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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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109大聖堂を訪れます


 支度に時間がずいぶんかかってしまいましたが、気を取り直し大聖堂へと向かっていきます。

 以前蚤の市の際、先生と待ち合わせをした騎士団の門から王都の広場を抜け、さらに抜けた道を進んでいきます。賑わっている商店や百貨店の前にはカラフルな花々やフラッグが飾られていますが、さらに足を進め大聖堂に近づくにつれ、色が失われていくように黒や青灰色が使われたモノトーンに近い荘厳な街並みへと変化していきます。


 人通りもどんどん少なくなっていきますし、街ゆく人々も口をつぐみ颯爽と早足で歩いていて、騒がしくしている様子は見られません。


「この辺は……、なんというか閑静な感じですね」

「この辺からは大聖堂とその関連の建物が立ち並んでいる区間になるからね。あんまり騒がしくしていると目をつけられるから、小声で話すように」


 そう言われ、わたくしは声のボリュームを下げます。

 どうしてか、大聖堂に近づき足を進めるうちに靄がかかったように思考がぼんやりとしていきます。まるで本能がそこへいくことを拒否しているようです。それでも、気を強く持って足を進めます。


「あ、あれが大聖堂ですか?」


 わたくしの目の前には巨大で、かつどうしてか清廉な雰囲気を持つ黒一色の建物が現れました。大聖堂の外装は見たことのない素材でできていました。黒いガラスのような艶めいた見た目をしていて、まるで黒い蜜を城の上からかけてしまったように見えます。


 教会は白、というイメージを持っていたわたくしにとってそれはあまりにも異質に見えて、思わず眉を潜めてしまいます。まるで、物語に出てくる魔王の城のようにも見えてしまいました。なんだか……恐ろしさすら感じてしまうほど。

 近づくとより、精密な作りであることがわかり禍々しさが倍増します。


「本当にここが大聖堂なのですか?」

「……え? そうだけど」


 先生はこの見た目について、何も思わないのかしら。スミのことがあり、大聖堂に対してよくない感情を持っているのがわたくしの感情に反映されてしまっているのでしょうか。ちょっと、もやもやとした気持ちのまま進んでいくと、教会の入り口部分である、大きな正面扉の前にたどり着きます。


 大聖堂が国の中でも一度は訪れたいと言われている観光地ということだけは聞いていたので、入場券のようなものを購入する必要があるのかと思っていたのですが特に必要ないようです。


 入り口に立っていた、黒灰色の聖職者の装束をきた女性に祈りを捧げに来たことを告げると、にこりと微笑みを返され、中へどうぞ、と上品に声をかけられます。


 背の高い先生が通っても、まだ高さに余裕があるアーチ型の正面扉を抜け進んでいくと、中も黒一色で塗られた広いホールが現れます。天井高くにトレーサリーのような美しい小窓がたくさんついているので、暗くは感じません。天井の高いアーケード状の建物になっており、突き当たりには説教をする教台があります。教台の前には背もたれがついた黒で塗られた木製の参拝者用の椅子が並んでいます。真正面には湖を模した、八角系のステンドグラスが、怪しく煌めいていました。


 外装が禍々しかったので、身を固くしていましたが、中は意外と質素な作りをしているようですね。


 ゆっくりと顔を上げると、真正面にある湖の女神像と目が合います。


 __あ。ここにも女神の像があるんだわ。


 皆、訪れた人は教台の奥にある女神の像に祈りを捧げていました。わたくしと先生も、周りの人に習って同じように膝を折り、祈りを捧げようとすると、先生に遮られます。


「うん。魔法陣を作動させるためには対価として願いが必要だろう? 祈りは願いに近しいから、フリだけにしておいて」


 そう言われたわたくしは先生の言うとおり、祈りは捧げず、フリにとどめます。


 わたくしが祈りのふりを終え、立ち上がると、先生はまだ祈りのポーズをとっていました。


 先生は祈りを捧げても大丈夫なのかしら。

 待っている手持ち無沙汰の時間で、ホールの中を観察します。

 そうか、こう言う建物には魔法陣が仕掛けられているのか、と思いながら、辺りを見回すと、壁に飾られた豪華な額縁に仰々しく絵画のように飾られた魔法陣がいくつか見受けられました。でも、それらは……なんというか、貴族の家庭でも見られるような一般的な防衛の魔法陣です。


 こんな公の場を守る魔法陣なのだから、もう少し階位の高い魔法陣を使えばいいのに、と首を傾げてしまいます。


 でも……。このホールを覆うように描かれた、一番大きな魔法陣だけは立派だわ。

 魔法陣の模様を見ていると、それらが天井の頂上へと蔦が這うように伸び、一箇所に向かって描かれていることに気がつきます。あれ? この魔法陣の対価って……。魔法陣に仕掛けられた違和感に眉を顰めそうになったとき、横から小さな声で、注意をされます。


