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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
103/157

96第一王子に捕まります


 何回か中継地を挟みながら、転移を繰り返したのでしょう。

 目隠しで視界を奪われ、かつ捕縛の魔方陣で身動きを封じられたわたくしは、今までに来たことがないであろう高貴な空間に連れ出されます。


 なぜ目隠しをしていても高貴な空間だとわかるかというと、空間に漂う香りが、騎士団とも街の中とも全く、そして格段に異なるからです。

 騎士団や街であれば、いくら清潔に管理しようと、生活の中で生まれる些細な汚臭が少しくらい空間に混ざり込んでいるのですが、ここは違います。

 生活臭のかけらも致しません。まるで、汚臭を漂わせることを禁じているかのようです。

 漂っているのは花と柑橘が混ざったような調香を極めた高貴な香り。たったそれだけでした。


 __侵入者の主人は王族の誰かでしょうし、順当に考えればここは王城の敷地内でしょう。


「はぁー。全くあの人がなんでこんな女をつかまえろと命令するのだろうな」


 そういった侵入者はわたくしを抱えていた手から力を抜き、わたくしを床に転がします。


「っ!」


 雑に投げられて、振動が体に直に伝わってきます。


 __攻撃される!


 そう思って身構えましたが、なぜかため息をついた侵入者は心底嫌そうにわたくしの目隠しを外し、捕縛の魔法陣を解かれ、まるで屋敷にいる使用人のように服装の乱れを整えていきます。


 さっきは雑に投げたくせに、服装の乱れを整えるって……一体なんなの?

 そのままわたくしはビロード張りの高級そうなソファーの上にまるでお客様のように座らされました。


 てっきり捕まったら牢屋のような場所に連れていかれると思い込んでいました。

 しかし、目隠しを外し、あたりを見回すと、色盗みの女の宝石が使われたいかにも豪華なシャンデリアやバラに似たエダムと言う花が飾られているのが見えました。

 高貴な人間をもてなすための調度品があちらこちらに飾られています。ここは貴賓室か何かでしょうか。


 しかしさらによく見てみると、ガラスの窓の奥には魔法陣入りの堅い鉄格子がつけられており、ここから一切逃す気はないことが伺えます。

 侵入者は依然として、不機嫌そうな表情でわたくしを睨むようにして見ていました。


「しばらくこちらでおとなしくしていて下さいな? 王子はすぐに参りますからね」


 今、王子って言いましたね。この侵入者が王族の関連者だと言う事は分かっていましたが、まさか王子だと思いませんでした。


 この国で大地と言えば第一王子のジルフクオーツ様か、第二王子のアルフレッド様ですが……。

 幼なじみであったステファニア先輩曰く、あいつは狂っている、と言われるジルフクオーツ王子。そして、勧誘がしつこい、アルフレッド王子……。どちらにも会いたくなんてありません。


 どうやってこの場を切り抜けましょう。ぐるぐると悩みながら、額に汗を出しながら思考を巡らせていると、外から足音が聞こえてきます。


 重そうなドアを開けて現れたのはガラスを散らしたような多色の光を放つ黒い瞳と、金色の髪を持つ男……。

 

 現れたのは第一王子のジルフクオーツ様でした。


 ジルフクオーツ様はふんわりとした、優しい雰囲気を感じさせる面持ちですのに、どこかヒヤリと冷たい空気を纏っています。

 そのままこちらに音を立てず優雅に歩いて、わたくしの座っているソファの目の前に置かれた、一人掛けのソファに座り、足を組みました。


 幼少の頃に子供たちのパーティーで見たことがあるだけで、ほとんど初めて会ったような王子ですが、こんなふうに手荒な真似をしてわたくしを呼び出すのですから、噂通り、きっととんでもない人間に違いありません。


 わたくしは捕縛の魔法陣は解けても、気を引き締めたまま、ジルフクオーツ様と向かい合います。


「急に呼び出して悪かったね」

「呼び出し? 捕獲の間違いじゃないですか?」


 王子相手にとげのある言い方をしたのが気に食わなかったのか、わたくしを捕獲した銀髪の侵入者がわたくしの顔の前にゆらりと剣の先を向けました。

 

 一瞬、刺されると思って、反撃しようとしますが、それを見たジルフクオーツ王子が、やんわりと剣を下げるように侵入者の手に己の手を添えます。

 それに応じたのか、嫌そうな表情を顔ににじませていましたが侵入者は剣を下げました。

 どうやら、この棘の魔法陣を使う侵入者はジルフクオーツ王子に心酔しているようです。目を見ればわかります。真っ直ぐな瞳は、他の人間を写さず、ジルフクオーツ王子だけを見ていました。


