暑くて、熱い夏休みがやってきた(歓喜)5
「はーい。どうぞー」
中から聞き覚えのある声が聞こえたので、扉を少しだけ開けて中を覗く。
中には部員が一人だけいるようだ。
「えーっと……どちら様ですか?」
見覚えのない人を見るような目で俺を見ている花田さん。
若干警戒しているようだ。
「花田さん、俺だよ。守谷、守谷廉!」
男の声で目を丸くさせたけど、俺の名前を聞くとさらに「えっ!?」と声まで漏れた。
「守谷君!? 本当に守谷君なの? そうなんだー……腐へ」
鳴き声をあげると俺の肩に手を置く。
「心配しないで。男の娘でも全然オッケーだから! あとTSものもいける口だよ。元が男であれば」
「花田さんのBLに対する守備範囲は一切心配してない。それよりも水原先輩か卓也を探してるんだけど、どこにいる?」
「あ、うん。それなら二人共野球部に行ったよ!」
「絶対嘘だよね?」
「チッ! やっぱりダメか」
この子は欲望に忠実過ぎじゃありませんかね。
「でも、この容姿なら一度は襲われてるはず」
「襲わ……れてない!」
「今の間は何!? あったんだね? そんなワクワクするイベントがあったんだね! 気持ちよかったんでしょう!? 正直になりなよ! 自分にもついてるはずの男の象徴に蹂躙され、メスみたいに鳴いてしまってもう戻れなくなったんだよね!」
誰かこの子の言動と鼻血を止めてください。
「何もなかったから!」
「どうでしょう。男の人は女の人と違って、処女損失しても膜はなくならないから」
「女の子が膜とか言わない!」
「いいじゃないですか。実際女子は異性がいないときは平気でそんな話するからね」
「今君の目の前にいるのは異性ですけど!?」
もう何度も幻想を砕かれてるけど、なるべくそんな話は聞きたくはないんだよ!
「花田さん。君には羞恥心はないの?」
「何言ってるの。好きなことを話すのに卑猥な単語なんかで恥ずかしがる羞恥心なんてないよ。私達は作品を愛し、妄想を好む生き物。そこに羞恥心なんて生まれるわけないじゃない。オタクを舐めないで!!」
「お、おう……その、ごめん」
……あれ? なんで俺が謝る流れになってんの!?
「わかればいいんです」
花田さんは自前のティッシュで鼻血を拭き取る。
「じゃあ、早速野球部に」
「行かないからね?」
「残念。あ、そうそう。気になってたことが一つ」
そういうとおれに近づくと、俺のスカートを勢いよくめくった。
「さすがに女性ものじゃないかー」
「何してんの!?」
花田さんの奇行に目を白黒させ、慌ててスカートを手で抑える。
「女性ものなのか、男性ものか気になって。でもそうだよね。女性ものだとはみ出すし」
もう嫌だこの人、自由すぎる。
「おまたせ花田さん。ごめんねせっかく約束したのに遅くなって。部室に着いてから忘れものに気づくなんてあたしもアホだよ━━」
忘れ物を取りに帰っていたらしい水原先輩が肩から下げた鞄を抱えながら入室すると、俺を見るや否やその鞄をぼとりと落とす。
「守谷!? その格好は一体……」
「水原先輩。俺って、分かるんですか?」
「え? そりゃわかるけど」
俺の保っていた心のダムが決壊した瞬間だった。
「水原先輩!」
「わっ! ちょ、もももももも、守谷!?」
ようやく俺を俺として認識してくれる人に出会えことに感動を覚え、気がつけば感動のあまり俺は水原先輩に抱きついていた。
「誰も俺って気づいてくれなくて寂しかったんです!」
「わ、わかったから! か、顔が胸に……」
水原先輩の指摘で俺は自分の体勢を確認する。
抱きついたはいいけど、まるですがるように抱きついたせいで思っていたよりも下の方で抱きついているわけで。
そしてみっともなく抱きついた俺を柔らかな双丘が優しく包み込む。
水原先輩って……意外と大き━━ってアホか俺!?
