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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
144/157

129攻略の鍵が見えてきました


「大聖堂に侵入するのはいいとして……まずはスミ。君の手持ちの魔法陣がどれだけのものか確認して置かないといけないね。見せてもらってもいいかな」

「はい。マハ、出してきてくれる?」

「わかった」


 マハはスミが使っているリュックサック型の鞄の中から、魔法陣が入っている皮封筒を取り出します。


「これで全部だよ。この前、ギシュタールで使った以外の魔法陣もある」

「この前使ったのは威力が強すぎて使えないとして……。何これ? 見たことのない作者の魔法陣がある」


 先生が手に取ったのはエダム__というか薔薇のモチーフが入った作者不明の魔法陣でした。でも、このモチーフ!


「わたくしこの魔法陣、見たことがあります」

「え? どこで?」

「王城です!」


 そういうと先生は考え込む表情を見せます。


「王城? 王城のどこで?」

「誰の部屋か定かではないのですが、第一王子が入れる部屋でした。二枚重ねになっていて、今現在進行形で使われているのは新しい魔法陣のようでしたが……」

「第一王子がいたとなると、北の第一王子宮かな?」

「わかりませんが……すぐにアルフレッド様が入れたところを見ると、離宮ではなく王城のような気がします」

「……ふうん。王城に僕が知らないモチーフを使う人間がまだいたのか。しかも、このモチーフを使う人間は始祖の魔術に基づいた由緒正しい魔法陣描きだね。スミ、この魔法陣はどこで手に入れたの?」

「大聖堂で働いていた頃に、親しかった色盗みの女から譲り受けました。もともとグランドマザーの下で働いていた女で、グランドマザーが狂乱を起こし、わたくしが外まわりの仕事につくことがわかった時点で、外に持ち出して欲しいと手渡されたものです。大聖堂内にあったとしても、保存が難しいと考えたのでしょう」


 狂乱を起こしたグランドマザーは豪奢な振る舞いを好むようになったと言います。貴重な魔法陣だとしても、質草になってしまう可能性が高いと判断した色盗みの女は、どうしてもこの魔法陣を守りたかったのかもしてません。


「これは大聖堂の主を守り抜くための魔法陣だと聞いています。大聖堂の建物自体に書かれた魔法陣と対になる魔法陣で、本来グランドマザーのような、大聖堂を統括する立場の人間の守護として使われるそうです」

「もしかしたら、君にその魔法陣を渡した色盗みの女は君が、次代の大聖堂統括者になりうるものだと思って、その魔法陣を手渡したのかもしれないね」

「さあ……どうでしょうね。ただでさえ色盗みの女は短命ですから。本当は大聖堂のような信仰を司る場所は、色盗みの女が管理すべきではない場所なのですよ。例えば、マハのような、寿命の長い呪い子や、無の要素持ちが管理するのが好ましいのでしょう」

「えっ、俺?」


 急に話に自分の名前が出てきたマハは驚いて、目をぱっちりと上下に開いています。


「他人にない能力を保持していることと、統括向きであるということは、一見似ているように見えて、全く違う事柄ですからね。呪い子はある程度まで成長すると、物事を達観視して、私欲を持ちにくくなるという性質があると王立図書館の本で見たことがあります。持つとしても他人にとっては無価値にも思える、些細なことに執着する……と。だから大聖堂の管理者には本来そのような気質の人が好ましいのでしょう」


 スミの言葉に、わたくしは思わず首を傾げてしまいます。


「あの……わたくしが知っている呪い子の方って、みんな自分の欲求に正直で、それ以外のものはどうなってもいいって人の方が圧倒的に多い気がするのですが……」


 マハはスミ第一主義。

 シュナイザー百貨店のレナートはお金。

 同じくシュナイザー商会のクリストフは……わかりませんけど、なんだか怖い趣向があるようですし……。


 あと、以前オルブライト家の屋敷でおばあさまに支えていたノアは人間の最期を看取ることに執念を燃やしていましたね。

 これだけ並べただけでも、みんな方向性は違いますが、自分の欲求に素直なことがよくわかります。


「何事にも例外はありますけどね」


 スミもレナートとクリストフのことは知っていますので、その二人を思い出したのか、表情を濁らせます。


「今は呪い子の議論をしている場合じゃないね。……でもさ。この魔法陣をスミが持っているってことは、大聖堂に入ったとき、この魔法陣はスミを統括だと判断するんじゃないかな?」


 なるほど! 侵入を試みるにあたって、一番心配だったのが、体調が思わしくないスミをどう警護して建物内部へと進むかでした。この魔法陣がどれだけの守護をもたらしてくれるのかが、未知数ではありますが、もともとは大聖堂の統括者を守るための魔法陣ですもの!

