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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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125たくさん魔鉱が集まります


 畑を作るためにどれだけの時間がかかるだろうと、頭を悩ませていたわたくしの悩みが、スミの手によって、一瞬で吹っ飛ばされました。


 ……その瞬間、違う心配が湧き上がってきたのですけれど。

 すごーい、と何にも考えられずしばしぼんやりとしていたわたくしは、はっと正気に戻ります。


「ちょ、ちょっと待ってください! これってどこまで燃え広がっているのですか⁉︎」


 地平線が見えるくらいまで、黒こげの焼け野原が続いているってことは……。片付ける予定でなかったはずの場所まで燃えてなくなっているということですよね!

 わたくしが管理している薬草と魔法陣の産地、オルブライト領のマルトはギシュタール領との境にあります。マルトまで、燃えていたら……。ひえっ!

 不安と心配に飲まれて、顔から滝のような汗を流し口をハクハクとさせていると、見かねた先生が助け舟を出してくださいます。


「この燃え具合だと大丈夫だと思うけど、心配なら一応見てこようか?」

「……え、転移陣で移動するってことですか? どこまで燃え広がっているか範囲もわかっていないのに?」


 転移陣で行きたい場所へ確実に転移するには、行ったことのある場所に扉となる魔法陣を仕掛けておく必要があります。扉がある場所であれば、そこが出口として規定されるので、どこにいたとしても寸分の狂いもなく転移することができるのです。


 それに比べて扉がない場合の転移は、ある一定の条件が揃っていないといけません。

 転移したい地点が現在自分のいる場所からどのくらい離れているかを把握しておくことと、その場所がどう言った場所にあるか、その風景を記憶しておく必要があるのです。


 わたくしが先日スミの拠点としている宿に転移できたのは、何回か通ったことがある場所で、立地を把握していたことと、同じ王都内でそう遠くない場所であったので、距離の予測が立てやすかったという二つの条件が揃っていたからです。王都の街は何度か足を運んでいましたから、道も大体わかっています。


 それに……わたくしはちょっと方向音痴のけがあるので、一回行ったくらいの、あまり知らないところへの転移は難しいのですよね。


 知らないまま、なんとなくで転移をするととんでもないところに飛ばされる可能性もあるので無闇矢鱈の転移は推奨されていません。


 それなのに先生は__目測で転移をすることができるのでしょうか……。


 まさか、と思いながら先生の様子を見守っていると、懐から出した紙にサラサラと描かれた魔法陣は転移陣ではありません。


「え? 手紙の魔法陣?」

「うん。最近魔法陣改良をして遊んでいたら、偶然できたものなんだけど……結構便利なんだよ。こうして、外側に目の要素をつけて飛ばすと、手紙の魔法陣が“見た”情報をとってきてくれるんだ。……見ていてごらん」


 そう言って、先生が蝶の形の魔法陣を空中へ放り投げるようにビュンと(蝶がはためくスピードとは思えないくらいの速さで)飛ばします。すると、五分ほど待つと、先生の腕に帰ってきた魔法陣は行きとは比べ物にならないくらい優雅に降り立ちます。


 紙を広げて中を見ると、そこにはどこまでこの焼け野原が広がっているのか、上空から見た時の見取り図が描かれていました。


「え! これ……。どうなっているんですか! す、すごい!」

「うん。ちゃんと記録がとれているね。いちいち足を運ぶのは面倒な時に、自分の目として動いてくれる魔法陣が欲しくて作ったんだよね。記録する内容は、術式を変えることで調整ができるから、諜報活動にとっても便利」


 最後の方の発言はなんだか不穏ですが……。便利な魔法陣には違いありません。是非とも、描き方を教えていただかねば!


「これで見ると、ちょうど、焼け野原はちょうどよくレナートがわたくし達に任せた土地だけが燃えていることがわかりますね!」


 ほっと胸を撫で下ろすと、どこか仏頂面のような表情をした先生が、焼け広がらなかった理由をぼそりと教えてくださいます。


「一応燃やす前に、余計なところが燃えないように保険として僕が保護をかけたんだよ……。うまくいくかは不安だったけど、これだけで済んでよかったよ……」

「本当によかったです。わたくし、マルトが焼けていたらどうしようかと思いました……」


 マルトで魔法陣を描いてくださっている女性達も、薬草やハーブを栽培してくださっている村人も、もちろんニエの育ての親である村長キンも。わたくしにとっては守るべき大切な人々。顔を知っている分、その思いは強いのです。


「リジェットは守るべき人間に情をかけるから……。一応ね」

「わたくしが悲しまないように保護をかけてくださったんですか!」


 先生が……。どんなに人が死んでも、どうでもよさそうな、先生が! わたくしの意思を汲んでくれた!


