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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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間話 古い憧憬1

アルフレッド第二王子の間話です。

二話の予定でしたが長かったので三話に分けます。


 王城の床は全て白い石材でできている。床だけではなく、壁やシャンデリア、その他調度品もほとんどのものが白一色で統一をされて、他の色の侵食を決して許さない。

 他の色が一色でも混じると、白雪の中に墨を落としたように、その色の存在が一目でわかるほどに浮かび上がるのだ。


 いわば、ここは髪に黒を持つ人間の存在を際立たせるためにのみ存在した館なのだ。王族の気配を感じさせやすく設計されたこの場所において、淡い色をその身に宿す人間は、王城の白さにその存在を消されてしまう。


「アルフレッド様はこの王城の主人に相応しい人ですね。あなたの持つ黒はこの白の色にとてもよく映える」


 誰もが私に対して、そう評価していた。黒を身に持つ王子、この城にふさわしい王子、と。


 一方、その身に黒を持たない第一王子は幼い頃から、その白さに揉み消されぬよう、懸命に努力を重ねる、王族の鏡のような人だった。


 与えられる王座に似合うよう、自分を高めることに余念のない、真面目な王子というのが、幼い頃の兄上__第一王子に対する評価だった。


 だが、いくら努力を重ねたところで、彼がこの国で一番高貴とされる黒を持ち合わせていないことは誰の目にも明らかだった。

 黒以外の髪色が許されない王城では、第一王子の髪色は逆に目立つ。この王子は、王座に着くのに、ふさわしくないのではないか。そんな一部の心ない従者たちの声が、海辺の波のように、いつまでも聞こえていた。


 王も、彼の顔を見ると、いつも苦い顔をしていた。

 正室として迎え入れた、堅牢な血筋のセンドリック家から齎された、金髪の第一王子。

 血筋的には文句のつけようがない存在なのは間違いないが、王族としての決定的な資質が足りない。そんな王子の存在に、王は困っているようにも見えた。


 王が第一王子に話しかける姿を、私は見たことがない。いつも、彼らの間には一定の距離があり、その間に流れる空気は凍える冬の風が吹いているかのごとく、冷ややかだった。


 最初の頃は、それでも第一王子は王に気に入ってもらおうと、努力をしていたように見えた。しかし、王の冷ややかで、どこか軽蔑の混ざった視線に耐えられなくなったのか、第一王子はいつしか諦めを見せるようになっていた。


 だが、第一王子の態度は決して卑屈になって全てを諦めたというわけでなかった。

 自分に、軽蔑的な視線を向ける父がいても、第一王子はそれを笑って受け流していた。

 それどころか、足りない部分を補おうと努力を続けていたのだ。


 いつの日だったか、式典でご一緒した時に第一王子は私にこうこぼした。


「アルフレッド。王が自分にどんな評価を向けていたとしても、自分に王としての揺るぎない資質があると認めさせてしまえば、こちらのものだよ」


 そういって、穏やかに笑う第一王子の強さに、幼い頃の私は目が眩むほどの眩しさを覚えた。己の資質に左右されない強い人。それは圧倒的な、光だった。

 ああ、こういう人物が民を導くのだ、そんな錯覚を覚えるくらいには。

 私はこの人が自分の“兄上”であることを誇りに思った。

 この人を支えたい。そう心から思っていたのだ。







 兄上が物心ついて自分の力で学ぶと言うことが可能になってから、己の全てをかけて勉学に励むようになった。

 王城の北の第一王子宮は毎晩勉学に励む兄上のために夜遅くまで火が消されることはない。

 王城内の建物内から次々と明かりが消され、暗闇に支配されてしばらく経っても、一箇所取り残されたように毎日煌々と明かりが灯る。


 幼い頃の私は、そんなふうに遅くまで勉学に励む兄上が心配でならなかった。

 自分の身を追い詰めてまで、励むことは一見美学に思えてしまうが、体を壊してしまったらもとも子もない。

 あまりにも心配で、居ても立ってもいられなかった私は、自分の自室から提燈を持って、様子を見に行くことにした。

 兄上の部屋をノックすると中から声が聞こえてくる。


「アルフレッド。もう夜も遅いよ? 君は眠らないと」

「兄上こそ。……今日も夜遅くまでお勉強ですか?」


 兄上は何も言わずに微笑んだ。兄上が向かっていた机には、大量の本が積み重なっていた。最新の学術書から、歴代の王の統治に関する歴史書まで、その種類は多種多様だ。驚くことに、兄上はこの本を今晩中に読み切ってしまう予定らしい。


