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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
135/157

120全ては自分のための計画です

 先生の家を訪れてから、数日が経った授業終わり。オルブライトの屋敷の離宮__元、おばあさまの療養所、現わたくしの事業の拠点にわたくしは先生を引き連れて足を運んでいました。


「……と、いうわけで、シハンクージャで育てられている“テテ”という芋を育てる場所を探したいと考えているのです」


 いつものように、今は応接間になっている大広間で、新作のハーブティーを飲みながら、タセとニエに今後やって保欲しいことを伝えていきましたが……。


「芋……、ですか?」

「なんで、芋?」


 タセとニエは共に首を傾げてしまいます。やっぱりこの世界では戦争は度々起こるものとされているので、戦前に直接でない平民にしてみたら、危機感を覚えるほどのことではないのでしょうか。


 お父様が騎士として活躍していたころ起こっていた、ラザンダルクとの戦争は、国境沿いでなければ争いの影を感じることはなかったと聞いていますし。


 ただ、今後起こることが予想される、核継という能力者が参戦する戦争は今までと比較ができないくらい、悲惨な現状が予想されるだけでなく、戦争自体が長引くでしょう。


「はい。シハンクージャとの戦争は今まで以上に苛烈を極める可能性があります。シハンクージャは……」


 核継の存在を正直に話すと、タセとニエの顔は青白くなります。


「その……核継ってやつが国境を超えてきたら、魔力の奪略が日常茶飯事になるってこと? そんなの……」


 ニエがうわごとのように、


「もしそれが本当だとしたら、ハルツエクデンは総力戦を覚悟しなければなりませんね」


 タセは意外にも冷静に言葉を並べます。


「ええ。そんな状態で戦争が長引くと、食料が枯渇し民が飢えに苦しむ可能性があります。領主一族の人間として、それだけは防がねばなりません。そのために容易に生産できる主食の生産方法を今のうちに確立しておく必要があります」

「……しかしながら、リジェット様。この国には保存の魔法陣がありますから、備蓄に力を入れれば、生産に力を入れなくともよいのではないでしょうか。……これまでも、戦時下はそうして対応していたと聞いておりますし」


 冷静な態度で質問したタセの言葉にわたくしはゆっくりと首を横に振ります。


「この家にある保存の魔法陣はわたくしが描いてしまっているので、実質無料ですが、本来保存の魔法陣は高位の魔術師しか作ることのできないとても高価な魔法陣なのですよ。領民全員が飢えに苦しまない量の魔法陣を全てわたくしの力だけで賄うことは不可能です。……今、マルトの女性たちに魔法陣製作を委託していますが、彼女たちが描けるのは精々基本魔法陣まで。そちらに頼ることも難しいとなると、誰でも作れて長い期間、生産可能な農産物の栽培方法を広めた方が得策なんですよ」

「なるほど……そうですよね。もしも、戦争の被害がそこまで大きくなかったとしても、作りやすい作物の普及は民の生活に必ず役立ちますもの。リジェット様はこの“テテ”という芋を新たなオルブライト領の特産品にしようとお考えなのですか?」


 ニエよりも大人なこともあり理解が早いタセは、事業の重要性を理解し、戦争が大規模に及ばなかった場合の活用法まで考えられているようです。

 こういう柔軟な方を事業のブレーンとして引き入れられてよかったなという思いを抱きながら、わたくしはこれからの展望を口にします。


「いいえ。今回、もしテテの栽培に成功した暁には、その知見を全て王家にお譲りしたいと考えています」

「え、待って。なんで?」


 その発言に声を上げたのは先生でした。露骨に怪訝な表情をしています。


「君がこの事業の発案者だろう? なのに何で王族にその財産とも言える知識を明け渡すんだ?」

「今回わたくしがテテの普及を目指す目的はより多くの民を飢えさせないためです。自領へ富をもたらしたいわけではありません。そのためには王族__アルフレッドあたりに協力を仰ぐのが一番手っ取り早いでしょう?」

「それはそうだけど……でも、なんであんな奴にリジェットの手柄を取られないといけないわけ?」


 先生は不可解そうに顔を歪めています。話を聞いていたタセもニエも、わたくしの真理が読み取れず、困惑した表情を浮かべています。


「いえ。今は王族に手柄を与えておきたいんですよ。王が崩御し、新たな王が立っていない今、王族の地位は以前よりも脆弱なものになっています。王位継承権争いのせいで、以前よりも各所の連携が薄れているのはお分かりでしょう? どこに行っても派閥、派閥。国の中でいがみ合いが多く起こっている中で戦争が起こったら、民の犠牲は大きくなることが予想されます」

「リジェットはどちらに付くこともなくテテの栽培を王族としての手柄に仕立てあげたい訳か。……でもそんなにうまく行くかな」


 先生は難しいだろう、という感情を隠そうとはしません。きっと理想論すぎるとお思いでしょう。

 でも、そうするしかないのです。


「これ以上オルブライト領が名を高めすぎると、独立を疑われます」


 その発言に、タセとニエははっと短く声を上げます。


「オルブライト領は……この数年の事業展開のおかげで、大きくリージェをあげ、奇しくも爵位の高い他の貴族よりも、国政に発言権を持つようになってしまいました。ただ、わたくしたちは、所詮伯爵家。まあ、国境沿いに位置していますから、便宜上辺境伯と呼ぶ方もいますが、本来そこまで大きな権力を持つべきではない立場の人間です」


