122趣向は人それぞれですから
人でなし発言があります。苦手な方はご注意。
「なんですか、藪から棒に……」
半ばレナートを睨むような、怪訝な表情で見つめます。
「ボクはさ、この世界で一番、お金ってものが大好きなんだよね。だから、同じようにお金がだあい好きな人のことを仲間だと思っているの! だから、リジェットさんはどっちなのかだけ確認しておこうと思って」
ニンマリと笑うレナートはまるで、宗教画に描かれた天使のような清らかな笑みを浮かべています。言っていることと表情の落差が酷すぎて風邪をひきそうですけれど……。
「わたくしにとってお金は自分の要望を叶えるための手段であって、富を築くことは目的ではありませんが」
あくまでも、冷静に自分の意見を伝えると、レナートは途端に冷めた表情を見せます。
「あ、そうなの。なあんだ。つまんない。……君もクゥールとおんなじこというんだね。あいつも、巨万の富を築けるだけの能力があるのに、全然興味なさそうなんだよね。もったいない。宝の持ち腐れじゃんね。……じゃあ、今後起ころうとしている戦争でひと稼ぎしようって気は全然ないわけ?」
レナートは子供の容姿によく似合う、ねっとりとした甘え声で楽しげに言います。彼にとって戦争は最大の商機であるに違いないのですが、残念ながらわたくしは同じようには思えません。
先生も気がつくとミームにいるクリストフ相手に高値で魔法陣を売りつけているなあと思っていましたが、レナートの目にはそれすら生ぬるく見えるようです。もしも先生の聖女としての能力がレナートにあったら……多分この世界の情勢は一気に崩れていたでしょう。考えるだけで、恐ろしくなります。
「そりゃ……ないですよ。そんな不謹慎なこと考えるわけないでしょう?」
「そう? ボク、戦争ってだあい好き! だって儲かるもんねー」
「不謹慎な……」
眉を顰めると、レナートは馬鹿にするように鼻で笑います。善悪で物事を判断していないであろうその表情はいっそ清々しく思えてしまいます。
「ははは! リジェットさんはちょっと、潔癖なところがあるよね。知ってる? リジェットさん。世の中で一番儲かることは、人の不幸を利用することなんだよ?」
「不幸を……」
「うんそう。みんな、自分の不幸でぽっかりと空いた心の穴をなんとかして埋めようとするとね? そういう時、人間は不思議なくらい、いろんな物を欲しがるの。自分を美しく見せるもの、強さを補填するもの、自分を賢い生き物だと錯覚させるためのもの……。それらは全部、人より自分を幸福に見せたいっていうどうしようもない人間の性だよね! 戦争中はその傾向が顕著になるから、ものが売れる売れる! 壊れた分、必要なものが増えるからなあ。だからボクは戦争が大好きだよ!」
強者特有の他者の損害を考えない物言い。
「まるで人間の心がないような言い草ですね。……わたくしは残念ながらあなたの意見には同意できません。戦争が起こったとしても、領主一族として、騎士として、領民やこの国に住む方々にできるだけ、被害を受けてほしくないというのがわたくしの考えですから」
「ボクも人間の心があるよ! 人間らしく自分の欲にこんなにも忠実に動いているでしょう? お金を集める行為に対して、ボクは快楽を感じるたちだから。そんなボクから見たら、君の方が異常者だよ。だって、偽善的で、自分の身を切ってまで人を助けようとする」
レナート側の従者もいない、簡素な執務室の中の温度は恐ろしいくらい冷え切っていました。なんでこんなに危うい会話をレナートとしなければならないのだ、と心の隅で思いながら、彼にとって都合のいい展開に持って行かれてしまいかねない言質を取られないように、飄々とやり過ごそうとできるだけ心がけます。
……ええ、これでも心がけているんですよ。
できてませんけど。
「あなたに理解できなくとも、わたくしにとっては大事な信念なのですよ」
「……君は一度目の人生で、人間の愚かさと無力さを知っただろう? ……今のままでは誰かに利用されるのがおちってところか」
一度目の人生。その言葉がレナートの口から語られたことにわたくしは驚き、目を見開きます。
「どうして……今のわたくしが二度目であることを知っているのですか?」