「今だって、こんなに勉強しているのに、これ以上学ぶおつもりですか?」

「ああ。私はこの国を請け負う立場にあるからな。学ぶことはいくらでもある。お前も自分のやるべきことに励むのだぞ」


 この人の努力に叶う人なんていない。だからこそ、自分はこの人ができないことを補えるような存在になろう。


「はい! 兄様!」


 無邪気に返事をした私は何をすれば、兄上の助けとなれるのか、真剣に考えた。その結果導き出されたのが、騎士になるという選択だった。

 剣術や体術は私が兄上よりも素質があるとされた数少ないものの一つだ。


 兄上が作る国を守る騎士団を率いることができる人間になりたかった。

 自分の得意分野を伸ばそうと、まだ剣もうまく握れぬほどに幼少の頃から、私は鍛錬に励んだ。


 もちろん、王族として必要とされる、勉学も一生懸命に学んだ。だが、そちらの分野はやはり、兄上には遠く及ばない。

 王族として求められる資質は高く、学ぶことは山ほどあった。しかし、いつか兄を助ける道標になるのだと思えば、その勉強は全く苦ではなかった。


 自分の資質を埋める努力を惜しまない第一王子と、それを支える私。


 そんな私たちの姿を見た王は次第に兄上と私への見方を変え始めた。

 たとえ髪色が金色であろうと兄を次代の王として立てる意向へと意見を変化させていったのだ。


 そのことに私自身は納得していた。あれだけ努力を重ねる人だ。髪色が金であっても、王に相応しい素質を持ち合わせている。一部を除き、ほとんどの人間がそう思い始めていた。


 しかし私の母はその決定に不満を持っていた。

 側室として王城に招かれた私の母は、伯爵家の娘だった。身分は低いが、彼女は国の中でも指折りの有力者だった。しかし彼女は頭脳明晰なわけでも、魔法陣が描けるわけでもない。

 母は黒をその身に纏っている。たったそれだけの理由が尊ばれ、王城に招かれた妃だった。


「あなたはね、アルフレッド。わたくしが産んだから、その身に黒を宿しているのよ」


 長く黒々としたまつ毛をふわりと動かして、母が笑う。母は事あるたびに自分の黒を誇示した。私がまだ言葉もわからぬうちから、何度も何度も、繰り返し。それ以外、すがるところがなかったのだろう。


 彼女の言うように、黒髪の女は貴重だ。

 この国で黒髪は何故か、男に多い。それは白髪が女に多いのと何か因果関係があるのかもしれないが、詳しいことはわかっていない。


 私たちの世代でも、黒髪を持っている子女はいない。騎士団の一学年下に、スタンフォーツ家のメラニアと言うなの子女が一番黒に近い髪色を持っているが、彼女の髪には緑が混ざっているため、完璧な黒ではない。


 そのために、第一王子の婚約者選びは難航を極めた。

 歴代の王の妃を調べると黒髪でない妃も多いため、今までのしきたりに従えばメラニア程度の髪色であれば資質は十分だ。しかし、第一王子の髪色で、揉めたことを思い返せば、ほんの少しの隙だって許さない。


 王家にはなんとしても髪の黒い令嬢が必要だった。


 困り果てた王は、隣国ラザンダルクから髪の黒い王女の輿入れを計画した。

 しかし不思議なことに、平和的に彼女と第一王子の婚約をとり決めようとすると、王の周辺の人間に重大な不幸が起こるのだ。


 最初はただの偶然だと、誰もが思った。


 しかし、不気味な不幸は何度も起こった。最初は近侍が死に、乳母が死に、最終的に王妃が死んだ。


 それはまるで、抗えぬ大きな流れを持った運命がラザンダルクの姫を王宮から排除しているかのようだった。


 そのこともあって一度はラザンダルクの姫を輿入れは却下されている。



 一連の流れを受けて、私はこの国の人間が色に支配されていることに疑問を持つようになった。


 白髪を持つ白纏は呪いを解く道具として消費され、黒髪は妃として、王子にあてがわれる。

 黒も白も、どちらか一方に偏った色には欲がべたりと張り付く。


 黒を身に纏った自分にはどんな運命が張り付いているのだろう。そんな自分自身の運命について考え始めると、体から湧き上がる不気味な身震いを覚えた。



昔は第一王子、いい人だったんですね……。

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次は月曜日に!

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