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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
133/157

118商売上手です


「それが……聞きたかったことですか?」


 スミはキョトンとした顔をしていました。


 一見、食料は戦争に関係のない話題に思えますが、これは重要な議論なのです。


 戦争が長引けば、まず枯渇するのは食料ですから。


 わたくしの前歴者である忍は、日本の戦前の時代に生まれました。都市部で生活していた忍ですが、一時期は疎開し、叔母が住む田舎で暮らしていたことがあります。疎開先では学校の校庭を全てサツマイモ畑にして、食料を確保していました。


 ただ、戦時中という特殊な状況下もあり、もともとその時に住んでいて、農業に従事していた人たちの方が食料に触れる機会が多く、忍はなかなか食料を得ることはできませんでした。

 都市から逃げてきた忍に、知り合いも少なかったことも影響していたと思います。

 戦時下の中で辛かったことはたくさんありましたが、その中でも幼い兄弟を空襲で失い食べ物にもありつけず、ひもじさと悲しさで心が荒んだあの時期の記憶が強く残っているのです。


 このままでは死んでしまう。何かと食料を交換してでも食べ物を手に入れなければ。

 そう思った忍は都市から持ち合わせた少ない所持品を探りますが、渡せるものがほとんど見つかりません。鉄が使われているものは全て、国に回収されていたので、唯一持っていた金目のものは忍の母が嫁入りの時に生家から持たされた、色打ち掛けだけでした。


 忍にとって宝物だった高価な着物ですが、それを手放してでも何か食べ物を食べたい。

 そんな必死な思いで、色打ち掛けを持ち、地元の農家のもとへ向かいます。この、美しい着物と食べ物をどうにか交換してくれないかと、お願いをすると農家の親父さんは困惑した表情を浮かべていました。


「悪いけど、うちにあっても仕方がないものは受け取れないよ。おんなじ事言ってくる人が何人もいたんだけど……」


 断腸の思いで申し出たのに、あっけなく断られてしまったのを忍は絶望を覚えます。


 今、冷静に考えればなぜ断られたか、理由はわかるのです。


 戦時下で食べ物が足りていない状況で、そんな美しい着物があったって、なんの役にも立ちません。皆が追い詰められた状況では、どんなに美しく価値があるものでも、無価値になってしまうのです。


 戦時下で最後まで価値を失わない物。それは食料と武器でしょう。それ以外のものが役立つ状況は恵まれている状況なのです。


 わたくしの事業で、魔法陣を生産するルートはもう確保できていますが、残念ながら食料は確保できていません。薬草の生産地であるマルトは薬草についての栽培知識はありますが、食料生産に特化しているわけではありませんから。


 そこでわたくしは育てやすく、収穫量が多い食べ物を探し求めているのです。


 そもそも、マルトだけでオルブライト領全体の食料を確保できるとは考えていませんから、これから生産地を定めないといけませんが。


「ええ。もし戦争が始まった時に、領民の命を左右するのは保存のきく食料の有無です。わたくしは前歴で戦争を体験した経験がありますが、食料がなくなってからの生活は悲惨です……。わたくしは領民に同じ思いをしてほしくないのです」

「あ……リジェット様の前歴者は戦前の方だったのですよね……」


 戦時下を知らない世代に生まれたスミの前歴者は、教科書でしか戦争を知らない世代の人間です。知識として知ってはいても、経験を持ち合わせているわけではないので、食べ物に対する執着を完全に理解することは難しいでしょう。


「ええ。わたくしからすると、スミの前歴の方は自分が知らない未来を生きた__ようは未来人ですよ。なのに今はわたくしの方が年下だなんて……。不思議なこともありますよね」


 おどけた様子で言うと、スミはふふふ、と柔らかい笑みをこぼします。


「ここと前の世界はどう繋がっているのでしょうね……」


 こんなにもスムーズに、前の世界の話をできるようになるなんて思わなかったわたくしは、スミと話をしているだけで、感慨深く感じてしまいます。

 

「あ、そういえばマハの前で前歴の話題を振ってよかったのでしょうか?」


 以前スミと前歴の話をした際は、マハに席を外してもらっていたので、もしスミが話していなかったら……と今更ながら心配になってしまいます。


「大丈夫。白纏の子が前世の記憶持ちなのは、他の白纏からも聞いていて、知ってるから。でも、あんまり俺の知らない話題で盛り上がられると……なんて言うか……癪」

「もう、マハったら。大丈夫ですよ。マハには私たちの前歴の歴史もかいつまんで話していますから」

「それならよかったです」


 安心していると、スミが何気なく話を戻し始めます。


「……それより、栽培しやすい芋の話でしたね! それなら、シハンクージャに“テテ”と呼ばれるジャガイモとサツマイモの間のような味がする芋がありました。シハンクージャの北東部では主食として食べられている芋で、収穫量が多いことも特徴なんですよ」