 それが嬉しくて、嬉しくて、わたくしは涙がちょちょぎれそうになります。


「まあ……。弟子が無意味に悲しむのは……見たくないし?」


 すました様子の先生。その姿を見てわたくしが感動していると……。


「あらあ。素敵な師弟愛? それとも……」

「え、あいつらそうなの?」


 わたくし達の様子を見ていたスミとマハが何か勝手なことをこそこそと言い出します。

 __聞こえていますよ。


「違うよ。教える立場の人間は、教える人間の尻拭いをしなくちゃいけないから……」


 小さな声でボソボソと言う先生に対して、スミは“これは面白いものを見つけた”という顔をしています。


「へえ……。尻拭い……。ふうん?」

「……何を考えているか知らないけれど、違うから」

「知らないのに、否定ができるのですね。……さすがクゥール様は器用でいらっしゃる!」


 おちょくったような言い方をスミにされたことで、先生はピシリと表情を固めます。二人の間に、冷ややかな雰囲気が漂っている……。

 ひいっ! 大人の本気の喧嘩が始まってしまう! もしかしてこの二人は相性がとても悪いのでは⁉︎


 そんな二人を見て慌てたマハが、仲介するように会話に割り入ります。


「あの……スミ、ちょっともうやめた方が……。あ! そうだ! 魔獣はいなくなったから、その残骸としてスミが大好きな、見たことのない色の魔鉱があるかも! 集めなくていいの?」

「あっ! それは見なくっちゃ! どこにあるかしら!」

「うわっ! ちょ、待って! スミ〜」


 熱を出していると思えないスピードで走り出したスミを追いかけるようにマハが走って行きます。

 もしかして魔法陣を使ったことで熱が下がったのでしょうか。それだったらよかった……。心配が一つなくなったわたくしはふうと一つ、ため息をつきます。


「……僕たちも、魔鉱、集めようか」

「では、集めるための魔法陣、描きますね」


 ネックレスから魔法陣用の紙を取り出し、いただいたボールペンでカリカリと収集の魔法陣を描きだすと、その様子を先生がじいっと見ていることに気がつきます。


「違うからね……」

「? 何がですか? ……変な先生。あ、先生も早く魔鉱集めないと、素敵なのはスミに取られちゃいますよ? こう言うのは早い者勝ちでしょうから」


 どうやらスミはかなり遠くまで走って行ったようで、少し距離があるところから「綺麗! こんなの見たことない!」という、楽しげな声が聞こえてきます。

 新しい色を見ることが何よりも楽しいと言っていたスミ。そんなスミのお眼鏡に叶う素敵な魔鉱があったのでしょう。

 わたくしも、魔鉱集め。負けていられませんね。






 そうして、収集の魔法陣で集まった魔鉱は、抱えきれないほどの量になりました。

 本当にギシュタールは魔獣がたくさんいるのだわ。わたくしの手元には小さいものから大きいものまで、いろんな種類の魔鉱が集められます。

 わたくしはまさかこんなにいっぺんに魔獣退治ができると思っておらず、小さめの袋しか持ち合わせていなかったのですが、常時いろんなものが出てくる不思議な四次元ポケット的な懐を持っている先生。肥料袋ほどの大きさの麻袋をいくつか分けてくださいます。


 観察が終わったスミが戻ってきたので、その中にみんなで魔鉱を詰めて行きます。

 最終的に、袋三個分……大体三十キロ分ほどの魔鉱が集まりました。


「わあ……たくさん集まりましたね……」

「ええ。わたくしが集めた分も、お二人がお持ち帰りください」


 そう言ってスミは自分が集めてきた魔鉱を差し出してきます。


「え? せっかく集めてきたのに、いいのですか? こんなに綺麗な色なのに……」

「はい。わたくしが持っていても、仕方のないものですからね。これからは持ち物を減らしていかないと」

「っ!」


 その一言に、わたくしは言葉を詰まらせます。

 スミは暗さを少しも見せず、明るく振る舞っていました。そばに寄り添っていたマハも、今まで見せていた辛そうな顔は見せず、どこか吹っ切れたような凪いだ表情を浮かべていました。


「わたくし達はもう少し、この辺を観察してきます。こんな焼け野原ですが、だからこそ何か珍しいものがあるかもしれませんので」

「……そうですか。気をつけてくださいね」


 硬さが抜けない声で返事をするわたくし。


「ええ。十分ほどで戻ってきます」


 そんなわたくしの心情を汲み取ったように、スミは優しく笑ってその場を離れて行きました。


 散策に出かけたスミを見送り残ったわたくしと先生は、魔鉱を先生が持つ、なんでもしまえる収納の魔法陣付きのカバンに入れるべく、運び出しを始めます。

 ひょろひょろの先生は重い麻袋を持ち上げることができないので、持ち上げるのはわたくしの仕事です。黙々と麻袋を持ち上げ、先生が広げたカバンに放り投げていきます。


「……スミが元気になって本当によかったです。一時はどうなるかと思いましたもの」


 複雑な表情でそういうと、先生は何故か眉を顰めています。


「……あれは一時的なものだろう。あれほどまで色を取り込んだ色盗みの女が寛解することはほぼないよ。今は小康状態にあるだけで、時間が経てばまたすぐに症状がぶり返してしまうだろう」

「……そうなのですね」


 わかってはいましたが、先生に言われるとそれは覆らない事実なのだ、と強調されたように感じます。

 せっかく希望が見えてきたけれど、この希望は長く続かないのです。

 スミが長く生きるために必要なのは、やはり初石と呼ばれる寿命が含まれる宝石を手に入れなければならないのですね。

 スミの体調が悪くならないうちに、できるだけ早く大聖堂最深に向かい、グランドマザーから初石を取り返さねばなりません。


「でも、こんな時に質の悪くない魔鉱がたくさん手に入ったのは僥倖だ。これだけあれば、考えていた魔術具が作れるかもしれない」

「考えていた魔術具……ですか?」

「うん。大聖堂の内部を探る……ね」


 先生は何やら楽しげな表情で片眉を上げて見せました。




ブックマークが増えて嬉しかったので、連日投稿してみました! 嬉しいです。ありがとうございます〜!

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