98第一王子の悪役感がすごいです
「リジェット嬢、必要もないのにその色盗みを修復してしまったのかい? 君の力を使うにはもっとふさわしい場所があるだろうに……。残念だ」
「この方は、大量の血を流していたのですよ⁉︎」
瞠目するわたくしの表情を見て、ジルフクオーツ王子は呆れたようにため息をつきます。
「それがどうしたんだ? 君には全く関係はないだろう? この女は消耗品だ。今から、王にその力を献上するように遣わされた。彼女は呪いを解くための道具として、ここに保存されているんだよ?」
ジルフクオーツ王子はさも当たり前のように言い放ちます。なんて冷たい目なのでしょう……。わたくしは思わず息を呑みます。
「道具……だなんて……」
「私が人間を道具扱いするのが気に入らないかい? じゃあ、家畜として扱おうか」
「……家畜?」
「そう。彼女たちは王家の資産によって大聖堂で育てられ、王城に出荷された家畜さ。……君は生きるために動物を食らうだろう? 王や私は生きるために、色盗みの女を喰らうのさ。その二つになんの違いもない」
いや、それは違いがありますよね……と口にすることもできないまま、ジルフクオーツ王子の発言に呆然としてしまいます。
……この方は、自分の欲求のために他者を喰い物にすることを正当化する人なのだわ。
先生は現王に酷い目に遭わされたと漏らしたことがあったけれど、王族ってこんな方ばかりなのかしら。だとしたら倫理のかけらもありません。
そのままこちらに近づいてきたジルフクオーツ王子はわたくしの手前にいた清廉の色盗みの髪を、無造作に強く掴み上げ、自分の方へ引き寄せました。
「弱者はね。強者に貪られるためだけに存在しているんだよ」
「ああああ ‼︎ お許しください、お許しくださいいいい!」
清廉の色盗みはブルブルと震え、涙を流しながらジルフクオーツ王子に懇願するような仕草を見せます。
「家畜の分際で逃げようだなんて、愚かだねえ?」
「本当に、逃げようだなんて、気の迷いだったのです! お許しを!」
「君は父上の呪いを引き受けるためにだけに存在にているんだよ? 清廉の色盗み。君の居場所はここにしかない。ここで役目を終えて凍土に向かうんだろう?」
この人は王の呪いを石として取り除くために、この城に常駐されていた色盗みなのだわ……。
ということは……。
「わたくしも、色盗みができる資質を見込まれ、彼女と同じように、消耗品として利用するためにここに連れてきたのですか?」
わたくしは静かにジルフクオーツ王子に問いかけます。身の危険を感じ、距離を取るために、後ろに一歩下がりました。
「嫌だなあ。君は警戒しなくともいい。君は城に招かれた立場じゃないか。心配しなくとも君に色盗みの術は使わせない。使うとしても、綺麗に染め上げてから、使うよ」
「染め上げる……?」
聞いたことのない不穏な単語に眉を潜めます。
棘の魔法陣を使うあの侵入者の特別な魔法陣なのかしら……? でもこの一連の流れと、ジルフクオーツ王子の言動を思い出しますと、それがろくでもないことなのだろう、ということだけは検討が付きます。
「ジルフクオーツ王子は色盗みには人権がないみたいな言い方をされるのですね……。何事も合意の上であなたに従う、というのが正しいやり方なのではないのですか?」
「合意? 面白いことをいう。そんなの色盗みの女に必要ないだろう。色盗みの女は国の資産だ。王族が使い潰そうが、教会関係者に食い物にされようが、なんの問題もない。本来君だってそうだ」
「そうですか……。あなたはわたくしにも清廉の色盗みにも選択肢はないとおっしゃるのね」
「ただ、お前は幸運なことにオルブライト家のご令嬢だ。階位が高い貴族の娘というのは、保存して手元に置いてあるだけで、使い捨ての色盗み以上の価値がある。君はその身に美しい白を纏っているのだから」
「保存……」
ジルフクオーツ王子にとってわたくしは手元にあることが重要なのであって、生死は問題ではないのでしょう。
例え王妃に迎えたとしても、表舞台に出なければ、シロップ漬けにしたままでも問題ないのですから。
この王子の手に渡ったらいろんな意味で、わたくしは物に成り下がるのでしょうね。
「さあ、邪魔が入らないうちに契約を結んでしまおう? マツ、婚約の魔法陣を」
「はい」
そう呼ばれたのは侵入者でした。……マツという名前らしいですね。
そうか、婚約の魔法陣は契約としては最上位の効力を持つ魔法陣です。
結んだ相手を決して裏切らない、という制約に基づいて結ばれる魔術ですから、相手の身動きを縛ることが可能になります。
それに裏切った場合、その罪を材料にして、より相手の行動を縛ることが可能になります。
だからこそ、婚約の魔法陣は貴族や権力を持った商家にとって都合の良い魔法陣なのです。
マツは手元で、魔法陣を描き上げていきます。モチーフは……刺。あの魔法陣はマツのものだったのですね。
ジルフクオーツ王子のもとにあれだけの術者がいるのはとても厄介です。
とりあえず、わたくしは清廉の色盗みを連れて逃げないとっ!
