124騎士団も真っ青の戦力です
色々やることはいっぱいで、あっぷあっぷな時は一つずつ、できることから片付けていくしかありません。
まず、わたくし達は手始めにギシュタール領の視察から手をつけることにしました。放課後空きがある日で、先生の都合がつく(と、言っても先生はいつも暇だというのですが)日。二人でギシュタールを訪れるつもりだったのですが……。
「どうして、お二人がいるのでしょう……。体調は大丈夫なのですか?」
多分レナートと先生から聞いている感じだと、今日は魔獣狩りになりそうだというのに、出発前に騎士団前に集合したわたくしの隣にはスミとマハがいます。
「ええ。体調は……問題ないと言いたいのですが、今日は少し熱がありますかね」
スミはなんでもなさそうな様子でさらりと言っていますが、要安静の病人ではないですか!
「ちょっ、ちょっと! それだったら、宿で休んでいた方がいいのではないですか⁉︎」
慌てるわたくしに、スミはにこりと穏やかに微笑んでみせます。
「いいえ。今日は熱があるからこそ、お供したいのですよ」
「え……どういうことですか?」
「色盗みの女が体調を崩すのは、外から受け入れた魔力が自分の体から溢れて、抑えきれなくなり暴走するのが原因なんですよ。一度染み付いた魔力は二度落とすことはできませんが、使うと回復する間だけは少し体が楽になるんです。だから、魔力を大量に使える状況があると聞いて、わたくしでもお役に立てるかと思いまして」
「つまり……。ええっと、色盗みの女にとって魔力はアレルギー物質のようなもので、体から一時的に出す__くしゃみをすると一時的に楽になる……という感じでしょうか」
「ああ。そんな感じですね」
わたくしが知恵を振り絞って比喩表現を引っ張り出すと、スミは納得した表情をしていました。
「何それ、アレルギーって」
「また俺の知らない単語を出して会話をしてる……」
医療未発達の時代からやってきた先生と、前世知識を持ち合わせていないマハはなんじゃそりゃ、と意味がわからなそうな表情を浮かべています。
「それに、大聖堂に行く前に、手持ちの魔法陣がどれだけ使えるか、確認しておきたいとも思いまして」
「君は何の魔法陣を持っているの?」
先生は興味深そうにスミに尋ねます。尋ねられたスミは特に隠す様子も見せず、カバンから魔法陣を取り出しました。
「今日確認したいのは、自分用に持っていた遮蔽の魔法陣と、攻撃系の魔法陣ですかね……。両方とも買ったはいいのですが、どれくらいの威力かわからなくてなかなか使えていなくて」
スミがカバンから取り出した魔法陣を目にした先生はギョッと驚いた様子で目を見開いています。
「それ……。僕が描いたやつだ……。しかも初期の頃に……」
その言葉に反応したわたくしはグルンと勢いよく首を回して、そちらを凝視します。
「えっ! 先生の初期作品ですか! 嘘! 見せてください!」
「見せられるような代物じゃないよ……。しかもよりによって魔法陣の描き方を覚えたてのころ、楽しくなっちゃって調子乗って描いたやつじゃないか。ちょっと……なんで君が買っているわけ……? 捨てた気がしたのに……。あ、そういえばレナートに捨てといてって頼んだ気がする……」
どうしてそんなことになったかというと、当時、魔術省で修行を積んでいた先生の元に、レナート自身が代表自ら外商として出入りしていたそうです。
シュナイザー商会は魔術省に消耗品である紙やインクなどの文房具や魔術具作成に必要な材料を販売していました。この世界はまだ製紙技術がそれほど高度ではなく、植物紙自体は存在しているのですが、高価なので、書き損じの紙も貴重な資源となります。
魔術省では見習いたちが、大量の書き損じを作り出すので、シュナイザー商会はある程度たまった量の書き損じと新たな紙を交換する廃品回収サービスを行っていたらしいのです。
魔法陣覚えたての好奇心旺盛な当時の先生は、魔力の量的に普通の人間では絶対使えない魔改造魔法陣を作って、いや、やっぱりこれはダメだ、役に立たないと捨てるのを繰り返していたそうです。
そんな“俺の最強の魔法陣!”を、まさかレナートに拾われているとは知らずに……。
わたくしは描かれた魔法陣の中から、起動しそうな良品をまるで宝探しのように探し出すレナートの姿を想像します。きっと彼は嬉々として書き損じを漁っていたに違いありません。
「レナートはあれを売っていたのか……しかも君に」
先生はその事実に顔面蒼白になっています。気持ちはわかりますよ……。わたくしも前歴である忍の学生時代の落書きを大人になって誰かに暴かれたりしたら……恥ずかしくて死んでしまいますもの……。あの年代の子供は黒歴史を生産してしまうものです。……恐ろしい。
ちなみに今まさにその年代に当たるわたくしは、忍の反省を生かし、昂った時に記録は残さないように心がけています。
「スミ……。それ、捨てない?」
ショックが大きく、ぐぎぎ……と油が切れた機械のような動きをした先生に対し、スミは
「捨てません」
と、見たことのないくらいのいい笑顔で明朗に答えていました。スミ……強い。
「まだ余白があった頃は魔力量が少なく、起動させることができなかったので、今のわたくしに使えるのかも確認しておきたいのですよ。……もし万が一起動しなかった場合は、マハがいますし」