「あ! それ、俺も覚えてる! ほくほくして美味しかったよね。ハルツエクデンより乾燥したシハンクージャの土地でも育つらしいから、きっとこっちでも育つと思う」


 ほほう? マハの感想を聞く限り、その芋は味も悪くないようですね。どうせ作るなら美味しい方がいいですから。美味しいものは正義。


「では、シハンクージャに住んでいる白纏たちに連絡してこちらに送ってもらいましょう」

「……そんなことができるのですか?」

「ええ。以前こちらの国で保護した白纏の子供達をシハンクージャの街で匿っていて……」

「あ、その話。スミが倒れている時に俺がリジェット様にしたから、知っているよ。……勝手に話てごめん」


 マハが言いにくそうに言いますが、スミは特に怒った様子は見せていません。


「マハが必要だと思ったから話したんでしょう? いつかリジェット様にもお話しなければと思っていたので、先に話を通してくれたことはありがたいわ」

「それなら……よかった」


 スミの言葉に、マハはホッとした表情を見せます。スミはこちらに視線を戻します。

 この二人と話す時は意外と、マハは知っているけれどスミは知らなかったり、その逆だったりすることがあるので、話すときは気をつけなければですね。


「その白纏の子どもたちが暮らしているのが、エレメリアなんですよ。今でも、物資をあちらに送ったり、あちらから珍しいものをいただいたり、交流が続いているのです。少し前までは自分で向かうこともできていましたが、体が動きにくくなってからは訪ねてはいませんが」

「そうだったのですね! ……ああ、なんだかやっとスミとマハが旅の中で得た土地や人の繋がりがわかった気がします! ……でも、輸送には高性能な魔法陣が必要ではありませんか?」

「そこは……。クゥール様の魔法陣をシュナイザーから購入していますから問題ありません。百貨店ではなく、商会の方から卸業者価格で購入しましたから、そこまで高価ではありませんでしたし……」


 あれ? 先生の魔法陣ってかなり高価なのでは……? 首を傾げていると、マハがこそっと補足してくださいます。


「スミはこう見えて意外と商売上手だから……。金持ってる貴族だとか、取れそうなところには結構しっかりふっかけてるんだよ。あと、普段はケチだけど使うと決めたら結構剛気だし……」

「……マハ?」


 いつもより低い威圧感のあるスミの声に、びゃっと飛び上がったマハはすぐにお口チャックしてしまいます。もっと、スミの意外な一面を聞いてみたかったような気がしますが……。


 本人が教えたくないと言うのであれば、聞きすぎるのは野暮でしょう。


「スミ。では、その芋を入手することができたら、わたくしに譲渡してもらうことは可能でしょうか? 言い値で購入させていただきます」


 シュナイザー百貨店との取引は順調に続いているので、わたくしの今のお財布事情は比較的豊かです。これから着手したいことがたくさんありますので、無駄遣いはできませんが……。

 お値段にちょっとびくびくしているわたくしにスミは優しく微笑みかけます。


「入手自体はそこまで難しくはないと思いますよ? 魔法陣も使えますし、連絡がつけば明日にはお送りできると思います。お値段ですが……私はリジェット様に大変お世話になっていますから、いただくことはできません」

「まあ! それはいけませんよ? 対価なしに成果を得ることはできませんもの。タダより怖いものはありません」

「あ……。リジェット様もそう思われる方でしたか。そうですよねえ。ただより怖いものはありませんよね」


 前日になんの対価も求められずに、オフィーリア姫に治療をされてしまったスミらしい発言です。スミは少し考えた様子を見せた後、求めるものを決めゆっくりと口を開きます。


「では、グランドマザーから初石を奪う当日、同行をお願いしてもよろしいでしょうか」

「おおう……。意外とふっかけてきますね」

「言ったでしょう? スミはとれるところからはちゃんととるタイプだって」


 軽くウインクを飛ばし、うちの主人どうですか、と言わんばかりのマハ。

 ……マハ。あなたは評価を間違えていませんでしたね。


 でも、どちらにせよ、わたくしはこの二人の行く末を見守るつもりでした。


「いいでしょう。同行します。でも、先生の同行は約束できませんよ? あの方は気まぐれですから……」

「そうでしょうか?」


 微笑んでいるのに、どこか鋭さを孕んだ__まるで百戦錬磨な商売人の顔をしたスミ。

 

「……リジェット様が一人で大聖堂に向かうことという危険な行為を、あんなにも心を砕いた様子を見せているクゥール様が許すハズはありません。クゥール様にとってリジェット様は唯一の弟子。リジェット様の同行さえお約束いただければ、自動的にクゥール様もついてくるでしょう?」


 マハが、あーあと言いながら呆れた表情でわたくしの顔を見つめています。

 あれ……わたくし、いつの間にかスミの口車にうまく乗せられてしまいました。


「言ったでしょう? スミは商売上手なんだ」


 ニッと笑ったマハの顔はどこか自慢げに見えました。



戦時下のお話は祖父母から聞いたものや、書籍、Twitterでのお話を参考にしています。うち、昔からの農家なんですけど、物置探すと、結構あれ? ってものが小さい頃は見つかりました。親族が片付けてくださったので今はもう残っていませんが。という蛇足。

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