「リジェット。あんまり魔法陣を凝視しないで。描けない人には見えない部分もあるから、見すぎていると魔術師であることがわかってしまうよ」

「あ、先生。終わりましたか? ……長かったですね」

「次の準備があったからね。じゃ、いこうか」


 ホールの奥にも、観光客が入れる場所があるということだったので、順路通り進み奥へと向かいます。


 他の観光客と同じように周りをキョロキョロ見渡しながら歩いていると、いきなり先生に腕をぐいっと引っ張られます。そのまま、廊下から一本道を外れた場所に連れてこられた後、すぐに話し声が漏れないための遮蔽の魔法陣と、服装を変える魔法陣をかけられます。若葉色のワンピースは瞬く間に黒灰色の聖職者の装束へと姿を変えました。


「わっ! すごい! さっき受付でみた聖職者の方と同じ洋服です」

「うん。さっき礼拝の時に描いてたんだよね。細かいディティールを忘れないうちに写さないとだったから」

「あ。それでさっき長めに祈っていたのですね? でも……魔法陣を描いているなんて全然分かりませんでしたよ? 熱心に祈りを捧げているだけに見えました」

「人の目を欺くの割と得意だから。……後はこれも必要かな」


 そう言って先生がぼすんと被せたのは黒く、重々しい色のレースが編み込まれたフード型のベールでした。


「……これは?」

「観光客の相手をするような外仕事の聖職者以外はみんなこれを被っているって、マハが教えてくれたからね。他にも建物の構造なんかはマハに聞いているけれど、肝心なのは建物に備え付けられた魔法陣の解読だからね」

「ここまでくる間にも魔法陣はいくつかありましたけど、あまり奇抜なものはありませんでしたね」

「……そうなんだよね。まるで、わざと警備を甘くしているみたいに防御系の魔法陣が手薄だ」

「大聖堂には術者がいないのでしょうか?」

「いないとしても、他所から仕入れられるでしょう。……ここはレナートの狩場なわけだし」


 王都一の品揃えをもつシュナイザー百貨店のレナートは、大聖堂__最近のご贔屓であるグランドマザーに商品を卸していると、言っていました。

 シュナイザー百貨店は魔法陣も取り扱っていますし、そこから魔法陣は買えるはずです。


「もしかしたら、大聖堂は思ったより困窮しているのかな……」

「欲まみれになってしまったと噂のグランドマザーによる散財で?」

「まあ、本当のところはどうかわからないけどね。……さ、時間もないし中に進んでいこうか」


 仕上げに目眩しの魔法陣をかけられ、外を出ると、内勤の聖職者たちが、食事を運んでいるところに出会します。

 みな頭に布をかぶせたようなベールをかぶっていて、あまり顔が見えず、そのことにも不気味さを感じてしまします。


 奥へ奥へ、静かに近づくと人とすれ違わなくなっていきます。きっとグランドマザーの住空間へと近づいているのでしょう。誰かに見咎められないか不安で少し汗をかいてしまいますが、先生が追加でかけてくださった目眩しの魔法陣が効いているようで、今のところ怪しまれてはいないようです。


