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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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97他の色盗みの女に出会います


 廊下を駆け抜けたわたくしは、待ち構えたように立っていた、他の見張りの騎士に朝焼けの約束を一滴かけ、思考判断を鈍らせてから、腹のあたりに思い切って飛び蹴りを入れます。


「失礼いたしますね!」

「うっ‼︎」


 苦しげな声を出した騎士はきっと騎士団の所属でしょうから、わたくしの先輩に当たるんだ、と言うことは頭に過ぎりましたが、ここで躊躇していたら、城を抜け出すことはできません。


 ごめんなさいっ! 先輩方!


 一撃を喰らわせられて倒れた騎士たちにぺこりと頭を下げ、わたくしは廊下を走って進みます。


 それにしてもこの朝焼けの約束……。本当にすごい威力だわ。


 騎士団の団員は皆それなりの防御の魔法陣を持っているはずですが、それが効かないほど、この薬効は強いようです。

 もしかしたら、騎士団で配布されている防御の魔法陣は毒には対応していても、媚薬には対応していないかもしれません。


 あの時、マルトで断らずにもらっておいてよかった……。と心の中で思いながら、わたくしは先を急ぎます。


 真っ白な石材でできた、城の廊下は長く、どこまで進めば外へ出ることができるのか、見当もつきません。長く走っているために少し息が上がってきてしまいます。

 少しペースを落とし、キョロキョロと城の様子を観察すると、廊下の曲がり角の一室に、妙なものがあることに気がつきました。 


 何あの部屋……。その部屋はほんの少しだけ扉が空いていました。そこからは異様な匂いが流れ出しています。

 腐敗したものを強い刺激臭のある薬剤で隠しているような、決していい匂いとは言えない香りです。


 どうして、こんな整然として、清潔を絵にかいたような城内からこんな匂いが……? 先ほどいた部屋とのギャップが酷すぎて、近づくと鼻がもげそうになります。

 中に誰もいる気配がありません。こういう部屋って見張りがいないのね。……もしかしたら、外に出られる窓があるかもしれません。そんな小さな期待を胸に抱いたわたくしは、恐る恐るその部屋へと入っていきます。


 うわっ! 何これ!


 中は古い魔術具の材料が乱雑に詰め込まれていました。整理整頓は全くできておらず、床はもので溢れかえっていますし、きっと最初は本棚だったであろう棚では雪崩が起き、本棚として機能していません。


 奥へ進むにつれ、何か生き物を腐らせたような生臭い匂いも篭っていき、息が詰まってしまいます。

 あと、どうしてなのかわかりませんが、この部屋に入った瞬間、屠畜場、という単語が頭によぎります。

 まるで先生の部屋にあった時間のあわいのように、色々な力が混ざったような……濁りのある空間です。

 

 入ってきた扉を見ると、匂いを封じ込める作用のある、隠匿の魔法陣が直接刻み込まれていました。

 ……窓を見つけにいきたいけれど、これ以上いたら匂いで倒れてしまいそう……。そう思ったわたくしはネックレスから紙とボールペンを取り出し、扉に刻まれた魔法陣を改良して、この部屋の空気の状態を整える魔法陣を描きます。


 ふう、これでやっとこの部屋を捜索することができますね。額の汗を腕で拭い、部屋の奥へと進みます。


 それにしても……ここは城勤めをしている魔術師の研究室倉庫か何かかしら。それにしてはあまりにも管理がなっていないように見えるけれども……。

 奥へ進んでいくと、足場が確保できる空間に辿り着きます。

 

 どうやらこの部屋は真ん中にある大きな薬品棚で二分割されていて、入ってきた扉に近い方は倉庫に、奥は作業スペースになっているようです。


 あ、こっちには何も置いていないわ。ここだけ片付いている……。よく観察すると、片付いているスペースの角には転移陣が設置されていました。

 なるほど、この部屋を使っている人間は扉から入っているんじゃなくて、ここに直接転移をしているのね。

 先生の製作した魔法陣なら、わたくしにも使えると思い、製作者の印を確認します。


 あれ……。この魔法陣、古いものと新しいものが、二枚重ねられている……。


 わたくしは不思議に思って重なった魔法陣をめくります。


「なにこれ……?」


 古い方の魔法陣は見たことのない描かれ方をしていました。ペン書きではなく、鉛筆のような筆記具で描かれた薄い下書きから、主線を段々濃く描いていくような、まるでデッサンのような、魔法陣。