「なあに、色盗みの女に前歴があることは、こういう商売をしている人間としては基本情報だよ。うちは色盗みの女が潤沢にいた頃はたくさんの女達と取引があったからね。彼女たちはみんな等しく、前の人生に後悔を持ってこの世界に落とされる。どうやら後悔って奴はこの世界で足掻くだけの原動力になるものらしいね。でもその後悔を、うまく使いこなして、この世界を泳ぎ切るものはほとんどいない。みーんな大きな力に圧倒されて無惨に死んで行くのさ」
小首を傾げながら、微笑むレナート。
「レナートは……。わたくしという人間は所詮、大きな力に流され、潰されてしまう存在だと思っているのですね?」
その問いにレナートは何も返しませんでした。この場合、沈黙は肯定です。
「だからこそ、君はこの戦争で消え失せないために、後ろ盾を何層にも重ねて持っている必要があるんだ。クゥールがいくら強靭な力を持っているとしても、あの迂闊者には君を守るだけの完璧な力はない」
「だから、わたくしはそれを補助するためにお金を稼ぐべきだとレナートはお思いなのですね?」
「そそ。金があれば解決できることって世の中にはたくさんあるじゃん? ……だからねえ、取引をしようよ。リジェットさん」
「取引?」
「うん。シュナイザー百貨店は先ほどご覧の通り、商品ラインナップを宝飾品から、実用品にだんだん以降して行こうと考えているんだ。あんなにたっかい宝石を買える人間もそうそういないからね。その代わり、今後大きく展開して行きたいのは武器となるものだ。今、忙しくないこの時期に、防衛の魔法陣と攻撃系の魔法陣を集めようと思ってるの。売ってくれる? そうしたら、シュナイザーは戦時中、君の行動をできるだけ支援するよ」
「今のわたくしにそんなものを作る余力はありません」
「えええ? 別にリジェットさん自身が描かなくてもいいんじゃない? だって君はマルトの人間を自由に使えるじゃないか」
ナイスアイデア! とでも言いたげなレナートのしたり顔を見て、わたくしは深いため息をつきます。レナートはどうやら、マルトの女性たちの魔法陣生産技術が相当精度の高いものだと過信している節があるようです。
「マルトの女性たちは、簡易記号を用いた魔法陣しかかけないことはレナートもご存知でしょう? せいぜい生活の役に立つような家庭的な魔法陣レベルのものしかかけません」
現状を口実に断ろうとしたわたくしに対して、レナートは引き下がるそぶりを見せません。
「うん。だから、ボクの部下に簡易記号で描かせた防衛、攻撃の魔法陣を作らせたから、これ、マルトの女性たちに写してもらってよ。魔法陣は描き慣れた人間が丁寧に作った方が品質は上がるから。……一応ボクも内容を確認したけど、よくできてるよ」
はい、と軽い調子で手渡された二枚の魔法陣__一枚は攻撃、二枚目は防御の魔法陣__に目を通したわたくしは、驚いて息を呑んでしまいます。
そこに描かれた魔法陣は、先生がマルトの女性たちに教えた簡易記号を中心にしながらも、効率的に攻撃と防御を展開できるものだったからです。これだけ、効率の良い魔力分布を可能とする魔法陣を描くことができる魔術師がシュナイザーにいるなんて。
「……これだけのものを自分たちで作れるなら、ご自分で生産する手立てを確立させたらいいではないですか」
「そんなこと言ったって、ボクたちシュナイザーはしがない男爵家だもの。しかも一代限りのね。そんな弱小貴族が大層な魔法陣を生産する手段を持っていたら、問題でしょう? 他貴族から仕入れて取り扱うのはいいけど、生産するのはまだ無理だよ。そこまでするには最低でも……新たな王がたった後じゃないと」
その言い方は新たな王になら、発言権があるともとれる言い方でした。
「……新たな王なら傀儡にできるとでも?」
「うん!」
レナートは少しも疑いのないキリッとした目で力強く頷きます。本当に冗談じゃなさそうなところが本当に恐ろしいですね。
ここまでの話の流れで、一つわかったことがあります。
……レナートの思考を理解して、そちらに寄り添おうとすると、疲弊が激しい。
少しでも善良な心を持っていると、こちらの精神が削られてしまうので、へーこういう考えを持っている人もいるんだなあ、と思いながら聞き流すのが吉でしょう。
