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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校一年生編)
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95見たことある侵入者に出会います


 長かった冬が終わり、春の暖かい日差しが感じられるようになったある日。

 わたくしは学校の授業が終わった後、いつものように先生の家にお邪魔していました。


「最近、王都の街中でも王位継承争いに関わるいざこざが起きているようだよ」

「まあ! そうだったのですね。……それじゃあ、図書館通いは避けた方が良さそうですね」

「それが無難だろう。あそこはどちらかというと第一王子派が多い組織だからね」

「最近は学校内に転移陣も設けましたし、移動はできるだけ人の少ない時間を見計らっていますから、シンパを増やすのに熱心な方々の勧誘を受けることは減ったのですが、まだまだ油断はできませんね」

「……もしかしたら、転移陣。もう少し増やした方がいいんじゃないかな?」


 先生はそう言って、道具棚から図面を持ち出します。広げられたそれは、騎士学校及び騎士団の見取り図でした。いつの間に見取り図なんて書いたんでしょう……。

 見取り図には転移陣が設置されている場所に印が書かれていました。

 先生の助言を受けて、もう少しポイントを増やした方がいい場所を二人で考えます。


 あと身につけている、魔法陣についても改良した方がいいと提案を受けます。

 先生はいつの間にやら仕掛けられていた、身を守るための魔法陣の強化を。わたくしは靴や、洋服に自分でしかけていた身体補助の魔法陣を書き加えます。


「とにかく一人になってはいけないよ」

「……わかりました。できるだけ気をつけますよ」


 先生は本当に心配性ですね。そんなにわたくしって信用がないのかしら。と今までの行動をもう一度考えてみると、意外といろんなことをしでかしているなあ、とちょっとがっかりした気分になります。


「君はそう言っても一人になるだろうから、ラマに連絡をしておいた方がいいかな」

「え、先生。いつの間にかラマと連絡取り合うようになっていたんですか?」

「連携を取るようになったのは王都にきてからだけど……。君が迂闊な行動ばかりとるからだよ」

「迂闊……でしょうか」


 わたくしは先生の言葉に口をつぐみます。


「そうだよ。あんなに注意していたのに、第二王子と接触するし、スミの面倒ごとに巻き込まれに行くし……。王都に君が行ったら絶対に面白いことを起こす、と思っていたけれど、想定していたよりも面倒な方面の物事に首を突っ込むからなあ」

「わたくしも起こそうと思って問題を起こしているわけではないんですけど……」


 疑わしい目を向けた先生は、たんまりと魔法陣の束を持ち出します。


「なんですかこの量は……」

「君は僕の色を盗んだことで、僕の魔法陣が使えるようになったはずだ。だったら、お守りとしてこの魔法陣を使いなさい」

「こ、これって……。こんな緻密な魔法陣、使えません! わたくしが魔法陣を描く見本にしたいくらいの出来栄えですよ⁉︎ こんなもの、買ったらいくらになるやら……」

「僕が描けばいいんだから、原価はタダだよ」


 あ……。どこかで言ったようなセリフ……。


「わたくし、この前同じセリフをメラニアとエナハーンに言って、常識がないとドン引きされてしまったんですけど、今、初めて二人の気持ちがわかったような気がします」

「? なんだかよくわからないけど、とりあえず、一人で行動しようとは思わないこと!」

「はーい。わかりました」


 この時、適当に返事をしたことを数日後のわたくしは深く後悔することになるのです。





 

 次の日もいつもと変わらず学校は始まります。


 朝寝坊することはなく通常通り、登校することはできたのですが、一時間目の授業が長引いたわたくしたちは慌てて廊下を走っていました。


「わー! 遅刻だ!」


 大きな声をあげたのはメラニアです。今日はメラニアが授業前の準備を行うように教科担任の教官から頼まれているので遅れるわけにはいかないのです。

 どうやらその教官はメラニアの生家とつながりが深いようなのです。


「あー! なんであの先生、私にばかり準備を頼むんだ!」

「た、確か……。りょっ領主様と縁が深いのですよね」


 エナハーンも顔を渋くしていました。あまりいい縁ではないのでしょうか?