そう言って視線を向けられたマハ。腰に手を当て、キリリと自信満々な表情を浮かべる彼の髪色は、稀に見る素晴らしい黒です。
……うん。先生の“最強の魔法陣”もマハになら使えるかも知れませんね。
それは試してみたい気分になるのも頷けます。
わたくしたちは以前ギシュタールを訪れたことがある、先生作成の転移陣を使い、レナートから委託を受けたギシュタール東部に向かいます。
「わあ……。何これ……」
オルブライト領と隣接しているはずで、気候もさほど変わらないはずのギシュタール領東部は見るも無惨に荒れ果てていました。
わたくしたちが降り立った場所は、レナートから管理を任された土地のちょうど真ん中にあたる小さな町でした。
その町に以前先生は訪れたことがあったそうで、その時は侘しさこそあるものの、そこそこ人が住んでいる町があったとのことですが、今は建物も朽ち果て、廃墟が立ち並ぶ、まるでお化け屋敷のような景色が広がっています。木々は枯れ、そう遠くない距離にいそうな魔獣の唸り声が聞こえてきます。
「人っ子ひとりいないし……。こんな町じゃなかったはずなのにな……」
先生は訝しげに眉を顰めています。
「ねえ……本当に朽ち果ててしまっているのですね……」
レナートと会った後、改めて送られてきた土地の管理情報が載っている資料の中には、現在の東部には全く人は住んでおらず、元々住んでいた人たちはまだ土地が豊かで住みやすい、南部に丸ごと移動してしまったそうです。
ギシュタール家が管理を怠り始めたあたりから、魔獣が大量発生するようになり、あたり一帯の土地は全て作物が育たなくなってしまったため、やむを得ない移住だったそう。
だから、この辺は全部均しちゃっていいよ、なんて軽いノリで契約書には書かれていましたが、ならすのに、どれだけの時間がいるのか、わたくしには検討がつきません。
「さーて。どうしますかね……。おっと考えている横から魔獣がお出ましですよ」
わたくしが首のネックレスについた剣のモチーフを具現化しようと構えると、スミが待ってください、と声をかけてきます。
「リジェット様が戦う前に、一度わたくしが持っている魔法陣を使ってみてもよろしいでしょうか」
そう言ったスミは心なしか、ワクワクが抑えられない子供のように見えます。
反対に、先生は顔色が……なんというか青白いを超えて浅黒くなっていますが。
「やめときなって……。どのくらい被害がでるか僕にも検討がつかないんだから」
効果ではなく被害と言い切った先生の口ぶりから、その魔法陣がどれくらいの代物なのか察してしまいます。
「でも、この魔法陣高かったのですよ? 一回くらい使わないと元が取れないではないですか」
それでも食い下がり理路整然とした様子で言い放ったスミ。
先生は脳内でその魔法陣がどれくらいの威力をもたらすのか、計算を始めたようです。
「先生! 早くしないと魔獣が近づいで来ちゃってますよ!」
ジリジリと近づいてくる魔獣を見て、先生もやっと諦めがついたようです。
「よーし! 多分あれは炎で焼く系の魔法陣だったはず! 焼きすぎたら僕が範囲指定で再生をかければいっか!」
許可を受けたスミはカバンから勢いよく、魔法陣を取り出します。
「じゃあ、行きますよ……。焼き払え!」
どこかで見たことあるような勇ましいポーズと掛け声で魔法陣を起動したスミ。
その瞬間、目も開けていられないほどの強い光がわたくしの目を襲います。
「うっ!」
チカッ! どころではないビカッ! とした攻撃的とまで感じるほどの眩い光は、わたくしたちを囲った直径十メートルほどの範囲をまるで雷が落ちたかのように煌々と照らします。
三秒ほどで光が止み、魔法陣の展開が始まった途端、ドカンと地響きを鳴らしながら、炎があたり一面に広がり、スミが言ったように一体を“焼き払って”しまいました。
幸いにも、魔法陣には鎮火作用がついていたようで、対象物を焼き払うと炎は消え、焼き払った残骸だけが残っていました。
目を開けたわたくしの視界には信じられないものが広がっています。
どこまでも、どこまでも。見える範囲一面が焼け野原になったギシュタール領が……。
本当に、周りは黒々と焼けていて、先ほどまであったはずの森も、建物も、魔獣も何もかもが焼かれて、地面がならされた状態になっていました。かろうじて、魔獣を倒した時に残る魔鉱は残っていましたが、それ以外はまるで、焼畑を行った後の地面のよう……。
「わあ! スミ! 使えたねえ!」
きゃっきゃ! と楽しげに声をあげ、はしゃぐマハ。
「いやあ、一度やってみたいと思ったアレができるなんて……。感無量です」
一仕事終えたスミは、満足げに瞳をきらりと輝かせていました。……が、わたくし達はもちろん何もいえずに絶句するしかありません。
スミは自分が魔力を使うことをくしゃみに例えていましたが、こんな威力のくしゃみ、あってたまるか!
こんなの、大聖堂で使ったら王都中が焼け野原になるじゃないですか。
「あの……先生。何を考えてあんなものを作ったのですか?」
「あの頃は……。ただただ……無邪気だったんだよ」
わたくしと先生は、一面スッキリしてしまい、地平線が見える焼け野原を見つめていました。
ナ○シカはスミの生きていた時代でも名作とされていたようです。




