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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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間話 密やかな取引

スミ視点の間話です。内容は本編相当です。


 リジェット様が帰った後。私とマハは気不味さからしばらく無言で過ごした。軽い夕食をとったのち、窓の外に暗く星が瞬く頃になってから、やっと二人で向き合って話し合いを始めた。


 私の望みはマハの望みではない。その食い違いを正すべきだと、マハに詰めるように言われたからだ。


「……スミは俺に、大聖堂で働くために大聖堂内に蔓延るグランドマザーの手下たちを一掃したいんだね?」

「そうね……」

「でもさ、俺はそんなこと、望んでないよ」


 マハは私を睨むような目で見てくる。ああ、これは怒っているな。その証拠に私の手を掴んだマハの手が熱い。熱の要素を持ったマハは感情が高まると、自身が持つ熱のコントロールが難しくなる。

 少しでも、マハが落ち着くように、ぎゅっと手を握ると、私の手が痛まないように細心の注意を払った優しい力で握り返してくれる。


「俺の望みはスミと少しでも長く暮らすことだよ。俺の望みを履き違えないで」


 震える声でマハが言う。私の行動が、マハを追い詰めていたことを思い知らされるような声だった。


「そうね……ごめんなさい。私はあなたのことを考えるあまり、先走って結論を出そうとしてしまったのかもしれない」


 マハは静かに頷く。


「俺だって馬鹿じゃないから、スミが——そう遠くない時期にいなくなってしまうってことはわかってる」


 意外な言葉に息を呑む。てっきりマハは現実から目を逸らしているものかと思っていた。この旅の終わりを把握せずに、子供の心のまま、夢を見ているのだと。だけども、実際には現実から目を逸れしていたのは私の方なのかもしれない。


「うん。それにね。スミが心配するほど、俺は何もできない子供じゃないよ。こんななりでも呪い子だから、歳はそれなりに食ってるし。スミと旅をしていく中で知恵だってついた。もし万が一ひとりぼっちになって、その時大聖堂に頼れなくてもうまくやるよ」


 マハはいたずらに笑う。

 そうか、私はマハを信用すべきだったんだわ。もう、自分で人生を選べるくらい成長していたはずなのに、過剰に面倒を見ようとしてしまっていたのかもしれない。


「だから、初石を奪い返すことだけは……俺のためにもやめないで。じゃないとスミの寿命を伸ばすために、何よりも貴重な今を削った俺が馬鹿みたいじゃないか」


 少しでも長く生きるための目を潰さないように、行きたくもない大聖堂に潜り込んだマハ。いくら大聖堂が彼に適した生活環境だったとしても、それは目的ではなく手段だ。その努力の意味を命じた私自身が潰してしまうところだった。


「そうね……わかったわ。初石を奪い返すことだけは諦めない」

「ありがとう……スミ」

「感謝するのは私の方だわ。私の人生に付き合わせて、振り回して、何もできなくてごめんね」

「何言ってるの? スミにもらったものはいっぱいあるよ……。スミについて行かなかったら、俺はまだあの塔の中に閉じ込められたままだ。なにも知らずに、きっと二百年くらい閉じ込められたままただ死んじゃうだけのお粗末な人生になってたに違いないよ。美しいものを何も知らずに朽ちていく、最低な人生だ」

「でも、あなたが知らなくていいことも教えてしまった」

「そうだね。スミに出会ったことで、俺は知らないはずの別離の痛みを知るんだ。でも、それを知ってしまったとしても、得たものの方が多い。……俺はスミに出逢えて……一番欲しかったものを得た俺は……幸せなんだ」


 今にも崩れてしまいそうな、泣き顔をするマハの体に手を伸ばし、抱きしめる。マハの体は、旅を始めた時よりも少しだけ成長していた。



 その時だった。



 窓の方からガラリと音がした。窓が誰かによって開けられた音? 私もマハもここにいるというのに? 驚きと焦りを滲ませながら、そちらに視線をやる。


 窓が開けられたことで、夜の空気で冷やされた風が、ふわりと入ってくる。夏の気配がまだ微かに残っている夜風は、湿気を孕んで重さを持っていた。


 その空気の隙間を縫うような、凛とした声が耳に届く。


「そう。あなたにはもう少しだけ生きてもらわないの、わたくし、困ってしまうの。物語はシナリオ通りに進めないとね」


 そこには闇を背景に、星あかりに照らされる二人組がいた。

 一人はどうみても高価そうな繊細な透かしが入った緑がかった水色のマーメイドラインのドレスを着た女性。髪色は紫色で魔力はそこまで高そうではないようだ。

 もう一人は……。中性的な雰囲気を持つ、メイド服の女性……? 女性なのかしら。顔の角度によって女性にも男性にも見える不思議な雰囲気を持った人だ。


 王城の関係者かしら。

 私の脳裏にはすぐにその選択肢が浮かんだ。

 体調を崩してからというもの、私は王城への情報提供をすっかりやめてしまった。

 というのも、外回りの色盗みの女が任期中に行方不明になることはそう珍しいことではないからだ。色盗みは寿命と引き換えに宝石を作る術だ。そのため、任務中に行き倒れ、森の中で朽ち果ててしまうことも多い。