 でも急がないとまずいのです。後五分ほどで授業が始まってしまいますが、次の教室までは時間がかかるのです。


「もう転移陣使いましょう! 昨日転移できるポイントを増やしたので、次の授業が行われる教室のすぐ近くまでひとっ飛びで行けますよ!」


 そう言うとメラニアは口を半開きにして驚いていました。


「そっか、それがあるんだった……。引くほど便利だよね……。転移陣。これ販売したら、リジェットは億万長者になれるんじゃない?」

「先生にそこは念を押されてしまっていて、今までの風習を変えてしまったり、大きな物価変動を起こしてしまう可能性があるので、誓約の魔術でわたくしが描いた魔法陣については販売は禁じられているのです」


 自分で描いた魔法陣以外はこっそり販売を続けていますが……。最近のマルトの女性たちは簡易記号を用いた魔法陣だけでなく、本来の魔法陣も描けるようになっていますからね。


「そうだよね……。そんなものが市場に出回ったら大混乱になるよね。ただでさえ国は転移陣の質で領主間のカーストを作っているから」


 そんなことを話しながら、わたくしたちは三人で転移陣に乗り込みます。

 設置した場所が良かったこともあり、無事に遅刻せずに席につくことができました。






 授業は問題なく終わり、待ちにまった放課後がやってきます。今日学んだ範囲がかなり難しかったので復習をしたいところですが、今日も先生から招集がかかっています。

 さすがに教科書を持って制服のまま行くわけにはいきませんので、一度寮に戻ってから、着替えて向かうつもりでした。


「さて、寮に戻りますか〜」


 黒板を消し終わり、席の方に戻ってきたメラニアに担当教官が声をかけます。


「メラニア・スタンフォーツ。エナハーン。ちょっと残れるか。君たちに渡したい資料があるんだ。一緒にいる君は……オルブライト家の人間か。悪いが席を外してくれないか。ヘデリー・オルブライトに漏れるとまずいからな」


 あくまでも貴族らしく紳士的に、かつ苦い顔で教官は断りを入れました。どうやら、この教官。ヘデリーお兄様と確執があるようです。……絶対やらかしたのはヘデリーお兄様の方でしょうけど。