身を固くしていると、ジルフクオーツ王子の向こう側の床がピカリ、と光ったのが目に入ります。
転移陣を誰かが使ってこの部屋に乗り込んできた……?一体誰が……?。
「その令嬢から手を離していただきたい」
「アルフレッド王子⁉︎」
そこにはわたくしが捕まっていた部屋で別れたはずのアルフレッド王子が立っていました。
「あなたもこの娘に求婚しましたか……。奇遇ですね。私もあなたよりも先に申し入れをしたのですよ。そっけなくフラれてしまいましたけれど」
これはまさか……。その子に手を出したければ、俺を倒してからいけ! 的なやつでしょうか⁉︎
なんだ、このモテモテのヒロインみたいなシチュエーションは!
命懸けの脱出劇が突然、シリアス恋愛ドラマのようになってしまった現状に、わたくしは混乱したまま、二人の顔を見比べます。
でも、かたや人間標本作りが趣味の狂人王子。
かたや、横暴で人を武力の宝庫だとしか思っていない脳筋王子ですよ⁉︎
こんな引き、あんまりだと思いませんか⁉︎
しかも、両王子ともぐったりしている清廉の色盗みのことは目にも止めていない様子……。
どっちに転ぶのも、ぜっっっっったいに嫌!
「お前はいつも私の邪魔ばかりするね。……昔のお前は従順で可愛らしい子供だったのに。とっても操り易くて、ね」
「昔の貴方は仕えるだけの価値がある人間だった。しかし、今の狂った貴方に仕えようなどとは毛頭思わない!」
え、なんですかこれ。二人は何か確執がある感じでしょうか……。でもちょっと今、この場所でやるのはやめていただきたいのですが!
あたふたしていると、アルフレッド王子が腰に刺していた剣を抜こうと構えます。一触即発な雰囲気を破るように、ジルフクオーツ王子が声を上げます。
「マツ、さっさと魔法陣をこちらへよこしなさいっ!」
「は、はい!」
癇にさわるような気持ち悪さは合っても、表向きには柔和に聞こえる口調を保っていたジルフクオーツ王子の口調が乱れます。
マツから手渡された、魔法陣を発動させたジルフクオーツ王子はそのままわたくしの腕を乱暴に掴み、魔法陣に触れさせようとします。
あ……。魔法陣に触ってしまうっ! そう思い息を呑んだその時、魔法陣の色が一瞬にして塗り変わりました。
「え⁉︎」
「魔法陣の主導権を奪って塗り替えた⁉︎」
そうか……。魔法陣は二人の術者が同時に使用した場合は、魔力の強い方が優先して、魔法陣を使うことができるのでした!
ジルフクオーツ王子の髪は金、アルフレッド王子の髪は黒ですから、アルフレッド王子の魔力が優先的に魔法陣に流れたのですね。
「第一王子自身もだが、その従者も……。本当にお粗末な魔力しか持っていないな。そんな力で王になろうだなんて。私は、笑うしかない」
アルフレッド王子は自身の魔力で染まった婚約の魔法陣を破り捨ます。そのままわたくしの両脇に自身の手を割り込ませ、体を持ち上げてきます。
「うわわ! 何するんですか!」
「五月蝿い。少し黙ってろ」
背丈の高いアルフレッド王子にとって平均的な同年代の女性たちよりも小柄なわたくしを抱えることは最も容易いようです。
わたくしはヒョイっと粉袋のように抱えられてしまいました。
バタバタと抵抗して暴れましたが、逃れられません。ボカボカ殴っても腕が離れないなんて……。
うー! なんて羨ましい、筋肉なんでしょう!
……はっ! って、そんな場合ではありません。
「ちょっと! は〜な〜し〜て〜ください!」
「無理だ」
わたくしは抱え込まれたまま、アルフレッド王子が自前で持っていた、転移陣に引き込まれてしまいました。
お米様抱っこ。
次は日曜日です!