「おやおや、リジェット姫。招待の仕方が気に入らなかったかい?」


 ジルフクオーツ王子は一切悪びれる様子もなく、身分が高い人間らしく悠然とした態度で穏やかに笑っていました。


 その様子はどこか人間離れしていて、まるで神様が人を使って遊ぶような残酷な雰囲気さえ感じられます。


「こんな招待の仕方がお気に召す方が万が一いたとしたら、わたくし、その方とはお友達になれそうにありませんわ」

「せっかくこの国の第一王子である私が話しかけているというのに……。君はつれないなぁ」


 その耳の中を舐め回すような言い方に、ゾワワ……と背筋に震えが走ります。この人には関わりたくない。直感的にそう判断してしまいます。なんというか……。生理的に嫌。


 しかしこの方が、大人しくわたくしを騎士団へ返してくれることはないでしょう。それでもこんなところに大人しく居座りたくありませんから、隙を見せたところで暴れたり、魔法陣を使って、お暇しなければ。

 それまではどうでもいい会話でこの場を切り抜けなければなりません。


「アルフレッド様に引き続きジルフクオーツ様もわたくしに求婚されますか……」

「おやおや、アルフレッドも君に求婚したのかい? 君はとっても人気者じゃないか」


 鼻で笑いながら、小馬鹿にした様子でジルフクオーツ様は言い放ちます。


「わたくしとしては全く嬉しくないのですが」

「王子の下に嫁ぎたくな貴族なんてこの国では君ぐらいしかいないだろうね」


 ……うーん。それはどうでしょう。今、難しい情勢にあるこの国の中で、何も考えずに王子のもとへ嫁ごうと思うご令嬢はいないと思うのですが。王位継承権がどちらかの王子に確定したならまだしもこんな中途半端な時期に嫁ごうなんて、命懸けの賭けに出たようなものですわ。


 どの家の御令嬢だって、その辺は強かに考えを巡らせて要るでしょうに……。それもわからないだなんて。


 第一王子はわたくしより四歳ほど年上だったはずですが、話しているうちになぜだか幼さと知識の綻びを感じてしまいます。


 でもなぜだかわからないのですが、この人の言葉には不思議な納得感があるのです。この人の言葉に従わなければならない……。そんな納得感が。

 帝王学だけを学ばせられた、箱入り王子……なのでしょうか。そんな人がこの国の王になるなんて、たまったもんじゃありませんが。



 そんなことを考えているとどこかから、カチ……、カチ……と時計の針が動くような音がします。

 そういえば、何かの本で拘束時間を対価に相手を魅了し、自分に紐付ける魔法陣があると読んだことがあります。

 とんでもなく高度な術式が必要になりますし、滅多に使用されないと記載がありましたが、きっとあの侵入者はその魔法陣を描くこともできるのでしょう。


 ということは、この場にいてジルフクオーツ様と多く言葉を交わせば交わすほど、ここから出られる確率が低くなる、ということです。


 私はジルフクオーツ様から視線をはずさず、できる範囲で視野を広くとり、あたりを見回します。


 どこかで寮にいる誰かと連絡を取らなければ……。


 連れ去られることがなければ、わたくしはこのまま先生の家に行くはずでしたからわたくしがなかなか来ないことに気づいた先生はきっとラマと連絡をとってくれるでしょう。

 そんな黙りながらも必死なわたくしに、ジルフクオーツ様はニタリと笑って話掛けてきます。


「一年前、君を騎士団の敷地で見つけたときに、絶対私のものにしようと、心に決めていたんだ」

「ジルフクオーツ様のもの……?」

「私はね、オルブライトの姫君。美しいものを集めて眺める大好きなんだよ。それは珍しければ珍しいほどいいね」


 わたくしの姿を上から下まで確認する、粘着質なニタリとした笑い方。絶対にシロップ漬けにするつもりじゃないですか……。ステファニア先輩が言っていた通りですね。


「わたくしを標本にしたら、あなたが得たいと思っている、オルブライトの戦力は得られなくなりますが、それはよろしいのですか?」

「なあに。心配ないね。君もご存知の通り僕のそばにはユリアーンがいるからね。彼はとっても優秀な男だ。僕のためにオルブライト家を手中に入れてくれると約束してくれたよ」


 ユリアーンお兄様が……あの優しいユリアーンお兄様が家族を売りに出すようなことを⁉︎

 本当にユリアーンお兄様はこの王子に忠臣を誓ったのでしょうか。


 それとも、わたくしや家族を戦火から離すためについた、一時凌ぎの嘘……?