 わたくしの言葉に、タセとニエは息を呑むような仕草を見せます。自分たちがやっていた事業が、まさか国政に絡んでくるとは……。開業当時は思ってもみなかったに違いありませんから。


「リジェット様は国内のパワーバランスを考えて、今回は名声をあげたいとはお考えではないのですね。今回の目的は民を救うこと。その志は素晴らしいことだと思います。でも……。今回の計画はあまりにもご自分の身を切りすぎているように感じます。その素晴らしい知識を王族に献上したところで、リジェット様に利点はあるのでしょうか」

「まさか無料で情報を与えるようなことは致しませんよ? 知識を献上することを対価に、わたくしへの婚約打診を潰すつもりですから」

「リジェット様は第二王子から婚約の打診を受けているのですか⁉︎」

「そ、それって……。貴族の御令嬢としてはめちゃくちゃ名誉なことなのではないですか⁉︎」


 ニエとタセはギョッとした表情を浮かべています。二人にはアルフレッド様から婚姻の打診が来ていることは伝えていませんでしたからね。


「普通の御令嬢ならば喜ぶことかもしれませんがわたくしにとってはちっとも嬉しいことではありません」


 うんざりとした顔でいうと、先生は意外そうな顔をします。


「君にとって王家に嫁ぐことはそんなに嫌なことなの? ……今よりも使える権力が大きくなるから満更でもないのかと思っていたけど……」


 その先生の返しにわたくしはギョッとしてしまいます。わたくしのことなんか何もわかっていないじゃないですか!


「いやですよ! そんな窮屈な肩書きわたくしの人生にはいりませんもの。王城の最奥に閉じ込められて大事に仕舞い込まれるより、戦場やわたくしの力を必要としている場所の最前線で、動き回っている方がわたくしの性に合いますから。……それに最近、アルフレッド様周りの人間がわたくしに近づいてくるのが、ほんと鬱陶しくなってきたんですよね……」


 貴族らしからぬげんなりとした感情剥き出しの顔を浮かべると、先生はああ……と僅かに納得したような表情を浮かべます。


「君は思ったよりも根っからの現場主義者なんだね。でも王族の執着を受けていることに対しては同情するよ。……王族は興味がないときは全くこちらを向かないくせに、一度対象になると鬱陶しくなるからね……」


 その表情から先生も鬱陶しく付き纏われたことがあるのが伺えますね。


 一連の流れを聞いていたタセが、ずっと閉じていた重い口を開きます。


「本当にリジェット様は年齢にそぐわない、知見を持っていらっしゃる……。あ! これ悪口じゃないですよ?」


 タセは慌てて、ワタワタと誤魔化します。大丈夫ですよ……。その指摘、あっていますから。

 消したい過去の出来事も、こういう時に役に立つなら……。前歴のわたくしも救われる思いでしょう。


「タセは……わたくしが王族と距離をおこうと考えることに反対しないのですね」

「わたくしとしましては、事業のことを考えると、リジェット様のような発案ができる人材を他者に奪われてしまうことは避けたいです。それに……この事業はリジェット様の名の下に成り立っている部分がありますから」

「そうですよね……」


 シュナイザーとの取引もわたくしの名とオルブライト家の爵位があって行えていることですものね。従業員にとって責任者が急にいなくなることだけは、避けたいことでしょう。


「それに、個人的には……。リジェット様が王宮の中でじっとしていることを我慢できる方だとは思えませんもの。きっと何かあったら、剣を握って戦場にでてしまうでしょう?」

「タセの目にもそう見えますか?」

「ええ。リジェット様は行動力の鬼ですから」


 それは褒め言葉だと信じて受け取っていいのでしょうか。


「君は本当に思った通りに動かないよなあ。まさか、食糧危機を救うようなことを自分の手柄にしようとは思わないなんて……。偽善的すぎない?」


 先生はまだ納得していないような表情を浮かべています。


「欲張らず、もちすぎた知識は人に分け与えておいた方が、今後大きなものを得られるかもしれないじゃないですか。わたくしはこのハルツエクデンという国に投資をしたいのですよ」







 その後、今後テテの栽培を広げていくためのスケジュールを組んだり、今のハーブ事業の状態を話し合ったりと、事業全体に対する話し合いを進めていきます。


「じゃあ、タセ。この事業も……あなたの本来の得意範囲ではないかもしれないけれど。お願いしてもいいかしら」

「いいえ。国をめちゃくちゃにするような規模の戦争が起ころうとしている時にも食に関することに関われていること事態が誇らしいことですから……。任せてくださいよ。……じゃ、ニエ。私たちはそのテテっていう芋を栽培できるように準備を整えますか! ……と、言ってもまだ戦争が始まるかどうかはわからないんだから、気楽に準備すればいいと思うけど……。ニエ?」


 笑っていたタセの顔が強ばります。ニエは見たことのないくらい、真顔で、感情を殺し切った顔をして宙を見つめていました。

 まるでわたくしたちには見えない何かから、神託を受けたかのような。


「……戦争は始まるんだよ」


 静寂の中にニエの呟きが落ちます。


 __先読みの力があるであろうニエがそういうのなら、きっと、それは覆らないのでしょう。

 迫り来る恐ろしい未来を受け止められるだけの用意が今のわたくしたちにあるのか。その答えはNOとしか言えません。





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