123お嫁に行かなくて正解でした
次の聖の日。レナートから預かった魔法陣を持って先生の家に向かいます。先生はわたくしが一人でレナートとの商談を持ったことに少し怒っていましたが、その場では契約をしてこなかったことを告げると安心した様子を見せます。
いつものお茶セットが用意された机に、預かった簡易記号を用いた魔法陣を並べると、先生はその精巧さに驚いていました。
「これをレナートが用意したのか……。シュナイザーには相当腕のいい術者がいるみたいだね。もしかしたら、魔術省の出身者かな」
「魔術省! シュナイザーは本当にいろんな機関に伝がありますね」
「リジェット。魔術省に興味があるの?」
わたくしの言葉に、先生が警戒するような表情を見せます。
「興味はありますけど……。わたくしは絶対に行ってはいけないのでしたっけ」
「そう。絶対に行かないでね。あんなところ、ろくなところじゃないから」
「……でも。先生はそこで魔術がなんたるかを学んだのですよね?」
「うん。それだけじゃなくて、人はどこまで狂えるのかも学ぶことになったけれど……」
そういえば、魔術省に行くとわたくしみたいな白纏の子はいいサンプル扱いされて、身体中無視られるのでしたっけ。ん? ということは聖女である先生も、貴重なサンプルになり得るということですよね……。
ふっと、遠い目をしながら仄暗い表情を浮かべた先生を見て、いけない、これは先生が嫌なことを思い出しているぞ! と判断したわたくしは慌てて話題を変えます。
「あ、そうそう。今、扱っている商材を卸しているのはシュナイザー百貨店だけなんですけど、今後他の商会にも卸して販路を広げたいと考えているのですが、先生はどこか懇意にしている商会などはありますか?」
「たまに買い物をするところはいくつかあるけど……これと言って懇意にしているところはないな……」
「……そうですよね」
シュナイザーも先生に紹介していただいた商会だったので、今回もと思いましたが……。いつまでも先生に頼っていてはいけませんね。そろそろ先生頼りではない自分のツテを作っていかねばなりません。
……と思った時でした。先生は思いついたように、口を開きます。
「それか……商会に売らなくても、直接顧客に売れば? 多分、姫様だったら買うよ?」
「先生がいう姫様は、オフィーリア姫ですよね……」
スミから聞いた情報を知っているわたくしはその名前を聞いただけで警戒してしまいます。多分、先生はオフィーリア姫と仲がよろしいく、信用しているのでしょうが、わたくしは一度しか会ったことがない人なので、信用しきれていないところがあるのです。
それに連れていた従者は例の能力者……核継である可能性が高いですし……。
「オフィーリア姫とはまだそこまで、お話をしたことがないので、もう少し親交を深めてから考えたいと思います」
「そう? ならいいんだけど」
仲のいい方を警戒されるのは、心地いいことではないだろうなと思い、うまく距離を置けるか心配しましたが、先生は納得してくださったようです。
「そうそう。先生って、最近ギシュタールに向かわれたことはありますか?」
「ギシュタール? それって……君と婚約していたエメラージがいたところだよね? なんでいきなり?」
「レナートがギシュタールの土地と統治権と一部譲渡されたそうなんです」
「……ああ。だから領主一族が殲滅したのか。どうせクリストフでも放り込んだんだろう」
「え?」
殲滅? え? え? そんなこと聞いてませんけど……。
わたくしの困惑した表情に気がついた先生は、はっとした顔を見せ、ごまかすように笑顔を作ります。
「世の中には知らない方がいいこともあるから……」
「あの……。先日レナートに戦場でクリストフを見たら近づくな、という注意を受けたのですが、それとその事件は関係がある……?」
先生の言い方だとクリストフがギシュタール家を片付けてしまったように聞こえるのですが。
「……大体、君が想像している通りだよ。」
サーと顔の血が引くのを感じ、口をハクハクと上下に動かします。
「君、お嫁に行っていたら一緒に片付けられていたかもね」
片付け……意味深。
「それって……何か罰せられたりは……」
当然この世界にも法律はありますし、殺人は犯罪です。通常であれば罪を犯したものは北の果てにある、牢獄へと放り込まれるはずなのですが……。
「そんなの、シュナイザーが揉み消したに決まっているでしょう……」
わたくし、絶対にシュナイザーを敵に回しません! レナートも怖いけれどクリストフはもっと怖い!
