素直で、ヤンデレな幼馴染は天然です(安堵)10
天気は快晴。目覚めもよく、今朝の卵は双子で少し得した気分。
普段なら調子がいいはずなのに、今の俺の心は快晴とは逆の曇り空。
朝からため息も多い。
二人の後ろ姿が何度もよぎるせいで胸がざわつく。
俺は何か間違えてるのか?
いや、そんなはずはない。これは二人のためだ。
叶わない恋を追いかけて苦しむのは二人だ。
俺よりもいい奴なんて星の数ほどいる。
無理に俺に執着する必要なんてないんだ。
だったら俺がしてやれることは彼女の気持ちを別の誰かに向けさせること。
俺は何も間違っちゃいない。
「……あれ」
周りには多くの生徒が歩いている。
もう学校付近なのか。
でもおかしい。いつもなら綾先輩が待ち伏せているはずなのに。
愛想をつかされてしまったのか?
でも、それならそれでいい。
その後の授業も昼休みも綾先輩の姿を見ることはなく、ある意味自分が望んでいた高校生活を謳歌出来た。
そのはずなのに、何か物足りない。
まさか綾先輩のストーキングがないから?
いやいや、むしろストーキングされて困ってたはずだろ。
きっと急に変わったから違和感があるだけだ。
そう言い聞かせながら全ての授業を終え、帰り支度を済ませて教室を出る。
生徒会室に行かないといけないが、これを機に綾先輩と少しずつ距離をとろうか。
なら何か理由をつけて欠席しよう。
スマホを取り出して連絡を入れようとしたその瞬間、前に進んでいた体が後ろに引っ張られる。
体勢を崩した俺はその場で尻餅をつく。
ズルズルと体は後ろに引きずられるこの感覚、覚えがあるぞ。
「松本先生。あの、離してください」
俺を引きずっている人物であろう松本先生にお願いしてみる。
しかし返事がない。
まさか別の人なのかと振り返るが、このスーツにタイトスカートの女教師は俺の知る松本先生だ。
「あの、聞いてますか」
「聞いてるぞ。だからどうした?」
心なしか松本先生がいつもと違う。
いつも見せる大袈裟な怒ってるわけでも、悪戯心を含んだ陽気な感じでもない。
「だったら返事ぐらいしてくださいよ」
「返事で満足するならしてやる。嫌だ」
「なんでですか!?」
それ以上は問答する必要がないと、松本先生は一言も発せずどこかに連れていく。
抵抗するが、松本先生の手は俺を離すことはなかった。
教室のある棟を出て、職員室のある棟へ。
そして階段でも俺を引きづりながら二階へ進む。
ようやく松本先生が向かっている場所が分かった。
「中に入れ」
生徒指導室の前で解放され、しぶしぶ中に入る。
どうやら俺とじっくり話をしたいようだ。
わざわざ人が寄ってこない生徒指導室を選んだということは、おそらく要件は綾先輩関係。
「座れ」
指示に従いパイプ椅子に座る。松本先生も机を挟んでパイプ椅子に腰をかけた。
「なんでここに呼ばれたか分かるか?」
「綾先輩に関係することですよね」
「そうだ……だがそれだけか?」
「……何が言いたいんですか?」
そう答えると、松本先生は深い溜息を吐く。
「詳しい内容は何か分かるかって話だ」
「分からないですよ」
「だろうな。今のお前じゃ分かるはずもないか」
俺を逆なでたいのか癪に障る言い方をする。
「なんなんですか。俺をおちょくりたいだけなら帰りますよ」
「昨日綾に何をした?」
その質問に言葉を詰まらせる。
「昨日の朝から様子がおかしいと思って、生徒会室に集まった時に問いただしたら泣きそうな顔で否定するもんだ。どうせお前が関係してるんだろうと、すぐに翔子の店に行ったら偶然昨日ウチに来た沙耶未って子が店に出てくるじゃないか。しかも綾と同じく泣きそうな顔で。そんで中の様子を見たら複雑な表情を浮かべるお前。お前が何かした……いや、何か言ったんじゃないのかと疑うのは当然のことだと思うんだがな」
もう何を言っても無駄だろう。この人は全て見透かしている。
「……別に。ただ、俺よりもいい奴なんて星の数ほどいるのにわざわざ俺に執着する必要ないから他の奴を勧めただけです」
「なぜそんなことをした」
「当然ですよ。フラれて傷つくのはあの二人です。いつか俺が酷いことを言う前に気持ちを変えてもらわないと」
「なるほどな……つまりそれがお前のトラウマってやつか」
その言葉が俺の心の奥深くへ抉り込む。
「な、なんのことですか?」
精一杯に取り繕うが、体中が冷や汗で湿気り、鼓動が異常に早くなって息苦しい。
「お前の内申書を確認した。中二のある時期にバスケ部を退部。そしてすぐに一ヵ月近く休んだ時期がある。これも全てトラウマが原因なんだろ?」
松本先生に聞かれたが、俺は返事をすることが出来ない。
「だんまりか」
呆れた様子で腕と足を組み、背もたれに身を預けている松本先生。
「いつもいつも『男として』だの『男なら』だのをよく使うお前がな。『自分と同じ思いを綾達にさせるか』ってか? 女々しいなー」
「あんたに何が分かるって言うんだ!!」
怒りや悔しさなどの感情がごちゃ混ぜになり、俺を動かした。
「勝手に人の過去に触れておいて、挙句の果てには女々しい? 俺だって悩んだ末の決断だ! 以前は『解決出来ないくせに無責任にお前の口から聞きだそうとは思わない』とか言っといて、結局あんたも他の教師と同じ──」
言いたいことはたくさんあった。ぶつけたい気持ちは山ほどあった。
でも松本先生の瞳を見てしまったらその全てがスッと消えた。
腕と足を組み、背もたれに身を預けている姿は偉そうではあった。
でも、目だけは違う。今までの教師のようにその場しのぎのために建て前で行っている偽善者の目ではなく、目の前の生徒を真剣に考えてくれている人の目だ。
今俺の目の前には生徒に寄り添う教師が座っている。
「そうだな。今は解決出来ない。それはすまないと思っている。でもな、このままいけば綾が悲しむ。沙耶未って子も悲しむ。なによりお前が誰よりも傷つく。教師として放っておくわけにはいかん。そもそもだ、お前が何を言われたか知らんが、同じようなことを現段階で二人に言うつもりなのか?」
「言うわけありません!」
すぐに力強く否定した。
その瞬間俺はハッとなり、視線を下に向ける。
「じゃあお前が心配する必要はないじゃないか。お前がそんな奴じゃないってことぐらい、数カ月の付き合いでも分かるぞ」
松本先生の言い分に反論する余地もない。
「まぁ、これ以上私が言うっても問題解決にはつながらない。ここからは当人達で話し合うのが一番だ。いるんだろ、綾」
え、綾先輩がいるのか!?