 わたくしたちの生活で使われている魔法陣ははっきりとした明確なラインを作るために、太めのペンで描かれていますから、こんな描き方をする魔法陣に出会ったことがありません。


 しかも、この魔法陣は二色で描かれています。


 赤と黒で描かれた魔法陣の中には、モチーフとして赤のバラが描かれています。そう、バラなのです。

 この世界では赤いバラは存在せず、バラに似たエダムという花があるだけなのです。赤いエダムは存在しません。


 なのにこの魔法陣を描いた方はどうして赤のバラを描いたのでしょう。


 存在しないものを尊んだのか、はたまたわたくしの前歴と同じルーツを持つ人間が描いたのか。

 ……謎は深まりますが、今は早く退路を探さないと。悠長にしている時間はありません。


 新しい方の魔法陣は、残念ながらモチーフは棘でした。

 きっとこれはあの侵入者が作ったものでしょう。


 そして残念ながら、この部屋にある窓は、ステンドグラスのようなガラスがはめ込んである特殊な窓だったため、開けることができませんでした。

 破って出ようかしら、と一瞬思いましたが、よくよく観察すると破ると場所が特定され、騎士団に連絡が行く仕組みになっている窓特殊な防衛の魔法陣が描かれています。


 自分のいる場所を知らせてしまうのも馬鹿らしいですし、諦めるしかないですね。


 それでもここに脱出の手がかりとなるような仕掛けはないかしら、と奥へ進むと、一番奥にもう一つ扉が見えます。


 しかし、扉の前は不自然に湿っていました。

 なんですか、あれ……? 床に滴っている液体……。 

 __もしかして血液?


 慌ててそこへ近づくと、乳白色に艶めく大理石のような床に不釣り合いな、明らかに血液由来の赤褐色の汚れがついていました。


 まだ湿り気がありますので、血が流れてからそれほど時間は経っていないのでしょう。血痕を追ってその方向へ、息を潜めながら進むと、薬品棚で隠れた部分に、聖職者の格好をした女が蹲るように倒れていました。


 どうしてこんなところに倒れた女性が……?


 この出血量ではもしかしたら……。生きてはいないかもしれませんね。

 ここで声をかけていいか迷いましたが、何もせず通り過ぎるわけにはいきません。

 わたくしは倒れている女に声をかけます。


「あの……? 大丈夫ですか?」

「う……ううん」


 声をかけると、意識はまだあるようで、女は声を発しました。聖職者がかぶるベールの下には特徴的な色合いの髪が広がっています。色水を混ぜたような色合いの髪……それはまるで色盗みの女であるスミが持つ髪色とそっくりなのです。


 え? この方も色盗みなの?


 わたくしが顔を覗き込むように見ると、倒れていた女の目にも白い髪が映ったようで、女は目を見開いています。


「白纏の子⁉︎ グランドマザーに報告をしなくちゃ! そうしたら、私の代わりになってくれるかもしれない!」


 __グランドマザー?


 スミから聞いた、大聖堂の黒幕の名が、ここにいる女性の口から出たことに驚いて、心が泡立つような感情に見舞われているのをよそに、女は予想もしない行動に出たのです。


「え⁉︎」


 わたくしは動けないと見積もっていた女に首を掴まれてしまいました。

 

