暑くて、熱い夏休みがやってきた(歓喜)4
入ったのは教材が多く置かれた倉庫のようなところだった。
使わなくなった教科書や人体模型、チョークなどの消耗品が置かれていた。
ここなら人はこなさそうだ。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「これぐらい当然のことさ。でもすごい人だったね」
「そうですね。なんで私なんか追いかけるんでしょうかね。生徒会長と比べると私なんか」
私は苦笑いを浮かべながら答える。
でも犬井先輩は首を振った。
「そんなことないさ。少なくとも僕は生徒会長よりも君の方が魅力的だと思うよ」
根はいい人だから私のことを気遣ってのことだと思うけど、複雑な気持ち。
「そ、そんなこと……」
でもね今の私は守谷廉じゃなくて森田鈴。ちゃんと女の子らしい反応をしないとね。
だから少し恥ずかしいそうにわたしは振る舞い、近くで腰を下ろす。
すると、犬井先輩も私のすぐ隣に座った。
戸惑っていると、犬井先輩は口を開く。
「謙遜しないで。君は可愛いよ」
こういうことを平然と言えるから犬井先輩はモテるのだろう。
男好きじゃなければ完璧なのに
「現に……僕は君に惹かれてる」
「えっ!?」
私は突然の告白に驚きを隠せない。
女の子にしか見えないはずの私を好きになるなんて、何かの冗談なのだろうか。
「じょ、冗談はやめてください」
「冗談じゃないよ。僕は、君が……ほしい」
指先で顎をクイッとあげられ、見られないようにそらしていた顔を覗き込まれる。
これがあの犬井先輩なの? あの男好きの犬井先輩なの?
一般的な男性として正しいけど、犬井先輩だと逆に心配になってしまう。
これ以上被害者(男)を出さないためにも、この機会に直すってのもありかもしれない。
もしかしたら両刀使いになる可能性があるかもしれないが、タチ使いよりかはマシだ。
でも、そこまで私は付き合いたくはない。
なら、私は当然拒否する。でもなるべくやんわりと。
「こ……困ります。犬井先輩みたいなカッコいい人が、私みたいな女の子を好きになるわけないじゃないですか」
「ハハッ、何を言ってるんだい。君みたいな可愛い子が女の子なわけないじゃないか」
「そ、そんなこ━━へっ?」
この人今俺のことなんて言った?
思わず男に戻りかけたが、必死になって女に戻る。
「な、何を言ってるんですか。私、女の子ですよ?」
「いや、君は男の子だよ。しかも僕好みの。でも君が違うというならそれもよし。どうせすぐ分かるんだから」
不安なことを告げると、おもむろにユニフォームのボタンを一つ、二つと外していく。
「わ、分かるって……なぜです?」
「今から君を抱くから」
血の気がサーッと引くのを感じる。
「は……ハグ的な意味で?」
「性的な意味で」
「勘弁してください!」
俺は立ち上がりすぐさま距離をとり、壁にもたれかかった。
もうこの人の前で女を演じる必要なんてねぇ!
幸い俺だってバレてないようだし、ここは逃げ一択だ!