顔を上げ、松本先生の視線の先にある扉に目をやる。
松本先生の問いに答える形で開かれ、奥からは綾先輩と沙耶未が現れた。
それだけじゃない。姫華先輩も小毬先輩も雫も、それに水原先輩まで。
予期せぬことに戸惑いつつ立ち上がった。
「どうして、みんなが」
「廉君」
スタスタと早歩きで近寄る綾先輩。
「先に謝っておく。すまない」
言い終えると同時に右手を振り抜く。
部屋に乾いた音が響くと同時に、鋭い痛みが左頬に走る。
起きたことに理解が追い付けず、そっと左手で少し熱を持った左頬を触った。
「綾、せん、ぱい……」
「廉君は馬鹿だ! 大馬鹿だ! 自分と同じ思いをさせたくない? 傷つけたくない? 一人で全員を傷つけないように出来るほど廉君は器用じゃないだろ! 自惚れるな!」
涙を堪えて大声で叫ぶ綾先輩の姿を見たのはこれが初めてだった。
そしてこんな顔をさせたのは他の誰でもなく俺だ。
「で、でも! 実際俺じゃなくてもいいじゃないですか! 綾先輩はたまたま俺が助けたから好きになった! 沙耶未はたまたま俺がそばにいたから好きになった! 別に俺じゃなくてもいいはずです!」
「そんなわけ……あるか!!」
綾先輩の怒号が俺の耳の中で何度も反響する。
「たしかに私はそれで君を好きになった。でもそれだけだったら真島を好きになっているはずだ。でも実際は違う! 私が好きになったのは廉君だ! そして私を助けてくれたのは廉君だけだ! 普通の女の子として見てくれた廉君を好きになったんだ!」
「綾ちゃんの言う通りだよ! ウチだっていつもそばにいてくれたのは廉だけだった! 小さい頃からウチの隣にいたのは廉だった! だから廉以外を好きになることなんてありえないよ!」
二人共ポロポロと涙を流しているのに、俺は一体……何をしているんだ。
「君が私達を傷つけたくないと思っているようだが、恋して絶対傷つかないことなんてありえない! それでも私達は君が好きなんだ! 君がわざと他の男子の話をした時は本当に心が苦しかった」
「ウチも。廉はそこまでウチが嫌いなんだと思った」
「そんなわけない!」
「だったら! 私達の気持ちにちゃんと向き合ってくれ! 逃げないでくれ! 例えこの恋が実を結ばないものだったとしても! 君を好きになってよかったと思わせれるぐらいの器量を見せてくれ! 今の廉君では私達は君に恋したことを後悔してしまう!」
綾先輩の本音。沙耶未の本音。全てをぶつけられ、俺はようやく自分のしたことの愚かさに気づいた。
綾先輩のためだ、沙耶未のためだと言って守っていたつもりが逃げてただけだった。
手段は違えど、結果あの時の自分と同じ思いをさせてしまった。
「廉。今回ばかりは私は綾ちゃんの味方をするわ」
雫も姫華先輩も小毬先輩も水原先輩も。全員が綾先輩を擁護している。
「これで分かっただろ。こいつらの気持ちが」
「……はい」
松本先生に小さく返事をした。
「すいません綾先輩。ごめん沙耶未」
深く頭を下げて自分のしてしまったこと悔いる。
「守谷。中学時代に何があった? 私はお前の助けになりたいんだ。私だけじゃない。ここにいる全員がそう思ってる」
「それは……」
躊躇いながら俺は順番にみんなの顔を見ていく。
みんな俺を心配そうに見つめていた。
綾先輩と沙耶未だけではなく、みんなに迷惑をかけてしまったようだ。
なら、話すべきか。本当のことを。あの日と決別する一歩にするためにも
「……分かりました。ちゃんと話します」
俺は再び腰を下ろし、みんなは松本先生側に移動する。
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