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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
145/157

130なかなか素敵なチームです

「え……? どういうこと?」


 マハが驚くのも無理はありません。聖女は本来であれば王族に囲われてしまうので、王城外の人権にとっては存在自体があたかも御伽噺のように語られているのです。


 マハはきっとスミから、先生が王族によって召喚された“聖女”であることは聞いているはずですが、聖女がどんな力を持っているかは知らないのでしょう。


 わたくしも初めて聞いた時にはその暴力的なまでの最強っぷりに、引いてしまいましたもの……。

 

「僕はこんななりでも一応聖女だから、この世界の人間とは魔力の質が根本的に違うんだよ。僕の力は神力と言って、どの黒持ちの魔力も簡単に塗りつぶせるんだ」

「え……。そんなの……あり?」


 うへえと声をあげるマハ。気持ちはとってもわかりますよ……。


「うんだから、グランドマザーの守護が本当に魔法陣のみになるんだったら、使用権を乗っ取れるから、こっちにも勝算がある」

「というか、そんなすっごい力があるなら、無敵なんじゃ……」


 事実に慄き、青いを越して白い顔を見せるマハ。


「それがそうでもないのですよ。先生は魔法陣にご自分の能力を全振りしているので……えいっ!」

「わっ! リジェット! いきなり何するの⁉︎」


 わたくしはぼーっと突っ立っている先生の腕を引っ張り、肩をしっかりと掴んで歯がいじめにします。

 すると体幹が無い先生は、そのままぐらりとバランスを崩して、すぐにわたくしに拘束されてしまいました。


「このように、先生は物理攻撃にめっぽう弱いのです。武人に拘束されたら、あっという間にこうなります」


 キリッと宣言すると、先生は拘束された姿勢のまま、ため息をつきます。


「いや、捕まる前にその人間を嬲り殺す魔法陣を起動させるよ」

「……クゥール様に対して、そんなことができるのはこの世界の中でもリジェット様くらいなのでは……?」


 先生は不満そうに、スミは気まずそうにわたくしに意見しています。でも、先生の貧弱なところは、意外と弱点になる部分だと思うのですが……。

 このやりとりを真面目な顔で見ていたマハが、考え込んだ表情を見せます。


「リジェット様のいう通り、不安な点があるのならば、その部分が現れないように動くべきだと俺は思う。……要は、聖女様が大聖堂内の魔法陣を乗っ取っている最中は他の刺客に狙われないようにする工夫が必要だってことでしょ?」

「そうです! それが言いたかったんです」

「だったら……。リジェットが囮になるのが一番手っ取り早いんだろうね」

「わたくしが?」

「そうか……。リジェット様はまだ白い髪のままですから、初石を持っているように見えますものね」


 納得したスミの言葉に先生が頷きます。


「ただでさえ今、この国では前王の治療に色盗みの女が投入されたことで白纏の子が不足しているから……。以前までは大聖堂に在籍していた白纏の子から始石をとることができていたグランドマザーも、今は新たな初石を手に入れられなくて、困窮している頃だろう。新たな白纏の存在を欲しているに違いないからどんな手を使ってでも……それこそ大聖堂中の人間を使ってでも確保しにくると思うよ」


 先生の言葉で、以前、王城で出会った清廉の色盗みがわたくしを見た瞬間初石を奪い取ろうと襲いかかってきたことを思い出します。

 ただでさえ珍しいと言われる白纏の子。出会う機会も少ないですから、何を対価にしても初石を盗りたいと思うのはどおりでしょう。


「でも、囮なんて。リジェット様の身に何かあったら……」

「大丈夫ですよ! わたくし最近時間がある時に防衛の魔法陣を研究していたので、耐久性には自信があるんです!」

「耐久性って……」


 こんな時に何を言っているんだと言わんばかりの呆れ顔の先生。


「でも、そうだね。リジェットには僕の魔法陣をいくつか添付してあるし、この蜂の魔法陣だって、リジェットは使えるんだから、危険な場面に立ち合ってしまっても逃げることはできるかな……。ちょっと心配だけど」


 先生は渋々了承し、作戦を企てていきます。


「マハ、今日の儀式時の人員配置、詳しくわかる?」

「はい。今日は下働きの子供たちと、特に役割を持っていなくて魔力が少ない下級の聖職者たちは早めに宿舎に帰されることになっていて、複数の魔法陣を動かせる中級の聖職者たちは大聖堂周辺の警備に当たるようになってて……。問題は上級の聖職者たち。彼らはグランドマザーを守るための魔法陣を彼女がいる真下の部屋で動かし続けているんだ」