「そんなに怯えないでよ。君は天井のシミを数えていればそれでいい」
「数えたくないですよ!」
急いで扉から出ようとしたが、鍵がかかっていた。
「ふふっ、無駄だよ。さぁ、僕と一つになろうじゃないか!」
犬井先輩は両手を広げ、俺をホールドしに襲いかかる。
「捕まえた。あぁ、これが君の抱き心地か。思っていたよりもひんやりしてるんだね。まるでプラスチックだ」
そう言いながら変わり身に使った人体模型を愛おしく抱きしめる犬井先輩をよそに、入ってきた窓から俺は飛び出た。
なんとか逃げ出した俺──じゃなくて、私は周りが見えないほど無我夢中で走り、たどり着いた先は体育会系部員ご用達の水飲み場だった。
一瞬「しまった!」と思ったけど、運よく利用者はいないみたい。
「ん? こんなところで何してんだ?」
と、思ってる矢先に人が来るとか私の運を呪いたい。
振り返ってみると、そこにはユニフォームを汗でぐっしょりと濡らした真島先輩が。
汗をかいてる姿も似合うとは流石です。
「運動部、って感じでもなさそうだな」
祐太(女子と勘違いした人)や犬井先輩(看破した上で襲い掛かってきた人)達とは違い、私に対してさほど興味はなさそう。
綾先輩、姫華先輩じゃなければ普通なんですね。
「あ、あの……私、文化部の部室棟に行きたいんですけど、なぜか人が集まってきてしまい進めなくて」
「あー……なるほどな。お前結構可愛い顔してるから他の奴らが言い寄ってくるんだな」
そんな納得したような顔をされても困ります。
「なら俺が連れてってやるよ」
「え? いいんですか?」
「お前一人だとまた追いかけられるだろ」
それはそうですけど。
でも真島先輩子豚さんだしなー。少し頼りない感じがするんだよねー。
どうするか迷っていると、ふわっとした何かが私の頭を覆いかぶさる。
それを手に持って確認すると、洗剤のいい匂いが香る乾いたタオルだった。
「これでも被ってろ。あとは適当に俺が誤魔化してやるからついてこいよ」
「は、はい……」
「あと念のためこれもしとけ」
ポケットから何かを握った真島先輩はそのまま私の前に突き出す。
真島先輩の顔を一瞥してから視線を腕に落とし、手のひらを上に向け、真島先輩の拳の真下へ。
真島先輩が手を開くと、私の手のひらにポトリと黒いヘアゴムが落ちる。
「髪型を変えれば顔を見られない限りはバレないはずだ」
「そうですね」
受け取ったヘアゴムを使い、髪を後ろで束ねて髪型をポニーテールに変える。
昔妹に髪を留めるのを手伝っていたから問題なく変えることは出来た。
でも女子から見れば、きっと不出来なのだろう。
そんなことを考えながらタオルを頭から被る。
「ほら、俺の腕掴んどけ。なるべく体調悪そうにな」
言われた通りに真島先輩の腕を両手で掴むと、真島先輩は部室へと向かって歩き始めた。
他の人と何度もすれ違うけど、誰も私に気がつかない。
「あ、真島!」
安心していると、不意に男の先輩が真島先輩に話しかけてくる。
驚きと不安が混ざった私は少しだけ真島先輩の陰に隠れる。
「こっちにロングで可愛い女の子来なかったか?」
「いや、見てないけど」
「そっかー、どこ行ったんだあの子」
残念そうにしていると、唐突に視線を私に移す。
咄嗟に顔を背け、タオルで顔を見られないように視線を遮った。
「その子どうしたんだ?」
「なんか体調悪いらしいからこの子の部室に連れてってる最中」
「体調悪いなら保健室の方がいいんじゃないか?」
さらに顔を近づけ覗こうとする。
しかし真島先輩が私の前に立って、隠してくれた。
「どうしても自分の荷物を取りに行きたいって言うもんだから仕方なくだよ……ん?」
「どうした?」
「いや、今あそこの校舎にお前が言う子に似たような子がいたから」
「何!? じゃあな真島! うおおおおぉぉぉぉ!」
そう言って真島先輩の指差す先に走り去っていった。
「ふー、バレずにすんだな。……おい、何ボーッとしてんだ?」
「あ、いえ、別に」
先ほどの真島先輩の対応に驚きを隠せない。
本当にこの人がドMで子豚の真島先輩なの?
「変な奴だな。ほら、もう部室の前だし、あとは一人で大丈夫だな」
「はい、ありがとうございました」
「じゃあ、俺は戻るわ」
踵を返して来た道を戻っていく真島先輩。
でも少し歩いたところで、一度体をこちらに向けた。
「もしまた面倒ごとになったら頼っていいからな!」
それだけ言って、また歩いていく。
真島先輩って、良い人なんだな。変態だけど。
ちゃんと気遣えるみたいだし。変態だけど。
でも姫華先輩のせいで子豚ちゃんなんだよね。おまけに変態。
なにはともあれ、目的地に着いた。
早く卓也か水原先輩に助けを求めなくちゃ。
私━━じゃない。もう取り繕わなくてもいいな。
俺は階段を上がり、アニメ研究会の扉を叩いた。
読んでくださり、ありがとうございます!
感想などございましたら気軽に書いてください!