何かを成す人間は突き抜けているとは言いますが、レナートはいくらなんでも突き抜けすぎです。
そんな、ちょっとやられ気味のわたくしを気にすることなくレナートは商談を続けていきます。
「それに今、国内で魔法陣の生産をしても角が立たない貴族って、オルブライト家しかないんだよね。そもそも他の家は、魔法陣を生産できるだけの基盤がないからねえ〜。君のお友達__メラニアさんがいるスタンフォーツ家もちょっと考えたけど、あそこは今、国境でドンぱっちが忙しいからなあ。ってわけで工作員の手配だけ、よろしくお願いしたいなあ!」
お願い、とは言っていますが、完全に押し通される雰囲気しかありません。
かといってここで断ると今後の取引が差し支えてしまう気がしてならないのです。
どうしたものかと、黙って考え込んでいると、レナートが魔法陣の中身を見て、理解していたことに気がつきます。
「というか、レナートは魔法陣の内容がわかるのですか?」
あまり内部情報を知られたくないかしらと思いながら尋ねるとレナートはなんでもなさそうにさらりと答えてくれました。
「うん。描くのはそんなに得意じゃないけれど、内容さらうくらいならできるよ。じゃないと質がよくないものを掴まされたりするからね」
魔法陣を描くことができるということは、レナートも命を落としかけた経験と白い部屋に招かれた経験があるということです。なぜ、一百貨店の店主が命を落としかけた経験があるのか、ちょっとだけ気になりますが、きっとこの様子だと過去に相当怪しい橋を渡った経験があるのでしょう。
「色盗みの女が作り出す宝石が高価になってしまっている今、シュナイザーとしても同価値の新たな商材が必要だというのは理解できますが、マルトの方々に戦争に関わる魔法陣を製作させる気はありません。そんなことをしたら、彼女たちに軍事価値が生まれてしまうではないですか」
「だから、ボクは価値を生もうと言っているのさ。君は知らないだろうけど、君の父上は騎士団退官後、領地の管理よりも自領を守る兵を育てることにご熱心だった。娘の君がその手助けをする分には何も問題がないじゃないか」
えっ。お父様が兵を持っている⁉︎ そんなそぶりを一切見せたことがなかったのに。第三者から自分の家の情報を教えられるなんて思っても見ませんでした。
まだ真偽のほどは分かりませんが、次に帰宅した際には、お父様を問い詰めなければなりませんね。
「だとしても、わたくし個人が軍事力を持つ予定はありません」
「うーん。じゃあ、引き受けてくれないと、君が困っちゃうようなことでも言おうかなあ。例えばだけど……今のハーブティーの取引、切る? ボクたちはそんなちっちゃい売り上げが減っても、何にも困らないもん」
「脅すつもりですか?」
「うん。だって君、いろんな見通しが甘いんだもん。君のハーブティーがこんなに人気になって、いろんな商会からお声がかかっているに違いない状況で、まだシュナイザーでしか販売をしていないなんて。リスク分配がちっともできていないじゃないか。力があるからってゴリ押しで押し通そうとしたらいろんなことを取りこぼすよ? そういうとこ、本当にクゥールそっくりだよね」
そう言われるとぐうの音も出ません。騎士学校の授業について行くのがやっとで、ハーブティーの事業の方をタセとニエに任せ切っていたツケがここで回ってくるなんて思ってもいませんでした。
タセもニエも、平民家出身ですから王都や国内の商家との伝を持っているはずもありません。万が一シュナイザー百貨店との販売契約を切られても大丈夫なように、わたくしが騎士学校の人間関係を使ってでも、販路を広げておく必要があったのです。
「まあ、切られてしまうなら仕方がありませんね。幸い、レナートが考えている通りこれからの時勢のことを考えてば、癒やしの効果が付随したハーブティーを欲する方々は多くなるでしょうから。シュナイザーに販売しない分、備蓄を増やしておくのも悪くないでしょう」
「うーん。これでも考えちゃうんだ? じゃあ脅しがきかないなら賄賂でもあげて懐柔しちゃおうか?」
「懐柔……。レナートにわたくしが欲しているものが用意できるのでしょうか?」
挑戦するような視線を向けると、レナートは待ってましたとばかりに嬉しそうな表情を滲ませます。