「なるほど……。外から奇襲を、と思ったけれど、真下の部屋にいる術者たちをどうにかしない限りは魔法陣を乗っ取ることもできないんだね……」


「周りにいるとおっしゃっていた周辺警備の方々はわたくしが引き受けるにしても、中に行かなければいけないんですね」

「クゥール様はどのくらいまで近づけば、魔法陣を乗っ取ることができるのですか?」

「大体十メートル……。でもそれは同じ部屋にあったとしてのことだから、目当ての魔法陣が存在する部屋に行かないことには話にならない」

「なるほど……そうなると、クゥール様はマハの案内で大聖堂内に進んだ方がいいのですね……」

「そうなるね。俺は階級的に奥まで入れるから、その辺は問題無いだろうけど」


「そういえば……先ほど、聖職者の階級のお話がでていましたけど……。マハって大聖堂の中では子供枠ではないのですか?」

「一応俺は、呪い子であることを申告しているから。スミのこともあって、通いで大聖堂へ働いているから、階級的には中級だけど、本来だったら呪い子ってだけで上級に格上げされる立場だよ。今日、グランドマザーのお守りをする連中の中にも何人か顔見知りはいる」


「そうなんですか……」


 マハは一見ぶっきらぼうで、スミ以外の人間なんてどうでも良さそうな態度をとっていますが、一度スミから離れて大聖堂という組織に属すると、考えていたよりもずっと高位な立場につけるのですね。

 そう思うと、どうしてスミが大聖堂にマハを送り込んだのか、わかるような気がします。


 大聖堂の序列は持って生まれた能力や、身に宿した魔力量がものをいう世界のようですから、マハのような黒髪の呪い子は、大聖堂で生きていくために生まれたと言っても過言ではない素養なのでしょう。


「それを聞いて安心したよ。いくら大聖堂に通っているとしても、内部構造を知らなければ、動きにくいからね」


 そう言った先生はマハと共に、今回の作戦を詰め始めます。


 理論派の二人の間でどんどん話が詰まっていき、きっと感覚派であろうわたくしとスミは少々蚊帳の外といった状況に追いやられてしまいました。


 この話し合いにわたくしが口を出しても、どうにもならないでしょうし、決まったことを理解し体現するだけで精一杯な気がします。


 サボっているわけではありません。これは役割分担なのです。







 ぽっかりと空いた隙を狙い、ずっと知りたかったことをスミに尋ねてみます。


「スミ。ちなみになんですが、初石には何年分くらいの寿命が含まれているのですか?」


 わたくしに脈絡なく問われたスミは虚をつかれた様な顔をしています。


「基本的に初石には二十年から二十五年ほどの寿命を含ませますね。ただ……その年数は初石を取り出した色盗みにしかわからないので、わたくしの初石が何年分なのかは取り出した張本人であるグランドマザーにしかわからないのです。グランドマザーがわたくしの初石を使いこんでいたら、さほど残っていない可能性もありますし」

「そうなのですね……。ん? ということはわたくしの初石に入っている寿命年数をスミは知っているということですか?」

「ええ。リジェット様の初石にはおおよそですが、十五年分の寿命が取り込まれています」

「十五年ですか……」


 わたくしが力の抜けた様に呟くと、スミは何かを感じとったのか申し訳なさそうに、瞳を伏せます。


「本当はもう少し寿命を入れ込めたらよかったのでしょうが……。リジェット様は元々の寿命の量がさほど多くなくて。初石に含める量を躊躇してしまって……」

「あら! そうなのですね?」


 元々の寿命が少ない。そのことを指摘されたとしても、スミを責める感情が湧くわけでもなく、ただただ、そうなのだ、と納得するばかりした。


「申し訳ございません……。こんなこと知りたくなかったでしょうに」

「いいえ、スミが謝る必要なんてありませんよ。それどころか……。結構納得してしまいました。こう……なんていうかオルブライト家って、当主の入れ替わりサイクルが他の家よりも幾分早いんですよね。わたくしのおばあさまも比較的早くになくなっていますから家系的に、短命なのかもしれません」 

「リジェット様……」


 淡々と、ああそれは赤い色をしているんですね、とでもいうような、わたくしの返答の無機質さに、スミはほとほと困っている様に見えました。


「スミだって自分自身が短命であることを嘆いたりしていないじゃ無いですか! 大事なのはどう生きたか、でしょう?」

「そうですね……」


 そう励ますようにいうと、スミは目尻を赤く染めます。きっと今までのことを思い返して、自分の人生にあまり後悔がないことを思い出したのでしょう。


 スミにとって、良い人生は、多くの色を自分の目で見たことと、マハと出会ったことの二つに凝縮されている様に思います。


 より良い人生が、長さとは比例しないことを、スミはきちんと理解している様に見えました。


「ちょっと! 二人とも! 今日の予定が大体決まったから共有したいんだけど!」

「あ、はーい!」


 マハの言葉に、引き戻されたわたくしたちは今日の作戦を頭に入れ始めました。



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