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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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134恩師の変貌と清掃の準備


 扉を。

 その扉を開ける。


 グランドマザーが儀式を行っている空間は屋上の上に屋根付きの東屋が付いている様な構造になっているため、外気温はほぼほぼ屋外と同じだ。

 だけど、寒気がしたのは、きっと気温のせいじゃない。


 グランドマザーの変わり果てた姿に、私は寒気を覚えたのだ。


 彼女の姿は、幼女と言っていいほど若返っていた。


 年齢は見た目の年齢はマハやレナートと同じくらい__大体、十歳〜十五歳くらいに見える。なぜそんなに見た目年齢に幅が出てしまうかというと、中身は立派な老婆であるため、表情に子供らしくない重厚さがあったためだ。

 さらに、あろうことか肢体は子供のそれであるのに、胸は豊満で、腰にはくびれがあった。そのアンバランス感が彼女の歪さと、年齢を見積もる難しさと、なんとも言えない視覚的な奇妙さを生み出していた。

 彼女の姿は、まるで信仰の世界__二次元にしか存在しない人々の欲と偶像で描かれた少女像の様だった。


「あら……。久しく見ていなかった顔だわ」


 私をみたグランドマザーは長いまつ毛をばさりと動かし、ギョロリとした目で視線をやった。

 彼女のまつ毛はあんなに毳毳しかっただろうか。


 狂ってしまう以前、彼女の顔を見てもまつ毛に目はいかなかった。

 貧しくても、清らかであった彼女は、自分を美しく見せることに興味などなかったはずだった。

 化粧っけもなかったし、そんなものにお金を使うくらいなら、自分の庇護下にある子供たちにより良い教育を受けさせたい。そんなことを素面でいう女性だったはずなのに。


 もう以前の、優しい微笑みをいつも浮かべていたグランドマザーの姿はないのだ。


 ここにいるのは若さにしがみつく、醜悪な心根の妖女だけ。

 彼女はどれだけの仲間たちの初石を体内に取り込んでしまったのだろう。どれだけの仲間達の寿命が、彼女のただ若々しくありたいという欲望のために費やされたのだろうか。


 そのことに思いを巡らせると、私の目からつうっと一筋、涙が溢れた。


「あなた、生きていたのね。とおってもたっくさん宝石を送ってくれていたから、てっきりもう死んだものかと思っていたわ」


 艶かしく人を惑わす声音。篤実とは言い難い女の声に眉を顰める。


「ええ。私もこちらまでこのような手段を用いて、向かうことができるとは思いませんでした」


 私はチラリとクゥール様に視線をやる。グランドマザーに対して、“こちらは聖女の援護を受けている”ということを知らしめるために。

 王が存命だった頃、グランドマザーは送り出した色盗みたちの様子見のために王城に向かっていた。

 だからきっと、彼のことは嫌でも知っているはずなのだ。

 男の身で聖女に選ばれてしまったクゥール様のことくらい。


 グランドマザーはクゥール様を見た瞬間、ファサリとまつ毛を瞬かせた。


「あら……。スミ。あなたにも色仕掛けをできるだけの素養があったのかしら? 大聖堂にいた頃は色気もなく、ただただ色盗みが好きなだけの、粗野な子供だったのに」


 グランドマザーはケタケタと笑った。


 プチリ、と頭の中で何かが切れる音がした。

 これは誰だ。

 お前は、誰だ⁉︎ 誰だ⁉︎ 誰だ⁉︎


 私は、現実から目を逸らしたくてぎゅっと目を瞑る。

 脳裏には幼少の頃の、慈悲深いグランドマザーの様子がありありと浮かんでくる。


『ねえ。グランドマザー。私、他の色盗みに叱られちゃいました。もうちょっと自分の身なりを気にして、女の子らしくしなさいって』


 幼少期の私が囁くと、グランドマザーはしわしわの老女の手で私の頬を覆い、慈しみあふれる優しい声で諭してくれた。


『スミ、いいことを教えてあげましょう』

『……。なんですか?』

『他人の言う“らしさ”なんてものはね、ちっとも意味はないのよ。大事なのはあなたがあなたの選んだものを大事にして生きること。それが後悔を生まないために必要な唯一なのよ』