「んっ⁉︎」


 そのまま、女はわたくしの首元に手を突っ込み、ぬるりと、皮膚を撫で上げます。女の手から、ただ触っただけではない、妙な温度の熱を感じます。


 ……うっ、何これ。外からしか触られていないのに、まるで内臓をかき混ぜられたような感じが……。

 感じたことのない不快さに、思わずオエっと声が出てしまいます。

 この気持ち悪さは魔術の発動でしょう。

 どうやら、女はわたくしの最初の石を取ろうと、最後の力を振り絞ったように色盗みの術を繰り出したようです。


 そのまま女は手に力を入れ、魔力を直接、わたくしの中に流し込んできました。

 スミがわたくしから石を盗んだ時はふんわりと暖かい熱が掌に伝わったくらいで不快さは全くありませんでした。優しく、ゆっくり、わたくしを傷つけないように注意を払って術をかけてくださったのでしょう。


 この色盗みの術は一言で言うと乱雑でした。一度、術を使った後も、女は何度も術を使おうとしてきます。その度に熱い熱が体の中を駆け巡って暴れまわっているような感覚に見舞われます。


「もうっ! なんですか! やめてくださいっ! ってい!」


 力がそこまでなかったので、簡単に振り解くことができましたが、それでも油断してしまったことに眉を潜ませます。


「石が取れない⁉︎」


 女が動揺を見せた隙に、わたくしはネックレスの収納庫から、先生が以前くださった捕縛の魔法陣を取り出し、そのまま色盗みの女を、縛り上げます。


「怪我をしている方に手荒くしたくありません。……申し訳ありませんが、大人しくしてください」

「くっ……。どうして……。どうして取れないの⁉︎ これがあれば私は……私は……うっ」


 嗚咽を漏らした色盗みの女は、わたくしの顔をきっと睨みつけます。


「もう少し長く生きられたかもしれないのに!」


 わああああ! と叫び声を上げた、色盗みはわたくしに恨みがあるような態度をとっていますが……。

 はて? どうしてこの人はあったばかりのわたくしを憎むのでしょう。憎むなら、他に適任の方がいるでしょうに。


「わたくしが自分の寿命がまだあることと、あなたの寿命が短いのは別問題ですよ」


 冷たく、切り捨てるような声が自分の口から出たことに驚きます。


「あなたはどうして、まだ真っ白な白纏の子なのに初石を盗むことができないの? どうしてっ! おかしいじゃない」


 正確にいうとわたくしは先生の色を盗んでしまっているので真っ白髪ではありませんが……。それはこの方にとってはどうでもいいことなのでしょう。


「その質問には答えられませんが……。あなたは……。どうしてこんな不衛生で淀んだ場所にいるのですか?」

「私の質問には答えないけど、自分の質問には答えろって? そんなばかな話がありますか! うえ……」


 瀕死な状態で興奮したのが体に触ったようで、色盗みの女は血を口から吐き出しています。

 スミもそうでしたが、色盗みの術を使いすぎて、寿命が残りわずかになってくると、内臓に損傷が出てくるようですね。


「それもそうですね……。仕方ありません。お話をお聞きする対価として、あなたの体を少しだけ楽にしましょう」


 苦しげにする女があまりにも不憫に思えてしまったわたくしは、誰も見ていないことを確認してから紙とペンを取り出します。

 捕縛の魔法陣を使用したまま、女に修復の魔法陣を描きあげます。


「どうして……。私を治すような真似をするの……。私はもう廃棄される寸前なのに」

「廃棄?」

「そうよ。私は所詮使い捨ての色盗みなのよ。白纏の子として生まれて……。親に売られて、コレクターに買われてしまって……。やっと大聖堂に匿ってもらえたと思ったのに、今度は王が呪いを受けたから、それを治療しろってグランドマザーに売られてしまったのよ。ここで死ぬまで王の呪いを石にさせられて、肉体が脆くなったからって地下牢で、刺されて……。地下牢から続くこの空間にやっとの想いで逃げて、寿命を奪えそうなあなたに出会って……。私、まだ生きられると思っていたのに」