 したがって、王城の人間がわざわざその消息を確認することはそうそうない。多分、今私は王城では死んだ人間だと思われているだろう。


 なのに……。今回は、わざわざ私の存在を消しに来たのだろうか? 一体、なんのために? 侵入者の目的が見えないどころか、辻褄が合わないような違和感が拭えなかった。


「こんばんは。夜分遅くに失礼致しますね」


 夜が似合う、妖艶なドレス姿の女性の言葉に、マハは泡を食ったように、わなわなと揺れる。

 必死の形相で、私を守るように、前に立ち塞がった。


「なんで⁉︎ ここには侵入防止の魔法陣だって、仕掛けてあるのに!」

「そうみたいね。クゥールの魔法陣を使っているなんて……なかなか粋ね。でもね、坊や。貴方の黒よりもわたくしの黒の方が残念ながら階位が高いの。魔法陣の使用権はこの場合、私が優先ね?」


 え? この女性の髪色は紫じゃ……。

 そう考えを巡らせた時だった。ドレスを来た方の女性が、手元にあたった魔法陣を光らせる。あれはリジェット様が使っていた擬態の魔法陣だ。どうやらここまでくるために、女性は擬態を施していたらしい。

 擬態を解いて、ぶわりと広がった女性の髪は、驚くほど黒かった。


 マハの闇のような黒さも、十二分に黒いと思っていたけれど、二人が並ぶとこの女性の髪の方がより黒いことがよくわかる。


 どう表現していいかわからないけれど、女性の髪色はみたこともない、人工的な黒さだった。

 何者にも染まらない圧倒的な黒。


 前の世界にいた頃、使っていた画材で究極の黒、と言われる少しの反射光も許さないマンセル値N1.5のアクリルガッシュがあったが、この女性の髪色はどこかそれを彷彿とさせる色合いだった。


 吸い込まれそうな黒の影響なのか、私は何かに酔うようにくらりと目眩を覚えた。


 けれどもハルツエクデンに髪の黒い妙齢の女性はいないはず……。

 瞬時に考えを巡らせたのち、私は一人だけ例外がいることを思い出した。


「あなたは……ラザンダルクの……。オフィーリア姫?」

「あら……。正解。貴女すごいわ。情報があまり漏れていないはずのわたくしのことを知っているなんて。もしかしたら、他にもいろんなことを知っているのかしら? 仲良くなるだけの時間が残っていないのが残念だわ」


 オフィーリア姫はメイド姿の従者にエスコートを受けるような形で、窓から部屋に入り、私に近づく。それを見た、マハは私を守ろうと前に立ちはだかろうと腕を伸ばした。しかし、抵抗も虚しく、体術に長けているらしいメイド姿の従者にすぐに羽交い締めにされてしまう。


「は、放せっ!」

「マハッ!」


 マハはバタバタと暴れて、従者から逃れようとしたが、腕は解けそうになかった。


「おっ! 生きがいいねえ〜! 姫様、コイツ取り込みたいから持ってっちゃダメ?」


 取り込む? まるで色盗みが色を取るような言い方に眉を顰める。よくよく観察すると、メイド姿の従者の裾から覗く腕は、パッチワークのように継ぎ接ぎになっていた。まるで何人もの人間の皮膚を無理やり繋いだように。


 あんなふうな人間を私はシハンクージャで見たことがあった。


 核継の男……。


 それはある種、色盗みとは対極の立ち位置にいる、シハンクージャの術師だった。

 色盗みの女は、魔力を盗み、宝石に仕立て上げる術者で、いわば魔術具の製作者に近い。魔力を奪うのではなく、コピーをすることで宝石を生み出すので、決して他者に危害を加えることもなく、危うい生き物ではない。


 それに対して、核継は魔力の略奪者だ。


 魔術を持つ生き物の一部をそのまま自分の一部分に取り込むことで、他人の能力を自分のものにする。

 一部を奪われた人間は、核と呼ばれる人としての記憶を構成する器官——いわば魂のような部分を取られると命を失ってしまう。


 シハンクージャ国内で、殺戮が多く行われ、治安が安定しない理由はこの核継による魔力略奪が広く行われているためだ。核継は男だけでなく、女もいるがより多く色を集めるのは男だと言われている。


 シハンクージャでは、生来から黒い髪のものが王族になるのではなく、より多くの魔力を取り入れた深い髪色のものが王となる習慣があった。


 そして、王の子供はより多くの色を集めるために、幼い頃に市井へと出されるのだ。王の血をより濃く引くものは多くの色を集めるだけの資質を有し、その瞳には虹彩が星をばら撒いた夜空のように、角度ごとに色を変える不思議な色彩を持っていると言われている。