「す、すすすすっ、すいません!」
「い、いいのいいの! 別に嫌じゃ━━じゃなくて! その……とりあえず鍵閉めた方がいいわね!」
気まずくなった水原先輩が鍵を閉め、俺は水原先輩から視線を外した
「ごちそうさまでした」
「なんで君また鼻血出してるの?」
眼鏡を外して丁寧に拭いている花田さんはキリッとした顔で鼻血を流してるけど、この子の血液量は通常の人の倍あるのでは?
もうそろそろ貧血起こしてもおかしくないぞ。
「ふっ、私ほどの腐人となれば目の前の人の性別を変えるぐらいのフィルターを持ってるんだよ」
果てしなくどうでもいい情報だな。
「それで、守谷はなんでそんな格好してるの?」
俺はここまでの経緯を全て話すことに。もちろん事情を知らない花田さんには綾先輩の本性がわからない程度に。
山本先輩、犬井先輩、真島先輩の話のときには花田さんの鼻息が荒くなっていた。
話してる横で終始「ヤッたんだよね!?」「山本先輩に力強く抱きしめられた感想は!?」「犬井先輩の優しいリードは!?」「真島先輩の意外なテクでアタフタした!?」などと、妄想を加速させていたので全部無視したのは言うまでもない。
「あー、やっぱりそうだよね。守谷が率先して女装するわけないか」
「当然ですよ」
「それで三人の先輩に抱かれた守谷君。感想を是非!」
無視してるんだからいい加減諦めてお願い。
「それにしても違和感ないわね」
頭から足のつま先まで視線を這わせる水原先輩。
「本当……女の子、みたい、ね」
真っ白で綺麗な指先が俺の頬を撫でると、瞳に熱がおび、息を荒くし始めた。
「ハァ……ハァ……可愛い。アニメのキャラみたい」
水原先輩の視線に体がゾワリとする。
恐怖と不安と危機感が入り混じったこの感じ。最近にも経験した覚えが……
『ハァッ……ハァッ……もういいよね? ここまで抵抗しないってことは、そういうことなんだろ?』
綾先輩だああぁぁぁぁ!
俺を襲う時の綾先輩の表情と瓜二つなんだけど!
「水原先輩? あの、水原先輩? 聞こえますか水原先輩!?」
どんどん息を荒くする水原先輩はガシッと俺の両手首掴んだ。
いつもの暴走とは違い、まるで興奮状態の綾先輩を目の前にした絶望感。
普段の可愛らしい水原先輩が鎖の付いていない獣にしか見えない。
「え、うん。大丈夫全部聞こえてる。そうだよねまずは守谷は服を脱がないとね」
今までの脈絡でどうなったらそんな会話になるんですか!?
「なんで脱ぐことになってるんですか!? それと水原先輩、目が怖いんですけど!」
「大丈夫大丈夫! 守谷はどう見たって女の子にしか見えないし、あたしは女子だし、女子同士なら裸見られても恥ずかしくないよね?」
「思考回路が滅茶苦茶!」
今の水原先輩にこれ以上触ってはいけないと俺の中の何かが訴えかけている。
逃げるために手を振りほどく。
しかし運が悪かった。いや、男なら運がよかったのか?
右手は振りほどいた勢いで水原先輩の右胸をわし掴んでしまった。
今は夏だ。水原先輩も例外なく薄着のため、下着の感触とその下にある意外性のある胸の柔らかさが掌全体から伝わってくる。
あまりの触り心地に手に力が入りかける寸前のところでハッとなった俺は水原先輩から飛び退いた。
「す、すすすす……すいません!!」
素早く土下座の体勢で謝る。
この後泣かれるか思いっきり殴られることを覚悟して地面に額をつけるが、何も起きない。
恐る恐る顔を上げると、
「ふふ……フフッ……」
水原先輩は不気味に微笑んでいた。
「気にしないで。女の子同士で胸を揉まれるぐらい。でも今の守谷なら、名前をそのまま性別にすることが出来る可能性を持っているわね」
この人の言ってることが何一つわからない!