 空気に溶ける言葉は懺悔のように聞こえます。


「私の何が悪かったのよ? 色纏の子として生まれてしまったことが罪なの? 同じように白纏のことして生まれたあなたはこんなに綺麗な服を着せてもらっているのに……」


 その言葉を聞いてわたくしは先生の忠告を思い出していました。


 白纏の子は珍しいから、好色家に売られてしまう。まっとうに生きることがどれだけ、難しいこと

か……。この方は先生が想像した通りの人生を歩んでいるのです。


 もしもわたくしが、オルブライト家の生まれでなかったら、きっと彼女と同じような運命をたどっていたのでしょう。


 この方は先ほど、通りかかったわたくしの初石をいきなり盗もうとしました。それは、貴族に危害を加えたということになりますから、わたくしはこの方をこの場で切っても罪にはなりません。それだけのことをしたと思われても仕方がないことを彼女はしてしまったのです。


 しかし、状況がその選択肢しか選ばせてくれないということが生きていく中にはあります。


 わたくしも同じ立場だったら、同じことをしたかもしれません。誰の石も盗まず、自分に与えられた命を全うするという選択を選んだスミのような高潔さはわたくしにはありません。


 それにこのかたの人生があまりにも不憫でなんだか放って置けないのですよね……。


「あなた……。名前は?」


 なぜか親近感を持ってしまったわたくしは、彼女にそう声をかけてしまいます。

 まさかこの流れで、名前を聞かれると思っていなかったらしい、色盗みは目を瞬かせていました。


「名前なんてないわ……。孤児だから誰にも名前を与えてもらえなかったの。大聖堂でも貢献度が低いものは名を与えられないから。

 でも、色盗みの女としての通り名はあるわ……。清廉の色盗みよ」

「清廉の色盗み……」


 色盗みの女の容姿をまじまじと見ると、キリッとした美しい目を持っていますし、鼻筋だって綺麗です。ようはとっても美しい女性なのですよね……。

 きっと白纏の子として生まれていなかったら、たとえ孤児だとしても可愛らしい娘だと評判になったでしょう。誰か支援者を見つけて、幸せに暮らしていたに違いありません。


 でも、白纏の子として生まれたことで、運命が狂ってしまったのですね。


「清廉……。あなたにぴったりですね」

「そんなこと……言われたのは初めてだわ」

「わたくしとあなたはほんの少し運命が違っただけで、似た資質を持っているのですね……」


 初めて会っただけの方。しかもまだ言葉をそこまで多く交わしていないのに、どうしてかこの方に親近感を感じてしまいます。


「だから何? あなたは自分が恵まれていることを自慢したいの?」

「いいえ。そうではないのですが……。わたくし、一人で城を破壊してでも逃亡しようと思っていたのですが、気が変わりました」

「え?」

「あなたをここから、連れ出そうと思います」

「は?」

「とりあえず、あなたの傷を全て治しますね」


 ポカンとした顔で固まってしまった清廉の色盗みを放置して、わたくしはネックレスの収納から修復の魔法陣を取り出します。

 わたくしが今手持ちで持っている修復の魔法陣は物に使う魔法陣ですが、少し描き換えれば、あら不思議、人体も治せてしまうんですね〜。


 まあ、人体の修復は禁術とされていますから、見つかったら牢屋行きなんですけど。


「ちょっと傷、見せてくださいね」

「なんなの⁉︎ いきなり……って、え⁉︎ き、傷が治った⁉︎ どうして⁉︎」

「治りましたね〜。世の中には不思議なことがたくさんありますね〜」


 ああ、これでわたくしも先生側の人間になってしまいましたよ……。とほほ……。

 そうして傷をあらかた直し終わりそうだ、と思ったとき、後ろからコツコツと足音が聞こえました。

 石でできた廊下から響く足音はどうしてか、冷たく硬質で、背筋がヒヤリと凍るような音がします。


「どうして牢屋から逃げるような真似をするのだろう? 愚かな色盗み。

 ……そしてリジェット姫も。大人しく部屋で待っていてくださいと言ったではないですか」


 振り向くと、そこにはわたくしを捉えた第一王子、ジルフクオーツ様がニタリと気味が悪い笑顔で立っていました。





もう少しこのシーン上手に運べればよかったのですが、今の私ではこれが限界です。後で、書き直そう……。みなさん、構成力とか、語彙力とか売ってるお店知りませんか……? 神保町とかにありそうですよね……。知らんけど。とりあえず、今は完結させるのを優先で!

次は金曜日!


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