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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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間話 古い憧憬3


 あの日から数年がたった今、私は狂ってしまった第一王子に王座を渡さないという新たな目的のために奔走している。


 派閥作りにおいて、今まで忌み嫌っていた母の行動が参考になったのは意外な発見だった。


 母は、組織の頭となる人間の弱みを炙り出すのが得意な人間だった。私はどちらかと言うと、理論的に物事を考える人間なので、好きや嫌いなど、個人的な感情的に物事を動かす母のことを最初は理解できなかったが、世の中には感情的に動く人間が意外と多い。

 家のためには捨てるべきである、繋がりを大切に大切に持ち合わせて、守っている人間のなんと多いことか。


 それは家族であったり、恋人であったり、愛人であったり……人によって様々だが、大切な人間を人質にとられると、人は要求を飲まざるをえなくなるらしい。


 大切な人。以前は兄が私にとって大切な人だった。しかし、その兄を失ってしまった今、私の手元には守るべき人間はいない。

 

 自分自身が汚れを知らず、綺麗なままでは王座なんて夢物語で終わってしまう。


 騎士学校の寮の自室で、私は今日も人の弱みを探る。私の部屋は騎士学校寮の最奥にある。王族であることを考慮して、サイン寮の寮長室と隣に繋がる一室を繋げた広い部屋が私に与えられた。


 他の寮生は二段ベッドが三台ずつ詰め込まれた窮屈な部屋をあてがわれているので、王族だからといって贔屓だと思われるかもしれないが、自派閥の人間を集めて会合をするにはこのくらいの広さがないと、いささか不便なのだ。


「アルフレッド様、そろそろヨーナス様がお部屋にいらっしゃる時間ですよ」


 学生ながら私の近侍を務めている一学年下のカーデリアが声をかける。国の有力者に書いていた手紙を執務机の引き出しにしまい、客人をもてなすための応接間に向かう。


 今日はいつか友になりたいと思った男をゆすらねばならない。

 自分の責務の厳しさに、苦笑しながらその男の到着を待った。






「失礼いたします」


 そういって入室したヨーナスの顔は精悍だった。まるで、今日死刑宣告を受ける騎士のような、儚さと、それと反対の強い覚悟のようなものを感じる。

 革張りのソファに掛けろ、と指示してもヨーナスは身を硬くしたままだった。

 今日の話し合い次第で自分の身の振りが変わって来るのは想像に容易いだろうから、それも無理はないのかもしれない。

 息をゆっくりと吐き切ったヨーナスは切長の目で真っ直ぐこちらを射抜くように見て、口を開いた。


「ご用件は?」

「ほう? わかりきっていると思っていたが、あえて聞いてくるとは面白いな」


 表情は薄い笑みを保っていたが、言葉の端々に苛立ちを滲ませると、ヨーナスはため息をついて、目を伏せた。


「私の所属派閥が未だ確定していないことに意見を申されたいようですね?」

「ああ。わかっているならいいのだ。君は私の一番の学友でありながら、中立を公言しているらしいじゃないか。友情とは儚いものだね」

「……そもそも私はアルフレッド様の一番の学友である自覚はありません」

「ヨーナス。君は冷たい男だな」

「それに中立は私の意思ではなく、オルブライト家の総意です。私だけの意思で覆せるものではありません」

「……革新派の人間が、ステファニアを私の伴侶に仕立てようと画策していても同じことが言えるか?」


 ヨーナスはあからさまにハッとした表情を見せた。

 この男の弱みは、家族ではなく、女だった。


 彼は同級生で、騎士学校二学年の第三席であるステファニアと交際をしていた。彼女は政治的にも、“使い勝手のいい”人材だった。オルブライト家の三男にはふさわしくないほどには。


「第一王子は髪色が淡いからな。王位を望み、黒い髪をえるためには黒髪の女を妃にするしかない。

 いくらステファニアが王の近侍の娘で、縁を繋ぐ必要があるとて、黒髪の自分より髪色が濃く、しかし黒でない女を娶ることはないだろう」

「しかし、あなたは娶ることができる……と言いたいのですね」

「なあに。私自身が娶るとは言っていない。私の従者のカーデリアだって黒髪だ。カーデリアは主人の派閥強化のためなら喜んで、貰い受けると豪語していたぞ?」


 正確には苦い顔で、だが。余談だがカーデリアの本来の好みは、なんでもはい、と頷いて後ろに下がるような従順な女だ。

 それに対して、ステファニアは自分の目的のためならば、魔術省にも乗り込むような行動力の塊のような気質なので、奴の好みとは外れているだろう。


 しかも彼女には甘さがない。育った環境の違いもあるだろうが、己の優しさと甘さで妹の手綱も取れぬヨーナスとは違い、自分の達成目標のために、手元の駒を切り捨てられるだけの判断力もある。

 

 寮は違っても、同学年。しかもヨーナスに続く、二学年第三位の成績を保ち続けるステファニアのことは、大きく評価していた。だからこそ、己の伴侶にならずとも、自分の手札として自陣に必要な人材だと考えていた。