 わたくしは後者だと信じたいのですが、もし万が一前者だとしたら一大事です。オルブライトの戦力が第一王子に流れると、均衡状態にあった王位継承争いは一気に第一王子が率いる保守派に傾きます。

 その状態を見てヘデリーお兄様はもちろん、ヨーナスお兄様もお父様も黙ってはいないでしょう。


 ユリアーンお兄様は、本当に第一王子に忠誠を誓ってしまったの?


 家族を切り捨て、忠臣を誓って、何もかも変わってしまったユリアーンお兄様の姿を頭の中で想像しようとします。……が、全くうまくいきません。

 兄弟の中で、一番優しくて、柔和で、慈悲深いユリアーンお兄様。そんな優しいお兄様の顔しかわたくしは思い出せないのです。


 ……絶対に。絶対にユリアーンお兄様は家族を切り捨てるなんてことしないわ。


「この戦いで私は王になる。君は標本のまま、永遠に綺麗でいられる。女の子は老化するのは大っ嫌いだろう。どう? なかなかいい提案でしょう?」


 永遠に綺麗で? 何を言っているのでしょう、この方は。

 そんなもの欲しがっていないのに、どうしてそれが必要だと思っていたのでしょう


「城に勤める色盗みの女は、みんな口々に言っていたよ。呪いを取り、朽ちていく自身の躰を見るくらいなら、真っ白なまま、標本になった方がマシだって」


 ああ、わかりました。この方はわたくしのことをただの「色盗みの女」というカテゴライズでしか見ていないのだわ。


 ジルフクオーツ王子の周りにはきっと現王付きの色盗みの女も多くいたのでしょう。彼女たちは自分の身に黒が染みつくたびに、自分の命が短くなっていくのを感じ、嘆いたのでしょう。

 永遠に美しいままでいたいのに、と。


 それを願わなくてすんだわたくしはとても恵まれた立場にいたんだわ。

 けれども……。だからこそ、本当に欲しいものが彼女たちとは違うのです。


「わたくしが欲しいのは永遠の美などではありません。自分の人生を誇れる勲章です。それが醜い切傷だろうが呪いだろうが、甘んじて受け入れるつもりですから!」


 叫ぶように言い切り、わたくしはネックレスのモチーフを握り、反逆者の剣を大きくし、そのままジルフクオーツ王子の方へ向けます。

 自分に刃を向けられたジルフクオーツ王子は薄目で、かわいそうなものを見るような、表情で笑います。


「全く。生きがよくて困るよ」


 わたくしは瞬く間に侵入者に身を締め上げられ、拘束されてしまいます。


「……っ‼︎」


 締め上げられながらも身を固くして、ジルフクオーツ王子を睨みつけた時、王子の服の中からチリンと呼び鈴のような音がしました。


「やれやれ……。新鮮なうちにすぐ処理を始めたいところだけど、残念ながら王から呼び出しがかかってしまったよ。……はあ、本当に空気が読めないお方だよ」


 どうやら呼び鈴は王の召集だったようです。

 現王様あああ! 会ったことなんてありませんけど、ありがとうございます! とっても空気が読めています。

 