「ボクたちはなんでも揃える国一番の百貨店を経営しているんだよ? 揃えられないものなんか何もないよ。……そういえば、リジェットさん。今土地を探しているんだって? 何に使うかは知らないけどさあ」
なんで知っているんだ、と思いながらもそれを悟られないように、貴族スマイルでやり過ごそうと、口角に力を入れ鋭利な角度をキープしようと試みます。
「何もない土地でもいいなら、ギシュタールの土地。融通してあげようか?」
「ギシュタール?」
ギシュタール領はわたくしが騎士学校に入学する以前に、わたくしの輿入れを検討していた土地です。
半年ほど前に、騎士団の授業の中で、魔獣の討伐に行った際にはその時の荒れ具合に驚きましたが……。あの土地はやはりシュナイザーに救いを求めてしまうほどに、困窮していたのでしょうか。
「うん。あそこ、シュナイザーに借金をしていたんだけど、返せなくったから土地と統治権、もらっちゃったんだ」
前歴のわたくしが生きていた世界の百貨店も買い物ローン制度はありましたが、シュナイザー百貨店も同じような仕組みを持っているようです。ただ、シュナイザーでは金利をかけるやり方ではなく、返せなくなったら担保のものを売りに払う、質屋的なやり方をとっているようです。
それにしても、土地の一部と統治権を質に入れる貴族って……。そこに住まう、平民のことを考えることなく自分の欲だけを満たそうとする姿勢に、呆れてものもいえなくなってしまいます。
貴族の風上にも置けません。お嫁に行かなくて大正解。
「ギシュタールもバカだよねえ。他の領地持ちの貴族に領地運営に関する指南を受ければよかったのに、ただの名持ち一代男爵家でしかないボクたちシュナイザーに借金をするなんて」
そう言われればそうですね。
わたくしは頭の中でこの世界における貴族内の身分制度を思い返します。
この国では治める土地がある貴族の方が、慮られる傾向があります。
領地を持っている貴族は“領地持ち”。なんらかの国に定められた役割を持っている貴族は“役職持ち”。貴族としての爵位だけを持ち合わせている貴族は“名持ち”と区分され、貴族の中でも名持ちはそこまで、重要視される存在ではありません。
シュナイザーは国内最大手の百貨店といえど、その活動は国から定められてものではないので、名持ち。しかもその活動の多彩さを亡くなった王に認められたことで、今代爵位を賜った歴史の浅い男爵家です。
そんなシュナイザーに支援を願い出たということは、ギシュタール家の他貴族との繋がりの希薄さと、困窮の厳しさを表すものに他なりません。
「しかも、借金をしている状況でも、彼らは浪費を止めることはなかったし。領地運営がうまくいかなくて、土地には魔獣が蔓延るくらい困窮していたのに、自分たちはドレスやら煙草やら酒やら……不必要な嗜好品を控えることはしなかったんだ。愚かな彼らは最終的に担保にしていた土地をほとんど取られ、領地持ちとしての尊厳を失い、実質ただの名持ち貴族に成り下がったのでした。めでたし、めでたし〜」
「……」
「でもボクが持ってても持て余しちゃうから、誰かに押し付け__譲ろうとしていたんだ」
「シュナイザーの皆様はどうしてわたくしに土地を押し付けるのでしょう……」
元はと言えば、ミームもクリストフに押し付けられた土地でした。似たもの兄弟め……。
「でも、ミームは今や宝の山じゃない! 薬草だってとれるようになったし、魔法陣の生産だってできる。そんな土地、国内では唯一無二だよ?」
「それができるまで、手筈を整えたのはわたくしですけども……」
「うん。すごいすごい。ボク尊敬しちゃうなあ! ほんと、リジェットさんって、戦う騎士ってよりも統治が得意だし領主向きなんだよね」
「いや、騎士になりたいわたくしからするとその評価は決してありがたいものではないのですが……」
「騎士団に入らずに、領主になればいいのに」
さらりと言われた言葉ですが、レナートは本気の目をしていました。
「わたくしは上に三人も兄がいるんですよ。なれるわけないでしょう?」
「邪魔なものは蹴落とすといいよ。協力しようか?」
「〜〜っ! いりません!」
今回の商談で、レナートの冷徹な性格がやっと理解できたわたくしには分かります。この人は、頼んだら本当にやる!