 安心して、ゆっくり深呼吸をしてからあたりを見渡すと、黒一色だった空間から、目に映るど色数がどんどん増えていくことに気がつきます。


「それにしても……。この大聖堂、奥へ進んでいくと色盗みの宝石が使われている箇所が増えていきますね」


 最奥の黒一面の壁には、埋め込まれるように飾られた色盗みの女の宝石が、タイルのようにうめつくされていました。その輝きは凄まじくまるで豪華なシャンデリアのようです。


「ここに集められていた、色盗みの石をそのまま装飾に使ったんだろう。だいぶ豪勢だよね」

「豪勢というよりは趣味が悪く感じてしまいます……」

「宝石の数も増えてきたから……。もう少しでグランドマザーの栖ってところかな。……というわけで、今日はここまでだ」

「え……。もう少し、奥の方も見ませんか? 最近、わたくし隠伏の魔法陣も描き方覚えたのですよ?」


 そう言って先生に鞄の中に入っていた、隠伏の魔法陣をチラリと見せます。


「待って……。そんなの僕、教えたっけ?」

「教えてもらってはいませんが……。わたくしも自分で勉強しているのですよ?」


 実はこの間、スミが使っていたものを盗み見して覚えたので、自分でも作ってみていたのです。


 先生はそんなわたくしをもちろん褒めてくれたりはしません。

呆れた表情で、これ以上ないくらいに深いため息をつかれてしまいました。


「怒りたいところだけど、ここで叱ると目立つからね……。さあ、怪しまれないうちにここを出るよ」


 先生に手を引かれて、道を戻ろうとしたところでした。


「あれ……。あの人……」


 わたくしは大聖堂の奥へと消えていった、白いケープを被った、人間を目に捉えます。


「リジェットあの人のことを知っているの?」

「ええ。あの方、ジルフクオーツ様付きの魔術師です」


 銀色の髪の中性的な容姿__あのかたは、棘の魔法陣を使う第一王子付きの魔術師でした。

 そういうと、先生の顔ははっとした表情を見せます。


「湖の女神の関与を受けた人間同士が、関わりを持っているのか」

「それは……。女神の意思で?」

「どうかな……わからないけれど、都合が悪そうだってことは確かだ。やっぱり今日は退散すべきみたいだね。あの魔術師に見つからないように急いでここを出るよ」


 わたくしたちは逃げるように大聖堂を後にしました。






 服装を若葉色のワンピースに入れ替え、街に戻ると、賑やかな人の声が響いてきます。街中らしい喧騒に日常が戻ったことを感じ、ほっと息をつきます。


「……なんであんなに手薄な魔法陣ばかりなのかはわかりませんでしたけど、あの建物を作ったからは趣味が悪いと言うことだけはわかりました」

「あのね、リジェット。何事も言っていいことと悪いことがあると思わない?」

「そうですね。でもそう言う先生はあの建物がお好みですか?」

「いや好みではないけど……」


 わたくしたちはそのまま、声を潜めながら会話を続け、王都の中心部へ戻っていきます。


 あまり大きな収穫はありませんでしたが、大聖堂に仕掛けられた魔法陣がどんな類のものかがわかりましたので、次はもっと奥まで、密かに侵入することが叶うでしょう。何事にも下準備は必要ですから。


「大聖堂を守るために設けられた大元の防衛の魔法陣は、あのホールにある天井の魔法陣で間違えなさそうですね。わたくしの見立てが正しければ……対価として色盗みの女が作り出す宝石を差し出す仕組みになっているのですね。」

「それだけじゃないみたいだ。現在、生き長らえている大聖堂の人間の魔力も取り込む仕組みになっているよ。自分達だけが生き残るために作られた汚いやり方の魔法陣だ」

「ということは、力に任せて押し入ろうとすると、他の色盗みの女たちの命を脅かしかねないということですね」


 やっぱりわたくしの目は確かだったんだわ。そのことに落胆してしまいます。


「僕たちが手に入れたいのはあくまでも、グランドマザーがスミから奪った初石だけだ。他のなんの罪もない色盗みを__しかも、王城に派遣される前の幼い色盗みの女たちを危険に晒すのは決して本意ではないから、避けたいね」

「でも、そんな方々の命を易々と対価にするなんて、なんて卑怯なのでしょう」

「別に命を対価としなくたって、願いだとか、もっと階位の高い対価はたくさんあるのにね」

「……願い……ですか」


 わたくしは先生の言葉になんとなく頷くことができませんでした。


 魔法陣は基本的には対価が大きければ大きいほど、高い威力を有するものです。

 例外的に“願い”だけは対価の最上位として位置付けられていて、何かを奪われずとも、対価として大きな意味を持つのですが……。


「先生。わたくしとっても腑に落ちないのですが、どうして魔法陣の対価としての一番位の高い対価が人間の“願い”なのでしょうか。人の希望なんて、ちっぽけでなんの意味を持たないものに思えてしまうのですが……」

「うわあ、夢がない発言だねえ」

「……だって、先生。願いだけで何か大きなことを変えられるとしたら、もっと世界は狂っていると思うのです。そんな儚いものがなぜ対価として成り立つのか。それがどうしてもわからないのです」

「……僕には正確な答えはわからないけれど、人の願いは一つは大した意味を持たなくても、集まれば大きな意味になるからじゃないかな。それこそ、人の命はその人が死んだらそこで終わりだけれども、願いは誰かに受け継がれて永遠になることもあるだろう?」


 先生の解釈に、そんな視点もあったのか、と目をパチクリさせます。というか、先生意外とドリーミーなことを言いますね。わたくしはなんとか自分の疑問を腑に落とそうと試みますが、それで全てが納得できた訳ではありませんでした。むしろ……。


「……そんな素敵な意味だけがあれば、いいのですが。なんとなくわたくしは嫌な予感がするのですよ」

「嫌な予感?」

「ええ。わたくしが以前生きていた世界の価値観で、“ただより怖いものはない”という考え方がありました。無料で受け取れるものには無料である理由があって、有料で受け取るよりも大きな対価を取られることもある、という意味があって……。わたくしは何かを願う度にもっと大きな何かを奪われているような気がしてしまうんです」

「……なんていうか、君。本当に子供らしくない考え方をするよね。たまに達観しすぎてて、怖いんだけど」

「あら? わたくし、前歴の時も子供の頃からあれこれ色々と考える気質でしたよ? ……今は悩んでも仕方がないと思うことも多くなってきたので、何か考えても一度保留にすることが多いですけど」

「元々の気質か……。業が深いな」


 先生は軽くため息をついて心配そうにわたくしの顔を覗き込みます。


「君は無邪気なところもあれば、急に哲学的なことをいうこともあるから、高低差がありすぎてたまに驚くよ」

「だから、そうそう飽きないでしょう?」


 意地悪な表情をして先生を見つめ返すと、先生の眉間の皺は渓谷よりも深くなっていきました。



大聖堂は趣味の悪い建物だったみたいですね。

次は金曜日に更新できるように頑張ります!

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