しばらくガタガタ震えていたわたくし。先生はそんなわたくしを見て、冷蔵の魔法陣があるキッチンから砕いたナッツとキャラメルソースがかかったジェラートを用意し、目の前に差し出してくださいます。
それを無言で受け取り、落ち着け、忘れるんだ、と念じながら、動揺をごまかそうとします。……ああ。今日のおやつも美味しい……。はあ……美味しいものは本当に荒れた心を癒やしてくれますね。
緩やかに表情を崩したわたくしを見て、先生はリジェットは単純でいいなあ……。と半分呆れたように呟きます。単純で悪かったですね。
「あの……わたくしレナートに簡易魔法陣の生産と、ギシュタールの管理を強要__依頼されているんですけど」
「まあ……。それは受けておいた方が妥当なんじゃない? マルトで魔法陣を生産できることが知られてしまっているんだから、遅かれ早かれ戦争に使われる魔法陣を作ることになるよ。そっちはいいとして、ギシュタールか……そっちでは前に言っていた“テテ”を栽培するつもり?」
「ええ。今のところそのように考えております。……何か懸念でも?」
「……とりあえずなるべく早い段階で今のギシュタールの様子を見ておいた方がいいかもね。栽培よりも先に土地を整える必要がありそうだから」
その言葉で、以前実習で向かったギシュタールの土地の様子を思い浮かべます。
「以前、騎士団の実習で西部の土地に向かったことはあるのですが魔獣がたくさんいました……」
そういうと、先生は座っていた席から立ち上がり、寝室に行き、丸めてあった地図を持って戻ってきます。
先生が持ってきたのはハルツエクデン周辺の地図でした。地図では国の真ん中に王都が、東部のラザンダルク国境沿いにオルブライト領が描かれています。先生はオルブライト領と王都に挟まれた位置にあるギシュタールを指差します。
「リジェットが行ったのは王都に近い西部側かな?」
「そうですね」
「西部か……。あちらはまだマシだよ。王都に近いから、領主たちも見栄をはって整備をしていたんだ。シュナイザーが権利を得たのは確か東部だったはずだけど……。大丈夫?」
「マシな方であれですか⁉︎」
あの時も魔獣がゴロゴロ出きて……。四人がかりで排除をしたのですが、あれ以上の惨状になっているということですか⁉︎
「ギシュタール家は……本当になにをやっているのですか!」
同じ領主一族に生まれたものとして、民を蔑ろにし、土地の管理を怠っていたギシュタール家には怒りの感情しかありません。
「レナートは魔獣片付けるにも費用が必要だから、手をつけるのも面倒できっとそのままにしていると思うよ」
ううう……。レナートは土地をただ譲るというよりは、元の状態に戻すことを望んで、わたくしに放り投げたということですね……。
やっぱり無料より高いものはない!
でも、ここで断ると何か別のものを強請られてしまう気がするとわたくしの第六感が訴えています。魔獣の討伐を行えば、たくさん魔鉱が手に入ります。今後魔術具が必要な局面に立ち向かうことを考えると、今補給しておくのもありだとは思うのですが。
騎士学校の授業も、事業の見直しとスミと大聖堂のことと……。
今のわたくし、やることが多すぎます。
「スミのこともあるというのに……こんなにも厄介ごとを抱え込んで……大丈夫?」
「ダメかもしれません……」
わたくしはぐたりと脱力して、机に突っ伏しました。
クリストフは何かに狂わされているわけではなく、ナチュラルボーン狂気なのでこのお話の中では一番やばい人なのですが、書き始めると多分、五万字くらいはかかるしなろうに乗せられるか分からないので割愛します。
どれくらいやばいかは好きに想像してね!