 騎士を一人連れて歩くくらいの力は、発揮してくれるのではないでしょうか。


「あ……。そういえば、大聖堂で働いている時、結構長く働いている先輩に聞いたんだけど、グランドマザーを守るための人員って、スミが出たくらいの時期から急に増えたんだって。……もしかしたら、その魔法陣があった頃はそんなに人員がいなくても守護ができていたんじゃないかな」


 マハの言葉に、一同目を輝かせます。


「それは朗報ですね!」

「そうだね。この前作った魔術具の配分はスミの守護よりも、大聖堂内の探索に当てたいと思っていたから」

「魔術具?」


 訝しげに眉を顰めたマハに、この前先生と作った蜂型の魔術具の説明をしておかないとですね。


「先生、今日魔術具持っていますか?」

「うん。出せるよ。はい、これで全部」


 先生はいつものように、四次元ポケット的な立ち位置になっている懐に手を突っ込み、ぬっ、と蜂型魔法陣を詰めた箱を取り出します。

 マハは両手で持たないと持ち上がらなそうな大きさの箱が、先生の懐からおもむろに出てきたことにギョッとしていました。


「何その規格外の収納魔術……。どういう仕組みなの……?」

「まあ、これを素でやってしまうところが先生ですからね。……で、これをこの前、ギシュタールの焼け野原で集めた魔鉱で作ったのですが……」


 意気揚々と使い方を説明しようかと思ったのですが、わたくしもなんとなくの使い方を聞いただけで、詳しい実演はされていなかったことを思い出します。

 困った表情を浮かべていると、先生が助け舟を出してくれました。


「じゃあ、試しに一匹、使ってみようかな。ちょうど今頃大聖堂は鎮魂の儀式の最終準備を行っているころだろうから、その進み具合がどれくらいなのか探っておこう」


 先生は蜂を一匹、つまむように手に取り、魔力を流し込むように光らせます。すると瞬く間に蜂の魔術具は羽ばたきはじめ、ブーンと窓から大聖堂方面へと飛び立って行きました。


「え? これで何が起こるの?」


 不安げに表情を揺らすマハに、先生は片目を瞑ってウインクを飛ばして余裕のある表情を見せます。


「まあ、見ていてよ」







 十分ほど待っていると蜂は部屋に舞い戻り、ブーンと部屋を周回した後、先生の手に留まります。


「さてさて、どんなものかな……」


 そう言った先生は、蜂の目の部分が部屋の壁紙方向へと向くように位置を調整しました。

 すると、蜂の目がぴかっと光り、壁へとそのまま、光を伸ばします。伸びた光はただ壁を明るく照らしているわけではなく……これは……。

 そこには、前歴の発明品であったプロジェクターのように映像が投影されていました。


お手紙の魔法陣の応用版だと聞いていたので、てっきり文字データのやり取りしかできないと思っていたのに、とんだハイブリッド機械ではないですか!


「えっ! 何これ⁉︎」

「この世界でプロジェクターを見ることになるとは……」


 マハもスミも方向は違いますが、共に驚いた様子を見せます。


「何でもできる便利な魔術具の応用例その一。内部情報の探索機能だね。あ、ちょうどグランドマザーが儀式を行う会場近辺を写せたみたいじゃないか」


 飄々と言ってのけた先生は映像を見ながら、ふうん、と何か思うところがありそうな声をあげています。


「なるほどね……鎮魂の儀式は大聖堂の屋上部に設置されたアーチ型のベルクフリート部で行われるんだね。わざわざこんな狙いやすいところでやるなんて、ありがたいけど……なんでこんな場所でやるのかな」

「ベルクフリートって塔のてっぺんの部分ですよね? 勝手なイメージですが、大事な儀式を行うような場は一番高い場所なのかと思っていました」


 わたくしが疑問を口にすると、スミが前歴知識を交えながらわかりやすく解説をしてくださいます。


「大聖堂におけるベルクフリートは天守閣ではなく、どちらかというと見張りを敷くための施設なのですよ。普段は高位のものが立ち入る場所ではないのですが、鎮魂の儀式の場合は別です。鎮魂の儀式は王都中の故人を悼むため、統括者が身をもって鎮めの儀式を行う場とされています」

「なるほどねえ……。狂乱を起こしても、それをやるだけの理性は残っているのか」

「元来……グランドマザーが一番大切にしていた儀式でした。自分よりも早くに亡くなっていった色盗みの女たちに少しでも祈りを捧げたいと……」


 瞳をふせ、苦しそうに顔を歪めるスミ。彼女の中にはきっと優しかった頃のグランドマザーの様子が思い浮かんでいるのでしょう。


「……そう。今でもその習慣が残っているだけ、今回の襲撃にとっては僥倖と言えるかな」

「儀式が行われる間は、グランドマザーの従者たちは儀式会場には登らず、下の部屋で控えているだけだって聞いたよ。それが儀式中の習わしだって。……でもその代わり、防衛の魔術が何十にも組み込まれているから……。侵入は容易ではないけど」


 マハの言葉はこの襲撃の難しさを示唆した気だるさが滲んでいましたが、その言葉を聞いた先生は目を輝かせます。


「儀式中だけ……警備が魔法陣だけになるの?」

「魔法陣だけっていったって……その魔法陣は国の中でも最高レベルのものしか使われていないんだから……。使う術者だって、黒持ちばっかりだ。いくら俺とスミが黒を持ち合わせていたとしても、二人で使用権を乗っ取れる範囲なんてたかが知れているし……」


 そもそもの大前提として、魔法陣を同時に使用できる数は、魔力量によって変化します。

 髪色が黒ければ黒いほど、魔力が多いとされており、大聖堂には色盗みの女たち以外にも、黒髪の人間が尊ばれる場所でもあるので、国中から黒髪の聖職者たちが集められている機関でもあるのです。


 マハはこの国でも珍しい、混じり気のない黒一色の髪色を持っていますが、黒髪の人間が束になって向かってきてしまうと、自分は勝てる見込みがないと思っているのでしょう。


 しかし、この場には“魔力”なんてちっぽけなものに左右されない、いわば上位互換的な位置付けのお方がいらっしゃるのです。


「今この世界において、僕に使用権を譲らない魔法陣は存在しないよ」


 ここには“神力”をお使いになる、この世界唯一の“聖女”がいらっしゃるのですから。



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