する様な魔法陣を有しているらしい。あの男が君に色盗みを命じていたら、君は寿命を失いかねなかっただろう」

「……え?」


 わたくしは先生のその言葉にどこか違和感を覚えてしまいます。

 確かに、あの今は倒れている聖職者の男はわたくしを捕縛しましたが、色盗みを命じてはいませんでした。

 もしそんな__人道的ではありませんが至極便利な魔法陣があったとしたら、一回くらい試しにわたくしに色盗みを命じるのではないでしょうか。


 色盗みが作る宝石は今、レナートが運営するシュナイザー百貨店でも、価格が高騰しものすごい金額で売られていますから、一つ売れば何かあった時に、切り札になってしまうくらいの財産が築けるでしょうに。


 あの人はそんなものを本当に持っていたのかしら……。疑念で頭がいっぱいになります。


「本当にあの方はそんなものを持っていらっしゃったのですか?」

「ああ。スミがそう言っていた」


 __スミ?


 となると、先生はスミの言葉を信じて、この方に攻撃を仕掛けたということですよね?

 先生は聖女として誰にも制御できない強靭な力を持っていますが、まだ十代。老獪な人間には丸め込まれてしまうことが多々ある人です。意外と騙されやすく、卸しやすく、詰めが甘いところがあります。

 考えたくはありませんが、スミは先生を利用したくて、嘘をついているのではないでしょうか?

 嫌な予感がする……。


 そして、私の予感は当たってしまうことになるのです。



 聖職者の男に抱えられていた時は、まだ階段の下段の踊り場にいたので、上の階がどうなっているかは見えなかったのですが、先生やスミ、マハがいる段まで上がると上の階__屋上の様子がよく見える様になります。


 そこには、スミが着ている黒い緩みのあるワンピースと似た形の洋服を着ている女性が佇んでいました。しかし、この女性が着ているそれは、体のラインがわかるように、ピッタリと肢体に沿う様にあつらえられている様です。

 まるで女性の豊満な体つきを見せつけるように、特注で作られたかの様なそれは、同じデザインであるはずなのに、聖職者が着る衣服としてはそぐわないものの様に思えてしまいます。


 風にたなびく髪は、長くて闇のように黒く、まるで魔女の様に見えます。


 でも、よく観察すると、その見た目年齢は体つきにそぐわず、幼気な少女の様に年若く見えます。


 なんだか気味の悪い人だわ……。


 きっとあの方がスミの初石を奪ったグランドマザーという方なのでしょう。


 わたくしがじっと彼女を観察していると、彼女は不思議そうな顔をしたまま、こちらを見て呟きます。


「今……、教皇の声がした気がしたんだけど……。もしかして彼、死んだの? 役に立たないわねえ」


 子供がわがままを言うように、感情を過分に含ませて体をくねらせるグランドマザー。

 そんな彼女を見て、スミは軽く微笑みながら話します。


「あなたには見えなかったでしょうけど、こちらにいらっしゃる聖女様があの者の罪を憂い、自らの手で裁いてくださったのですよ。あの者は大聖堂を私物化し、横領に手を染めていましたからね」


 その言葉を聞いて、先程の疑念が一気に晴れます。

 先生、やっぱりスミに騙されているんだわ。

 スミの言葉で、先生も自分が一部利用されていたことにやっと気がついたようです。


「やられた……。スミは大聖堂の人間を廃すために、僕を焚き付けたらしいね。そうだ、彼女がいう通り聖女はこの国の法では捌けない。法の外側の存在だ。……もしかしたら、君が捕まることも想定済みだったのかもしれない」

「そうかもしれませんね。わたくしを囮にするといった時、スミは一度だけしか止めませんでしたもの」


 ただ、スミはあの聖職者__教皇がわたくしに危害を加えるとは見積もっていなかったのでしょう。彼女は自分と親しくなった人を見殺しにできるような性質ではないとわたくしは思います。

 スミはわたくしよりも、色々なことに敏感に気がつくので、危ない橋の渡り方に長けているのかもしれません。

 それにしても……バランス感覚には驚かされるばかりですが。

 

 スミの脳内にはどこまでのシナリオが展開されているのでしょう。


 スミがここでなにをするのか。どうやらわたくしたちは見守ることしかできないようです。



忘れがちですが、先生はまだ若い。

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