「リ、リジェット……。きょっ教室の外で待っています?」


 心配そうに眉を下げたエナハーンが、小声でこちらを上目がちに覗き込みます。


「すぐそこに転移陣がありますから。先に寮に帰っていますね!」


 わたくしは二人に声をかけて、教室を一人で出ました。


 転移陣のチェックポイントは教室から大股で二十歩ほど離れたところにあります。


 十秒かからないうちにつく距離ですから、さすがに誰かに捕まることはいくらなんでもないでしょう。

 そう慢心した時でした。


「やあお嬢さん。久しぶりだね」


 後ろから届いたのは、どこかで聞いたことのある、ハスキーで中性的な声でした。その声の主を思い出したわたくしは、身を固くします。


「あなたは……侵入者の……」


 中性的な痩身。光に透けると蜘蛛の糸のように見える鎖鎖骨ほどの長さの銀色の髪。どこか砂漠の民を思わせる、布地を巻いたような、黒い装束。


 そこに立っていたのは、オルブライトの屋敷に住んでいた頃、屋敷に侵入した刺のある魔法陣を使用していた、謎の侵入者でした。


「ああ。覚えていてくれたんだ。まあ君に覚えられていても大して嬉しくはないけど」

「どうやってここに侵入したのですか?」

「侵入方法? 至って簡単さ。私の主人はここに出入りする権利を有しているからね」


 騎士団は関係者以外立ち入ることは禁じられています。


 ただ、その例外もあるのです。王族に限っては騎士団の侵入が許されているのです。


「あなたの主人は王族の方でしょうか?」

「おや。ご名答。頭は悪いけれど勘はいいみたいだね。私はね。君を連れてくるように主人に頼まれてね……。そういうことだから、君にはついてきてもらうよ」

「お断りします」

「そっかあ。じゃあ残念だけど……。力ずくで連れていくよ」


 そう言い放った侵入者は細い針のようなものをわたくしのほうに投げ入れます。


「っ!」


 わたくしはすかさず体を捻り、それをかわしました。


「ふうん。騎士団に入れるだけあって、最低限の運動神経は備わっているだね」


 わたくしは、どうにかして侵入者の攻撃をかわし、逃亡を試みますが、相手の方が何倍も俊敏で、隙を突くことができません。

 この侵入者、きっと動の要素をたくさん持っているのね……。


 教官など、侵入者に対処すべき人間が助けてくれないかと当たりを見回しますが、まるで時間がここだけ止まってしまったかのように、しんと静まりかえっています。

 どうしてこう言う時に限って、誰も通らないのでしょうか。この前、アルフレッド王子に捕まった時も頭によぎったのですが、もしかしたらわたくしが転移陣を学校中に仕掛けているように、目眩しの魔術がかかっている場所があるのかもしれません。


 わたくしはこの方から逃げようと、持っている中で一番攻撃力の高い、爆発の魔法陣を侵入者に投げ入れます。


 それを見た侵入者も魔法陣を展開します。広げられた魔法陣はわたくしの魔法陣を吸い込んでしまいました。


「なっ! 無効化の魔法陣⁉︎」


 図書館の本でしか見たことのない高度な魔法陣に目を見開きます。この侵入者……。相当高レベルの魔法陣を持っているようです。


 わたくしは警戒のため、より低く体勢をかがめます。


「ふふ、君にはこのくらいしないとダメかな?」


 そう言って襲撃犯は魔法陣を放つように投げました。


「なんですか! これ!」


 目の前に網状に広がったのは、精密に編み込まれた捕縛の魔法陣です。その中には見たことのあるモチーフが組み込まれています。


 __刺のモチーフ


 魔法陣に捕らえられ、動きを制限されてしまったわたくしの目は人影を捉えます。


 この侵入者、その場で魔法陣を描いているわ……。ということはこの侵入者の主人は相当な腕を持つ魔術師を有しているということになります。

 先生の防衛の魔法陣を破るほどの実力を持つ魔術師を……。


「君さあ。なかなか一人にならないから、捕まえるの、大変だったよ。……こんな余計なものまでついてるし」


 そう言って、捕縛されたわたくしの目の前まできた、侵入者はわたくしの背中に手を当てます。


「っ⁉︎」


 身構えましたが、わたくしの体には何かを剥ぎ取られた感覚が与えられただけです。


「ほお、蔦の魔法陣か。あの者は紛い物だが、魔術の腕だけは確かなようだ」


 この侵入者、先生を知っている……?


 しかも“紛い物”と呼ぶということは、先生が聖女降臨の儀で呼ばれたことまで知っているということになります。

 何やら気になることを口にした侵入者の手には先生の破かれた魔法陣が握られていました。

 紙に描かれた魔法陣ではなく、見えないフィルムに描かれたかのごとく、魔法陣の図案だけが空間に揺れています。

 それはどう見ても特殊な構造の__教えられたことのない魔法陣でした。

 なんですかあれ。いつの間に先生はあんなものを私に仕込んでいたのですか? あんな魔法陣習っていないのですが……。


 はっ! そんなことを考えている場合じゃないです。


 とにかく逃げないと、そう思って距離をとり、首元から反逆者の剣を出そうとしたその時、侵入者は目にも止まらぬ速さで、わたくしの腹に打撃を与えました。


「う……。うっ!」


 腹を殴られたわたくしは無の要素が働き、痛みは感じませんでしたが、圧迫感と押された苦しさで意識を失ってしまいます。


 わたくしは抵抗も虚しく、侵入者にまんまと連れ去られてしまったのです。




捕まってしまいました……。次は月曜日更新です。

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