107手紙が届きます
今年も主席入学者が湖の女神に愛を誓う、けったいな入学式は無事に終わり、寮に帰ると、自室に一通の手紙が届いていました。
見た目からわたくしが作った手紙の魔法陣であることを確認し、送り主の名前を捲り見ます。
「あら……スミだわ」
手紙の送り主は王都郊外の宿舎で静養を続けているスミでした。
色盗みの女であるスミは、自分の寿命を対価に宝石を作る固有魔術を有している女性です。スミは色盗みの女たちが所属している、大聖堂の中でも外回りを担当しています。旅をしながら、大自然の一部から色を盗み、宝石に仕立て、それを貴族たちに売ることで、大聖堂や王城運営に関わる資金を調達してくるという重要な役割を占めています。
そんな彼女とわたくしの最初の出会いはオルブライト寮に宝石売りとして行商にきていたところを、お母様に連れられたわたくしが顧客として訪ねたことがきっかけでした。
わたくしに出会った頃にはもうスミは、色盗みの術を限界まで使いこみ、自分の命が残り少ないことを悟ってい他のです。
そんな色盗みの女が延命をする唯一の方法は色盗みの女の寿命が詰まった、初石を体内に取り込むこと。
初石は色盗みの女が、他の色盗みに自分の色を初めて盗まれるときに発生します。
そして色盗みの女の発生条件が、白纏の子と呼ばれる、魔力がほぼゼロで生まれる、髪が真っ白な子供から、初石をとることだったのです。
そう、わたくしは色盗みの女になれる要素を持ち合わせていたのです。
スミと出会った時、わたくしは色盗みの女に会ったことはなく、初石を体内に保有している状態でした。
そんなわたくしの初石を取って、自分のものにしてしまえば、スミは生きながらえることができる。そんな状態のまま、わたくしはスミと対面したのです。
わたくしは初石の存在すら知りませんし、スミに対して何の警戒心も持っていませんでした。そんなわたくしは恰好の獲物だったはずです。
しかし、スミはわたくしの初石を自分のものにするような真似はせず、わたくしに渡してくださいました。
そして、初石を自分で持っていると危ないから、誰か大事な人に預けるように、と助言までしてくださったのです。
そんな、自分の欲を剥き出しにすることなく、見ず知らずの子供に慈しみを与えてくれた、スミのことを、わたくしはとっても好きになってしまったのです。
どうにかして、スミが生きながらえるために助力をしたい、と思う中で、スミの初石はグランドマザーと呼ばれる、大聖堂の責任者に使われてしまっていることを知ります。
その石を取り返せば、スミの寿命は伸びる。
その一筋の希望に手を伸ばすために、わたくしと先生は大聖堂に忍び込むための魔法陣開発に半年間、勤しんでいました。
手紙の中には以前から相談していたことの答えが書いてありました。それを見たわたくしはすぐさま手紙の魔法陣を展開し、領地にいるニエとタセに連絡をとります。
うん……。こっちは大丈夫かもしれません。
一息ついたところで、スミからの手紙の中にもう一枚紙が隠れていたことに気がつきます。
「マハからの手紙も入っていたのね……」
スミの従者であるマハが書いた文章は、メモ帳の切れ端のようなものに書かれていました。
もしかしたら、スミに見られることがないよう、こっそりと忍び込ませた文章なのかもしれません。
そこにはスミの流れるような文字とは違う、太めで無骨さがある文字で、現在のスミの病状が書かれていました。
マハからの手紙によるとスミと再開してから半年ほどがたった今、スミの病状は決して良くなることはなく、体調は少しずつ悪化しているようです。
以前会った時は動き回ることができていましたが、今は立ち上がることがやっとという状態になっています。少し前に、わたくしとは別行動で、スミのいる宿へと足を運んだ先生の見立てでは、完全に動けなくなる日も近いと言うことを告げたそうです。
それを聞いたマハは不安になったのでしょう。
スミを慕い、恋をするような瞳で見つめていたマハにとって、どんな人間を差し置いてでも大切にしたい人物だったに違いありません。
きっと、マハにとってのスミはわたくしにとっての先生に近いのでしょう。
もし、先生がいなくなってしまったら。わたくしもそれを考えると、とっても怖くなりますもの。
きっと、騎士になるという選択肢は選べなかったでしょう。
衰弱していくスミに寄り添うマハの心中を想像して、わたくしはできるだけ早く初石を取り返さなければ、と思いなおします。
ちなみに先生は今、王都の公の場所に姿を現すことを控えています。理由はハルツエクデン王が亡くなった頃にあります。
ハルツエクデン王が死因は病死とされていますが、聖女である先生が関与したのではないか、という見方が完全には消えていないのです。
そもそも、先生が王城から逃れるときに、王を半殺しにしたのが原因なのですが……。
王が亡くなる前は街に出ることができた先生も、今は取調べのための間者が多い時期ですから、王城で派手に動くことはできません。そんな先生に変わってわたくしが調査をしなくてはいけないところですね。
わたくしはスミから届いた手紙をカバンに詰め込み、作戦会議のために、先生の家へ向かう転移陣を踏みます。
先生の家に着き、いつものようにリビングに通されると、先生は難しい顔をして口を開きました。
「大聖堂の最終調査をしようと思う」
その言葉に私はおや? と首を傾げます。
「最終調査って……。わたくし、先生に魔法陣の改良は指示されてコツコツと進めていましたが、大聖堂に出向いて調査なんてしていませんけども」
「君は騎士学校の授業もあって忙しいからね。僕ができる範囲で進めておいた」
「え!」