 私は今まで、その言葉を心に刻みながら生きてきたと言うのに。


 ……優しかったグランドマザーの面影すら、今目の前に立っている婀娜が見え隠れする女には感じられない。


 彼女をこんなふうにしたのは誰なんだろう。

 湖の女神様だろうか。女神様は人を狂わせる羅針盤を持っているという。 

 きっと、女神の障りを受け入れてしまうきっかけは彼女にもあったのだ。


 __しかしなぜ周りの人間はそれを止めなかったのだろうか。彼女の周りには明確に止められる立場の人間がいたのに。

 側で支えているはずの大聖堂の責任者__教皇がいたのに。


 大聖堂の役職上のトップは教皇である。

 しかし、色盗みたちをまとめるリーダーとして、グランドマザーの存在は大きく、彼女の同意がなければいくら教皇といえど、勝手な決定はできないというのがこの大聖堂の仕組みになっている。


 その関係は前の世界でいうところの、病院内の医師と看護師長の関係性に似ているな、と私は考えていた。

 いや、現実にはそれ以上にグランドマザー側の影響力は強かったか。


 役職上の長が決定を下すには、事実上の長の同意と協力がいる。大聖堂では、実質的な業務と決定のほとんどを色盗みや大聖堂職員側のトップであるグランドマザーが決め、その決定の内容を教皇が王に伝えるという形を持っていた。


 だから余計に、グランドマザーの立場にある人間は、篤実であることが要求されるのだ。


 グランドマザーは一人ではこんなにも狂うことはなかった。

 じゃあ、こうなるのを後押ししたのは誰?


 少し考えればそんなこと、誰だってわかる。

 教皇だ。

 大聖堂を取り仕切るグランドマザーの存在が邪魔だった教皇にとってグランドマザーが狂うということは、都合が大変よろしかったのだろう。だからこうなる様に、彼女に尽くしたのだ。


 教皇は昔から、ろくでなしだった。


 聖職者という立場でありながら、欲望をこれでもかと抱えていた。

 王の呪いを取るために大聖堂にいた色盗みたちを王城に派遣したのは教皇の判断だった。教皇は渋るグランドマザーの意見を押しのける形で、王に恩を売った。

 王からは個人的に“お礼”をいただいていたらしい。それが大聖堂に流れることはなく、彼の懐にするりとそのまま入っていったのだろう。

 おやめください、と泣きながら縋った色盗みに対して、教皇は“君たちはこの国の資源となるために生まれた人間なんだ”と言い放ったことを私は忘れない。


 __教皇が組織のトップになったら、何が起こるだろう。


 そんな組織に、大事なマハを預けられない。


 グランドマザーから初石を抜き取ったら、そこで彼女自身の寿命は尽きるため、もしかしたらその場で死んでしまうかもしれない。


 『悪者を倒した!』


 それだけではダメだ。物語はハッピーエンドにはならない。

 その後ろに控えて、その地位を我が物にと企んでいる第二陣までも、全て排除しないと。

 そうしないとその人物に、魔力を多く持った呪い子という、ギフトを持ったマハが使役されかねない。

 私はいなくなってしまったら、マハをもう守れないのだ。


 でも、私が手を下すと従者であるマハにも罪が押し付けられてしまう可能性がある。


 しかし、ここには自身にこの国の法が及ばず、罪に問われることなく教皇を排除できる人間が一人だけいる。


 __彼なら。聖女なら。







「ここにもいないの?」


 私は小声で、かつクゥール様に聞こえる声で呟く。


「スミ、誰を探しているの?」

「教皇です」

「教皇?」


 わざとらしいくらいに、焦った表情を浮かべる。もちろん、これは演技だった。騙されてください、そう願いながら紡いだ必死の声はクゥール様に届いた様だ。


「ええ。彼は大聖堂内で役職上はトップ、実際はグランドマザーの参謀的な役割を果たしています。グランドマザーが儀式に向かう際は、いつも彼女のそばに控えています。しかし……今日は姿が下の階でもここでも見られません」