 以前、マハとシハンクージャを旅した時に、その血筋を微かに引く男に出会ったことがあるが、その男の虹彩は血が薄いせいか色狂いの私としても、そこまで素晴らしいとは思えないお粗末な代物だった。

 核継の虹彩は美しいと聞いていたから、酷くがっかりした記憶がある。


 それに比べて、この従者の瞳の虹彩はなんと美しいことか。散る虹彩は見事なオーロラのような極彩色で、角度ごとに色を変える。それは術者が取り込む容量が他のものよりも何段階も優れていることを表していた。


 こんな絶体絶命の状況でなければ、じっと至近距離で見つめて、半日くらい眺めていたい色なのに……。


「だめよ。その子もこの世界を構築するために必要な一部分だから」


 オフィーリアが従者を嗜める。この二人の間には絶対的な主従関係があるように見える。


「ちぇ。役持ちかよ。命拾いしたな〜、クソガキ」


 従者は捕食者のような凶悪な笑みを浮かべる。マハに興味を失ったのか、ポイっと放り投げるようにマハを投げた。投げられたマハは壁に肩を強打し、鈍い音を響かせた。


 強者だ。この人たちは、私とマハが立ち向かえないような、強者。

 緊張と恐怖のあまり、私は呼吸がうまくできなくなる。どうにかして、マハを逃したいのに、思考がうまくまとまらない。


「さてと。ここに長居することもできませんから。さっさと用を済ませましょう」


 オフィーリア姫はベッドにいる私の前まで近づき、徐に私の胸元に手を伸ばした。


 ああ、もうダメだ。そう思った瞬間、なんらかの術式が光る。一瞬、ヒヤリと皮膚表面の温度が下がった感覚はあったが、痛みは感じない。


「スミっ⁉︎ あんたら、いきなり何するんだ⁉︎ 大丈夫、大丈夫⁉︎」


 マハが焦った様子で、私の肩を大きく揺らした。驚きで固まってしまっていたけれど……あれ……? 私は自分の体の状態が先ほどと変わっていることに気がつく。


「え……。体の怠さが……楽になっている」

「……え?」


 自分の動揺を鎮めるために、一回息を大きく吸って吐く。間違いない。腹部周辺に重くのしかかるように存在していた怠さが小さくなっていた。驚いて、服をめくって確認すると、腹部の一部の魔力染みが薄くなって、本来の肌色を取り戻していた。

 どうやらオフィーリア姫は私の治療をしてくれたらしい。


「どうして……? 見ず知らずの私にこんな治療を……? なんのために……?」


 不可解な行動に目を瞬かせていると、オフィーリア姫はおだやかな笑みを浮かべた。


「これから必要になることだからよ。でも、治療と言っても、貴女に染みつく過分魔力の染みを一箇所に寄せ集めて苦しみを小さくしただけなの。残念ながら、わたくしは貴女の寿命に触れることはできない」

「なんだかよくわかりませんが、何か……お礼を」

「いいの。わたくしにお礼なんていらないわ。でもあなたは必ずこの世界に対して対価を払ってね」

「この世界に対しての……対価……ですか?」


 わからない。この人が何を言っているのかわからない。混乱しながらオフィーリア姫の顔を見上げると、意味ありげな笑みで、言葉を足される。


「あなたには役目がある。大切な……この世界にとって一番の大役が」

「大役?」

「だから、その役を引き受ける時が来たら、あとはよろしくお願いするわ」


 恐ろしさで声が震える。

 ただより怖いものはない。私は己の病状が軽くなることを対価に、何か大きなことを引き受けてしまったのではないか。そんな一抹の不安が心をよぎる。


「さあ。ニーシェ。用は済みました。面倒ごとが起こる前に帰りましょう」 

「はーい。じゃあね〜! 色盗みのおねーさんとクソガキ。また、会うことはないだろうけど」


 二人はそう言って何事もなかったかのように、入ってきた窓へとスタスタと歩いていく。

 瞬く間に二人の侵入者は夜の闇の中に吸い込まれるように消えていった。


「なんだったの?」


 私は怯えた様子のマハの肩を強く抱きしめる。


「わからないわ。彼女たちは……何か自分たちの都合のために……私を治療しにきたのかしら……?」


 二人がいなくなってしばらくの間、オフィーリア姫の髪色のように黒く広がる夜の闇を、マハと二人で呆然と見つめていた。




オフィーリア姫の髪色は暗闇の黒、で検索するとアクリルガナッシュの商品が出ると思います。……めちゃ黒いです。

そして謎のメイド従者、ニーシェの腕はまるでフランケンシュタインとかブラックジャックのよう。


日曜日に次は出せるように頑張ります。

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