「何も、女神のことや色盗みのことを調べるならば王都でなくとも、調べることはできるんだよ。むしろ王都から少し離れた村の方が伝承として残っている情報も多い。そういう小さな情報を集めるために、ちょっと旅に出てたんだよ。とは言っても、僕の家は転移のポイントさえあればどこにでも降りられるから、旅というよりは散歩なのかもしれないけれど」
わたくしには、魔法陣の改良しかミッションを与えていなかったくせに、自分は動いていたなんて! いいところをさらりと持っていってしまう先生の行動に目を見開きます。
「ちょっと! それならそうと言ってくださいよ! わたくしがスミを助けると言ってしまった張本人なのですから、わたくしも同行すべきですよね? 何も先生だけがリスクをとって動くことはないでしょう⁉︎」
「学生の本分は学業でしょう。しかも、スミは君にとっては自領の人間でもなく他人だ。彼女に分ける余分はないだろう?」
「……ありますよ。スミはわたくしの初石を奪わないで、色盗みの術を授けてくださった恩人ですもの。その力がなければ、先生の呪いを解く事ができませんでしたし……」
不貞腐れたように捲し立てて言うと、先生は沈んだ顔でため息をつきます。
先生はわたくしが呪いを解いたこと__わたくしの寿命を対価にしたことを後ろめたく思っているのです。だからこそ、先生と交渉をするときは、この事柄を出すと話の風向きがわたくしの有利な方向に向きやすいのです。
好意を持っているかもしれない相手にすることではないということは重々承知なのですが。
「それは僕だって理解しているよ。だからこそ力になれることがあればと思って、調査をしていたわけだけど、調べれば調べるほど、助かる確率がゼロに近いってことだけが綺麗に浮き彫りになったからね。……だから、これ以上は絶望を深めるだけだ。……そんな状態で君に深入りしてほしくないんだ」
「本当に、どんな方法もないのですか……」
「うん。彼女の従者のマハとも連携をとって、色盗みの女に関する情報は調べ尽くしたけれど、色盗みの染みは病気とは違って、養生方法があるわけじゃないんだ。容量が最初からはっきりと決まっていて、その容量を使い切らないように生きることしかできないんだよ」
その言葉を受けたわたくしの脳内には一つの疑問が浮かび上がります。
「あの……。先生は聖女として、人の怪我を治す能力を持っていますよね? 以前わたくしの怪我を治したこともあったではないですか。その力を使って、スミの寿命を伸ばすことはできないのでしょうか」
わたくしは先生がそこまでする義理はないことを承知で、希望を口にします。すると返ってきたのは意外な答えでした。
「それも考えて、試しにやってみたんだけど、失われた寿命というのは怪我と違って一度失われるともう戻らないもののようなんだ。僕も試してみて初めて知ったんだけどね。鬱血は良くなっても、魔術を体に溜め込んだことによる、体の染みは戻ることはなかったよ……」
「そうなんですか……」
先生がスミにそこまで心を砕いていたことに少し驚ききます。先生にとっては自分の実験の一部だったのかもしれませんが、なんの対価も取らずにスミを助けようとしたことに少しだけ嬉しくなります。
「……と言うことは、本当に最後の望みはグランドマザーの持つ初石だけなんですね?」
「そうだね。だけど肝心のグランドマザーは虎の子のように、大聖堂の最奥に隠されてしまっているだろう? だから、そこにたどり着くためにも、大聖堂の魔法陣を調べ尽くす必要がある。本当は大聖堂に出入りしているマハが魔法陣を読める人間だとありがたかったんだけどね」
「マハは黒髪ですから、大体の魔法陣を使うことはできますが、読むことはできませんからね」
ちなみに魔法陣はとても高価なものですので、その場所にもともと備え付けられているため用途がわかっているものや、使う使用者が魔法陣ごとに印をつけたりすることで判別できるようにメモや記載がされていることが多いのです。しかし、それはあくまでもなんの種類の魔法陣なのかがわかるだけなので、それがどのくらいの威力を持っているか、と言うのは実際に使うか、魔法陣が読める人間がどのくらいの威力なのかを読み取る必要が出ます。
なので、大聖堂最奥に侵入する前に、魔法陣がどの程度のものなのかを把握しておく必要があるのです。
「調べていく中でわかったんだけど、湖の女神やその障りを受けた人間は、酷く薄情になる傾向があるらしいね。優しかった人間が暴君になったり、独裁者になったりと……。人格が百八十度変わってしまうことが多いらしい」
「それは……」
わたくしの脳裏に一瞬、ジルフクオーツ王子の顔が思い浮かびます。
ジルフクオーツ王子がシロップ漬けに興味を持ち始めたのは、ある程度成長してからだと、商材を卸しているシュナイザー百貨店のレナートはこぼしていました。
そこに、湖の女神が関与していたとしたら。
「先生はジルフクオーツ様の変貌と、今回のグランドマザーの件は関係があるとはお考えではないですか?」
「まあ……。あれも十中八九、湖の女神の仕業だろうね……」
「やっぱりそうですか……」
この国は湖の女神のゲームの盤上なのだ、ということを実感させられます。
女神の手によって、狂った人間は元に戻すことができるのか。それを知っている人は誰もいません。
もし、知っている人がいるとしても、情報が表に出てこないままではわたくしたちは何も知り得ることはできないのです。
「もうこれ以上調べても何も出てこないのであれば、直接大聖堂に向かうしかないだろう」
「ええ……」
グランドマザーの手中にある大聖堂には一体何が潜んでいるのか。そこは己の目で判断するまでわからない、魔窟じみた小王国なのかもしれません。
今の状況を整理する回でした。今日は……わたくしごとなのですが、飼い猫が外へ逃げてしまいまして……。捕まえるために更新がこんな時間に……。無事回収しました。
次は日曜日に更新します。