「私はここで失礼するよ。また帰ってきたら、綺麗に処理してあげるから、それまでここでおとなしく座っていて欲しいな」


 べとりと脳裏にこびりつくような陰湿な笑みを浮かべたジルフクオーツ王子は、そのまま見張りの男を置いて出ていきました。

 代わりに呼ばれた見張りの騎士団員が部屋にやってきたのを確認したあと、銀色髪の侵入者も後を追うように出ていきます。


 __さて。どうしましょうか。


 ジルフクオーツ王子にはおとなしくと言われましたが、もちろんおとなしく座っているつもりはありません。


 屈強な体つきをした見張りの男は怖い顔をして、わたくしから一切目を離しません。

 でも……。この方、自分のこと、わたくしより強いと思っていますね。だからこその隙がいっぱいです。


 わたくしは上目遣いで、見張りの男の顔をみて微笑みを作ります。か弱いお嬢様のそれを、目一杯。


「申し訳ございませんが、ちょっと寝ていてもらえませんか?」

「は?」


 いきなりぶりっ子声で変なことを口走ったわたくしに、一瞬唖然とした表情を見せた男の腹を、加速の魔法陣入りの靴で思い切り蹴り上げます。

 うまく鳩尾に一撃が入ったようで、男はその場で腹を押さえ、うずくまりました。

 仕上げにマルタのキン村長からもらった朝焼けの約束が入った小瓶をネックレスから取り出します。一滴だけ……。二滴以上だと、面倒なことになりますから。


「うお⁉︎」


 一滴、朝焼けの約束を浴びた男はへにゃりと力なく床に倒れこみました。

 思ったより呆気なく、簡単に倒せましたね……。


 この方が起きる前に連絡を取らなければ。

 わたくしはすぐさまネックレスの収納の中から魔法陣用の紙とペンを取り出します。

 さらさらっとお手紙の魔法陣を書き上げ、先生とラマへそれぞれ連絡を取ります。


 そのままお手紙の魔法陣を飛ばそうとしますが、窓に何らかの仕掛けがあるようでお手紙はそのまま弾かれてしまいます。


 このまま飛ばせないとなると……。そうだ! 転移陣を作ってその間を飛ばすことは可能かしら!


 幸い寮と先生の家のどちらにもわたくしはアクセス可能な転移陣がありますから、そちらを通すことはできるでしょう。

 

 手紙を転移させるために必要な魔方陣を描き上げたわたくしはそこを通して手紙を二人に送ります。


 手紙は魔方陣に吸い込まれ無事に送られたようです。

 そのことにほっと安心し、次の出方を考えているとジルフクオーツ王子が出ていた扉の方から足音が聞こえてきます。


 やっぱり見張りを倒してしまったのがまずかったのでしょうか。


 私は内心焦りながらも、どんな襲撃が来ても対応できるように姿勢を低くして身構えましたが、扉から現れたのは思いもしない人物でした。


「助けようと思ったが、必要はなかったようだな……」

「ア、アルフレッド王子⁉︎」


 そこには吸い込まれるような黒い髪を携えた、アルフレッド王子がいらっしゃいました。


「どうしてここに?」

「“囚われのお姫様を、助けに”だったはずだが……」


 わたくしたちの目の前には、力なく床に沈み、意識のない騎士団員が伸びています。


「どうして、こうなっているんだ? 第一王子の近侍騎士の中では割と腕の立つ男だと思っていたがどうやって倒したんだ?」

「答える義理があるのでしょうか? ……というか、何しにいらっしゃったのですか?」


 この方、ヒロインを助けるヒーローにでもなりたかったのかしら?

 でもわたくし、自分で薙ぎ倒す方が好みですの。


 はあ、やっとジルフクオーツ王子がいなくなったところだったのに……。相手にしなければならない面倒な人間が一人増えてしまったことにため息をつきます。


「本当に気の強い女だな……。この状況で私に向かって毒を吐くか。こういう時は擦り寄って助けを求めるのが賢い選択だと思うぞ」

「そういうの、わたくし向いていないんですの。強行突破を試みた方が幾分、気が楽ですわ」


 吐き捨てるようにいうと、アルフレッド王子はぷっと吹き出します。


「ハハハ、やはりお前は面白いな。そばに置いて飽きることがなさそうだ。俄然欲しくなった」


 別にあなたを楽しませるためにこういう態度をとっているわけでは無いのですが、と悪態をつきたくなったその時、懐に忍ばせておいたお手紙用の転移陣からしゅわりと音がしました。


 ラマはお手紙の魔法陣を描くことができませんからきっとこれは先生の返信でしょう。それを確信した私は足に力を入れ、ぐっと沈みこみます。

 靴底に入れた加速の魔法陣を発動させたわたくしは勢いよく部屋を飛び出します。


「お⁉︎ おい!どこに行くんだ⁉︎」

「あなたのいないところですよ!」


 アルフレッド王子が女である私をなめてかかるタイプの方で本当によかった。隙だらけです。

 それに、部屋にいた騎士も大したこと、ありませんでしたし。


 __ここの王城……。隙だらけな方が多くないですか?

 

 わたくしはそのまま足を目一杯に左右に動かし、アルフレッド王子が追いつけないところまで走り抜けました。



意外と捕まっても逃げられる、リジェット。警備が甘くてよかったね。……というか、王城内は多分、今警備どころではないのですよね。リジェット視点だと書きれませんが、先生が王城にめっちゃ攻撃してます。なので、こんなクソ忙しい時にきた第一王子の客人につく、警備が甘いのです。

次は水曜日!

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