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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
146/157

131楽しい大聖堂侵入のお時間です


 人の気配もない真夜中。

  


 これから、グランドマザーによって儀式が執り行われるため、今からわたくしと、先生、スミ、マハの四人は、大聖堂に侵入します。


 決行前、なんだか不安な気分になり空を見上げると、星は一つも煌めいておらず、代わりに分厚い雨雲が覆い隠すように広がっていました。

 もう冬になると言うのに今日の王都には、どろりと肌にまとわりつく、夏の様な湿気を孕んだ空気が広がっています。


 なんだかここだけ、時空が歪んでしまった様な、何かが起きるという予感がぞわりと広がる気がするのはなぜでしょう。

 

 大聖堂前は、鎮魂の儀式が行われるせいか、いつもより静かで、人が動く気配すらもありません。真夜中の大聖堂は暗闇に身を馴染ませているとその静謐さが際立ちます。


「リジェット。準備はいい?」

「ええ」


 計画で囮になることが決定しているわたくしは先生の声に頷きます。大聖堂の入り口へと向かう道で先生たちとは別れ、真正面から一人、大聖堂に向かいます。


 真夜中の大聖堂の正面入り口は、昼間、観光客を迎え入れている開放的な様子とは一変、誰も入ることを許さないといった強固な意思が感じられます。


 しかしわたくしはそのまま、何も知らない観光客が扉をくぐる様に、何食わぬ顔で大聖堂に入ろうとしました。すると、当たり前ですが、番人よろしく、入り口前に立っていた警備担当の中級聖職者に呼び止められます。


「おい! お前! 何入ろうと……」

「ごめんなさいね。わたくし、大聖堂の責任者の方とお話をしたいの」


 わたくしは警備担当者の視線を髪に集めるため、わざとらしく大きな仕草で深めにかぶっていた黒いフードをはらりと取りました。それを見た警備担当者は大きく目を見開きます。


「白……」

「ええ。わたくし、とある貴族の末娘なのですが、この白い髪のせいで家から出してもらったことがなかったんです。お父様とお母様は、白い髪の子供が何を持つのか、教えてくれなかったんですけれど……。今日はわがままを言って王都まで連れてきてもらったんです。それで……この国にとっては有益な存在だって、王都の方に教えていただいたんです……。よくわからないですが、大聖堂に行けば匿ってもらえると聞いて……。大聖堂の責任者の方はこの白髪の子供を探しているんでしょう?」


 今日の設定はこうです。


 わたくしは、どこぞの貴族の御令嬢。

 過保護な親に大事に育てられた箱入り娘で、家に押し込められて育った無垢な少女。


 白纏存在を隠されて育ってきたため、王族にも大聖堂にも知られていない、いわば隠し財産的な拾い物。

 本人はその身に纏う、白の意味を知らないため、武器も持たずに単身、大聖堂に乗り込んできてしまった、可哀想な女の子!


 お願い、保護して! 大聖堂の偉い人!


 ……とまあ、一歩間違えれば、今のわたくしがそうなっていたかもしれない世界線の女の子を演じることになっているのです。


 うーん。これはなんというか……。

 この設定でいこう! と先生に言われた時はどうかな、と思ったのですが、改めて客観的に考えると、この設定、妙にリアルですよね。

 わたくしが何も知らぬ無知なままで、先生やスミに出会うことなく、オルブライト家の最奥に隠されるように育てられていたら……。グランドマザーに召集され、若返りの美容薬扱いされていたかも。ひいっ! 恐ろしい!


 あ、でも。わたくしの存在は隠されておらず、生まれた際にはオルブライト領でパレードが行われたくらいですから、もし先生に出会ってなかったら、崩御した王が自分の呪いを取り除く要員として、使い捨てにされていたりして……。


 どちらにせよ、地獄。


 そんなことはどうでもいいのです。

 今は一人でも多く、大聖堂で働く人間たちをここに引きつける必要があります。

 その隙に、マハの案内で先生がグランドマザーを守るための魔法陣を張る人間たちが集う控室に向かいますから。


「おお! あなたは貴族の方なのですね! ……そうですかそうですか……。あなたは冷たいご両親に無理やり家に押し込められて、大層窮屈な思いをされていたでしょう!」


 わたくしの境遇を勝手に想像し、憐れむ表情を見せた、警備担当の聖職者。しかし、その顔には憐れみだけではなく、抑えきれない喜びが滲んでいました。


 きっと、こんないい出世の材料が勝手に転がり込んできた幸福に浸っているのでしょう。

 大聖堂内では白纏の子は、恰好のカモ。それを連れてきた人間は褒賞が与えられるに違いありませんから。


「さ、もう中に入れば安心です。あなたのご両親が介入してくることもないでしょう。早くこちらにお入りください」

「……え、ええ」


 わたくしは、一瞬喜んで中に入る仕草を見せ、その後大聖堂を仰ぎ見てから怯んだように、肩を窄ませます。


「……やっぱり。お父様に一度相談した方が良かったかしら」

「え?」

「あ、あの! 申し訳ないのですが! お父様やお母様に相談せず、ここへきてしまったのは浅はかな判断でしたっ! ……一度、両親の宿舎に戻ろうと思います」


 今日は深夜ですし、また明日両親に相談してから再度訪問いたしますね、と笑顔で付け加えてその場を去ろうとします。


 すると、警備担当者はわたくしの腕を掴みます。

 親に相談なんかしたら、愚かな娘は丸め込まれもう二度とここにこないことはわかっているのでしょう。


 __これは俺の獲物だ。


 大聖堂の聖職者がかぶるベールから覗くその目は、獲物を狙う猛獣のように冴えばえとしていました。


「逃がさない……」


 うわっ! やだ……目が血走っていて……普通に怖い。


「ひっ!」


 演技でない怯え声が口から漏れてしまったわたくしは、計画に乗っ取り、勢いよく街の中心地方面へと走り出します。


「待て! ちっ」


 舌打ちをした警備担当者は、手柄を自分のものだけにすることを諦めたようです。


「白纏の子がいるぞ! 捕まえろ!」


 大きな声で叫び、周りの人間にわたくしの存在を知らせました。

 すると、まだ起きて、あちこちで待機していた聖職者たちが砂糖を見つけた蟻たちのようにわらわらと出てきました。


「なんだ?」

「白纏だと?」

「もう国内にはいないのではなかったか⁉︎」


 口々に言葉を交わす聖職者たち。みんなその目は我こそがあの少女を捕まえるのだ、と闘志に燃えているように見えます。


「お前たち! あの少女を追え! なんとしてでも捕まえろ!」

「うおおお!」


 ドッと地面が揺れるような雄叫びには聖職者らしからぬ欲深さが滲んでいます。


 __楽しい追いかけっこの始まりですね。……よーし、走るぞ〜!


 一応これでも、騎士学校の生徒であるわたくしは、全速で走れば肉体派でない聖職者くらい余裕で撒けてしまうのですが、そこはスピードを調節して、捕まえられそうだけど捕まえられない、お、意外とあの令嬢足早いな、くらいの絶妙なスピードをキープし続けます。


 一応、何かあった場合は身体強化の魔法陣を靴の中に仕込んであるので、それで逃げ切れる予定です。


 この感じなら、引きつけられそう! 思ったより、みんな足が遅いですし、わたくし体力には自信ありますからね。


 ……今頃、スミたちは大聖堂内に入り込めているかしら。

 走りながらも、考え事をする余裕も出てきたわたくしはスミたちの無事を心の中で強く祈りました。




短めです。

次は少しだけスミの視点に切り替わります。

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