「まあ、リジェットさんのところは比較的仲がいいからねえ。でも、兄弟とはいえ派閥が違うと裏切られることもあるから、あんまりその仲の良さを過信史すぎない方がいいよ?」
「なんて悲しいアドバイス……」
「だからリジェットさんも、さっさとこっち側に染まろうよ〜! いいよ。金だけを信用する日々。人間はいくらでも裏切るけど、金は裏切らないし」
にっこりと圧強めに笑う、レナート。
何があったんだ……。
「ま、ここまでの流れは……半分冗談な部分もあるわけだけど……。わかった? 今のリジェットさんって、いろんな人に食い物にされる立場にあるんだよ?」
レナートのもっともすぎる意見にわたくしは何もいえなくなってしまいます。
そうですよね……。直感で動いてしまう気質があるのは重々承知していましたが、わたくしの動きがたくさんの人に影響を及ぼしてしまう今の立場を考えると、もう少し考えてから動いた方がいいのかもしれません。
今回の話し合いで、レナートに丸め込まれて、マルトで魔法陣を生産することになってしまいましたし、このまま何も対策を講じず、事業を進めてしまったら、テテの栽培も王族ではなく思ってもみない人間に手柄を取られてしまいかねません。
そうだ。スミはシハンクージャの結界を作っている村と交流があるのですよね。その知識が役に立つかもしれません。
「ボクはさあ、優しいから注意してあげられるけれど世の中には、そんなこと考えていないやつもいっぱいいるんだから。何かやるにしても考えて動かないとだめだよ?」
「……はい。ご忠告ありがとうございます」
先生だけでなく、まさか取引先であるレナートに注意喚起をされてしまったことに少しへこみつつ、危なっかしさを少しでも減らしていこうと心に決めます。
「ま、このくらいかな。ボクが一応年長者としていえることは。リジェットさんはあまりものを考えずに動くけれど、権力だけは持っているから危なっかしくてつい口出しちゃった。あ、そうだ」
レナートは何か言うべきことを思い出したという表情をした後、分かりやすく顔を歪めます。
「まだわたくしは何かしてしまったのでしょうか」
「いいや。リジェットさんに不足があるわけじゃないんだけど。シュナイザー百貨店及び商会側からあと一つ、助言をするとするのであれば……戦場でクリストフの姿を見たら、声をかけたりせずにすぐに逃げろってことくらいかな?」
「クリストフ? なぜですか?」
わたくしは以前ミームにあるシュナイザー百貨店で会ったクリストフの様子を思い出します。質のいいジャケットに、隙のない髪型……。ちょっと胡散臭い笑みを浮かべているところは気になりますが、取引をする相手としては話もしやすく、特に困ったところは感じない人だったのですが……。
「ボクに金を集めたいという欲があるように、クリストフにも常人には理解できない趣向だけれど……彼にだけは確実に存在する欲求があるからだよ」
レナートは今までの笑顔が嘘のように、薄暗い表情をしていました。
「絶対に、戦場のクリストフに近づかないで……」
「……よくわかりませんが。近づかないのが得策なのですね?」
「うん。命が惜しければそうしてね!」
クリストフには……どんな……特殊な趣向が……?
満面の笑顔でいう、レナートを見てわたくしは何かを不穏なものを感じ取り、一瞬で背中にびっしょりと濡らすほどの冷や汗を掻いたのです。
………。いろんな人がいるなあ。