「花田さん! 何とかして!」
必死に花田さんに訴えかける。
当の本人の花田さんは……
「……あ、もうラブコメ展開終わった? でもちょっと待ってね。もうすぐ周回が終わるから……よし! 終わっ──あっ、ランク上がっちゃった。スタミナが上限突破しちゃったし消費しないと。ごめんもうちょっと待って。ほんの数分だから」
「いいから助けてくれ!」
「はぁ……」
横持ちでスマホをいじっている花田さんは渋々スマホをしまう。
ようやく助ける気になってくれた、と思ったのもつかの間。
俺と水原先輩を傍観したまま何もしに来ない。
「あの……水原先輩止めて」
「無理」
「なんで!?」
「守谷君。オタクは好きなものには命を注ぐ人もいるの。私だったらBL。今の水原先輩も好きなことならどんな犠牲を払ってでもしようとしてるの」
一体何が言いたいのか理解出来ない。
だが、水原先輩が落とした鞄を視界に入れてしまった俺は嫌な未来が脳裏をよぎる。
落ちた拍子に鞄が開き、髪の毛の様なものと制服がはみ出ていた。
しかしその制服は明らかにこの学校のものではない。制服にしては過度な装飾が施され、まるでどこかのアニメのキャラが着ていそうなもの。
「……もしかして、水原先輩の好きなことって」
「コ・ス・プ・レ」
「さぁ守谷……お着換えしようね。ちゃんと手伝ってあげるから」
今この時この場所は平穏の地ではないことに気が付いた俺は急いで扉に飛びつく。
しかし寸でのところで水原先輩に捕まり、後方へ引き戻されるとそのままソファに投げ飛ばされる形で座らされ、俺を逃がさないように水原先輩がまたがる。
「水原先輩……お願いします、やめてくだ、さい」
カタカタ震えていると、微笑んだままの水原先輩が囁く。
「大丈夫だよ守谷。守谷は天井のシミでも数えてて。あたしが(着替えを)全部してあげるから」
「花田さん! お願いします! 助けて! 当分BLのネタにしても怒らないから!」
「なんと素敵な条件! ……でもごめんね。引き受けられない。だって私も守谷君のコスプレみたいもん!」
悪魔だ。この人達悪魔だ。
「ところで守谷。今下着って男性もの?」
「さっき私確認しましたけど、男ものでしたよ」
「じゃあ、女性ものにしないと。コスプレは見えないところまでするのが大切だし。あ、でも下着がない。まぁいっか。あたしの履いてる下着で」
「好きなことに対して犠牲払い過ぎじゃありませんか!?」
「まずは守谷を脱がせなきゃね」
もう俺の声は水原先輩には届かないようだ。
水原先輩の手が俺のシャツのボタンにかけられたその時だった。
かかっていたはずの鍵が開錠される音がする
「こんにちわー……って、鍵がかかってるんだから誰もいな──」
誰もいないと勘違いしてしょげていた卓也と、俺の視線がぶつかる。
「えーっと……すいません。女子会してたんですね。失礼しました」
「卓也! 俺だ! 廉だ!!」
「え……廉!?」
閉められかけた扉の奥で見知らぬ女生徒の正体が俺だと気づいた卓也が慌てて戻ってきた。
「廉なのか!? お前、そんな趣味が……」
さすがの卓也も、俺の姿に引いている。
「待て! これには深い事情があってだな」
「だ、大丈夫だ! どんな姿になっても、俺とお前は……親友だ!」
「やめろ! ちょっと重い感じで話を進めるなああああぁぁぁぁぁぁ!」
俺の悲鳴に似た叫びは部室に反響したのだった。
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