 ステファニアは自分の父親が王付きであることを理由に中立の立場を示している。しかし、直接自陣に入れることは難しくても間接的にこちらに招くことはできる。彼女はヨーナスに対してのみ、甘さを溢す。

 手に入れるためにはそこを突くしかなかった。欲しいものはどんな手段を使っても手に入れる。それが私の流儀だ。


「私が第二王子派になった暁には、ステファニアに婚姻を持ちかけない、という誓約の魔法陣でも結んでいただけますか?」

「ああ、いいだろう」


 私があっさりと許容したことに驚いたのか、ヨーナスは大きく目を見開いていた。


「私は同学年のものとして、君たちの様子をずっとみていたからな。仲睦まじい二人の間を裂くような真似はしないよ」

「……どうだか」


 眉をひそめて暗い声で言葉をこぼした。どうやら私は彼にとって信頼に足らない存在のようだ。


「君ほどではないけれど、私にだって焦がれている女がいるからな。今のところその女以外は手に入れたいとは思わない」

「へえ。あなたにそんな方いるなんて知りませんでした。どんな人ですか?」

「知りたいか?」

「知りたいです。興味があります」

「きっと知ったらお前は後悔するぞ?」


 その言葉に、ヨーナスはおや? と顔を曇らせる。


「一つ年下の女で、跳ねっ返りが強くて、見ていて飽きない女だ。しかも、その女には最強のカードが付随している。王をも殺す、最強の武力をな」


 ヨーナスだって馬鹿ではない。そこまで言えば、その人物が誰なのかくらいわかるだろう。現に今、彼の顔から色が失われた。

 

「……まさか、うちの妹じゃないでしょうね」

「はははっ! 流石にわかるか」


「……うちの妹は賢くないですし、王妃を務められるだけの資質は持ち合わせていません」

「資質? 面白い視点だな。もはや、王家に必要な資質はそのみに黒を持ち合わせていることだけなんだよ。ヨーナス」

「その条件で言うならば、なおさらです。妹は王子もご存知のように、白髪ですし……」

「ああ、お前は知らないのか。白髪は他の人間とは違う特異点を持っているだろう?」

「特異点……?」


 ヨーナスは顔を顰めた。


「白髪の人間は他のものの持つ色をその身に丸ごと写しとることができるんだ。決して己の色を残さず、濁りなく、相手の色に染まりきることができる」


 目を見開く。


「白い髪を持つ人間は、厳密には魔力を持っていないのではない。他人の魔力を受け取るための余白しか持っていないだけで、どんな色でも受け止めることができるだけだ」

「それは……手順を踏めば黒髪にもなりえると言うことですか?」

「ああそうだ。……どうだ、ヨーナス。お前は妹の危うい立場を理解できただろう? 

 その気になればあの娘はなんでも選べる立ち位置にいるんだ。他の男から一度黒を譲り受ければ、第一王子の伴侶にだってなれるし、私自ら染めて私自身の伴侶にしてもいい」

「あなたはリジェットを自分の手駒に……?」

「それだけじゃない。君はこの国の聖女が誰かを知っているか?」


 ヨーナスはハッとした顔を見せた。それは全てを知っているものの表情だった。

 クゥールは聖女召喚の儀式を行った結果、この世界に呼び落とされた紛い物の聖女だ。なぜ彼が紛い物だと呼ばれているかというと、その理由はあの者の性別が男であるという一点に尽きる。

 性別が女であれば、聖女として崇め奉られていただろう。


 その条件を満たすものが、後から現れたとき、人々はそれに何を求めるだろう。


「なんならクゥールの色に染まれば、正統な聖女にも成り代われるんだよ」


 ヨーナスは顔に絶望を滲ませる。血の気はとうに引いていた。私は片口をあげ、威圧的な笑みを深める。


「さあ、ヨーナス。お前は何を選ぶ?」







 あの日。兄の姿に擬態をして、茶会を抜け出して出会った、少女のことを忘れたことはなかった。


 あの頃の私は愚かにも、兄を敬っていた。まだ幼い少年であった私は兄の狂った部分を知らなかったのだ。

 

 あれは人間ではない。バケモノだ。


 醜悪なものを王位に就かせ、この国の手綱を持たせてはいけない。そんなことになるくらいだったら、自分が王になった方が、幾分マシな政ができるだろう。


 王座は孤独だ。隣に自分が心から望むものがいてくれたら、と柄にもなく夢のように想像してしまった。


 あの時、勇ましく騎士になる、と宣言した少女は私の剣となってくれるのではないだろうか、と。


 __欲しいものはどんな手段を使っても手に入れる。それが私の流儀だ。


 その言葉は己の唯一を手に入れるためにも言えることだった。




最初のお話に出てきた少年は第二王子でした、というお話でした。


次は金曜日! 書きだめがなくなってきました……

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