 一拍置いて、物々しく言う。


「彼はもしかしたら、リジェット様の元に向かったのかもしれません」

「リジェット?」

「教皇は白纏の子を捉え、色盗みを命じる魔法陣を持っています。一種の捕縛と催眠の魔法陣です」

「……そんなものがどうして大聖堂に?」


 クゥール様が訝る様な視線を向ける。私の言っていることは半分本当で半分嘘だった。

 教皇は大聖堂からの脱走を企てる白纏の子を捉える魔法陣は持っていても、色盗みを命じる魔法陣なんて持ち合わせていない。


 しかし、そんなものがもしあったら、リジェット様とクゥール様は脅威に感じるだろう。色盗みを命じるということは寿命を奪うことができるのだから。


 信じて! 一時でいいから騙されて!

 私はなんとかクゥール様に信じてもらおうと、懸命にそれらしい言葉を塗り重ねる。


「……古くから存在する魔法陣なのでクゥール様はご存じないでしょう。噂ではシェナン・サインが作成したものだそうですよ」

「第一の聖女が魔術師? それは本当の話なのか?」

「ええ。だって、聖女には自分が望まなくても長い長い時間の余暇が存在しますでしょう?」


 それらしいでまかせが自分の口からこぼれ落ちる様に出てくるのが面白かった。人は切羽詰まると妙な能力を発揮するらしい。

 クゥール様は、私のでまかせに耳を傾けていた。

 信じてはいないが、切り捨てることもできないのだろう。弟子を思う時にだけクゥール様は人間らしさをのぞかせる。私がマハのためならば、聖女も欺くのと同じ様に、彼はリジェット様を失いたくないのだ。


「それが本当だとして……君はなぜそんなものを持つ人間の元へリジェットを向かわせた?」

「あなたが言ったんでしょう? 囮が必要だって」


 私が意地悪く笑うと、クゥール様の眉間には先ほどよりも深い皺が刻まれていた。


 その時だった。


「あ! 先生!」


 この場の雰囲気に似合わない、能天気な声が後ろから聞こえてきた。

 そこには教皇に捕縛の魔法陣を使われ、米俵の様に不恰好な体制で、抱き抱えられたリジェット様の姿があった。

 見た目からして元気そうで外傷はなさそうに見える。


 けれども、それがわかるのは私だけだ。

 クゥール様の目には捕縛されているリジェット様、という条件だけが見えているのだ。


「リジェット⁉︎」


 捕縛されたリジェット様を見たクゥール様は精神の平衡を失っていた。リジェット様の寿命を奪う男の元に彼女が捕らえられているのだから。


 彼はリジェット様をすぐさま助けるために、懐に手を入れ、自信が持つ魔法陣に神力を注ぐ。


 魔法陣はしゅわりと音を立て、教皇の元へと黒々と輝く光の筋を伸ばし始める。

 彼は教皇がリジェット様を手放す様に、攻撃を仕掛けたのだ。


 この時を待っていた……。


 さあ、やってしまってくださいな。

 あなたは罪を裁ける。


 私の表情はきっと、迸る喜びが抑えられない、醜い女の笑みが滲んでいただろう。




間が空いてしまい申し訳ありません! お待たせしました。

忙しくなってきたので、更新はしばらく不定期とさせていただきます。できれば週一以上、金曜日には更新したいです。

スミがきな臭いことを言い始めましたね。スミはマハのモンペだから……!

どうでもいい話ですが、毳毳しいってすっごいけばけばしてますよね。

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